【宇宙世紀】ジオン残党だけど火星で第二帝国を作る羽目になった件【スターウォーズ概念クロス】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0092年。
火星の地下には、希望がなかった。
食料がない。
燃料がない。
暖房が弱い。
動くモビルスーツも少ない。
将来の展望に至っては、生命維持装置の交換部品より品薄だった。
つい先日まで、ジオンマーズの兵士たちは「輝ける星作戦」という、名前だけなら救国神話の最終章みたいな大反攻を行っていた。
結果は共倒れだった。
レジオンから強奪したガンダムTR-6[インレ]を濃緑色に塗り、ジオンの紋章を描き、顔面には大型モノアイまで取り付けた。
そこまではよかった。
いや、技術班としてはまったくよくなかったのだが、兵士たちの士気だけは上がった。
ところが、肝心の制御系はレジオン仕様のまま。
火星の磁気嵐と戦闘損傷が重なり、こちらの強制改造まで加わって、最終的にはシステム全体が大混乱。
自分はウサギなのか。
ザクなのか。
ガンダムなのか。
レジオンの兵器なのか。
ジオンマーズの象徴なのか。
人間でも迷うような問題を巨大兵器に突きつけたせいで、インレは敵味方の区別ごと放棄した。
主砲が暴発。
レジオン軍を吹き飛ばす。
そのついでにジオンマーズも吹き飛ばす。
アリシア・ザビ総帥も、強奪作戦の指揮を執ったハンス隊長も、インレの爆発に巻き込まれて消息を絶った。
最後に残ったのは、火星地表に開いた巨大な穴と、両軍の残骸と、誰も責任を取りたがらない戦闘報告書だけだった。
「……親父、聞こえるか」
火星氷床下の仮設司令室で、チェスターJr.は机に額を押しつけていた。
「俺たちの独立戦争、巨大なウサギガンダムを緑色に塗ったところまでは景気がよかったんだ。そこから先が、信じられないくらい駄目だった」
返事はない。
当然である。
父チェスター主席は、ジオンマーズとレジオンとの戦いの中で姿を消した。
戦死したとも、レジオンに捕らえられたとも、その後の混乱で命を落としたともいわれている。
真相はわからない。
火星では、記録より先に記録端末が壊れる。
「チェスターJr.様」
若いメカニックのカールが、壊れかけの端末を持って入ってきた。
「残存戦力の集計が終わりました」
「聞きたくない」
「報告します」
「聞きたくないと言っただろ」
「聞かないと、もっと悪いことになります」
「もう十分悪いだろ」
カールは端末を読み上げた。
「稼働可能な艦艇は、チベ級一隻。ムサイ級二隻。輸送艦一隻。ただし、チベ級は主機出力が基準値の七十二パーセント。ムサイ級一番艦は左舷推進器に異常。二番艦は生命維持区画の一部が故障中です」
「モビルスーツは」
「RFザク十二機。RFドム六機。RFゲルググ八機。その他、レジオンから回収した機体と部品が少々」
「少々って何だ」
「キハールIIの脚一本、ハイザックIIの頭部三個、TR-6系のサブアームらしきもの、それからウサギマーク付きのシールドが大量にあります」
「最後のやつは捨てろ」
「資源不足です。溶かして再利用します」
「マークは消せ」
「全員、同じ意見です」
チェスターJr.は椅子にもたれた。
力が抜ける。
ジオンマーズは、火星の支配者ではなくなった。
レジオンも統治能力を失った。
残された者たちは地下施設に散らばり、壊れた設備を直しながら、その日を生き延びている。
帝国と反乱同盟がデス・スターを巡って決戦した末、両方の主要人物が消え、残った兵士たちだけが残骸処理をしているようなものだった。
英雄はいない。
王女もいない。
ダース・ベイダーもいない。
皇帝もいない。
ハン・ソロ役を気取れるほど元気な密輸屋さえいない。
あるのは、壊れた地下都市と、冷めた合成芋スープだけだった。
「それで」
チェスターJr.は口を開いた。
「ドナルドは見つかったか」
カールは首を横に振った。
「いいえ。偽装貨物船で火星軌道を離脱した形跡があります」
「やっぱり逃げたか」
「TR系の戦闘データ、RFシリーズの運用記録、インレの残存部品を持ち出しています」
「泥棒じゃないか!」
「本人の書き置きによれば、資産保護のための戦略的移転だそうです」
「言い方を変えた泥棒じゃないか!」
「あと、『事業環境が改善したら連絡します』と」
「二度と帰ってくるな!」
チェスターJr.は机を殴った。
痛かった。
机には勝てなかった。
ドナルド・レザード。
元ティターンズ。
ジオンマーズの参謀。
誰にでも丁寧で、誰の味方でもなかった男。
帝国にも反乱同盟にも設計図を売り、両者が撃ち合っている間にミレニアム・ファルコンより速く逃げる情報屋。
火星内戦の本当の勝者を一人挙げろと言われたら、たぶんあの男だった。
「全部なくなった」
チェスターJr.はつぶやいた。
「父上のジオンマーズも。火星独立の夢も。インレも。レジオンも。残ったのは壊れた機体と、寒い地下都市と、溶かされる予定のウサギシールドだけだ」
「芋はあります」
カールが言った。
「慰めになると思うか」
「食料にはなります」
「お前は強いな」
「火星生まれなので」
その時だった。
仮設司令室の扉が、ものすごい勢いで開いた。
「チェスターJr.様!」
若い通信士が転がり込んでくる。
「大変です!」
「インレが生き返ったのか」
「違います!」
「ドナルドが謝罪に戻ってきたのか」
「もっとありえません!」
「では何だ」
通信士は、大きく息を吸った。
「地球圏から、超長距離の暗号通信です! 新生ネオ・ジオンを名乗る勢力から、全ジオン系組織へ向けた糾合通信が発信されています!」
チェスターJr.の表情が変わった。
「新生ネオ・ジオン」
「はい!」
「指導者は」
通信士の声が震えた。
「シャア・アズナブルです」
静かになった。
司令室の送風装置が鳴っている。
どこかで配管がきしむ。
カールが持っていた工具を床へ落とした。
シャア・アズナブル。
その名は、火星の氷より深いところまで届いた。
一年戦争の英雄。
赤い彗星。
ジオン公国軍のエース。
グリプス戦役ではクワトロ・バジーナを名乗り、エゥーゴに身を置いた男。
そして、ジオン・ズム・ダイクンの遺児。
同時に、ザビ家への復讐者でもある。
ガルマ・ザビを死へ追いやり、キシリア・ザビを自らの手で葬った男。
ジオンマーズの価値観からすれば、英雄であり、裏切り者であり、仇敵であり、正統な血統の持ち主でもある。
評価項目が多すぎる。
「待て」
チェスターJr.は片手を上げた。
「情報を整理させろ」
「はい」
「シャア・アズナブルは、ザビ家の仇だ」
「はい」
「しかし、ジオン・ダイクンの息子だ」
「はい」
「公国軍の英雄だ」
「はい」
「エゥーゴにもいた」
「はい」
「いまは新生ネオ・ジオンの総帥だ」
「はい」
「何なんだ、あの男」
「シャア・アズナブルです」
「答えになっていない!」
だが、それ以上に正しい答えもなかった。
シャア・アズナブルという男は、いつもシャア・アズナブルという説明でしか説明できない。
「通信を出せ」
チェスターJr.は言った。
「メインモニターへ」
古い投影機が起動した。
ノイズ。
映像の乱れ。
砂嵐。
暗号解除の警告。
やがて、一人の男が映し出される。
赤系統の軍服。
額の傷。
鋭い視線。
落ち着いた声。
そして、顔の半分を隠すようなサングラス。
シャア・アズナブルだった。
その映像は、公の放送ではない。
新生ネオ・ジオンの組織化に伴い、各地に散る旧ジオン系軍人、反連邦活動家、スペースノイド独立派へ流された糾合通信である。
地球連邦の腐敗。
地球居住者による特権の独占。
宇宙移民者への抑圧。
人類が地球の重力から離れる必要性。
シャアは、静かな声でそれらを語っていた。
その言葉には力があった。
内容がすべて具体的かと問われれば、そうでもない。
実現方法が明確かと聞かれれば、それも怪しい。
だが、聞いている間だけは、宇宙のすべてが一つの方向へ動き出したように思える。
これがカリスマだった。
ルーク・スカイウォーカーが遠い辺境で反乱の象徴になったように。
レイア姫の言葉が、散らばった反乱同盟を一つにしたように。
あるいは皇帝が銀河帝国のすべての恐怖を一人の姿に集約したように。
シャアは、地球圏に散った不満と怨念を、自分の名前へ集めていた。
火星の地下にいる者たちも例外ではなかった。
「……これだ」
チェスターJr.が言った。
カールが横を見る。
「何がです」
「俺たちが求めていた総帥だ」
「さっきまで、ザビ家の仇だと言っていませんでしたか」
「過去の問題だ」
「数分前の発言です」
「人は成長する」
「判断が速すぎます」
チェスターJr.には、もうカールの声があまり聞こえていなかった。
モニターの向こうにいるのは、赤い彗星。
ダイクンの遺児。
地球連邦へ反旗を翻す伝説の英雄。
辺境で敗北を重ねた者ほど、遠くの英雄を美しく見る。
本人の迷いは見えない。
矛盾も見えない。
政治的な打算も、個人的な執着も見えない。
火星から見えるのは、名前だけだ。
シャア・アズナブル。
名前だけで十分だった。
「ハマーンとは違う」
チェスターJr.は言った。
「そうでしょうか」
カールは慎重に答えた。
「アリシアとも違う」
「違っていてほしいですね」
「シャア総帥は、王女を神輿にしていない。自分の名と、ダイクンの血で立っている」
「ザビ家の正統性を否定することになりませんか」
「細かい問題だ」
「さっきまで最重要問題でしたよね」
「状況が変わった」
ずいぶん都合のいい変化だった。
だが、人間は希望を見つけた瞬間、昨日までの理屈を家具の裏へ押し込められる。
特にジオン残党は、それが得意だった。
通信の終わりに、シャアは呼びかけた。
スペースノイドの未来のために。
腐敗した連邦を変えるために。
人類を地球の重力から解放するために。
ともに立て、と。
映像が消えた。
司令室は静まり返っていた。
やがて通信士が、震える声で言った。
「……行きましょう」
カールが振り向く。
「どこへです」
「地球圏へです。シャア総帥のもとへ」
別の兵士も言った。
「俺たちは、まだ終わっていない」
「火星で終わるために、アクシズから来たんじゃない」
「ジオンの英雄が呼んでいるんだ」
「宇宙へ帰れる」
声が増えていく。
チェスターJr.は、その声を聞いた。
火星内戦で疲れ果てていた者たちの顔に、久しぶりに光が戻っている。
危険な光だった。
だが、暗い地下で生きる者に、光の種類を選ぶ余裕はない。
「全員を集めろ」
チェスターJr.は命じた。
「緊急全軍集会だ」
地下ドック。
かつてインレの改造作業を行い、その後は損傷機の保管場所になっていた空間に、ジオンマーズの生存者たちが集められた。
およそ二百名。
アクシズから来た古参。
火星で生まれた若者。
レジオンの収容区画から解放された元兵士。
RFシリーズの整備員。
片腕を失ったパイロット。
ウサギ耳作業服の記憶をいまだに悪夢で見る者。
彼らの背後には、傷ついたRFシリーズが並んでいる。
RFザク。
RFドム。
RFゲルググ。
最新鋭とは言いがたい。
旧式とも断言できない。
外見は一年戦争。
中身は改修の積み重ね。
そして操縦者の精神は、ずっとU.C.0079年のままだった。
チェスターJr.は演壇に立った。
「諸君。聞いてくれ」
ざわめきが止まる。
「我々は負けた」
誰かがうつむいた。
「火星の地表を失った。レジオンと戦い、多くの同胞を失い、インレも失った。父たちが築いたジオンマーズは、もう以前の姿には戻らない」
静かだった。
チェスターJr.は続ける。
「だが、ジオンそのものが終わったわけではない」
兵士たちが顔を上げる。
「地球圏で、シャア・アズナブルが立った」
どよめきが起きた。
「赤い彗星が?」
「あのシャアか」
「クワトロ大尉だった男だろ」
「ザビ家の仇じゃないのか」
「ダイクンの子でもあるぞ」
「どっちなんだ」
「両方だろ」
実に面倒な話だった。
チェスターJr.は両手を広げた。
「そうだ。彼はザビ家の敵だった。だが同時に、ジオン・ズム・ダイクンの血を引く者でもある。一年戦争を戦い、グリプス戦役を生き延び、いま再び地球連邦へ反旗を翻した」
古参兵の一人が手を挙げる。
「質問してよろしいですか」
「許可する」
「シャアというのは、あのグリプス戦役でクワトロ・バジーナを名乗り、金色の百式に乗り、ノースリーブの軍服で戦っていた男ですな」
「そうだ」
「なぜ袖を着なかったのでしょう」
「いま重要か、それ」
別の兵士が手を挙げる。
「私生活に関する妙な噂もありますが」
「触れるな」
「しかし、ララァ・スンを」
「触れるなと言った!」
チェスターJr.は咳払いした。
「いいか。大切なのは、シャア総帥が完璧な人間かどうかではない」
カールが小声で言った。
「予防線を張りましたね」
無視した。
「大切なのは、地球連邦へもう一度戦いを挑む旗が立ったことだ。火星の地下でゆっくり消えるか。宇宙へ戻り、新生ネオ・ジオンとともに戦うか。我々には選択肢がある」
古参兵が声を上げた。
「地球圏へ戻れるのですか」
「戻る」
「シャア総帥は、我々を必要としているのでしょうか」
チェスターJr.は一瞬だけ黙った。
新生ネオ・ジオンから届いたのは、各地の勢力へ向けた糾合通信である。
ジオンマーズを名指ししたものではない。
シャアがチェスターJr.の存在を知っている保証すらない。
だが、ここで正直に言うと勢いが死ぬ。
「必要としている」
チェスターJr.は断言した。
カールが横から見る。
「どこに書いてありました?」
「心で読め」
「文書行政の敵ですね」
「シャア総帥は、全スペースノイドへ呼びかけた。我々もスペースノイドだ。ならば、我々への呼びかけでもある」
論理としては雑だった。
だが、ジオン残党の演説としては十分だった。
兵士たちの間から声が上がる。
「宇宙へ帰ろう」
「もう火星はたくさんだ」
「地球圏の連邦に、一発くらい返したい」
「ウサギの次が赤い彗星か」
「少なくともウサギよりは格好いい」
最後の一言で、だいたい決まった。
チェスターJr.は拳を上げた。
「残存艦艇を整備する!」
歓声が起きる。
「チベ級一隻、ムサイ級二隻、輸送艦一隻。動くRFシリーズはすべて搭載する。修理できる機体は直せ。直せない機体は部品にしろ。食料、燃料、推進剤、医療品、使えるものは全部積み込め!」
整備員が叫ぶ。
「主機の整備に時間が必要です!」
「どれくらいだ」
「普通なら半年!」
「ジオン的には」
「二か月と徹夜!」
「採用だ!」
「死にます!」
「死ぬな!」
指示が飛ぶ。
地下ドックが動き始める。
長く止まっていた搬送レールが起動する。
RFザクが格納庫へ運ばれる。
損傷したRFゲルググの装甲が外される。
ムサイ級の推進器へ、残っていた部品が組み込まれる。
まるで反乱同盟が、破壊された基地の残り物を集めて、新たな戦場へ逃れる準備を始めたかのようだった。
ただし、こちらの反乱軍は妙に古い制服を着て、ザクの動力パイプの太さで揉めている。
「もっと太くできないのか」
「太くしても性能は上がりません!」
「見栄えが上がる!」
「航行前にする議論ではありません!」
火星の日常が戻っていた。
カールは、チェスターJr.の隣に立った。
「本当に行くんですか」
「行く」
「シャア・アズナブルを信用できます?」
「できる」
即答した。
カールはじっと見た。
チェスターJr.は少し目をそらした。
「……信用したい」
「それなら意味はわかります」
チェスターJr.は、整備中の艦艇を見上げた。
「ここには、もう何もない」
「人はいます」
「わかっている」
「居住区もあります。芋もあります」
「芋から離れろ」
カールは静かに言った。
「シャアの呼び声に応えることと、火星を捨てることは同じじゃありません」
「全員を連れていくわけではない」
チェスターJr.は答えた。
「残りたい者は残す。地下都市を維持する人間も必要だ。だが、俺は行く。地球圏へ戻って、この火星のジオンがまだ生きていると証明する」
「誰に」
「全員にだ」
その答えには、父チェスターと同じ匂いがした。
現実的でありたいと願いながら、最後には神話へ足を踏み入れてしまう男の匂い。
カールには止められなかった。
出航準備には二か月かかった。
正確には、二か月で無理やり終わらせた。
チベ級重巡洋艦一隻。
ムサイ級軽巡洋艦二隻。
輸送艦一隻。
RFザク。
RFドム。
RFゲルググ。
大量の補修部品。
少量の食料。
多量の不安。
チェスターJr.は、この船団をチェスター艦隊と名付けた。
父の名を残すため。
火星の系譜を切らさないため。
そして何より、名前があったほうがシャアに覚えてもらいやすそうだったからである。
出航の日。
火星地表の旧発射施設が、長い眠りから目を覚ました。
隔壁が開く。
赤い砂が吹き込む。
艦艇のエンジンが、低い音を響かせる。
地下都市の者たちが見送りに集まっていた。
残る者。
行く者。
家族。
整備員。
戦えなくなった兵士。
かつてレジオン側にいたが、今では火星の住民として生きる道を選んだ者。
皆が、黙って船を見上げている。
チェスターJr.はチベ級のブリッジに立った。
眼下には、赤い火星。
父が選んだ星。
自分たちが奪われ、取り戻せず、それでも捨てきれなかった大地。
「さらばだ、火星」
彼は言った。
「いや」
言い直す。
「行ってくる」
そのほうが正しいように思えた。
船団の主機が点火した。
赤い砂が舞う。
古い発射施設が震える。
チベ級の巨体が、ゆっくりと火星の重力を離れていく。
ムサイ級が続く。
輸送艦が続く。
地下で眠っていたジオンの残党が、再び宇宙へ上がっていく。
チェスターJr.の胸は高鳴っていた。
地球圏。
スウィートウォーター。
新生ネオ・ジオン。
赤い彗星。
彼の頭の中では、すでに理想的な再会が始まっていた。
シャアはチェスター艦隊を自ら出迎える。
火星の義士たちよ、よく来てくれた、と言う。
RFシリーズを見て、その伝統と技術を褒める。
チェスターJr.の肩を叩き、君こそ真のジオンの若者だと認める。
その隣にはナナイ・ミゲル。
後ろにはギラ・ドーガの整然とした部隊。
遠くには、新生ネオ・ジオンの旗。
まるで辺境の若者が、遠い銀河で復活した伝説のジェダイを訪ねるような夢だった。
あるいは、名もない帝国残党の兵士が、ダース・ベイダー本人から忠誠を認められると信じて、スター・デストロイヤーへ向かうような夢だった。
カールが隣で言った。
「嬉しそうですね」
「当然だ」
「まだ会ってもいませんよ」
「英雄というのは、会う前が一番美しい」
「わかっているじゃないですか」
「何がだ」
「いえ」
カールはそれ以上言わなかった。
チェスターJr.は知らない。
シャア・アズナブルが、火星から来る小艦隊のことなど、まだ詳しく把握していないことを。
彼にとって火星の残党は、各地から集まってくる無数の不満分子の一つにすぎないことを。
新生ネオ・ジオンが必要としているのは、英雄ではない。
兵員。
艦艇。
モビルスーツ。
弾薬。
そして、命令された場所で戦ってくれる兵士である。
チェスター艦隊は、それを持っていた。
信仰心まで持っていた。
指揮官からすれば、使いやすい。
とても使いやすい。
帝国の皇帝が辺境から来た志願兵一人ひとりの夢を気にかけないように。
反乱同盟の将軍が、すべてのパイロットの人生を知ることなどできないように。
伝説の英雄と、その名を信じる民との間には、いつだって冷たい距離がある。
だが、火星から見れば、その距離は見えない。
見えるのは赤い彗星だけだ。
「待っていてください、シャア総帥」
チェスターJr.は、星空へ向けて言った。
「我々チェスター艦隊が、火星のジオンの力をお見せします」
その言葉に応える者はいなかった。
フォースは存在しない。
だが、遠い英雄の名を希望へ変える力なら、人間の中にいくらでもあった。
宇宙世紀0092年。
火星内戦を生き延びたジオンマーズの残党は、シャア・アズナブルの呼び声に応え、地球圏へ向けて出航した。
彼らは、自分たちが新しい反乱同盟へ加わるのだと思っていた。
伝説の英雄と肩を並べ、地球連邦という銀河帝国へ挑むのだと信じていた。
だが、彼らが向かっているのは、希望の神殿ではない。
一人の男が、地球圏の未来と自分自身の過去と、アムロ・レイへの執着を同じ戦場へ投げ込もうとしている場所だった。
火星から来る小さな艦隊が、その舞台でどんな役を与えられるのか。
それを知る者は、まだいない。
ただ、嫌な予感だけが、チェスター艦隊より一足早く地球圏へ到着していた。