機動戦士ガンダム ギレン、ハマーン、シャアの次なる答え――ジオンの最高頭脳、サナリィの最新ガンダムで宇宙世紀を総決算する 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0100年。地球圏の全人類が「世紀の節目だ! 万歳! これでガンダムとかいう白い悪魔に怯える日々ともおさらばだ!」と、スペース・コロニーの各地でどんちゃん騒ぎを繰り広げている頃――。
ジオン公国の発祥の地であり、現在はすっかり牙を抜かれて連邦の飼い犬と化したサイド3「ジオン共和国」の政府庁舎の一角。その特別応接室の片隅で、連邦政府から派遣された臨時の主席補佐官であり、その本質は「ジオンの残党が隠し持っている非合法兵器の書類をシュレッダーにかけるだけの簡単なお仕事」を拝命したしがない中堅官僚、アルベルト・ハインリヒは、自らの胃壁が強酸性の胃液でじわじわと溶けていく激痛に耐えていた。
「おい、頼むから書類の辻褄を合わせてくれ。なんだこの、我が連邦軍の軍事査察部隊を完全に舐め腐った資産報告書は」
アルベルトの前に積まれていたのは、本日、ジオン共和国が完全に自治権を放棄して連邦政府の地方組織(ひとつの州のようなもの)へと戻る『ジオン共和国自治権返還式典』の裏で、極秘裏に処理されるはずの公式軍事データであった。
そこには、ジオン共和国軍の良識ある(あるいは連邦からの天下りポストが欲しい)お偉方によって提出された、実に「美しい」退役兵器のリストが並んでいる。
『ジオン共和国軍・保有MS最終処分報告書:
我が共和国軍が保有するモビルスーツ、ザクII(F2型)24機、ドム・トローペン12型、およびゲルググJ(イェーガー)8機は、本日をもってすべての熱核反応炉の稼働を永久に停止。コックピットブロックを完全に粉砕し、スクラップとして地球圏の産業廃棄物処理業者へ引き渡しました。これにより、サイド3国内における「ジオンの軍事力」は公式に、完全かつ永久にゼロとなりました』
「……って、なるわけねえだろお前!! 誰が信じるんだこんな大嘘を!!」
アルベルトは、支給品の安っぽい合成プラスチックのペンをデスクに叩きつけた。
「おい、説明しろ! 先週、我が方の情報部がサイド3の第24バンチ・コロニーの地下極秘ドックを偵察した際、どう見てもザクIIの皮を被っているくせに、中身から『ガンダムNT-1(アレックス)』と同じリニア・シートの電子音が響き渡っていた謎の改造機はどこへ行った!? さらに言うなら、一昨年、アクシズ周辺でロンド・ベル隊を相手に『肉壁』として華麗に散ったはずのチェスター艦隊とかいう火星のひきこもり共の残党が、サイド3の闇市場(アナハイム・エレクトロニクス社経由)から最新型の高出力ジェネレーターを30基もバルク買いしていった領収書が、なぜ我が連邦政府の会計監査ですり抜けているんだ!?」
隣に控えているジオン共和国側の窓口担当官(一年戦争時はア・バオア・クーの学徒動員兵で、ガンダムのビーム・ライフルの光を見ただけで今でも失禁する重度のトラウマ持ちの男)が、油の浮いた顔でハンカチを握りしめながら、わざとらしいお辞儀をした。
「いやぁ、アルベルト補佐官。それは何かの誤解でございますよ。我が共和国は、宇宙世紀0079年のあの忌々しいデギン公王の暗殺事件(ソーラ・レイの悲劇)以来、常に平和を愛するダルシア・バハロ思想の正統なる継承者。シャア・アズナブルなどという、サングラスをかけたマザコンの過激派の暴挙に加担するわけがございません。火星のチェスターJr.とかいう若造についても、我が政府としては『なんか遠い親戚の痛い子が、勝手に公国軍のコスプレをして宇宙で大暴れして自滅した』くらいの認識でございます。領収書? ああ、あれはきっと、我が国の農林水産部が『火星の地下で美味しい高級芋(ジオンマーズ産ポテト)を効率よく育てるための、暖房用ジェネレーター』を輸入した際の手違いかと……」
「芋を育てるために、ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉の最新軍事スペックが必要なわけがあるか!! どんな凶悪な芋を育てる気だお前らは!!」
アルベルトの咆哮が応接室に響き渡る。
しかし、これこそが宇宙世紀0100年の「地球圏の現実」であった。
地球連邦政府の上層部は、もう戦いたくなかったのだ。一年戦争で人類の半数を失い、グリプス戦役でエリート部隊(ティターンズ)が全滅し、第1次、第2次のネオ・ジオン抗争で小惑星を2回も地球に落とされそうになり、その都度「ガンダム」という名のワンオフの超兵器を乗り回す天パの怪物(アムロ)や木星帰りの少年(ジュドー)の「奇跡(オカルト)」に頼ってギリギリで生き延びてきた連邦政府にとって、この『宇宙世紀0100年』という節目は、何が何でも「ジオンの脅威は完全に去りました! これからは平和な未来です!」という大本営発表を行うための、絶対的な政治的ゴールであった。
そのためなら、ジオン共和国の地下ドックにどれだけ「外見はザク、中身は第4世代MS」という、アナハイム社製の違法改造レプリカ(のちのRFシリーズのプロトタイプ)が隠されていようが、彼らがそれを「火星のオールズモビル」と名乗る過激な親戚一同へ極秘裏に密輸していようが、見て見ぬふりをするのが「大人の政治」というものだった。
「ええい、もういい! とにかく、書類上だけはジオンの兵器はすべて消滅したことにする! 式典の準備はどうなっている!? 総理大臣の演説が始まったら、もう後戻りはできないぞ!」
アルベルトが吐き捨てるように言うと、応接室の大型モニターに、サイド3の首都ズム・シティの特設ステージの様子が映し出された。
そこには、連邦政府の高級官僚たちに囲まれ、これでもかとばかりに「平和のハト」を模したバッジを胸に付けたジオン共和国の首相が、涙ながらに演説を行っている姿があった。
『全宇宙の同胞諸君! 本日、宇宙世紀0100年3月15日をもって、我がジオン共和国は自治権を返還し、地球連邦の偉大なる一員へと復帰いたします! これにより、かつて宇宙を血で染めた「ジオン」の名を掲げる国家は、この宇宙世紀から公式に消滅いたしました! ザビ家のみならず、ダイクンの神話もすべては過去の遺物! 我々はついに、戦いの歴史に幕を引き、永遠の平和を手に入れたのです! ジーク・ジオン……ではなく、ジーク・連邦政府!!』
ステージ周辺に集まったサイド3の市民たち(その大半は、実家の物置に旧公国軍の軍服やMMP80マシンガンの予備弾倉を隠し持っている)が、これ以上ないほど白々しい、しかし完璧に訓練された拍手喝采を送っている。
「……見ろよ。これが『神話の幕引き』の正体だ」
アルベルトは、モニターの光に照らされながら、冷笑を浮かべた。
地球圏の人間はみんな、踊らされているのだ。
ジオン共和国という「名前」が消えただけで、スペース・ノイドの根底にある「地球の役人どもに、宇宙のすべてを支配されてたまるか」というドス黒いルサンチマンが、綺麗さっぱり消えてなくなるわけがない。
むしろ、公式な国家という「ブレーキ」が外れたことで、ジオンの思想はより過激に、より地下深くへ、そして地球連邦の監視の目が絶対に届かない「あの不毛の赤い惑星」へと、完全にアウトソーシング(丸投げ)されただけに過ぎないのだ。
「報告します、ハインリヒ補佐官! 式典の歓声に紛れて、サイド3の第7セクターの民間貨物船専用カタパルトから、臨時の不定期便が1隻、不自然な加速力で発射されました! 航路データは……地球圏の外、火星圏(マーズ・スフィア)へと直行する軌道です!」
「ほら見ろ!! 案の定、引き際をわきまえない残党どもが、最後の最後でお土産(軍事資産)を持って逃げやがった!!」
アルベルトは髪をかきむしった。
レーダーが捉えたその貨物船のデータには、アナハイム・エレクトロニクス社のサイド3支店が発行した「ただのジャンクパーツ(ガラクタ)」という名目のコンテナが山積みされていた。
だが、そのコンテナの中身が、旧公国軍のザクやドムの外装に、サナリィ(海軍戦略研究所)の次世代モビルスーツ開発構想『フォーミュラ計画』の初期データをハッキングして盗み出した、最新型の電子基板や超小型高出力ジェネレーターの設計図であることくらい、情報部のアルベルトにはお見通しだった。
(あの火星のひきこもり共(オールズモビル)、地球圏のジオンが公式に滅びたその瞬間に、今度は『地球のジオンは偽物だ! 俺たちこそが、宇宙で唯一生き残った本物の最後のジオンだ!』って、さらに面倒くさい純化(拗らせ)を起こしてやがるな……)
彼らが火星の地下プラントで開発を進めているという新型モビルスーツ――通称『RFシリーズ(リファイン・ジオン・シリーズ)』。
外見は14年前のレトロな骨董品(ザク、ドム、ゲルググ)でありながら、中身は最新鋭のハイテク駆動系。それはもはや、兵器としての効率を求めたものではなく、「連邦のスタイリッシュな最新鋭機(ジェガンなど)を、俺たちの愛する公国軍の見た目でボコボコにしてやる」という、歪んだテクノロジーの精神的嫌がらせ(妄執)そのものであった。
「補佐官、あの火星行きの貨物船、ロンド・ベル隊の臨検を要請して撃沈させますか?」
オペレーターが尋ねるが、アルベルトは力なく首を振った。
「無駄だ、やめておけ。今さら『ジオンの残党が火星に逃げました!』なんて上層部に報告してみろ。せっかく『ジオンは完全に消滅しました! 平和万歳!』とシャンパンを開けている大統領の顔に泥を塗ることになる。そんなことをしたら、明日から俺のポストは、木星のヘリウム輸送船の倉庫番(マイナス150度の世界)に左遷だぞ」
「は、はあ……」
「いいか、今日の公式記録にはこう書くんだ。『宇宙世紀0100年3月15日、ジオンの亡霊は地球圏から完全に掃討された』とな。火星の地下で、オタクみたいな残党どもがどれだけザクのプラモデル(実物大)を違法改造して改造車(オールズモビル)を作っていようが、それは『火星の局地的な治安問題』であって、我が地球連邦政府の、この輝かしい新世紀の平和には一切関係のないことだ。……そう、関係ないんだよ、15年くらい先まではな……」
アルベルトは、自分自身に言い聞かせるようにそう呟くと、デスクの上の「ジオン共和国軍・解体証明書」に、連邦政府の公式な承認スタンプを『ドン!』と勢いよく叩きつけた。
宇宙世紀0100年。
地球圏において、ジオンの名を持つ国家はその歴史に完全な幕を閉じた。人々は戦いの日々が終わり、モビルスーツという兵器が「過去の遺物」になることを願って、記念の打ち上げ花火を見上げていた。
しかし、その光が届かない、遥か遠くの赤い惑星の地下深く。
老将シャルル・ロチェスター率いる、新たなる、そして最後のジオン『オールズモビル』の技術者たちは、地球圏から届いた最新の設計データとジェネレーターを前に、不敵な笑みを浮かべていた。
彼らにとって、この宇宙世紀0100年は「終わりの日」などではない。
地球圏の偽物のジオンが滅び、自分たちこそが歴史上唯一の「真なるジオンの守護者」となった、偉大なる『聖誕の日』であったのだ。
薄暗い地下のドックで、緑色に塗装された『RFザク』のモノアイが、まるで連邦の偽りの平和を呪うかのように、血のような深紅の光を静かに灯した。その亡霊の刃が、15年後の未来、オリンポス・ベースに配備される連邦軍の最新鋭小型MS(ガンダムF90)の首筋に突き立てられるその日まで、彼らは暗闇の中で、静かに、そして楽しげに、神話の続きを書き換える準備を進めるのである。