機動戦士ガンダム ギレン、ハマーン、シャアの次なる答え――ジオンの最高頭脳、サナリィの最新ガンダムで宇宙世紀を総決算する 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0093年3月、5thルナのラサ落下から数週間が経った。地球連邦軍の最前線部隊であり、地球圏のありとあらゆるお荷物と厄介事、そして一部の「ガンダムという名の超兵器を乗り回す天才」を押し付けられている精鋭組織『ロンド・ベル』隊の旗艦ラー・カイラム。そのブリッジの一角で、地球連邦軍のしがないベテラン情報分析官、バート・ハイマンは、自らの毛根が驚異的なスピードで死滅していく感覚を味わいながら、目の前の戦術レーダーを凝視していた。
「……おい、冗談だろ。なんだあの、宇宙世紀の歴史を逆行しているかのようなおぞましい骨董品の群れは。我がロンド・ベル隊は、ネオ・ジオンの精鋭『ギラ・ドーガ』や、総帥直属の超高性能試作機『サザビー』と戦っていたはずではなかったのか?」
バートの脳内を満たしていたのは、地球を守るという崇高な愛国心などではなく、完全に「深夜残業中に、全く仕様書の存在しない昭和のクソシステムを丸投げされたプログラマー」のそれであった。
レーダーが捉えているのは、小惑星アクシズの防衛戦、その最外周セクターで、まるで「自分たちこそが一年戦争の主役です!」と言わんばかりの圧倒的なドヤ顔(の熱量)で展開している、謎のネオ・ジオン増援部隊――通称『チェスター艦隊』であった。
何が恐ろしいかと言って、彼らが乗り回しているモビルスーツのシルエットが、今から14年も前のオデッサ作戦やア・バオア・クー戦役で散々見た『ザクII』や『ゲルググ』、あるいは『ドム』に酷似していたことだ。
「報告します! 敵艦隊、巡洋艦チベおよびムサイから展開した機体群は、外見こそ公国軍の旧式機ですが、出力および熱核ロケットの推進器エネルギーが完全に現行の第4世代モビルスーツ並みです! 我が方のジェガン隊が『なんだ、ただの動く骨董品か』と油断して近づいた瞬間、見た目は旧型のザクのくせに、こちらのジェガンを遥かに凌駕する加速力で背後に回り込まれ、ビーム・サーベルで一刀両断されました!」
隣でオペレーター(一年戦争時はジャブローの地下で事務作業をしていたため、生のザクを見るだけで失神しかける男)が、涙目でキーボードを連打している。
「馬鹿な……。あいつら、外見だけ旧型のレプリカにして、中身にアナハイム・エレクトロニクス社の最新型コンポーネントをぎゅうぎゅうに詰め込んでやがるのか!? なんだその、最悪な車マニアがやる『見た目はクラシックカーだけど、エンジンだけ最新のスポーツカーに換装しました』みたいな悪趣味な違法改造は! 保安基準を満たしていないにも程があるだろ!」
バートは私物のマグカップに入ったインスタントコーヒーをデスクに叩きつけた。
地球連邦軍の情報部が事前に用意していたネオ・ジオンの戦力分析データには、こんな「拗らせまくった伝統工芸品」のような部隊の記述は一切なかったのだ。
それもそのはず、彼らは地球圏の動乱(グリプス戦役や第1次ネオ・ジオン抗争)を完全にシカトし、火星の極寒の地下都市で「ザクのパイプは太ければ太いほどジオンの魂が宿る」という、頭のネジが数本吹き飛んだ脳筋なこだわりだけで10年以上もガラパゴス的進化を遂げてきた、生粋の火星ひきこもりジオン、ジオンマーズの生き残りだったからである。
「バート主任! 敵の先遣隊、コードネーム『RFゲルググ』の部隊が、本艦隊の第3防衛ラインを突破! 先頭に立つ金モールのついたド派手なゲルググに乗る男が、全回線の広域通信で何か叫んでいます!」
「回線を繋げ。どうせまた『ジーク・ジオン』の三連呼だろ。宇宙ノイドのボキャブラリーは、それ以外に存在しないのか」
バートがスピーカーのスイッチを入れると、ブリッジ中に、ひび割れた爆音とともに若々しくも狂気じみた男の声が響き渡った。
『ハーーーハッハッハ! 連邦の不届き者どもよ、思い知るがいい! 我らこそは火星の試練を乗り越え、シャア・アズナブル総帥の熱き呼び声に応えて馳せ参じた、真のジオン公国軍の正統なる後継者! チェスター艦隊である! シャア総帥は我々に『君たちのその伝統の緑色こそ、アクシズを地球へ落とすための最高の鍵だ』と仰ってくださった! 我らは総帥の美しい盾となり、地球の寄生虫どもを一人残らず粛清してご覧に入れる!!』
「……。なあ、誰かあの哀れな男に、現実という名の冷水をぶっかけてやれる奴はいないのか?」
バートは、あまりにもおめでたすぎる火星の若造、チェスターJr.の演説を聞いて、怒りを通り越して深い同情の念すら覚え始めていた。
地球連邦軍の情報部は、ネオ・ジオンの内部事情をそれなりに把握している。シャア・アズナブルという男が、どれだけザビ家を信奉する残党を嫌悪しているか。そして、あの男がいかに冷徹に「使える駒は、その精神的バックボーンごと徹底的に使い潰す」タイプの、最悪なブラック企業のワンマン社長気質であるかを。
(シャア総帥の美しい盾だと? 笑わせるな。あの赤い彗星が、わざわざ火星からやってきたザビ家マニアのオッサンどものために、自分の愛機サザビーを並べて一緒に戦ってくれるわけがないだろう。あいつら、完全にネオ・ジオンの正規軍(ギラ・ドーガ隊)から『なんか火星から緑色のうるさいオッサンたちが来たから、一番弾幕のキツい外周セクターに放り込んでおこうぜ』って、体よく生贄に捧げられただけじゃないか!)
実際、現在の戦況マップを見れば一目瞭然だった。
チェスター艦隊が「これぞジオンの復興!」と血を流して戦っているすぐ後ろのセクターでは、シャア・アズナブルのサザビーや、レズン・シュナイダーのギラ・ドーガが、彼らを完全な『目隠し(肉壁)』として利用しながら、ラー・カイラムの核ミサイルを回避するためのベストなポジショニングを淡々と整えているのだ。完璧なまでのトカゲの尻尾切り、あるいは、新入社員を最前線に突撃させて自分は後ろでスマホをいじっているクソ上司の構図そのものであった。
「主任! 敵の突撃に対し、我が方の『白い奴』が動きました! アムロ・レイ大尉のνガンダム、チェスター艦隊の正面セクターへ単機で突入!」
「よし、勝負はついたな。あの天パの怪物(アムロ)は、伝統芸能とかオタクのこだわりといった精神論が一番通用しない、宇宙世紀最高の『合理的暴力の化身』だぞ。あの火星のオッサンたちの狂信バリアが、どこまで耐えられるか見ものだな」
画面の向こう、漆黒の宇宙空間で、白い悪魔がその圧倒的な性能を解放した。
アムロ・レイの乗るνガンダムは、チェスター艦隊が誇る『RFシリーズ』の群れに突っ込むと、背中のフィン・ファンネルを瞬時に展開。それはまるで、熟練の職人が大根のツマを刻むかのような流麗さと正確さで、RFザクやRFドムの四肢をピンポイントで次々と撃ち抜いていった。
『な、なんだあの白いモビルスーツは!? 連邦のガンダムは、ジオンの伝統的な曲線美に対するリスペクトというものが無いのか!? 股関節のシーリングが剥き出しだぞ!』
『うわあああ! ビームが、ビームが変な方向から曲がって飛んできた! あれはジオングの有線サイコミュか!? いや、ワイヤーが付いていないぞ! 卑怯だぞ、連邦のエリート野郎――』
ドガァン! ズドォォン!!
火星の地下で10年間、外見のディテールアップ(パイプの増設やモノアイの大型化)ばかりに命を懸けていたジオンマーズのパイロットたちは、アムロ・レイの「脳波でビームの軌道を曲げて、死角からコックピットだけを正確に消し飛ばす」という、0093年現在の超ハイテク・イリュージョンに対応できるはずもなかった。彼らにとって、フィン・ファンネルはもはや兵器ではなく、オカルトか手品の類にしか見えていなかったのだ。
「悲惨だな……。あいつら、機体のアップデートに全財産を使い果たして、最新の対サイコミュ兵器用戦術(ファンネル対策)を勉強するのを完全に忘れていたんだ。まるで、最新のゲーミングパソコンを買ったのに、OSがウィンドウズ95のままで最新ゲームが起動しなくてパニックになっている格好だ」
バートが呆れ果てている間にも、戦況はさらに最悪な方向へとシフトしていく。
アムロのνガンダムが放ったビーム・ライフルの直撃を受け、チェスター艦隊の主力であるムサイ級巡洋艦が爆沈。その大爆発の光が、アクシズの表面を赤赤と照らし出す。
『シャア総帥! 救援を! 我らチェスター艦隊、これよりアクシズの盾となりて散る覚悟なれど、総帥のサザビーによる一斉射撃のご加護を――』
チベのブリッジから、チェスターJr.の悲痛な、そして未だに現実を受け入れられない混濁した通信が入ってきた。
だが、その通信に対するネオ・ジオン本隊からの返信データは、ラー・カイラムの暗号傍受班によって瞬時に解読され、バートの端末に表示された。
【ネオ・ジオン総帥府よりチェスター艦隊へ:諸君らの見事な玉砕劇は、スペース・ノイドの歴史に深く刻まれるだろう。なお、サザビーは現在、アムロのνガンダムとマンマンディ(サシ)で殴り合うという極めて個人的な宿命のフェイズに突入しているため、そちらのセクターに回すビームは一発も無い。アクシズの落下軌道を守るため、あと5分はその旧式機のレプリカでロンド・ベルの砲撃を受け止め続けてくれ。ジーク・ジオン。……あ、ナナイ、今の通信切っておいて】
「ぶっ……!!」
バートは思わず、口に含んでいたコーヒーをモニターに吹き出しそうになった。
なんだその、世界で一番冷酷な定型文の不採用通知みたいな命令は。完全に「お前らの命はどうでもいいから、アムロが満足するまで身代わりになってろ」と、総帥直々に言っているようなものではないか。
「主任! 敵のフラッグシップであるチベ級巡洋艦、我が方のジェガン隊の集中砲火を浴びて大破! エンジンが誘爆を始めています! 司令官と思しき金モールの男、最期の瞬間まで『シャア総帥、なぜですかァァァ!!』と叫びながら、爆炎の中に消えていきました!」
「……終わったか。火星からわざわざ、シャアのファンクラブの会員証(金モール)を握りしめて地球圏までやってきて、当の本尊からは『ちょっと今アムロと忙しいから邪魔しないで』とあしらわれて全滅。これ、宇宙世紀の悲劇というより、ただの巨大なネット詐欺に引っかかった被害者の会だろ」
バートは深くため息をつき、眼鏡を拭き直した。
戦場となったアクシズの周辺には、激しく炎上するチベやムサイの残骸と、四肢をバラバラに破壊されて宇宙を漂う『RFシリーズ』の残骸が無数に浮遊していた。
彼らは確かに、シャア・アズナブルの言う通り「アクシズの盾」としての役割を完璧に全うした。彼らが肉壁となってロンド・ベル隊の弾幕を吸い尽くしてくれたおかげで、ネオ・ジオンの本隊は最小限の被害でアクシズを地球への落下軌道へと乗せることに成功したのだ。
だが、その偉大なる戦果に対し、シャア・アズナブルが涙を流して感謝することなど、万に一つもあり得ない。あの赤い彗星の男の頭の中は、今、目の前のνガンダムをどうやって格闘戦でボコボコにするか、ということだけで完全に満杯なのだから。
「オペレーター、チェスター艦隊の全滅を確認と記録しておけ。……しかし、哀れな連中だったな。火星の地下で10年も耐えて、ようやく戻ってきた地球圏の宇宙で、自分たちが信じた神様に一番残酷な形で消費されて終わるなんてな」
「はい……。でも主任、生き残った数機のRFシリーズが、アクシズの影に隠れて、火星へ向けて撤退していくのを確認しました。彼ら、通信で『地球圏のジオンはもう終わりだ! シャアもハマーンも全員狂っている! 俺たちは火星へ帰り、本当の本当に最後のジオンを作り直すんだ!』って、ものすごい形相で泣きながら捨て台詞を吐いてます」
「まだやる気なのかよ、あいつら……。火星の寒さは、人間の脳の『あきらめる』っていう機能を完全に凍結させるらしいな」
バートは、アクシズの向こう側、遥か彼方に輝く赤黒い惑星――火星の方角を睨みつけた。
宇宙世紀0093年3月。シャアの反乱の裏舞台で、火星のジオンマーズが築き上げた軍勢『チェスター艦隊』は、地球圏の最新テクノロジーと、自分たちが盲信した総帥のあまりにも利己的な欺瞞の前に、跡形もなく粉砕され、公式記録の隅に「ネオ・ジオンの旧式MS混成部隊、交戦により全滅」とだけ記されて消え去った。
だが、その生き残りが持ち帰った「地球圏への激烈な憎悪」と、シャアに裏切られたという「絶対的な絶望」は、火星の地下でさらにドス黒く発酵し、およそ20年後の未来、宇宙世紀0120年代の地球圏を震撼させる、真の亡霊の軍勢『オールズモビル』という最悪の怪物を生み出すための燃料へと変わっていくのを、この時の連邦軍はまだ知る由もなかった。