【宇宙世紀】ジオン残党だけど火星で第二帝国を作る羽目になった件【スターウォーズ概念クロス】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
遠い昔、はるか彼方の銀河系で――
大きな反乱が終わると、中央の歴史書には英雄と勝者の名前だけが残される。
誰が最後の盾になったのか。
誰が時間を稼いだのか。
誰が敗走し、誰が故郷へ帰り着いたのか。
そうした名もなき者たちの記憶は、数行の損害報告へ押し込められ、やがて誰にも読まれなくなる。
だが、記録から消された者たちは、存在そのものまで消えるわけではない。
生き残った者は帰る。
敗北を持ち帰る。
英雄に見捨てられた記憶を持ち帰る。
そして、その記憶は辺境の地下で、次の世代へ受け継がれていく。
この銀河でも、盾にされた者たちの物語は、火星の氷の下へ戻ろうとしていた。
宇宙世紀0093年。
アクシズ周辺宙域から離脱したムサイ級軽巡洋艦は、火星へ向かっていた。
主機は損傷。
推進剤は残りわずか。
生命維持装置も不安定。
同行する輸送艦は、右舷の貨物区画を失っている。
搭載されたモビルスーツは、RFザク四機とRFドム一機。
そのうち、無傷で動く機体は一機もなかった。
だが、最も大きく壊れていたのは艦艇でもモビルスーツでもない。
生き残った者たちの心だった。
艦内は静まり返っていた。
誰も勝利を叫ばない。
誰も「ジーク・ジオン」と言わない。
火星を出航した時には、整備中にも食事中にも誰かが叫んでいた言葉が、いまは禁句のように口にされなくなっていた。
ムサイ級のブリッジで、カールは艦長席に座っていた。
本来、そこは彼の席ではない。
艦長も副長も、アクシズの戦いで死んだ。
生き残った士官の中で、最も階級が高かったのがカールだった。
だから座っている。
それだけだった。
「推進剤残量、十一パーセント」
オペレーターが報告する。
「現在の加速を維持した場合、火星軌道到達時には三パーセントを下回ります」
「途中で航路修正が必要になったら」
「漂流します」
「わかりやすいな」
カールは力なく答えた。
「輸送艦へ連絡。不要な貨物をさらに投棄する。武装用予備部品も、帰還に必要のないものは捨てろ」
ブリッジ要員が振り返る。
「モビルスーツ用の部品もですか」
「ああ」
「しかし、あれは火星へ持ち帰れる貴重な軍事資産です」
「死体が軍事資産を持ち帰って、何になる」
返事はなかった。
「まず生きて帰る。兵器の心配は、そのあとだ」
カールは手元を見た。
金色の肩章がある。
シャア・アズナブルがチェスターJr.へ授けたもの。
地球圏へ帰還した火星の義士たちを、赤い彗星が正式に認めた証。
少なくとも、出航当時はそう思っていた。
いまは違う。
これは、チェスターJr.が一度は信じた神話の残骸だった。
捨てようとしたことはある。
エアロックへ持っていき、宇宙へ放り出そうとした。
だが、できなかった。
これはシャアの記念品である前に、チェスターJr.の遺品だった。
彼が何を信じ、何を間違え、最後に何を理解したのか。
それを伝えるための証拠だった。
「カール大尉」
若い通信士が言った。
「火星へ戻ったあと、我々はどうなるのでしょう」
「わからない」
「連邦軍に降伏しますか」
「わからない」
「ジオンマーズを再建するのですか」
カールは肩章を握った。
「それも、まだわからない」
「何も決まっていないんですね」
「決まっていることが一つある」
カールは、正面モニターに映る暗い宇宙を見た。
「もう、遠くの英雄が決めてくれるのを待たない」
それ以上の答えは、まだ持っていなかった。
火星への帰還には、数か月を要した。
ムサイ級と輸送艦は何度も故障した。
貨物を捨てた。
武器も捨てた。
壁面装甲の一部まで切り離した。
途中で生命維持装置が止まり、RFザクの予備酸素を艦内へ接続した。
食料が尽きかけ、火星から持ち出した最後の合成芋を、乗員全員で分けた。
誰かが言った。
「スウィートウォーターのシチュー、うまかったな」
別の兵士が答えた。
「あの時は、あんな贅沢な食事を続けたら精神が堕落するって怒ってたじゃないか」
「堕落してでも、もう一度食いたい」
小さな笑いが起きた。
それが、帰還の途中で初めて生まれた笑いだった。
火星が見えたのは、その数日後だった。
赤く。
暗く。
不毛で。
遠くから見ても、相変わらず何の歓迎もしてくれそうにない惑星だった。
「火星管制へ通信」
カールは命じた。
「旧ジオンマーズ残存施設、応答せよ。こちらチェスター艦隊生存部隊。火星へ帰還する」
雑音。
長い沈黙。
やがて、かすかな声が返ってきた。
『……こちら、第28地下プラント』
ブリッジの全員が動きを止める。
『識別信号を確認した。カールなのか』
カールは、その声を知っていた。
「グランか」
『そうだ』
火星残留兵、グラン・ヴェイパー。
チェスターJr.の出航時、地下都市と生存者を維持するため火星に残った男だった。
『坊ちゃんはどうした』
カールは答えられなかった。
通信機の前で、何度も言葉を選んだ。
だが、言い方を変えても事実は変わらない。
「戦死した」
通信の向こうが静かになった。
『艦隊は』
「これだけだ」
『……そうか』
グランは、それ以上聞かなかった。
聞かなくてもわかったのだろう。
『着陸誘導を送る。地上設備は使えない。旧搬入口から地下へ入れ』
「了解」
『よく帰った』
短い言葉だった。
シャアの歓迎演説よりも飾り気がない。
神話もない。
未来を約束する言葉もない。
だが、火星へ帰ってきた者たちの胸には、その一言のほうが深く刺さった。
第28地下プラント。
かつては資源採掘と食料生産を兼ねた施設だった。
現在は、レジオンとジオンマーズ双方の生存者が身を寄せ合う地下集落になっている。
照明の半分は消えていた。
暖房も弱い。
壁には修理跡が走り、廊下の一部は崩落したまま封鎖されている。
保管庫には弾薬より芋が多い。
モビルスーツ用格納庫では、頭部のないハイザックや、脚部を失ったザクが、部品取り用として並べられていた。
火星を出る前と何も変わっていないように見える。
だが、人は減っていた。
出航時に見送った家族がいない。
子供だった者が少し成長している。
年老いた兵士が、さらに老いている。
カールたちは、もはや帰還した英雄ではなかった。
負けて戻ってきた生存者だった。
グランは搬入口で待っていた。
「ひどい顔だな」
カールを見るなり言った。
「火星に似合うだろう」
「地球圏の食事で少しは太って帰ってくると思った」
「帰りに全部痩せた」
二人は握手した。
グランの視線が、カールの手にある金色の肩章へ移る。
「それは」
「シャアから、チェスターJr.へ授けられた」
「総帥直々の勲章か」
「勲章ではない。部隊章に近い」
「同じようなものだろう」
「違う」
カールの声が強くなった。
グランは黙る。
カール自身も、自分の反応に少し驚いた。
「……すまない」
「いや」
グランは肩章を見つめた。
「その顔を見る限り、地球圏ではろくなことがなかったらしいな」
「話す」
カールは言った。
「全員を集めてくれ。何が起きたのか、最初から話す」
「シャアに裏切られたと?」
「そう簡単な話ではない」
「では、何だ」
「我々が、勝手に神を作った」
その日の夜。
地下プラントの食堂に、生存者たちが集められた。
ジオンマーズ残留兵。
元レジオン兵。
整備員。
坑夫。
農業区画の作業員。
火星で生まれ、本物の地球もスペースコロニーも見たことがない子供たち。
カールは彼らの前で、地球圏で起きたことを語った。
スウィートウォーター。
シャアとの対面。
特別独立部隊への編入。
最外周への配置。
ロンド・ベルとの戦い。
補給不足。
救援の来ない戦場。
チェスターJr.の最期。
誰も口を挟まなかった。
話が終わると、グランが言った。
「つまり、シャアは俺たちを盾にした」
「結果だけ見れば、そうだ」
「何だ、その言い方は。裏切られたんだろう」
「シャアは我々を同志と呼んだ。功績を認めた。そして、軍事的に使える場所へ配置した」
「それを裏切りと言うんじゃないのか」
「我々だけを救うと約束したことはない」
「では、チェスターJr.が悪いのか」
「誰か一人が悪かったことにすれば、また同じことを繰り返す」
カールは金色の肩章を机へ置いた。
「チェスターJr.は、シャアなら火星で失ったものに意味を与えてくれると信じた。我々も信じた。遠くの英雄が、自分たちの苦しみを全部理解してくれると思った」
若い兵士が尋ねた。
「理解してくれなかったんですか」
「理解はしていたかもしれない」
「なら、なぜ助けなかった」
「理解と救済は違うからだ」
カールは一同を見た。
「シャア・アズナブルは神ではない。軍を率いる一人の指揮官だった。彼には彼の戦争があり、彼の目的があった。我々はそれを、自分たちの希望と同じものだと思い込んだ」
「では、もう誰も信じるなと?」
「違う」
カールは首を横に振った。
「自分たちが何を守るのか、それを他人へ決めさせるな」
それが、チェスターJr.の最後の言葉だった。
誰かの神話に、自分たちの未来を預けるな。
食堂の人々は、その言葉を静かに聞いた。
すべての者が、同じ意味に受け取ったわけではない。
カールは、それを「自分たちの生活を自分たちで守る」という教訓として伝えた。
だが、グランは違った。
彼の中では、言葉が別の形へ変わり始めていた。
ハマーンは、火星を見なかった。
シャアは、火星の兵士たちを盾にした。
地球連邦は、火星の内戦を放置した。
地球圏の誰も、自分たちを守らない。
ならば、火星だけで守るしかない。
地球圏のジオンがすべて自分たちを利用するなら、地球圏のジオンなど必要ない。
ザビ家も。
ダイクンも。
赤い彗星も。
遠くの血統や英雄へ正統性を求めるから、また利用される。
自分たちこそが、最後に残った本物のジオンなのだ。
同じ話を聞きながら、カールは自立を考え、グランは純化を考えていた。
その違いは、まだ小さかった。
だが、火星の寒さの中で何年も積み重なれば、やがて巨大な亀裂になる。
帰還から数週間後。
火星軌道上に、地球連邦軍の調査船が現れた。
第二次ネオ・ジオン抗争後の治安確認。
旧レジオン施設の調査。
火星圏に残る軍事資産の回収。
名目はいくつもあった。
実際の目的は単純である。
シャアの反乱へ参加した火星系部隊が、再び火星へ戻っていないか確認することだった。
「連邦軍巡洋艦一隻」
監視室のオペレーターが報告した。
「モビルスーツ反応、ジェガン三機。地上へ降下します」
グランが拳を握る。
「早速、追手か」
「攻撃するな」
カールは即座に命じた。
「向こうは調査部隊だ。こちらから撃たなければ、戦闘にはならない可能性がある」
「武装を差し出すのか」
「生存者と居住区を守る」
「それで、また地下へ押し込められるのか」
「すでに地下にいる」
「そういう問題じゃない!」
二人が言い争う間にも、ジェガン三機が地上へ降下した。
旧ジオンマーズ施設の付近を飛行し、熱源と通信反応を調査する。
火星側のモビルスーツは、ほとんど動かせない。
稼働可能なRFシリーズは地球圏から戻った五機だけ。
だが推進剤は少なく、弾薬もない。
残留機の多くは、部品を抜き取られた空の装甲だった。
「地下搬入口へ向かっています!」
若い兵士が叫ぶ。
グランは立ち上がる。
「迎撃する!」
「待て!」
「このまま入られれば、RFシリーズも地下プラントもすべて押収される!」
「人が死ぬぞ!」
「何もしなくても、すべて奪われる!」
グランは格納庫へ走った。
カールもあとを追う。
グランが乗り込んだのは、一年戦争型のザクIIだった。
RFシリーズではない。
本物の旧式機。
装甲は錆び、関節には火星の砂が入り込み、モノアイの出力も不安定。
武装は120ミリ・ザク・マシンガン。
ジェガンを相手にするには、あまりにも古い。
「やめろ、グラン!」
カールが通信で叫ぶ。
『一発でも撃てば、奴らも俺たちを軍事勢力として扱う!』
「すでに軍事勢力だ!」
『生活している者まで巻き込むな!』
「では、目の前で全部奪われろと言うのか!」
ザクIIが地上へ出た。
赤い砂。
薄い大気。
遠くに見えるオリンポス山。
上空には、三機のジェガン。
連邦軍のパイロットが驚いた。
『地下からモビルスーツ。識別――ザクII?』
『レプリカか』
『いや、出力が低すぎる。本物の旧式機だ』
グランはザク・マシンガンを構えた。
「ここは俺たちの土地だ!」
『旧ジオン系機体へ通告する。武器を捨て、機体から降りろ。こちらに攻撃の意思はない』
「連邦の言葉など信じるか!」
グランがトリガーを引く。
120ミリ弾が火星の地表から空へ放たれる。
ジェガンは簡単に回避した。
数発がシールドへ命中する。
だが、傷らしい傷はつかない。
『攻撃を確認』
ジェガンがビーム・ライフルを構えた。
カールが地上通信へ割り込む。
「待て! こちらは火星居住区代表、カールだ! 攻撃した機体は単独行動。居住区全体に交戦の意思はない!」
『旧ジオン系武装集団の存在を確認している』
「武装集団ではない! 戦争を生き延びた者たちだ!」
『兵器を保有し、攻撃してきた』
何も言い返せない。
連邦軍の論理では正しい。
グランの論理でも、故郷を守ろうとしただけだった。
互いの立場は理解できる。
だが、理解できることと、折り合えることは同じではない。
ジェガンがザクIIへ照準を合わせる。
グランが再びマシンガンを構える。
「グラン、やめろ!」
『俺たちは、また見捨てられる!』
「生きていれば、やり直せる!」
『何度やり直せばいい!』
その叫びが通信へ響いた。
アクシズから離反した。
火星へ来た。
レジオンに支配された。
内戦を戦った。
インレを失った。
シャアを信じた。
チェスター艦隊を失った。
そして今度は、連邦軍の前で武器を捨てろと言われている。
グランにとって、それは降伏ではなかった。
自分たちの存在そのものを、再び歴史から消されることだった。
だが、ジェガンのビーム・ライフルが火を噴くことはなかった。
隊長機が銃口を下げた。
『こちら調査隊長。旧式機の戦闘能力は限定的と判断する』
『隊長?』
『任務は治安確認だ。残党狩りではない』
ジェガンはザクIIの周囲を旋回する。
『火星居住区代表へ。保有兵器と人員の記録を提出しろ。大規模な軍事活動が確認されない限り、我々は居住区内部へ進入しない』
カールは息を吐いた。
「了解した」
グランが叫ぶ。
「勝手に決めるな!」
「黙れ!」
カールの怒声に、グランの動きが止まった。
「これ以上撃てば、本当に全員が死ぬ!」
長い沈黙。
やがて、ザクIIがマシンガンを地面へ落とした。
『……了解』
ジェガン三機は、しばらく周辺を調査したあと上空へ戻っていった。
彼らは、火星の地下勢力を重大な脅威とは判断しなかった。
旧式ザク一機。
損傷した艦艇。
疲弊した生存者。
地球圏を脅かす能力はない。
そう報告された。
火星の者たちは、攻撃されなかった。
逮捕もされなかった。
武装解除も、完全には行われなかった。
ただ、脅威として扱われなかった。
それがグランには、攻撃されること以上の屈辱だった。
砂を噛んだザクIIの右脚は、地下へ戻る途中で完全に止まった。
カールと整備員たちは、作業車で機体を引き戻した。
格納庫へ運び込まれたあと、グランはコックピットから降りなかった。
「出てこい」
カールが言った。
返事はない。
「グラン」
『……あいつら、俺たちを殺す価値もないと思った』
「違う」
『何が違う。俺の攻撃を受けても、害虫を見るような目で帰っていった』
「戦わずに済んだ」
『お前は、それでいいのか』
カールは少し黙った。
「いいとは思っていない」
『なら――』
「だが、今日ここで全員を死なせるよりはいい」
コックピットハッチが開いた。
グランが出てくる。
その顔は、怒りと屈辱で歪んでいた。
「お前はチェスターJr.の言葉を、生きるための教訓だと思っている」
「ああ」
「俺は違う」
グランは、格納庫のRFザクを見た。
地球圏から持ち帰った、数少ない戦力。
「俺たちを守る者は、俺たち以外にいない。それが、あの人の残した言葉だ」
「守ることと、復讐することを混同するな」
「まだ復讐とは言っていない」
「いずれ言う顔をしている」
「その時は止めればいい」
グランは歩き出した。
「止められるうちにな」
それが、二人の道が分かれ始めた瞬間だった。
宇宙世紀0094年から0099年。
地球圏では、第二次ネオ・ジオン抗争が終わり、シャア・アズナブルとアムロ・レイが歴史の表舞台から消えた。
人々は疲れていた。
一年戦争。
デラーズ紛争。
グリプス戦役。
第一次ネオ・ジオン抗争。
そして、シャアの反乱。
世代を越えて続く戦争に、多くの者が「ジオン」という名前そのものを過去へ葬りたいと願った。
サイド3のジオン共和国は、宇宙世紀0100年の自治権返還へ向けて動き始める。
地球圏では、ジオンの時代が終わろうとしていた。
一方、火星では。
カールは地下都市の再建を進めた。
生命維持装置を修理する。
食料生産区画を拡張する。
旧レジオンの住民と、旧ジオンマーズ兵の対立を止める。
連邦軍との不要な衝突を避ける。
地球圏から医薬品と機械部品を買うため、使える資源を掘り出す。
彼が守ろうとしたのは、ジオンという名前ではなかった。
火星で生きる人々だった。
グランは、地下ドックを再建した。
持ち帰ったRFシリーズを分解する。
戦闘データを解析する。
アムロ・レイとνガンダムに敗れた記録を、何度も見直す。
足りなかったもの。
推進力。
センサー。
対サイコミュ戦術。
統一された部品規格。
長距離ビーム兵器。
装甲材。
機体制御OS。
そして、地球圏の技術情報。
彼は闇市場を通じ、サイド3やアナハイム系の非正規業者と接触した。
正規品である必要はない。
廃棄品。
不良品。
試作品。
設計図の断片。
流出した整備マニュアル。
使えるものは何でも買った。
地球圏から送られてくる箱には、「産業用機械部品」「農業プラント用ジェネレーター」「中古建設機械」と書かれていた。
中に入っているのは、モビルスーツ用の駆動部品だった。
「また買ったのか」
カールが地下ドックへ来た。
「農業用だ」
グランが答える。
「ビーム・ライフルの収束器が、何の農業に必要なんだ」
「害虫駆除」
「火星の害虫はビームを撃たないと死なないのか」
「そのうち来る」
「何が」
「地球圏の害虫だ」
カールはため息をついた。
ドック中央には、一機のRFザクが立っていた。
チェスター艦隊から持ち帰った機体ではない。
火星で新たに組み直された機体だった。
外見はザク。
だが、内部骨格は複数の機種から移植されている。
新型ジェネレーター。
改良型スラスター。
更新された全天周囲モニター。
それでも外見だけは、一年戦争時代の姿を守っている。
「なぜ、ザクの形にする」
カールが尋ねた。
「ほかの形にする理由がない」
「性能を求めるなら、外装も新しく設計すべきだ」
「これは性能だけの問題ではない」
グランはRFザクを見上げた。
「連邦の兵士は、ザクを見て過去だと思う」
「実際、過去の機体だ」
「その過去に負ける」
グランは笑った。
「最新鋭機に乗った連邦兵が、『ただの骨董品』だと油断した瞬間、こいつが背後へ回る。自分たちが終わったと思っていた歴史に撃ち落とされる」
「兵器ではなく、嫌がらせだな」
「最高のな」
カールはRFザクの赤いモノアイを見た。
「これが、チェスターJr.の望んだ未来だと思うのか」
「わからない」
グランは珍しく、素直に答えた。
「だが、俺たちは生き残った。なら、残されたもので次を作るしかない」
カールは、それ以上否定できなかった。
彼自身も、火星を守るために最低限の武力が必要だと理解していた。
地球連邦が永遠に火星を放置する保証はない。
別の残党勢力が来ない保証もない。
レジオンのような独裁者が、再び現れない保証もない。
問題は、どこまでを防衛と呼び、どこからを復讐と呼ぶかだった。
宇宙世紀0099年。
第28地下プラントの会議室。
生存者たちの代表が集まっていた。
議題は一つ。
翌年に予定されている、ジオン共和国の自治権返還。
地球圏から「ジオン」の名を持つ国家が消える。
若い兵士が言った。
「これで、本当にジオンはなくなるんですか」
カールは答えた。
「国家としては」
「我々は?」
「火星の居住者だ」
グランが鼻で笑う。
「ずいぶん立派な答えだ」
「何が言いたい」
「サイド3が旗を降ろし、シャアもハマーンも死んだ。地球圏のジオンは、全員いなくなる」
「だから我々まで名乗る必要はない」
「逆だ」
グランは立ち上がった。
「地球圏のジオンが消えるなら、最後に残るのは我々だ」
会議室がざわめく。
「ザビ家もいない。ダイクンの遺児もいない。共和国も消える。なら、もう誰の許可も必要ない」
「何を始めるつもりだ」
「始めるのではない」
グランは、壁に掛けられた古いジオン公国旗を見た。
長年の火星生活で色あせた旗。
レジオンに隠れて掲げた旗。
チェスター艦隊の出航を見送った旗。
「残すんだ」
「何を」
「最後のジオンを」
カールは目を閉じた。
来るべき時が来たと思った。
チェスターJr.の言葉は、二つの道を生んだ。
誰かの神話へ未来を預けるな。
カールは、それを生活と自治のための言葉として受け取った。
グランは、それを地球圏のすべてから独立するための言葉として受け取った。
どちらが正しいのか。
この時点では、まだ誰にもわからなかった。
宇宙世紀0093年から0099年。
地球圏がジオンの神話を終わらせようとする一方で、火星の地下では、見捨てられた者たちが自らの居場所を作り始めていた。
一方は、人々を生かすための地下都市を築いた。
もう一方は、二度と利用されないための軍隊を築いた。
生活区画の隣で、RFシリーズが組み立てられる。
芋畑の地下で、ビーム兵器の試験が行われる。
子供たちは、一年戦争を歴史ではなく、親から聞かされる神話として覚えていく。
ザクは兵器であると同時に、見捨てられた者たちの鎧となった。
フォースは存在しない。
だが、辺境で語り継がれる敗北の記憶が、次の世代の信仰へ変わることなら、この宇宙では珍しくなかった。
チェスター艦隊は滅びた。
しかし、その生存者は火星へ帰った。
彼らは敗北を持ち帰った。
金色の肩章を持ち帰った。
そして、誰かの神話へ未来を預けるなという言葉を持ち帰った。
その言葉が、生活を守るための知恵になるのか。
地球圏へ復讐するための教義になるのか。
答えが出るのは、宇宙世紀0100年。
地球圏で「ジオン」という国家の最後の旗が降ろされる、その日である。