【宇宙世紀】ジオン残党だけど火星で第二帝国を作る羽目になった件【スターウォーズ概念クロス】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
遠い昔、はるか彼方の銀河系で――
辺境の民が崇める英雄の姿と、その英雄が実際に見ている戦場は、決して同じものではない。
民は、自分たちを救ってくれる伝説を求める。
英雄は、戦争に使える兵士と艦艇を求める。
両者が同じ旗の下に集った時、その願いは一瞬だけ重なって見える。
だが、一方が見ているのは希望であり、もう一方が見ているのは戦術図の上に置かれた駒だった。
この銀河でも、まったく同じ歓迎式典が始まろうとしていた。
宇宙世紀0092年。
シャア・アズナブルは、火星から届いた報告書を読んでいた。
正確には、読むのを三度ほど諦めていた。
報告書の一枚目には、こう書かれている。
火星独立ジオン軍チェスター艦隊。
旗艦チベ級重巡洋艦一隻。
ムサイ級軽巡洋艦二隻。
輸送艦一隻。
所属人員、約二百名。
保有モビルスーツ、RFザク、RFドム、RFゲルググほか。
そこまではいい。
問題は、二枚目からだった。
アクシズからの離脱。
ジオンマーズ建国。
火星におけるレジオンとの内戦。
旧ティターンズ残党の流入。
アリシア・ザビを名乗る少女。
ガンダムTR-6[インレ]。
火星全土への飛行禁止令。
ウサギ耳付き防寒作業服。
インレの強奪。
濃緑色への再塗装。
頭部への大型モノアイ増設。
制御不能。
爆発。
両軍共倒れ。
シャアは、報告書を机へ置いた。
静かに置いた。
怒ってはいない。
ただ、理解を拒んでいた。
「ナナイ」
総帥室の窓際に立っていたナナイ・ミゲルが振り返る。
「はい、総帥」
「質問がある」
「どうぞ」
「なぜガンダムにモノアイを付けたのだ」
ナナイは一瞬だけ黙った。
新生ネオ・ジオン総帥シャア・アズナブルから発せられる質問としては、かなり程度が低い。
だが、報告書に記された内容が内容だった。
「ジオンの兵器であることを、視覚的に明示するためだったそうです」
「塗装だけでは足りなかったのか」
「足りなかったのでしょう」
「誰にとって」
「彼らにとってです」
「そうか」
シャアは額を押さえた。
理解はできない。
だが、答えとしては成立している。
火星から来たジオンマーズ残党。
報告書を読むまでは、辺境から馳せ参じる貴重な戦力だと考えていた。
地球圏では、新生ネオ・ジオンの戦力整備が急速に進められている。
難民コロニー、スウィートウォーターを拠点に、各地の反連邦勢力、旧ジオン軍人、ネオ・ジオン残党、スペースノイド独立派が集まりつつあった。
人員はいくらあっても困らない。
艦艇も必要だ。
実戦経験者ならば、なおさら歓迎すべきだった。
理屈の上では。
「彼らは現在、どこにいる」
「スウィートウォーター外周の第六港湾区画です。長距離航行により艦艇と人員が疲弊しているため、補給と検疫を受けています」
「問題は」
ナナイは端末を確認した。
「到着から二時間で十四件です」
「多いな」
「そのうち八件は、チェスター艦隊の古参兵と、我が軍の若い整備兵との口論です」
「原因は」
「ギラ・ドーガの動力パイプが細い、と」
シャアは黙った。
「細い?」
「はい。ジオン系量産機の後継を名乗るからには、もっと動力パイプを太くし、肩のスパイクを大型化し、脚部装甲にも重量感を持たせるべきだと主張しています」
「ギラ・ドーガの設計思想を、彼らは理解していないのか」
「説明した整備兵によれば、運動性能、整備性、量産性、構造効率について四十分かけて解説したそうです」
「それで」
「火星側の整備兵は、『理屈はわかるが魂が足りない』と」
シャアは椅子に深く座り直した。
「魂でジェネレーターは動かん」
「おっしゃるとおりです」
「魂で推進剤を節約できるわけでもない」
「はい」
「動力パイプを太くすれば、被弾する面積が増える」
「まったくそのとおりです」
「では、なぜ太くしたがる」
「そのほうがザクらしいからだそうです」
シャアはサングラスを外した。
そして、机の上へ置いた。
指導者が公の場では決して見せない、疲れ切った目が現れる。
地球圏のスペースノイドたちは、シャアを伝説の英雄だと思っている。
一年戦争を駆けた赤い彗星。
ジオン・ズム・ダイクンの遺児。
グリプス戦役で連邦内部の腐敗と戦った先導者。
地球の重力に魂を縛られた人類を、宇宙へ導く者。
スターウォーズで言えば、辺境から帰還したジェダイの英雄でありながら、同時に銀河帝国を率いる皇帝のごとき権威まで背負わされたような存在である。
だが、現実のシャア・アズナブルが日々行っていることは、神話とはだいぶ違った。
補給計画。
予算配分。
アナハイムとの交渉。
艦艇の配置。
人員の査定。
難民コロニー内部の政治調整。
思想の異なる反連邦勢力同士の仲裁。
ギラ・ドーガの動力パイプを太くしたがる火星人への対応。
伝説の英雄も、組織の頂点に立てば管理職である。
「ほかの問題は」
シャアが聞く。
「食堂での騒動が二件です」
「食事が合わなかったか」
「スウィートウォーターの合成食が豪華すぎると」
「苦情なのか、それは」
「火星では長らく合成芋が主食だったため、食事が豊かすぎると兵士の精神が堕落する、と古参兵が主張しています」
「何を出した」
「合成肉入りシチューです」
「それで堕落するのか」
「火星基準では」
「火星基準とは何なのだ」
ナナイは答えなかった。
答えを持っていなかった。
「残りは」
「チェスターJr.本人から、総帥との早期会見要請が六回」
「六回?」
「到着前の通信を含めれば十一回です」
「断っているのか」
「総帥は軍事会議中であると伝えています」
「私は報告書を読んでいただけだが」
「その報告書も軍務の一環です」
「……そうだな」
シャアは再び報告書を手に取った。
表紙には、チェスターJr.の経歴がある。
ジオンマーズ主席チェスターの息子。
火星内戦を生き延び、散り散りになった残存部隊を再編。
父の名を冠したチェスター艦隊を結成し、シャアの糾合通信に応じて地球圏へ出航。
年齢の割には、よくやっている。
艦艇は古い。
部隊は少ない。
思想は面倒。
兵器の美的感覚は理解不能。
だが、補給の乏しい火星から地球圏まで船団を運んできた手腕そのものは評価できた。
シャアは別の資料を開いた。
RFシリーズ性能評価。
外見は一年戦争当時のザク、ドム、ゲルググを模している。
だが、内部は大幅に更新されていた。
複数世代の部品と独自改修が混在し、機体ごとの差異が大きい。整備性には問題がある。
一方で、火星の低重力、砂塵、寒冷環境で長期運用されてきたため、耐環境性と現地修理能力は高い。
「使えるな」
シャアは言った。
ナナイが少し眉を上げる。
「RFシリーズが、ですか」
「機体もだが、兵士たちがだ」
火星内戦を生き延びた。
補給の乏しい辺境で戦った。
旧式艦を維持し続けた。
レジオンの監視下で地下抵抗を行い、敵の中枢兵器まで奪った。
その兵器を緑色に塗ったことは、ひとまず忘れる。
結果は共倒れでも、その過程で得た経験は本物だった。
新生ネオ・ジオンには、理想に燃える志願兵が多い。
だが、理想だけでは戦争はできない。
必要なのは、壊れた機体を動かせる整備兵。
配給が減っても耐えられる古参兵。
命令が途絶えても潜伏を続けられる工作員。
そして、勝ち目が薄くても前線に立つ者たち。
火星から来た者たちは、そのすべてを満たしていた。
「しかし、忠誠の方向が複雑です」
ナナイが言った。
「彼らはザビ家の正統を重んじています。同時に、ハマーン・カーンとアリシア・ザビを僭称者として否定している。チェスター主席独自の火星ジオン思想も残っています」
「それでいて、私には忠誠を誓う」
「はい」
「私がザビ家を滅ぼした側の人間だと、知らないわけではあるまい」
「承知しています。彼らの説明では、総帥はザビ家を倒した者である以前に、ダイクンの血統を継ぐ赤い彗星である、と」
「都合のいい解釈だ」
「彼らは総帥と同じことをしています」
シャアの目がナナイへ向く。
ナナイは涼しい顔をしていた。
「何が言いたい」
「人は、自分が必要とする形に歴史を整えるということです」
「私が歴史を歪めていると」
「政治とは、ある程度そういうものでは?」
シャアは答えなかった。
そのとおりだったからである。
チェスター艦隊は、自分たちに必要なシャア像を作っている。
ダイクンの遺児。
赤い彗星。
スペースノイドの救世主。
古いジオンと新しい時代を結ぶ総帥。
彼らが信じているのは、シャア本人ではない。
英雄シャア・アズナブルという物語だった。
スターウォーズの銀河で、辺境の住民がルーク・スカイウォーカーの失敗や迷いを知らず、「デス・スターを破壊したジェダイ」という伝説だけを信じるように。
あるいは、帝国士官がダース・ベイダーの過去も葛藤も知らず、「皇帝の無敵の執行者」という黒い仮面だけを恐れるように。
人は、仮面を信じる。
そしてシャアは、仮面を使うことに慣れていた。
キャスバル・レム・ダイクン。
エドワウ・マス。
シャア・アズナブル。
クワトロ・バジーナ。
そして今は、新生ネオ・ジオン総帥。
どれも自分であり、どれも完全な自分ではない。
「会おう」
シャアは言った。
「チェスターJr.とですか」
「ああ。火星の兵士たちも集めろ。形式的な歓迎式典を行う」
「式典まで?」
「彼らが欲しいのは、補給許可証だけではない」
シャアは立ち上がった。
「神話だ」
ナナイは納得したようにうなずく。
「用意するものは」
「彼らの艦隊名と部隊章を正式に認める。私の直属ではなく、独立部隊として編成する」
「指揮系統から半ば切り離すのですね」
「独自性を尊重するのだ」
「便利な言い方です」
「政治とは、そういうものだろう」
シャアはサングラスをかけ直した。
疲れた管理職の顔が隠れる。
代わりに、赤い彗星の顔が現れた。
姿勢を正す。
声の調子を整える。
視線から迷いを消す。
伝説の英雄は、生まれつき伝説なのではない。
人前へ出る前に、伝説の顔を作るのである。
スウィートウォーター第六港湾区画。
チェスター艦隊の到着したドックには、異様な光景が広がっていた。
旧式のチベ級。
二隻のムサイ級。
補修跡だらけの輸送艦。
濃緑色のRFザク。
小豆色に塗られたRFドム。
一年戦争時のゲルググを現代技術で強引に蘇らせたRFゲルググ。
その隣には、新生ネオ・ジオンのギラ・ドーガが並んでいる。
新旧ジオン量産機の共演だった。
襲名式典にも見える。
模型展示会にも見える。
思想の違う二つの愛好家集団が、同じ会場を予約してしまったようにも見える。
「やはり細い」
火星側の古参整備兵が、ギラ・ドーガの動力パイプを見て言った。
新生ネオ・ジオン側の若い整備兵が振り返る。
「またその話ですか」
「ザクの系譜を名乗るなら、もっと威厳が必要だ」
「機体性能と関係ありません」
「性能だけで兵士が命を預けられるか」
「性能に命を預けてください!」
両者が言い争う横を、チェスターJr.が歩いていた。
彼は新しい軍服を着ていた。
新しい、といっても、火星で保管されていた礼装を修繕したものだ。
ところどころ色が違う。
金モールの一部は、レジオンの装飾品を溶かして再利用している。
だが、本人は堂々としていた。
今日、シャア・アズナブルに会える。
赤い彗星。
ダイクンの遺児。
新生ネオ・ジオン総帥。
火星を出てきた意味が、ついに報われる。
「カール」
チェスターJr.は小声で言った。
「俺の髪は大丈夫か」
「大丈夫です」
「軍服は」
「大丈夫です」
「肩章が少し曲がっていないか」
「三回直しました」
「顔色は」
「長距離航行で青いです」
「英雄との対面にふさわしくないな」
「総帥も宇宙暮らしですから、気にしないでしょう」
「俺は何と言えばいい」
「普通に挨拶してください」
「シャア総帥、貴方の呼び声に応え、火星の戦士たちが銀河の果てより参上いたしました、では」
「重いです」
「我らの命、ジオンの大義のためにお使いください」
「危険です」
「何が」
「本当に使われます」
チェスターJr.は眉をひそめた。
「忠誠を示す言葉だぞ」
「命を渡す文書に、細かい文字を読まず同意するようなものです」
「お前は総帥を疑っているのか」
カールは少し考えた。
「総帥ではなく、全組織の人事担当者を疑っています」
「夢がないな」
「火星で夢はだいたい爆発したので」
反論できなかった。
警備兵が整列を命じる。
ドックが静まった。
新生ネオ・ジオンの士官たちが入ってくる。
ナナイ・ミゲルが続く。
そして最後に、赤い軍服の男が姿を見せた。
シャア・アズナブル。
空気が変わった。
火星の兵士たちは、誰に命じられるでもなく直立した。
何人かは息を呑んだ。
何人かは、本当に目を潤ませた。
一年戦争当時、遠くから赤いザクを見たという古参兵は、震える手で敬礼した。
チェスターJr.も動けなかった。
映像とは違う。
目の前にいる。
ジオンの神話を作った男が、自分たちの前へ歩いてくる。
ルーク・スカイウォーカーを信じて辺境から旅立った者が、ついにジェダイ本人と対面する瞬間。
あるいは、銀河帝国の地方軍が中心世界へ上り、ダース・ベイダーの黒い姿を初めて目にする瞬間。
もっとも、スターウォーズの人物がこの世界に現れたわけではない。
チェスターJr.が抱いた感覚が、それに似ていただけである。
シャアは兵士たちの前で足を止めた。
「火星から来た同志諸君」
よく通る声だった。
少しも迷いがない。
「長い旅だったと聞いている」
チェスターJr.の胸が熱くなる。
「諸君は地球圏から遠く離れた地で、スペースノイドの誇りを守り続けた。アクシズの権威にも、ティターンズの残党にも屈せず、火星という過酷な地に自らの根を張った」
火星の兵士たちが聞き入る。
「諸君の戦いを、地球圏の者たちは知らない。歴史書にも、正しく記されることはないだろう」
古参兵が唇を噛む。
それこそ、彼らの最大の不満だった。
誰も火星を見ていない。
誰も自分たちの戦争を知らない。
ハマーンも、連邦も、エゥーゴも、自分たちを歴史の外に置いた。
だが、シャアは知っている。
少なくとも、そう聞こえた。
「しかし私は、諸君を忘れない」
チェスターJr.の目に涙が浮かんだ。
カールは横で天井を見た。
効きすぎている。
「新生ネオ・ジオンは、諸君を同志として迎える。火星で培った力を、スペースノイドの未来のために貸してほしい」
シャアはチェスターJr.の前へ進んだ。
「チェスターJr.」
「はっ!」
声が裏返った。
シャアは気にしなかった。
「父の遺志を継ぎ、よく部隊をここまで導いた」
「も、もったいなきお言葉です!」
ナナイから、金色の肩章が渡される。
仰々しい意匠。
旧公国軍の伝統を意識した装飾。
実戦では邪魔にしかならない大きさ。
チェスターJr.が最も喜びそうな品だった。
シャアは、その肩章を彼へ授ける。
「本日より、チェスター艦隊を新生ネオ・ジオン特別独立部隊として認める」
チェスターJr.の涙腺が負けた。
「総帥……!」
「君たちの帰還を、父ジオン・ズム・ダイクンも喜んでいるだろう」
決定打だった。
チェスターJr.は泣いた。
後ろの古参兵たちも泣いた。
なぜか、ギラ・ドーガの動力パイプについて揉めていた整備兵まで泣いた。
「この命、総帥に捧げます!」
チェスターJr.は叫んだ。
カールが小さく言う。
「だから、それを言うなと」
もう遅かった。
シャアは、慈愛すら感じさせる表情でうなずいた。
「期待している」
短い言葉だった。
チェスターJr.には、千の勲章より重く響いた。
歓迎式典が終わった。
火星の兵士たちは、支給された食料と補給物資を前に盛り上がっている。
新生ネオ・ジオンの若い兵士たちに、火星内戦の話を披露する者もいた。
「インレという巨大なガンダムを奪ってな」
「本当ですか」
「ああ。緑に塗った」
「なぜ」
「ジオンだからだ」
「答えになってませんよ」
ドックに活気が戻っていた。
チェスターJr.は、授けられた肩章を何度も見ている。
「見たか、カール」
「見ました」
「総帥は、俺たちを同志と言った」
「言いましたね」
「俺の父を認めた」
「そう聞こえました」
「父ダイクンも喜んでいると」
「総帥のお父上なので、確認はできませんが」
「お前は感動というものを知らないのか」
「知っています。だからこそ、契約条件も確認します」
カールは支給された命令書を開いた。
「所属は特別独立部隊。装備と艦艇の独自運用を許可。指揮権はチェスターJr.様が保持。ただし、作戦時は総帥府および艦隊司令部の命令に従う」
「当然だ」
「補給優先度は第三種」
「どの程度だ」
「正規のギラ・ドーガ部隊より下です」
チェスターJr.の笑顔が少し止まった。
「長距離航行を終えたばかりだからだろう」
「配属予定宙域は、外周独立機動セクター」
「名誉ある配置だな」
「主力艦隊の外側です」
「先鋒ということだ」
「もっと外です」
「敵へ最も近い」
「味方から最も遠い、とも言います」
チェスターJr.は命令書を奪った。
そこには確かに、チェスター艦隊の暫定配置案が記されている。
新生ネオ・ジオン艦隊の外周。
早期警戒。
陽動。
敵戦力の拘束。
主力防衛線への接近阻止。
軍事用語で飾れば、名誉ある独立機動部隊である。
現場の言葉に直せば、主力艦隊の一番外側に置かれる防波堤だった。
敵が来れば、最初に発見する。
そして、最初に撃たれる。
壊れても、本隊の損害には数えられにくい。
「名誉ある役目だ」
チェスターJr.は言った。
自分へ言い聞かせるように。
「前線こそ、我々火星の戦士にふさわしい」
「そうですね」
カールは否定しなかった。
ただ、少しだけ心配そうに、遠ざかるシャアの背中を見た。
総帥室へ戻ったシャアは、再びサングラスを外していた。
「式典は成功しました」
ナナイが言う。
「成功しすぎたな」
「チェスターJr.は、総帥へ命を捧げると」
「そこまで言わせるつもりはなかった」
「本当ですか」
シャアは答えなかった。
ナナイが、チェスター艦隊の配置図を表示する。
「外周独立機動セクター。敵の進出経路を早期に把握し、本隊が展開するまで拘束させる」
「ああ」
「損耗率は高くなるでしょう」
「戦場なら、どこでも損耗する」
「彼らは総帥と肩を並べて戦えると思っています」
「すべての兵と肩を並べて戦うことはできん」
「では、誤解させたままにすると」
シャアは窓の外を見た。
スウィートウォーターの人工的な空。
その向こうに、本物の宇宙がある。
「ナナイ。軍は、兵士一人ひとりの夢をかなえる場所ではない」
「ですが、夢を利用する場所ではある」
「彼らは戦う理由を求めていた。私はそれを与えた」
「そして総帥は、戦力を得た」
「双方に利益がある」
冷たい答えだった。
だが、指揮官としては間違っていない。
チェスター艦隊は、火星で朽ちる代わりに、地球圏の戦争へ参加する機会を得た。
新生ネオ・ジオンは、実戦経験を持つ部隊と艦艇を得た。
ただし、両者が思い描いている関係は同じではなかった。
チェスターJr.は、自分たちが伝説の英雄に選ばれたと考えている。
シャアは、使える戦力を適切な場所へ配置したと考えている。
そこには、火星と地球圏より遠い距離があった。
「彼らのRFシリーズをどう評価します」
ナナイが尋ねる。
「見た目はともかく、悪い機体ではない」
「意外です」
「火星で長期間改修されてきただけはある。現地調達部品への適応範囲が広く、操縦系統も単純だ。何より、パイロットたちが自分の機体を熟知している」
「ギラ・ドーガへ機種転換させますか」
「いや」
シャアは首を振った。
「彼らには、あの機体を使わせる」
「なぜです」
「RFシリーズは、彼らの旗だ。機体を取り上げれば、彼らは自分たちが何者なのかわからなくなる」
シャア・アズナブルは、そのことをよく理解していた。
人は性能だけで戦うのではない。
記号で戦う。
色で戦う。
名前で戦う。
亡くなった者の記憶で戦う。
自分が赤い機体へ乗り続けるのも、理由は違わない。
赤は、機体を三倍速くする魔法ではない。
だが、赤い彗星という神話を一瞬で伝える。
RFザクやRFゲルググも同じだった。
合理的な兵器とは言いがたい。
だが、火星の兵士たちにとっては、自分たちがジオンであると証明する鎧だった。
「外見は旧式でも、中身は更新されている。敵が誤認すれば、初動で優位に立てる」
シャアは言った。
「それに、戦場であの姿を見た連邦兵は、否応なく一年戦争を思い出す」
「恐怖を利用するのですね」
「神話を利用するのだ」
シャアは、自分のサングラスを見た。
「彼らだけではない。私も同じさ」
赤い彗星。
ダイクンの遺児。
スペースノイドの指導者。
それらはすべて、今の戦争に必要な神話だった。
本人が何を迷い、何を恐れ、何を本当に欲しているかは関係ない。
人々が必要としているのは、仮面の内側にいるキャスバルではない。
総帥シャア・アズナブルである。
「彼らは、あなたを救世主だと思っています」
ナナイが言った。
「私は救世主ではない」
シャアは即答した。
「では、何者です」
わずかな沈黙のあと、シャアは答えた。
「必要な役を演じる者だ」
その言葉は、火星の兵士たちには届かなかった。
チェスターJr.は、シャアから授けられた肩章を胸に、格納庫の兵士たちへ叫んでいた。
「聞け、火星の戦士たちよ!」
一斉に視線が集まる。
「シャア総帥は、我々を正式な同志として認めてくださった! 我々チェスター艦隊は、本日より新生ネオ・ジオン特別独立部隊として、新たな戦いへ加わる!」
格納庫に歓声が響いた。
「そして総帥は、我々のRFシリーズを見て、その真価を理解してくださった!」
カールが横から小声で聞く。
「そこまで言っていましたか」
「表情でわかった」
「総帥、ほとんどサングラスで隠れていましたよ」
「魂で読んだ」
「また魂ですか」
チェスターJr.は無視して、拳を掲げた。
「我々はシャア総帥の剣となる!」
「おお!」
「そして、その盾となる!」
「おおお!」
火星の兵士たちが歓声を上げる中、カールだけが支給された命令書の配属欄を見ていた。
剣なら、まだいい。
問題は、盾のほうだった。
しかも普通の盾ではない。
新生ネオ・ジオン主力部隊の、さらに外側へ配置される盾。
敵が来れば、最初に殴られる盾。
壊れても、本隊の損害には数えられにくい盾。
軍事用語で飾れば、独立機動部隊。
現場の言葉に直せば、便利な防波堤である。
だが、格納庫で歓喜する火星の兵士たちは、その事実をまだ知らない。
いや、説明されたとしても、名誉ある先鋒だと解釈するだろう。
彼らは長い間、戦う場所を求めていた。
火星で忘れられるより、地球圏の歴史の中で散るほうがいい。
誰にも知られず地下で老いるより、赤い彗星の旗のもとで戦いたい。
その願いは本物だった。
だからこそ、利用しやすかった。
「ジーク・ジオン!」
チェスターJr.が拳を上げる。
「ジーク・ジオン!」
兵士たちが応える。
「ジーク・シャア!」
誰かが叫んだ。
一瞬だけ、格納庫が静かになる。
チェスターJr.が振り返った。
「いま誰だ」
誰も名乗り出ない。
チェスターJr.は少し考えた。
「いや、気持ちはわかる。だが、公式の掛け声としては扱いに困る。普通にジーク・ジオンで統一しろ」
「了解!」
「では、改めて――ジーク・ジオン!」
「ジーク・ジオン!」
その声は、スウィートウォーターの港湾区画に響き渡った。
宇宙世紀0092年。
火星から来た軍勢は、新生ネオ・ジオンへ正式に組み込まれた。
チェスターJr.は、それを英雄からの祝福と受け取った。
シャア・アズナブルは、それを戦力の補充と考えた。
同じ歓迎式典を見ていながら、二人が見ていたものはまるで違っている。
チェスターJr.は、自分たちを総帥の剣と呼んだ。
カールは、命令書を見て防波堤と読んだ。
シャアは、戦術図上の一つの駒として配置した。
誰も、完全な嘘は言っていない。
ただ、真実の見え方が違っていただけだった。
フォースは存在しない。
だが、人を奮い立たせる神話と、その神話を利用して兵士を配置する冷たい計算なら、この地球圏には確かに存在していた。
赤い彗星の呼び声に応えた火星の亡霊たちは、歓喜の中で武器を磨いている。
自分たちが伝説の英雄と肩を並べるのだと信じながら。
だが、その英雄が見つめているのは、彼ら一人ひとりの顔ではない。
戦術図の最外周で静かに光る、チェスター艦隊という一つの駒だった。