【宇宙世紀】ジオン残党だけど火星で第二帝国を作る羽目になった件【スターウォーズ概念クロス】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0083年。
地球連邦軍は勝者だった。
一年戦争でジオン公国を倒し、ア・バオア・クーを攻略し、地球圏の秩序を取り戻した。
少なくとも、公式発表ではそういうことになっている。
だが、勝者だからといって、頭がいいとは限らない。
銀河帝国だってそうだった。
デス・スターなんていう、誰がどう見ても巨大すぎる弱点の塊を作っておきながら、排熱口を撃たれて大爆発した。
あれだけの軍事力と官僚組織を持っていても、ちょっとした見落としで銀河史に残る大恥をかく。
地球連邦軍も、だいたい同じだった。
勝った。
勝ったはずだった。
なのに、地球圏のあちこちで旧ジオン残党がくすぶり、軍内部は派閥争いを始め、上層部は予算と面子と責任逃れの三点セットを抱えて踊り狂っている。
共和国が帝国へ変わる瞬間というのは、たぶんこういうものなのだろう。
議会の椅子は残っている。
法律も残っている。
制服もまだ綺麗だ。
ただし、中身がじわじわ黒くなっている。
地球連邦軍、極東地区司令部。
その地下資料室で、情報将校ナカトは、冷めきった合成コーヒーを前にして、真剣に人生設計を見直していた。
「辞表って、いま出したら受理されるかな」
隣の席にいたワトソン少尉が、端末から目を離さずに答えた。
「この状況で出したら、敵前逃亡扱いじゃないですかね」
「ここ地下資料室だぞ。敵どころか窓もない」
「でも連邦軍ですから」
「ああ、そうだった。連邦軍だった」
連邦軍。
勝者の軍隊。
地球圏最大の組織。
銀河帝国で言えば、ストームトルーパーが山ほどいて、スター・デストロイヤーもそれなりに並んでいて、でも現場の命中率と情報共有能力が絶妙に信用できない、あの感じである。
ナカトの現在の任務は、火星方面へ離脱したジオン系残党船団の追跡記録だった。
首謀者はオセアノン・パプ。
アクシズから旧式艦と資材を引き抜き、火星航路へ入ったと見られる男。
後にチェスターを名乗ることになるが、この時点ではまだ、連邦の資料上でも「よくわからない中堅ジオン残党」くらいの扱いである。
「なあワトソン」
「はい」
「このオセアノンとかいうおっさん、なんで今このタイミングで火星に逃げたんだ?」
「アクシズ内部の権力闘争を嫌ったんじゃないですか。ハマーン・カーンとか、ミネバ・ラオ・ザビとか、あの辺りの政治的重力から逃げたかったとか」
「政治的重力」
ナカトは思わず遠い目をした。
「嫌な言葉だな。地球の重力より厄介そうだ」
画面には、アクシズを出た小規模船団の航路予測が表示されている。
ムサイ級、パプア級、旧式MS部品の積載反応。
派手さはない。
脅威度も高くない。
少なくとも、いま現在の地球圏にとっては。
ナカトは報告書の冒頭にこう書きかけた。
「火星方面へ向かうジオン残党船団を確認。規模は限定的。脅威度は低」
そこで手が止まった。
低い。
たしかに低い。
だが、スターウォーズで「辺境の砂漠惑星に逃げた連中は脅威度が低いので放置」と判断した帝国軍人がいたら、後でレイア姫にもルークにもハン・ソロにもまとめて殴られる。
辺境を甘く見ると、だいたい後でひどい目に遭う。
「とはいえ、火星だぞ……」
ナカトは頭を抱えた。
地球圏では今、それどころではなかった。
デラーズ・フリート。
ジオン残党の中でも、とびきり濃い連中である。
何が濃いかと言えば、大義、忠誠、悲壮感、声量、そのすべてが濃い。
彼らは「星の屑作戦」を進めていた。
ガンダム試作2号機がトリントン基地から強奪され、犯人はアナベル・ガトー。
通称、ソロモンの悪夢。
名前からしてもう、ライトセーバーを持っていなくても強そうである。
「ガトーがGP02を奪った件、中央はどう見てるんだ」
ナカトが聞くと、ワトソンは端末を叩きながら答えた。
「大混乱ですね。責任の押し付け先を探しています」
「対策は?」
「責任の押し付け先を探しています」
「それ対策じゃないだろ」
「連邦では対策です」
ナカトは天井を見上げた。
そう。
これが連邦軍だった。
デス・スターの設計図を盗まれた帝国軍が、まず「誰が悪いんだ」と会議を始めるようなものだ。
撃たれる前に穴を塞げ。
そう言いたい。
言いたいが、言ったら会議が一つ増えるだけなので言わない。
ナカトの上司は、ジャミトフ・ハイマン派の影響が強い情報部門の人間だった。
つまり、後にティターンズへつながる黒い空気を、すでにうっすら吸っているタイプである。
その上司が、資料室に入ってきた。
腹は出ている。
声は大きい。
責任は取らない。
三拍子そろった立派な連邦将校だった。
「ナカト君。例の火星逃亡船団の件だが」
「はい」
「中央への報告は簡潔に頼む。いま上層部はデラーズの件で忙しい。火星の芋掘りジオンなど、長々と書かれても困る」
「芋掘りジオン」
「だって火星だろう。水も空気も乏しい赤い砂漠だ。あんなところへ行った連中など、放っておけば干からびる」
ナカトは、危うく口を滑らせそうになった。
お言葉ですが、砂漠惑星に逃げた連中を甘く見るのは、帝国軍の伝統的な負け筋です。
もちろん言わなかった。
言ったところで、この上司が「スターウォーズとは何だ」と聞き返してきそうだからである。
いや、作中世界的には聞き返してはいけないのだが、語りの都合上そういう顔をしていた。
「了解しました。脅威度低として処理します」
「うむ。それでいい。いま重要なのは地球圏だ。デラーズ・フリート、観艦式、ガンダム開発計画、連邦軍の面子。火星など辺境の小石にすぎん」
上司は満足げにうなずいた。
ナカトは思った。
この人、デス・スターの排熱口を見ても「小穴にすぎん」と言いそうだな。
その時、資料室の警報が鳴った。
「な、なんだ」
ワトソンが椅子から跳ね上がる。
通信端末に、中央からの緊急データが流れ込む。
コンペイトウ宙域。
観艦式。
ガンダム試作2号機。
核攻撃。
ナカトは画面を見た。
そして、声を失った。
連邦軍の観艦式が壊滅していた。
「おい」
「はい」
「ワトソン」
「はい」
「これ、デス・スターの主砲を自分の艦隊に撃ち込まれたようなものじゃないか?」
「例えはよくわかりませんが、たぶん最悪です」
「最悪だな」
「最悪です」
資料室は一瞬で騒然となった。
中央から次々に指示が飛んでくる。
対デラーズ・フリート戦力の再配置。
情報統制。
責任範囲の確認。
報道対応。
そして、なぜか紙の書類で提出しろという時代錯誤な命令。
「なんでこの状況で紙なんだよ!」
ナカトが叫ぶと、ワトソンが妙に冷静に答えた。
「電子記録だと後で残るからでは?」
「紙も残るだろ!」
「燃やせます」
「連邦軍、発想が暗黒面に寄りすぎだろ!」
上司は顔を真っ青にしていた。
数分前まで「火星など小石」と言っていた男が、いまは自分の異動先が月の裏側にならないかだけを心配している。
ナカトはそこに、連邦という組織の本質を見た気がした。
共和国を名乗っていても、巨大化した官僚機構は、いつか帝国になる。
帝国になると、敵より先に書類と責任を恐れる。
そして責任を恐れる組織は、必ず記録をいじり始める。
「ナカト君!」
上司が叫んだ。
「例の火星逃亡船団の件だが」
「はい」
「後回しだ!」
「でしょうね」
「いや、後回しでは足りん。いったん重要度を最低に落とせ。中央に上げるな。索敵記録は保管だけしておけ。いま火星のジオン残党など報告したら、我々の部署が『なぜそんなものに人員を割いていた』と責められる」
「つまり」
「見なかったことにしろ」
ナカトは、しばらく上司を見つめた。
これだ。
これが連邦軍だ。
デス・スターが爆発した直後に、排熱口の設計図を「存在しなかったことにしよう」と言い出すタイプの組織。
失敗を分析するより、失敗が記録に残らない方法を探す。
未来の歴史家からすれば迷惑極まりないが、現場の官僚にとっては生存術である。
「了解しました」
ナカトは端末を操作した。
火星方面ジオン残党船団。
追跡ログ。
航路推定。
脅威評価。
関連ファイル。
それらを、彼は「要継続監視」から「低優先度保管」へ移した。
さらに、中央提出用の要約からは削った。
ワトソンが小声で言う。
「いいんですか」
「よくない」
「ですよね」
「だが、いまこれを上に出したら、火星船団の脅威より先に、俺の人事評価が撃墜される」
「それは困りますね」
「困る」
ナカトはエンターキーを押した。
この瞬間、オセアノン・パプの船団は、連邦軍の公式な関心からほぼ外れた。
もちろん、完全に消えたわけではない。
どこかのデータベースの奥には残る。
誰かが本気で掘れば見つかる。
だが、連邦軍という巨大な組織において、それは「存在しない」とほぼ同じだった。
ナカトは椅子にもたれた。
「なあ、ワトソン」
「はい」
「もし将来、あの火星に逃げたジオン残党が、妙な独立勢力になって、何十年後かに地球圏へ戻ってきたらどうする?」
ワトソンは少し考えた。
「その頃には、我々は退役しているのでは?」
「現実的でいい答えだ」
「それに、そんな辺境の残党が、まさか最新鋭のガンダムを奪ったり、火星独立ジオン軍を名乗ったりするほど育つとは思えませんよ」
ナカトは黙った。
そういう台詞は、だいたい後で歴史の伏線になる。
通信画面の端では、火星へ向かう小さな船団の軌跡が、だんだん細くなっていた。
地球圏では、デラーズ・フリートが星の屑を掲げ、連邦軍は観艦式の壊滅で大混乱。
誰も、赤い星へ逃げた小さな亡命船団など気にしていない。
だが、スターウォーズ的に言えば、これは一番よくない。
帝国が大事件に気を取られている時。
辺境の小さな船を見逃す時。
砂漠の星に逃げたならず者を軽視する時。
王女や設計図や反乱の種を、ただの雑音として処理する時。
そういう時、歴史はだいたい後ろから刺してくる。
「ナカトさん」
ワトソンが言った。
「どうしました?」
「いや」
ナカトは、火星航路のログを閉じた。
「なんでもない。いまの我々にできることは一つだ」
「デラーズ・フリートへの対応ですか」
「違う」
「違うんですか」
「責任を取らないことだ」
ワトソンは、連邦軍人として非常に自然な顔でうなずいた。
「了解です」
その後、連邦軍はデラーズ紛争の収拾に追われることになる。
ガンダム開発計画は、あまりにも都合の悪い事実を抱えすぎた。
核を撃ったガンダム。
存在してはいけない試作機。
軍上層部の失態。
アナハイムとの関係。
そして、後に生まれるティターンズという黒い鎧。
連邦は、勝者でありながら、自分たちの失敗を直視できなかった。
だから記録を隠す。
計画を消す。
なかったことにする。
その手つきは、銀河帝国の高官が不都合な惑星の名前を星図から削るのとよく似ていた。
ナカトはその日、初めて学んだ。
歴史を変えるのは、必ずしもニュータイプやエースパイロットだけではない。
時には、地下資料室の情報将校が押す、たった一つの削除キーが未来を作る。
もちろん、この時の彼は知らない。
火星へ向かったオセアノンの船団が、やがてジオンマーズの系譜となることも。
その火星に、後年ティターンズ残党や別のジオン勢力が流れ込み、レジオンという厄介な名前の勢力まで現れることも。
さらに遠い未来、火星独立ジオン軍、オールズモビルと呼ばれる亡霊たちが、ガンダムF90をめぐって再び地球圏に姿を現すことも。
何も知らない。
ただ彼は、端末のフォルダ名を変更した。
「火星方面残党船団」
から、
「低優先度外縁航路ログ」
へ。
ワトソンが横から覗き込んだ。
「ものすごく地味な隠蔽ですね」
「派手な隠蔽はバレる。地味な隠蔽だけが生き残る」
「名言っぽいですね」
「連邦軍情報部の心得だ」
ナカトは冷めたコーヒーを一口飲み、顔をしかめた。
「まずい」
「コーヒーですか」
「いや、全部だ」
地球圏は燃えていた。
デラーズ・フリートは暴走し、連邦軍は混乱し、アクシズは遠くからその炎を見ている。
そして火星へ向かう小さな船団は、その混乱の隙間をするりと抜けていく。
銀河帝国が反乱同盟の小さな船を見逃した夜のように。
ストームトルーパーが砂漠の足跡を見落とした日のように。
デス・スターの排熱口を「まあ大丈夫だろう」と放置した技術者のように。
この日、連邦軍は一つの小さな火種を見逃した。
それはすぐには燃えない。
明日も燃えない。
一年後にも、たぶん誰も気づかない。
だが、火種は火種である。
赤い星の地下で、それはゆっくり燻り続ける。
ナカトは、画面を閉じた。
「よし、ワトソン」
「はい」
「この件は忘れよう」
「了解しました」
「ただし、完全には消すな」
「なぜです?」
「万が一、未来の誰かに責任を押し付ける必要が出た時、資料がないと困る」
ワトソンは感心したようにうなずいた。
「さすがです。暗黒面の才能がありますね」
「やめろ。縁起が悪い」
ナカトはそう言って、また新しい報告書を開いた。
件名は、デラーズ・フリート対応。
優先度は最上位。
火星の亡命船団は、今日も画面の端で小さく遠ざかっている。
そして宇宙世紀は、誰にも止められない速度で、次の失敗へ向かって進んでいた。
フォースはもちろん存在しない。
だが、嫌な予感だけは、確かにあった。