【宇宙世紀】ジオン残党だけど火星で第二帝国を作る羽目になった件【スターウォーズ概念クロス】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0091年。
火星の空は、赤かった。
もともと赤い星ではある。
だが、この日の赤さは、砂だけの色ではなかった。
爆発。
火災。
メガ粒子の残光。
燃え上がる地表都市。
崩れたプラント。
そして、空中で不安定に揺れる巨大な緑色のインレ。
ガンダムTR-6[インレ]。
レジオンの象徴。
アリシア・ザビの玉座。
火星の空を支配した、白いウサギの巨大兵器。
それは今、ジオンマーズの濃緑色に塗り替えられ、無理やりモノアイを取り付けられ、半分暴走しながら火星の首都上空を漂っていた。
正直、見た目はひどい。
「……ひどいな」
火星低軌道上。
偽装貨物船のブリッジで、ドナルド・レザードは、メインスクリーンに映る地表の惨状を見ながら、心からそう言った。
隣のオペレーターが答える。
「戦況ですか」
「いや、配色だ」
「そこですか」
「戦況もひどい。だが、あの配色は戦況とは別の意味でひどい」
画面の中央では、緑色に塗られたインレが暴れている。
元はレジオンの美しい象徴だった。
少なくとも、レジオンの者たちはそう思っていた。
白い機体。
ウサギの意匠。
ティターンズ由来の技術。
アリシアの権威。
それが今では、ジオンのエンブレムを貼られ、モノアイを光らせ、ところどころ塗装が剥げ、敵味方の区別もかなり怪しい状態で火を吹いている。
デス・スターを反乱軍が奪った後、赤いペンキで雑に塗り替え、艦橋に手書きの反乱同盟マークを貼りつけたようなものだった。
強い。
恐ろしい。
だが、ものすごく格好悪い。
「参謀」
オペレーターが言った。
「ジオンマーズ側の通信、混線しています。ハンス隊長がインレの制御を完全に失いつつあるようです」
「完全に?」
「ええ。本人は制御しているつもりです」
「それが一番危険だ」
ドナルドは椅子にもたれた。
彼はジオンマーズの参謀だった。
少なくとも、表向きはそうだった。
実際には、誰の参謀でもない。
ジオンマーズにも忠誠はない。
レジオンにも忠誠はない。
ティターンズにも、もう未練はない。
ザビ家の正統性など、彼にとっては商品説明に使える飾り文句でしかなかった。
彼が信じるものは、情報。
データ。
回収可能な資産。
そして、次の買い手である。
スターウォーズで言えば、帝国にも反乱同盟にも顔を出し、酒場の奥で設計図と密輸航路を売る情報屋だ。
誰が皇帝でもいい。
誰が王女でもいい。
誰が反乱軍の英雄でもいい。
大切なのは、その戦争から何を持ち出せるかだった。
「地表の損害は」
ドナルドが聞く。
オペレーターが端末を叩く。
「レジオン総帥府周辺、壊滅的被害。防衛塔の六割が失われました。キハールII部隊は半数以上が戦闘不能。ハイザック系改修部隊も大きく損耗」
「ジオンマーズ側は」
「RFザク、RFドム、RFゲルググの残存部隊が突入中。ただし、インレの誤射でかなり巻き込まれています」
「だろうな」
「だろうな、で済ませるんですか」
「済ませるしかない。あれはもう作戦ではない。感情の衝突だ」
ドナルドの視線の先で、インレの主砲がまた光った。
コンポジット・シールド・ブースターから放たれたメガ粒子の奔流が、レジオンの高層防衛施設を消し飛ばした。
同時に、そこへ突撃していたジオンマーズのRFドム数機も消えた。
通信が悲鳴で埋まる。
『味方ごと撃ってるぞ!』
『ハンス隊長! 射線! 射線を見てください!』
『インレが言うこと聞かねえんだよ!』
『だからザクの顔を付けるなって言ったんです!』
ドナルドは、静かに目を閉じた。
「実に火星らしい」
オペレーターが顔をしかめる。
「火星らしい、とは」
「理念と技術と恨みが全部噛み合わないまま、火力だけが過剰に出ている」
「最悪ですね」
「宇宙世紀ではよくある」
「よくあってほしくないです」
地表では、レジオン側も混乱していた。
総帥アリシア・ザビは、インレを奪われた。
しかも、ただ奪われたのではない。
緑に塗られた。
モノアイを付けられた。
ウサギマークを潰された。
軍事的損失である前に、精神的損失だった。
アリシアにとって、インレは単なる兵器ではなかった。
自分の権威。
レジオンの象徴。
火星に新たな秩序をもたらす翼。
それを、ジオンマーズの残党が、最も雑で、最も悪趣味で、最もジオンらしい方法で汚した。
怒らないはずがなかった。
「アリシア総帥、出撃しました」
オペレーターが言った。
「機体は」
「クィンリィ系と思われるカスタム機です。護衛部隊を振り切って、直接インレへ向かっています」
ドナルドは額に手を当てた。
「指揮官が前に出るな」
「総帥ですから」
「総帥なら余計に出るな」
「怒っているようです」
「見ればわかる」
画面では、アリシアの機体が赤い砂嵐を切り裂いて、インレへ突っ込んでいく。
それを迎えるインレは、制御不安定なまま主砲を旋回させていた。
中ではハンスが叫んでいるだろう。
カールが制御系に泣きついているだろう。
チェスターJr.は地上で突破を続けている。
誰も全体を見ていない。
これが共倒れの始まりだった。
「参謀」
オペレーターが不安そうに言った。
「このままだと、両陣営とも指揮中枢を失います」
「そうだな」
「止めないんですか」
「どうやって」
「通信を」
「誰が聞く。アリシアは怒りで耳が塞がっている。ハンスは自分が英雄だと思っている。チェスターJr.は父の復讐で前しか見ていない」
「では」
「観測を続けろ」
ドナルドの声は冷たかった。
「これは貴重なデータだ」
オペレーターは黙った。
地表では、インレとアリシアの機体が接触した。
正確には、戦闘というより、巨大兵器の制御権をめぐる乱闘だった。
アリシアは通信回線に割り込んだ。
『私のインレを返しなさい』
ハンスが怒鳴り返す。
『今日からこいつはジオンのものだ!』
『その下品な緑色を今すぐ剥がしなさい』
『緑はジオンの魂だ!』
『魂以前に色彩感覚が死んでいます!』
『うるせえ、ウサギ娘!』
『万死に値します!』
ドナルドは思わず眉を押さえた。
「これが火星の覇権戦争か」
オペレーターが気まずそうに言う。
「記録しますか」
「全部記録しろ」
「通信内容も?」
「もちろんだ。後世のために必要だ」
「後世に残していい内容ですか」
「だから価値がある」
その直後、インレの内部で異常が起きた。
レジオン側の制御系。
ジオンマーズの強制改造。
ハンスの荒い操縦。
アリシアの外部干渉。
火星の磁気嵐。
損傷したジェネレーター。
そして、無理やり取り付けたモノアイセンサーの不適合。
すべてが同時に破綻した。
オペレーターの顔色が変わる。
「インレのメインジェネレーター、出力が危険域を超えました!」
「退避距離は」
「地表部隊には間に合いません!」
「軌道上は」
「我々は安全圏です」
「なら記録を続けろ」
「了解」
ドナルドの声には、一切の動揺がなかった。
インレの巨体が震えた。
主砲が空を向く。
その砲口から、意味のない光が漏れ始める。
装甲の隙間から火花が散る。
緑の塗装が剥がれ、その下の白い装甲が露出する。
ジオンのエンブレムとウサギマークが、熱で歪んでいく。
アリシアの通信が入る。
『こんな形で、私の楽園が……』
ハンスの声が重なる。
『動け! 動けよ! ジオンの意地を見せろ!』
カールの悲鳴。
『もう無理です! 全員、離脱してください!』
チェスターJr.の叫び。
『ハンス、降りろ! 作戦は失敗だ!』
遅かった。
インレのメインジェネレーターが臨界に達した。
火星の空に、白い光が広がった。
それは一瞬だけ、赤い星の昼を塗り潰した。
爆発は地表都市を揺らし、総帥府を吹き飛ばし、レジオンの防衛線を砕き、ジオンマーズの突撃部隊を巻き込んだ。
巨大なウサギの兵器は、緑色のジオンの亡霊をまとったまま、光の塊となって崩れた。
デス・スターが爆発する時、銀河の運命は変わる。
だが火星の場合、変わったのは主に、両陣営の残存戦力表だった。
「損害報告」
ドナルドが言った。
オペレーターは息を呑みながら解析する。
「レジオン総帥府、消滅。アリシア・ザビ、信号消失。ハンス隊長、信号消失。インレ、完全破壊。周辺のRF部隊、壊滅的被害。レジオン防衛部隊も指揮系統を喪失しています」
「チェスターJr.は」
「生存反応あり。ただし部隊は大損害。戦闘継続能力は低下しています」
「ロメロ監視官は」
「第4監視コンテナ、通信あり。生存しています。胃痛もたぶん継続中です」
「そこは記録しなくていい」
ドナルドは、しばらくスクリーンを見つめた。
火星の地表には、巨大なクレーターができていた。
インレの残骸が、赤い砂の中に散らばっている。
ウサギの翼も、ジオンのモノアイも、区別できないほど砕けていた。
レジオンは、頭を失った。
ジオンマーズは、反撃の主力を失った。
アリシアの楽園は崩れ、チェスターJr.の復讐も勝利には届かなかった。
完璧な共倒れだった。
「参謀」
オペレーターが言った。
「どうします」
ドナルドは、静かに笑った。
「お片付けの時間だ」
偽装貨物船のブリッジに、指示が飛ぶ。
回収班、降下準備。
ドローン隊、残骸調査。
データ班、通信ログと戦闘記録を吸い上げ。
工作班、レジオン残存部隊への接触準備。
交渉班、ジオンマーズ生存者の動向確認。
「まずTR-6関連のデータを最優先で回収しろ」
ドナルドは言った。
「インレは失われたが、換装システム、火星環境での運用ログ、制御破綻の記録、どれも価値がある。次にRFシリーズの実戦データだ。ジオンマーズの改修ノウハウも拾えるだけ拾え」
「残存兵は」
「使える者は拾う。使えない者は、拾われたがる相手へ誘導する」
「どこへ」
ドナルドは、地球圏の位置を表示した。
「新生ネオ・ジオン」
オペレーターが顔を上げる。
「シャア・アズナブルですか」
「そうだ」
宇宙世紀0091年。
地球圏では、シャア・アズナブルの動きが噂され始めていた。
新生ネオ・ジオン。
スウィートウォーター。
地球寒冷化作戦。
アクシズという言葉も、少しずつ不穏に響き始めている。
シャアは兵を必要としている。
MSを必要としている。
そして何より、地球圏に恨みを持ち、使い捨てられても文句を言わないような残党を必要としている。
火星には、それが余っていた。
「チェスターJr.は父を失い、地表を失い、レジオンとの戦いでさらに多くを失った。彼の中には、復讐だけが残る」
ドナルドは言った。
「そういう若者は、赤い彗星の言葉に弱い」
「利用するんですか」
「利用されたい者に、利用先を紹介するだけだ」
「最低ですね」
「商売だ」
「兵器データはアナハイムへ?」
「一部はな。全部は渡さない。全部渡す情報屋は、二流だ」
ドナルドは端末を操作した。
火星内戦総合記録。
レジオン崩壊分析。
ジオンマーズ残党評価。
TR-6火星環境運用ログ。
RFシリーズ改修データ。
インレ制御破綻記録。
アリシア・ザビ統治モデル。
チェスターJr.心理評価。
ファイルが次々と暗号化されていく。
「参謀」
オペレーターが小さく言った。
「この戦争、何だったんでしょうね」
ドナルドは、しばらく考えた。
「敗者たちの自己紹介だ」
「自己紹介?」
「アリシアは、自分が皇帝になりたかった。チェスターJr.は、父の失敗を取り戻したかった。ハンスは、屈辱を晴らしたかった。レジオンの兵士たちは、新しい居場所が欲しかった。ジオンマーズの残党は、奪われた地表を返してほしかった」
「そして」
「全員、自分が何者かを証明しようとして、火星を壊した」
オペレーターは何も言えなかった。
ドナルドは続けた。
「帝国も反乱軍も同じだ。巨大兵器を作る者は、自分の秩序を信じている。巨大兵器を破壊する者は、自分の自由を信じている。だが、外から見れば、どちらも残骸を残す」
「あなたは」
「私は残骸を売る」
即答だった。
ブリッジが静まり返る。
ドナルドは気にしない。
自分が善人でないことは知っている。
英雄でないことも知っている。
忠臣でないことも、反乱者でないことも、よく知っている。
彼は、最後まで生きて記録を持ち出す側の男だった。
ジェダイでもない。
シスでもない。
帝国軍人でも、反乱同盟の英雄でもない。
酒場の奥で、戦争の後片付けを商売に変える情報屋。
それがドナルド・レザードである。
地表から、通信が入った。
ノイズ混じりの声。
チェスターJr.だった。
『ドナルド……聞こえているか』
オペレーターがドナルドを見た。
ドナルドは通信を開いた。
「聞こえている」
『貴様……どこにいる』
「安全な場所だ」
『裏切ったのか』
「君たちが勝てば、参謀として戻るつもりだった」
『負けたから逃げたのか』
「違う」
ドナルドは穏やかに言った。
「君たちは勝ちも負けも超えて、共倒れした。だから回収に来た」
通信の向こうで、チェスターJr.が息を呑む気配があった。
『父上の火星を』
「壊したのは私ではない」
『アリシアを』
「止められなかったのは君たちだ」
『インレを』
「奪ったのも、暴走させたのも君たちだ」
沈黙。
ドナルドは続けた。
「チェスターJr.。君にはまだ使い道がある」
『ふざけるな』
「ふざけてはいない。地球圏で、新しい戦争が始まる。シャア・アズナブルが動く。新生ネオ・ジオンは、兵と機体と怨念を求めている」
『俺に、シャアの下へ行けと』
「君が復讐を続けたいなら、そこが次の舞台だ」
『火星は』
「もう君の父の火星ではない。アリシアの火星でもない。ここは残骸置き場だ」
チェスターJr.の呼吸が荒くなる。
『貴様……』
「恨んでいい。怒っていい。その怒りを持ったまま地球圏へ行け。君のような若者を、シャアは嫌いではないだろう」
通信の向こうで、しばらく音がなかった。
やがて、チェスターJr.は低く言った。
『俺は……まだ終わっていない』
「知っている」
『ジオンマーズは終わらない』
「その言葉も、今なら高く売れる」
通信が切れた。
オペレーターが言った。
「ひどいですね」
「生きているだけましだ」
「彼を利用するんですね」
「彼自身が、自分の怒りを利用したがっている」
ドナルドは、火星の赤い地表を見下ろした。
アリシアは消えた。
ハンスも消えた。
インレも消えた。
レジオンは崩れ、ジオンマーズは砕けた。
だが、火種は残った。
チェスターJr.。
残存兵。
RFシリーズのデータ。
TR計画の残骸。
火星独立を掲げる怨念。
そして、誰かがそれをまた拾う。
宇宙世紀の戦争は、そうやって続く。
一つの帝国が倒れても、別の帝国が生まれる。
一つの反乱が潰れても、別の残党が地下へ潜る。
デス・スターが爆発しても、設計図はどこかに残る。
ガンダムが壊れても、そのデータは誰かが売る。
「回収班、降下開始」
ドナルドは命じた。
「優先順位は、TR系データ、RF系データ、生存技術者、可動パーツ、最後に政治的に使えそうな生存者だ」
「政治的に使えそうな、というのは」
「まだ自分の敗北を物語に変えられる者だ」
「チェスターJr.ですね」
「そうだ」
偽装貨物船から、回収艇が降下していく。
火星の赤い砂嵐が、それを飲み込む。
地表では、まだ小さな爆発が続いている。
どこかでジオンマーズの残党が泣いている。
どこかでレジオンの兵士が放心している。
どこかで元ティターンズの整備兵が、もうウサギマークを見たくないとつぶやいている。
それらすべてを、ドナルドは記録した。
宇宙世紀0091年。
火星の二つのジオンは、共倒れした。
アリシア・ザビのレジオンは、インレを失い、支配の象徴を失った。
ジオンマーズは、反乱の切り札を失い、父の時代から続いた火星の拠点を失った。
火星独立国家としての夢は、いったん砕けた。
だが、その破片は消えない。
破片は拾われる。
磨かれる。
別の名前を与えられる。
別の戦争へ持ち込まれる。
やがてそれは、シャアの反乱へ流れ込む者たちとなる。
さらに遠い未来には、火星独立ジオン軍、オールズモビルと呼ばれる亡霊たちの系譜へつながっていく。
火星は負けた。
だが、火星の怨念は生き残った。
それを生かしたのは、英雄ではない。
王女でもない。
暗黒卿でもない。
復讐者でもない。
情報屋だった。
ドナルド・レザードは、最後にもう一度メインスクリーンを見た。
赤い砂嵐。
インレの残骸。
崩れた総帥府。
砕けたRFシリーズ。
消えたレジオンの旗。
焦げたジオンマーズのエンブレム。
彼は、静かに言った。
「終わりだ」
オペレーターが聞く。
「火星内戦が、ですか」
「この章が、だ」
「次は」
ドナルドは笑った。
「地球圏だ」
フォースは存在しない。
だが、嫌な予感なら、もう地球圏のほうから近づいている。
赤い彗星。
アクシズ。
新生ネオ・ジオン。
ロンド・ベル。
そして、またしてもガンダム。
火星で拾われた残骸と、生き残った怨念は、次の戦場へ運ばれていく。
戦争は終わらない。
ただ、舞台が変わるだけだ。