【宇宙世紀】ジオン残党だけど火星で第二帝国を作る羽目になった件【スターウォーズ概念クロス】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
遠い昔、はるか彼方の銀河系で。
巨大な政府を実際に動かしているのは、英雄でも、天才科学者でもない。
予算書を読み、危険性を指摘し、誰も聞きたがらない現実を会議へ持ち込み、最後には自分の名前で承認印を押す官僚たちである。
計画が成功すれば、功績は指導者と技術者のもの。
失敗すれば、責任は承認した人間へ戻ってくる。
この銀河の地球連邦にも、未来の希望と火星の悪意の間に挟まれた、一人の胃痛持ちの官僚がいた。
宇宙世紀0118年。
地球圏では、モビルスーツ小型化の時代が始まろうとしていた。
従来の大型モビルスーツは強力だった。
だが、大きい。
重い。
高い。
格納庫を圧迫する。
輸送艦の搭載数を減らす。
整備員へ余計な残業を押しつける。
推進剤を大量に消費する。
そして軍事官僚にとって何より重要なことに、予算書へ並ぶ数字が恐ろしく大きくなる。
そこで地球連邦軍が期待を寄せたのが、サナリィこと海軍戦略研究所の提唱するフォーミュラ計画だった。
機体を小さくする。
重量を減らす。
高出力ジェネレーターと新素材によって、性能は落とさない。
全身にハードポイントを設け、任務に応じて装備を換装する。
一機の巨大万能兵器ではなく、複数の任務へ適応できる小型兵器システムを作る。
理屈は合理的だった。
設計も革新的だった。
そして予算申請は、まったく小型化されていなかった。
「押さない」
地球圏中央開発室。
その予算審査室で、ボリス・エイルリッヒは言った。
「私は、この申請書へ絶対に承認印を押さない」
向かい側に座るサナリィの技術者が首をかしげる。
白衣。
眼鏡。
自信に満ちた表情。
自分たちの計算式は宇宙世紀の法律より正しいと、本気で信じている種類の男だった。
「どこか問題でも?」
「問題しかない」
ボリスは申請書を持ち上げた。
表紙には、こう記されている。
『フォーミュラ計画・火星極地環境実証試験』
試験対象、F90系列試作機。
実施候補地、火星圏オリンポス・ベース。
試験項目、低重力、寒冷、砂塵、通信障害下における機体運用。
各種ミッションパックの換装および長時間稼働試験。
「ここまでは理解できる」
ボリスは言った。
技術者の顔が明るくなる。
「では承認を」
「最後まで聞け」
ボリスは次のページを開く。
「専用格納庫。換装設備。整備用クレーン。予備装甲。予備ジェネレーター。大型輸送艦。護衛部隊。現地技術者の危険手当」
「必要経費です」
「それもわかる」
「では」
「この特別福利厚生費、五十億連邦ドルとは何だ」
技術者は眼鏡を押し上げた。
「研究員の精神衛生維持費です」
「内訳に、最高級合成コーヒー、地球産果実、重力環境対応マッサージチェア、それから火星食文化研究用ポテトチップスとある」
「火星は娯楽に乏しいですから」
「芋を食べるのに五十億ドル必要なのか!」
ボリスの声が審査室へ響いた。
「アナハイムなら、もっと取りますよ」
「比較対象が悪い!」
ボリスは机へ書類を戻した。
彼は地球連邦軍から出向してきた主任予算査定官だった。
仕事は、サナリィの技術者が持ち込む壮大な夢を、議会や軍上層部へ説明可能な数字へ変換することである。
問題は、彼らの夢がたいてい説明可能な範囲を少しだけ超えていることだった。
小型化したい。
わかる。
高出力化したい。
わかる。
複数の装備を換装できるようにしたい。
それもわかる。
どうせなら、既存のモビルスーツをすべて過去にしたい。
少し不安になる。
どうせなら、ガンダムにしたい。
ここで予算が跳ね上がる。
「そもそも、なぜ火星なのだ」
ボリスは尋ねた。
「地球圏では実施できない試験があるからです」
技術者は即答した。
「月面では駄目なのか」
「周辺施設が多すぎます」
「コロニー外周は」
「流れ弾が外壁へ命中した場合、面倒なことになります」
「どういう試験をするつもりだ」
「安全な試験です」
「いまの説明のどこに安全要素があった!」
技術者は火星の地図を表示した。
オリンポス山周辺。
旧レジオンおよびジオンマーズの勢力圏。
現在は連邦軍の限定的な調査拠点が置かれているが、広大な地下構造の全容はいまだ把握されていない。
「オリンポス・ベースは理想的です」
技術者は言った。
「低重力、寒冷、砂塵、広大な無人地帯。多少高出力の兵器試験を行っても、コロニーへ穴を開ける心配はありません」
「多少とは」
「多少です」
「数値で言え」
「申請が通りにくくなります」
「通らない理由を自分で理解しているじゃないか!」
ボリスは額を押さえた。
火星。
その言葉を聞くだけで、胃の奥が重くなる。
彼は机の引き出しから、別の資料を取り出した。
地球連邦軍情報部がまとめた、火星圏危険勢力評価。
表紙には大きく機密と書かれている。
「これを読んだか」
技術者は表紙を見た。
「オールズモビルに関する資料ですか」
「そうだ」
「都市伝説でしょう」
ボリスの眉が動いた。
「都市伝説?」
「一年戦争型のモビルスーツを現代技術で再現し、火星地下へ大量配備している老人たちの軍隊。外見はザクなのに中身は最新鋭。見た目はドムなのにジェガンより速い」
技術者は鼻で笑った。
「宇宙世紀版の怪談ですよ。博物館の展示品へ新しいモーターを入れたところで、現代兵器にはなりません」
「チェスター艦隊を知っているか」
「シャアの反乱へ参加した、旧式機の混成部隊でしょう」
「その一部が火星から来たとされている」
「結局、全滅したではありませんか」
「生存者が火星へ戻った」
「二十五年前の話です」
「二十五年あれば、何ができると思う」
技術者は肩をすくめた。
「地下で芋を育てるくらいでは?」
ボリスは、その顔をしばらく見つめた。
「歴史上、脅威を軽視した人間は、だいたい君と同じ顔をしていた」
「どんな顔です」
「自分だけは歴史上の間抜けにならないと信じている顔だ」
審査室が静かになった。
ボリスは資料を開く。
火星地下から断続的に検出される熱源。
旧ジオン系商社を経由して火星へ送られた高出力ジェネレーター。
廃棄品として処理されたモビルスーツ用電子装置。
行方不明になった技術者。
アナハイム系の闇業者が発行した、大量の中古部品の納品書。
一つ一つは決定的な証拠ではない。
だが、並べれば輪郭が見える。
誰かが火星で軍備を整えている。
しかも、長い時間をかけて。
「情報部は、RFシリーズと呼ばれる機体が存在すると考えている」
ボリスは言った。
「外見は一年戦争型。内部構造は更新型。機体ごとに性能と部品構成が異なり、火星環境への適応力が高い」
「存在したとしても寄せ集めです」
「寄せ集めだから危険なのだ」
「なぜです」
「こちらの識別データが役に立たない。ザクの形をしているからザクだと思えば、中身は別物。機体ごとに性能も武装も異なる。現場の兵士が、見た目から敵の能力を判断できない」
「それでもF90の敵ではありません」
「そのF90を、相手の本拠地かもしれない場所へ持っていくと言っている!」
技術者は、少し呆れたように言った。
「性能差を見せつければ、攻撃する意思も失うでしょう」
「なぜ最新鋭機を見ると諦めると思う」
「普通なら諦めます」
「ジオン残党は普通ではない!」
ボリスの怒声が響いた。
「普通の組織は、一年戦争で敗れたあとにデラーズ紛争を起こさない。普通の組織は、グリプス戦役後にネオ・ジオンとして帰ってこない。普通の組織は、小惑星を地球へ落とそうとしない。そして普通の人間は、四十年前のザクの姿へ最新技術を詰め込んで地下で量産しない!」
「まだ量産したと決まったわけでは」
「している前提で考えろ! していなければ、あとで笑えばいい。していた場合、笑われるだけでは済まない!」
技術者は、ようやく少し真剣な表情になった。
「ですが、火星でなければ実戦に近い環境試験はできません」
「試験を中止しろとは言っていない」
「では」
「警備計画を見直せ。地下構造を再調査しろ。未確認通信と熱源を洗い直す。試験機の認証情報は、火星への移送前にすべて更新する」
「費用が増えます」
「安全には金がかかる!」
「予算査定官がそれを言いますか」
「安全対策費とポテトチップス代を一緒にするな!」
午後。
火星環境実証試験に関する合同会議が開かれた。
参加者は、サナリィ技術陣、地球連邦軍装備局、情報部、輸送部門、予算査定担当。
会議室中央には、ガンダムF90の立体映像が浮かんでいる。
従来機より小さい。
だが高出力。
軽量化によって運動性も高い。
最大の特徴は、全身に配置されたハードポイントだった。
任務に応じ、ミッションパックを交換する。
長距離戦。
近接戦。
偵察。
高機動戦。
宇宙戦。
地上戦。
機体を一から作り直すことなく、多様な任務へ対応する。
完成された一体の巨人ではない。
任務に応じて姿を変える兵器システムだった。
サナリィの主任技術者が胸を張る。
「これこそ、次世代モビルスーツの標準です」
連邦軍の将官がうなずいた。
「大型機の時代は終わるか」
「終わらせます」
「アナハイムは嫌がるだろうな」
「すでに嫌がっています」
会議室に小さな笑いが起きる。
ボリスだけは笑わなかった。
「火星の治安状況について、情報部から説明を」
情報部の担当官が端末を操作する。
火星地下の旧施設。
放棄されたプラント。
確認されていない坑道。
レジオン時代の通信網。
「現時点で、組織的な軍事勢力の存在を示す決定的証拠はありません」
サナリィ側の者たちが、ほら見たことかという顔をした。
「ただし」
担当官が続ける。
「不自然な物資流入と暗号通信の痕跡があります。旧ジオン系勢力が、小規模ながら活動を継続している可能性は否定できません」
将官が尋ねた。
「脅威度は」
「低から中程度」
「では、試験部隊で対処できる」
「正面戦闘であれば」
ボリスが口を挟んだ。
将官は面倒そうに彼を見る。
「エイルリッヒ査定官。君は予算担当ではなかったかね」
「予算担当です。だからこそ、試作機を奪われて計画全体が吹き飛んだ場合の損害額を心配しています」
「奪われる?」
将官は笑った。
「最新鋭のガンダムを、火星の残党がか」
「最新鋭だから奪うのです」
「警備部隊がいる」
「その警備部隊が、敵を旧式ザクと誤認したら?」
「識別装置がある」
「敵が旧公国軍の信号を偽装していたら?」
「情報部が事前に察知する」
「情報部は先ほど、存在を証明できないと言いました」
会議室が静かになった。
誰も、危険を認めたくない。
危険を認めれば、責任が生まれる。
責任が生まれれば、予算と報告書が増える。
政治家への説明も必要になる。
問題が起きる前に警告する者は、たいてい嫌われる。
何も起きなければ臆病者。
問題が起きれば、なぜ止めなかったと責められる。
それでも、誰かが言わなければならない。
「ジオン共和国が自治権を返還したことで、ジオンの名を持つ国家は消えました」
ボリスは言った。
「しかし、名前が消えたことと思想が消えたことは同じではない」
誰も答えない。
「むしろ、彼らは国家という枠を失った。交渉の窓口も、責任を取る政府もない。残ったのは、過去への執着と連邦への恨み、そして地下へ運び込まれた兵器だけです」
立体映像のF90が、静かに回転している。
「もしオールズモビルが本当に存在するなら、F90は彼らにとって単なる敵機ではない」
「では、何だ」
将官が尋ねる。
「地球圏が、自分たちを過去として捨てた証拠です」
ボリスは白い機体を見た。
小型化。
新しい設計思想。
新しい時代。
ザクやドムの姿を守り続けた者たちにとって、これほど憎らしい象徴はない。
「彼らは、この機体を破壊したいとは考えないでしょう」
「なぜだ」
「奪ったほうが、地球圏への屈辱になるからです」
会議室に沈黙が続いた。
やがて将官が息を吐く。
「警備予算を追加しよう」
ボリスは少しだけ安堵した。
「ただし、試験計画は継続する」
安堵はすぐに消えた。
「まずは無人設備と支援要員を送り、オリンポス・ベースを整備する。試作機は安全確認後に搬入する」
「地下施設の調査を先行させてください」
「検討しよう」
官僚用語で言う「検討しよう」は、何もしない可能性を上品に包んだ表現である。
ボリスの胃が痛んだ。
その夜。
彼は自室へ戻り、火星関連の資料を調べ続けた。
旧ジオン系通信網。
闇市場の部品取引。
サイド3から火星へ向かった貨物船。
廃棄処理されたはずのジェネレーター。
サナリィ下請け企業から流出した設計情報。
点と点が、少しずつ線になる。
深夜。
警告が表示された。
フォーミュラ計画内部ネットワークへの不正アクセス。
侵入経路は複雑に偽装されている。
複数の民間通信網を経由。
最終中継地点は、火星軌道上に残る旧式通信衛星。
アクセスされた情報は、F90の完全な設計図ではなかった。
冷却系統の更新情報。
ハードポイント制御仕様。
非常用起動手順。
テスト機の認証方式。
輸送設備の規格。
一つ一つは断片的である。
だが、集めれば機体を奪うための手引書になる。
「……やはり見ている」
ボリスはつぶやいた。
相手は、F90が火星へ到着するのを待っているのではない。
到着する前から調べている。
輸送方法。
警備体制。
起動手順。
機体の弱点。
獲物が運び込まれる前から、罠を準備している。
遠い銀河で、中央政府が旧帝国の崩壊を信じている間に、辺境の残党が軍備を整え、新共和国の技術と政治を観察していたのと同じだった。
ボリスは緊急回線を開いた。
「情報部へ接続しろ」
『ご用件を』
「フォーミュラ計画への不正侵入を確認。火星方面からの可能性が高い。全認証情報を更新し、火星試験計画を一時凍結する必要がある」
『正式な被害は』
「確認中だ」
『機密設計の流出は』
「現時点では確認できない」
『では、通常の産業スパイ事案として処理します』
「待て。相手は非常用起動手順へアクセスしている」
『アナハイム系の情報収集では?』
「なぜアナハイムが火星の旧式衛星を使う」
『追跡を避けるためでは』
「何でもアナハイムのせいにすれば安心なのか!」
通信の向こうは事務的だった。
『確実な証拠がなければ、試験計画は停止できません』
「彼らがガンダムを持っていくまで、証拠不足で通すつもりか」
返事はなかった。
同じ頃。
火星、オリンポス山地下。
オールズモビルの司令室で、シャルル・ロチェスターはF90の立体映像を見ていた。
隣には、グラン・ヴェイパーが立っている。
モニターの周囲に、地球圏から盗み出された解析情報が並んでいた。
推定出力。
装甲構成。
ハードポイント。
換装システム。
非常用起動手順。
「小さいな」
シャルルが言った。
「はい」
「細い」
「はい」
「白い」
「ガンダムですから」
「気に入らん」
「それは最初から存じています」
シャルルは立体映像を拡大した。
十四メートル級の小型機。
無駄を削った装甲。
新時代の設計思想。
オールズモビルのRFシリーズとは、まったく異なる美学の兵器だった。
「連邦は、いずれこの機体を火星へ持ってくる」
シャルルは言った。
「試験計画は、まだ正式決定ではありません」
「来るように仕向けた」
グランが老将を見る。
「サナリィ内部へ流した環境データですか」
「火星の低重力、砂塵、寒冷、通信障害。新型機の試験場として、これほど都合のいい場所はない」
「連邦の最新鋭機を、自分たちで火星へ運ばせる」
「我々が盗みに行けば輸送費がかかる」
「予算査定官が喜びそうな発想ですね」
「敵の予算で獲物を届けさせる。戦争は経済的でなくてはならん」
シャルルは笑った。
「F90は破壊しない」
「当然です」
「鹵獲し、我々のものにする」
「強奪後、連邦軍は本格的な討伐部隊を送るでしょう」
「それも狙いだ」
グランの眉が動く。
「我々は二十年以上、火星の地下で兵器を作り続けた。だが、連邦は我々を脅威と認めない」
「攻撃されないなら、そのほうがよいのでは」
「それでは組織が腐る」
シャルルの声が低くなる。
「若い世代は、なぜオールズモビルが存在するのか理解していない。連邦と戦ったこともない。ジオン公国を歴史映像でしか知らない」
モニターの向こうでは、RFシリーズの訓練が行われている。
乗っているのは、火星生まれの若者たち。
ザビ家へ忠誠を誓った経験もない。
赤い彗星の演説に心を奪われたこともない。
彼らにとってジオンは、祖父母から聞かされた物語だった。
「F90を奪えば、地球圏は我々を見る」
シャルルは言った。
「最新鋭ガンダムを奪った火星の軍勢として認識する。討伐隊を送り、我々を歴史の表舞台へ引きずり出す」
「危険な賭けです」
「存在を証明するには、危険が要る」
グランはF90の映像を見た。
「パイロットを選ばなければなりません」
「候補は」
「ディーツ・ヴァルター」
「どんな男だ」
「操縦技術は優秀です」
「ほかには」
「勢いがあります」
「性格は」
「勢いしかありません」
シャルルは少し考えた。
「ガンダムを敵の格納庫から盗むには、ちょうどいい」
「本気ですか」
「慎重な人間は、敵基地の真ん中で機体を乗り換えようとは考えん」
「勇気と無謀を混同していませんか」
「突撃する瞬間だけは、よく似ている」
シャルルは立ち上がった。
「ディーツを呼べ。F90の操縦系統を叩き込む」
「実機もないのに」
「盗んだデータでシミュレーターを作れ」
「認証解除は」
「地球圏の協力者から情報を集めろ。正規の解除手順である必要はない」
「乱暴ですね」
「強奪作戦だからな」
グランは敬礼し、司令室を出ようとした。
「グラン」
シャルルが呼び止める。
「はい」
「カールには、まだ話すな」
グランの表情が曇る。
「いずれ気づきます」
「気づく頃には、計画を止められない段階まで進めておけ」
「彼は反対します」
「知っている」
「それでも?」
シャルルはF90の白い映像を見た。
「火星を守るだけでは、オールズモビルは一世代で終わる」
「終わってはいけませんか」
老将は答えなかった。
しばらくして、低い声で言った。
「我々が終われば、チェスター艦隊も、火星内戦も、見捨てられた者たちの記憶も終わる」
グランは何も言わなかった。
その理屈には、どこか危ういものがあった。
記憶を残すために軍隊を残す。
軍隊を残すために敵を必要とする。
敵を呼び寄せるために、ガンダムを奪う。
いつの間にか、守るべき人々より、組織を存続させることが目的になりつつある。
だが、グランはその疑問を口にしなかった。
彼自身もまた、地球圏に自分たちの存在を認めさせたいと願っていたからである。
宇宙世紀0118年。
地球圏では、サナリィのフォーミュラ計画が、次世代の希望として進められていた。
小型化。
高出力化。
換装による多用途化。
地球圏の技術者たちは、ガンダムF90がモビルスーツの新しい時代を切り開くと信じている。
その考えは間違っていなかった。
ただし、一つだけ見落としていた。
新しい時代の光は、それを憎む者の目にもよく見える。
ボリス・エイルリッヒは、誰にも歓迎されない警告書を書き続けた。
火星での試験には危険がある。
旧ジオン系勢力による情報収集の可能性。
試作機強奪への警戒が必要。
地下施設の再調査を優先すべき。
だが、報告書は上層部で止まった。
確実な証拠がない。
計画の進行を妨げる。
政治的影響が大きい。
過度な警戒は、サナリィの技術的威信を損なう。
理由はいくらでもあった。
一方、火星地下では、F90強奪計画が始動していた。
輸送航路を調べる。
警備交代を調べる。
格納庫の制御系統を調べる。
非常用の起動方法を調べる。
そして、敵基地へ飛び込み、ガンダムへ乗り換える若者を鍛える。
中央は、まだ予算書の数字を議論している。
辺境は、すでに襲撃の手順を組み立てていた。
フォースは存在しない。
だが、中央の慢心が辺境の反乱を育てることなら、この宇宙では何度も繰り返されてきた。
ガンダムF90は、まだ地球圏にある。
火星への搬入も、強奪作戦も、まだ実行されていない。
だが、その影はすでにオリンポス山の地下から伸びていた。
そして、オールズモビルの訓練名簿へ、一人の若者の名前が正式に記された。
ディーツ・ヴァルター。
操縦技術、優秀。
規律、やや問題あり。
状況判断、勢いに依存。
特記事項、恐怖心が薄く、敵施設内部での即応行動に適性あり。
総合評価。
ガンダム強奪要員として採用。
二年後。
ボリスが恐れたすべての危険は、地球連邦軍の予算で整備されたオリンポス・ベースにおいて、最悪の形で現実となる。