【宇宙世紀】ジオン残党だけど火星で第二帝国を作る羽目になった件【スターウォーズ概念クロス】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
遠い昔、はるか彼方の銀河系で。
大胆な作戦を成功させる者が、常に最も賢いとは限らない。
敵の警戒網へ飛び込み。
予定外の事態にも速度を落とさず。
誰もが無理だと考える瞬間に、最初の一歩を踏み出す。
慎重な者なら引き返す場所を、勢いだけで突破する若者がいる。
その無謀さは、平時なら欠点である。
だが、敵基地の中央から最新鋭機を盗み出すような作戦では、時に何より貴重な才能となる。
この銀河の赤い惑星でも、一人の若者が、自分の無謀さを歴史へ刻もうとしていた。
宇宙世紀0120年10月。
火星、オリンポス山周辺。
地球連邦軍のオリンポス・ベースでは、サナリィの次世代小型モビルスーツ、ガンダムF90の環境実証試験が行われていた。
試験機は二機。
一号機と二号機。
全高は従来の大型モビルスーツより小さい。
だが、機体重量の削減と小型高出力ジェネレーターによって、高い運動性能を実現している。
全身のハードポイントへ、任務に応じたミッションパックを装着することもできる。
火力。
機動力。
偵察能力。
長距離航行能力。
一機の機体を、任務ごとに別の兵器へ変える。
まさに、地球圏が思い描くモビルスーツの未来だった。
その未来を、火星の地下から二十五年以上も機会を待ち続けた者たちが見つめていた。
オリンポス・ベースから離れた岩山の陰。
火星独立ジオン軍、オールズモビルの突撃部隊が待機している。
RFザク。
RFドム。
RFゲルググ。
一年戦争時代の機体に酷似した外見。
だが、内部には現行型のジェネレーター、駆動装置、ビーム兵器、電子戦機器が組み込まれていた。
兵器であると同時に、敵の認識を利用する罠でもある。
その先頭に、一機のRFザクがいた。
コックピットでは、ディーツ・ヴァルター少尉が、落ち着きなく操縦桿を握っている。
年齢は若い。
操縦技術は高い。
判断は速い。
規律には少々問題がある。
そして恐怖心より好奇心のほうが、かなり強い。
オールズモビルの人事記録には、もっと穏当な表現が使われていた。
「予測不能な状況における即応能力に優れる」
現場の整備員は、もっと簡潔に呼んでいた。
勢いだけは一流の馬鹿。
「ついに来た」
ディーツは、基地の偵察映像を見ながら言った。
「二年だぞ。俺は二年間、起動してもいないガンダムの模擬操縦席に座らされて、ありもしない故障と、ありもしない警報と、ありもしない連邦兵の追跡を相手にしてきた」
通信画面に、RFドムを駆るエリック大尉が映る。
「訓練とは、そういうものだ」
「最後の半年なんて、シミュレーターを起動した瞬間に床が抜ける設定までありましたよ」
「シャルル司令の発案だ」
「何の役に立つんですか」
「敵基地では、床が抜けるかもしれん」
「もっと他に想定することがあるでしょう!」
別の通信回線から、グランの声が入る。
『全機、私語をやめろ。最終確認に入る』
ディーツは姿勢を正した。
「突撃一番機、ディーツ。準備完了」
『目標はF90二号機。破壊は禁止。ディーツは中央格納庫へ侵入し、機体を確保する』
「了解」
『一号機へ近づくな。二機とも持ち帰ろうとするな。作戦目的を勝手に増やすな』
「俺を何だと思っているんですか」
『目の前にガンダムが二機あれば、両方欲しがる男だ』
「よくわかっていますね」
『褒めていない』
戦術図が表示される。
オールズモビルは、何年もかけてオリンポス・ベースを調べていた。
物資搬入口。
警備交代の時間。
地下整備路。
非常用電源。
格納庫の隔壁。
監視カメラの位置。
F90の認証方式。
地球圏の協力者と、火星基地内部へ潜り込ませた作業員から集めた情報だった。
ボリス・エイルリッヒが恐れていたとおり、彼らはF90の到着を待っていたのではない。
到着前から、盗み出す準備を終えていた。
「それにしても」
ディーツは戦術図を見た。
「正面から攻撃して、本当に格納庫まで行けるんですか」
『正面は囮だ』
グランが答える。
『RFゲルググ隊が南側防衛線を攻撃する。RFドム隊は滑走路と通信設備を制圧。お前は識別信号を偽装したまま、作業用搬入口から中央格納庫へ入る』
「俺だけ地味じゃありません?」
『ガンダムを盗む役が地味に見えるなら、今すぐ交代させる』
「最高に派手です。ぜひ俺に!」
『起動用データチップを紛失するな』
ディーツは胸部ポケットを押さえた。
「ここにあります」
『本当にあるか確認しろ』
「ありますって」
『確認しろ』
ディーツはポケットを開いた。
何もない。
一瞬、時間が止まった。
「……エリック大尉」
「何だ」
「俺、出撃前に着替えましたよね」
「着替えたな」
「前のノーマルスーツの胸ポケットに入れた気がします」
通信回線が静かになった。
やがてグランが、非常に低い声で言った。
『ディーツ』
「はい」
『二年かけて準備した強奪作戦を、データチップの忘れ物で失敗させたら、お前をRFザクの頭部アンテナとして溶接する』
「すぐ取ってきます!」
『もう持ってきている』
整備員がコックピットハッチへ駆け寄り、データチップを投げ入れた。
「ハンス主任からだ! お前なら絶対に忘れると思ったそうだ!」
ディーツは受け取った。
「さすがハンスさん。俺のことを理解している」
『理解されていることを恥じろ!』
グランの怒声と同時に、作戦開始時刻となった。
オリンポス・ベース南側。
地表を監視していた連邦軍のセンサーが、複数の熱源を捉えた。
『未確認機、接近』
管制官が表示を拡大する。
現れた識別情報は、旧ジオン公国軍のものだった。
ザク。
ドム。
ゲルググ。
『識別装置の故障か?』
『いえ、複数の旧式機反応です』
『博物館の輸送隊でも迷い込んだのか』
その冗談は途中で終わった。
RFゲルググ隊が、低出力で接近していた推進器を一斉に最大出力へ切り替えた。
熱源表示が跳ね上がる。
旧式機と判断されていた機体が、連邦軍の予測を超える速度で防衛線へ飛び込んだ。
『全機、戦闘配置! 敵はオールズモビルだ!』
基地の警報が鳴り響く。
対空砲座が旋回する。
RFゲルググが散開し、放たれたビームを回避した。
別の機体が、ビーム・ライフルを発射する。
ゲルググ用ライフルを模した大型兵器から、高出力の光が伸びた。
砲座の基部が爆発する。
『南側防衛線が攻撃を受けています!』
『ジェガン隊を出せ!』
格納庫から、地球連邦軍の量産機が出撃する。
連邦軍も、オールズモビルの存在をまったく知らなかったわけではない。
旧式機に見えても油断するな。
外見と性能は一致しない。
事前の警告は与えられていた。
だが、資料を読むことと、目の前でザクやゲルググが現行機並みの速度で動く光景を見ることは違う。
ジェガンの一機がRFゲルググを照準する。
射撃。
RFゲルググは機体を沈めるように回避し、至近距離へ踏み込んだ。
ビーム・ナギナタが展開される。
ジェガンのシールドと激突する。
『こいつ、見た目より速い!』
『何年前の機体なんだ!』
『形だけで判断するな!』
連邦側の隊長が叫ぶ。
その時、別方向からRFドム隊が滑走路へ突入した。
「悪いが、ここは使わせん」
エリック大尉が照準を合わせる。
RFドムの胸部から拡散ビームが放たれた。
滑走路周辺の光学センサーが、一斉に白く染まる。
続けてビーム・バズーカが、出撃待機中のジェガンの足元を撃ち抜いた。
爆発。
滑走路に亀裂が走る。
ジェガンは撃破されなかった。
だが、離陸経路を失った。
「目標は基地機能の停止だ。無駄に敵を追うな」
エリックは部下へ命じる。
『了解。ところで大尉』
「何だ」
『ドムの重量感で小型機を圧倒するという、例の掛け声は』
「言わん」
『シャルル司令が楽しみにしていました』
「作戦中に言えるか!」
通信を切ったあと、エリックは小さくつぶやいた。
「重量感では、負けん」
本人が思っていた以上に、長年の教育は染みついていた。
基地南側と滑走路へ注意が集まる中、ディーツのRFザクは北側の作業用搬入口へ接近していた。
識別信号は、基地所属の旧式作業機へ偽装されている。
事前に侵入していた協力者が、搬入口の監視記録を一時停止させた。
巨大な隔壁が開く。
「本当に開いた」
ディーツが感嘆する。
『感心している場合か』
グランの声が返る。
『侵入後の猶予は四分。監視系統が復旧する前に、中央格納庫へ到達しろ』
「四分もあるんですか」
『しかない』
「俺なら余裕です」
『お前がそう言うたびに不安になる』
RFザクが搬入口へ滑り込む。
地下通路は狭い。
基地建設用の大型車両を想定した構造だが、モビルスーツが全速力で走るようには設計されていない。
RFザクの肩が壁へ擦れる。
火花が散る。
「少し狭いな!」
『減速しろ!』
「時間がない!」
『肩装甲を落とすぞ!』
「ザクの肩は誇りです!」
『誇りごと壁に残してくる気か!』
ディーツは機体を傾け、次の隔壁を抜けた。
基地内の警報が変わる。
侵入が発見された。
『北側搬入口に敵機!』
『中央区画へ向かっています!』
前方の通路へ、連邦兵の小型戦闘車両が現れる。
ディーツは砲撃しなかった。
RFザクの足を止め、外部スピーカーを開く。
「退け! ここで戦えば通路ごと潰れるぞ!」
車両は射撃を続けた。
弾丸がRFザクの正面装甲で弾ける。
「退けと言った!」
ディーツは壁面へビームを撃つ。
車両の横に大きな穴が開いた。
熱と破片に驚いた車両が後退する。
RFザクはその脇を駆け抜けた。
『ディーツ』
グランが言う。
『人員の排除へ時間を使うな』
「殺せって意味ですか」
『無用な戦闘を避けろという意味だ』
「それなら、そう言ってください」
『いま言った!』
中央格納庫まで、残り一分。
オリンポス・ベース中央格納庫。
非常灯が赤く点滅している。
整備員たちは、F90一号機を緊急出撃させる準備を進めていた。
二号機は一部の試験機材へ接続され、すぐには出撃できない。
基地司令が叫ぶ。
「一号機を出せ! 二号機の制御系はロックしろ!」
サナリィの技術者がコンソールを操作する。
「認証コードを更新します!」
「急げ!」
警報がさらに強くなる。
『中央格納庫へ敵モビルスーツ接近!』
「隔壁を閉鎖!」
巨大な扉が動き始める。
その隙間へ、RFザクの手が突き込まれた。
金属が悲鳴を上げる。
駆動装置が過負荷警告を表示する。
「開けぇぇぇっ!」
ディーツが操縦桿を引いた。
RFザクの腕だけでは、隔壁を押し返せない。
外装の一部が砕ける。
警告音。
左腕部出力低下。
だが、ディーツは止まらなかった。
肩から機体をぶつける。
二度。
三度。
隔壁のレールが歪む。
最後に、RFザクの頭部を隙間へ押し込んだ。
モノアイが格納庫の内側を照らす。
連邦兵たちが息を呑んだ。
四十年以上前の亡霊が、現代の基地へ顔を差し入れている。
「見つけたぞ」
ディーツは笑った。
隔壁が破られる。
RFザクが中央格納庫へ踏み込んだ。
その先に、白い二機のモビルスーツがあった。
ガンダムF90。
一号機。
二号機。
小さい。
細い。
洗練されている。
RFザクの無骨な姿とは、何もかもが違っていた。
「本当に二機ある」
ディーツは感動した。
『二号機だけだ』
グランの声。
「一号機も持っていけそうですが」
『言ったそばから作戦目的を増やすな!』
一号機が起動する。
白い頭部のツインアイが光った。
サナリィのテストパイロットが乗り込んでいた。
『所属不明機へ通告する! 直ちに武装を捨てろ!』
F90一号機がビーム・ライフルを構える。
ディーツはRFザクを二号機の前へ滑り込ませた。
「撃てるものなら撃ってみろ!」
『何だと』
「その射線の先には、同じF90があるぞ!」
一号機の銃口が止まる。
基地側が最も恐れていた状況だった。
敵機は二号機を盾にしている。
格納庫内で高出力ビームを使えば、試験設備と機体そのものを損傷する。
そのための配置。
そのための侵入経路。
オールズモビルは最初から計算していた。
少なくとも、司令部は。
ディーツ本人は、いま気づいた。
「なるほど。だから二号機の前へ行けと言われたのか」
『いま理解したのか!』
「結果が合っていれば問題ありません!」
ディーツはRFザクを屈ませた。
コックピットハッチを開く。
「機体を頼む!」
『待て、何をする!』
一号機のパイロットが叫ぶ。
ディーツはワイヤーを射出し、二号機の胸部へ飛び移った。
ノーマルスーツのブーツが装甲に触れる。
機体表面を蹴り、コックピットハッチへ向かう。
サナリィの技術者が二号機のロック操作を続ける。
「非常用認証まで変更しろ!」
「間に合いません!」
ディーツはハッチ横の整備端子へデータチップを差し込んだ。
反応なし。
「……あれ?」
『どうした』
グランが尋ねる。
「開きません」
『上下が逆だ』
ディーツはチップを確認した。
確かに逆だった。
「最近の技術は繊細ですね」
『お前が雑なんだ!』
向きを直す。
端末が点灯した。
盗み出された旧認証情報。
基地内部から更新された最新コード。
現地協力者が用意した保守用の非常アクセス権。
三つの情報が、二号機のロック機構へ送り込まれる。
認証エラー。
再試行。
警告表示。
そして、解除。
白い装甲の一部が開き、コックピットハッチが姿を現した。
「開いた!」
ディーツは内部へ飛び込んだ。
連邦軍のテストパイロットは乗っていない。
二号機は整備試験中だった。
だが、主電源と機体制御系統は生きている。
ディーツはシートへ身体を固定した。
見慣れない操縦席。
しかし、二年間使い続けたシミュレーターと基本配置は同じだった。
「本当に、あの訓練どおりだ」
『当然だ』
グランが答える。
『そのためにデータを集めた』
「床が抜ける訓練は」
『それはシャルル司令の趣味だ』
「やっぱり必要なかったんじゃないですか!」
ディーツは起動操作へ入る。
非常用認証。
主電源。
制御系。
駆動系。
ジェネレーター。
機体の各部へ電力が流れる。
診断表示が次々と緑へ変わっていく。
二号機のツインアイが点灯した。
ディーツの身体が、シート越しに機体とつながった。
軽い。
RFザクとはまったく違う。
操作への反応が速い。
手を動かすより先に、機体が意図を読んだように応える。
無駄な振動がない。
関節の遅れもない。
出力の偏りもない。
火星製の機体では、癖を覚えて補うことが操縦技術だった。
F90には、補うべき癖そのものがほとんどなかった。
「何だ、これ」
ディーツの声から、いつもの勢いが消えた。
『問題か』
「問題どころか……すごい」
操縦桿をわずかに動かす。
F90二号機が整備台から立ち上がる。
その姿勢制御は滑らかだった。
小さな機体へ、驚くほどの出力が詰め込まれている。
「これなら勝てる」
無意識に言葉が漏れた。
『何に』
グランが聞く。
ディーツは答えられなかった。
連邦軍に。
F90一号機に。
地球圏のすべてに。
それとも、過去へしがみつき続ける自分たち自身に。
一瞬だけ、禁断の考えが頭をよぎった。
この機体を、この姿のまま使えばいい。
わざわざザクやゲルググの姿へ戻さなくてもいい。
過去の外見へ包み直さなくても、F90は十分に強く、美しい。
だが、その思考を断ち切るように、一号機がビーム・ライフルを向けた。
『二号機を停止しろ!』
ディーツは反射的に機体を跳ばした。
ビームが整備台を撃ち抜く。
F90二号機は格納庫内を滑るように移動し、壁面へ着地した。
小さな機体。
低い慣性。
高い反応速度。
RFザクとは比較にならない動きだった。
「こいつ、本当にすごいぞ!」
『感想はあとだ! 脱出しろ!』
グランの怒声。
ディーツは二号機の腕で、残されたRFザクを支えた。
「こいつも持って帰れませんか」
『捨てろ』
「俺の愛機です!」
『二号機とザク、どちらが重要だ!』
ディーツは一秒だけ迷った。
「二号機です」
『そういうことだ!』
RFザクを格納庫の隅へ押し出す。
長年使い続けた機体。
ガンダムを奪うところまで運んでくれた愛機。
だが、ここで別れなければならない。
「悪いな」
ディーツはRFザクへ言った。
「お前の姿は忘れない」
『機体へ別れを告げている場合か!』
「大事な場面なんです!」
一号機が接近する。
二号機には携行武器がない。
ディーツはRFザクのヒート・ホーク型ビーム兵器を掴んだ。
F90の手には少し大きい。
だが保持できる。
「未来のガンダムが、ザクの武器を持つ」
ディーツは笑った。
「最高じゃないか!」
一号機のビーム・サーベルと、二号機が持つヒート・ホーク型ビーム刃が激突した。
コックピットへ衝撃が走る。
ディーツの笑顔が消える。
相手もテストパイロット。
F90の性能を熟知している。
一号機は二号機の腕を押し返し、膝蹴りを繰り出した。
ディーツは機体を横へ流して避ける。
格納庫の壁が崩れる。
「強いな」
『機体を盗んだだけの素人に、F90を渡すものか!』
「素人じゃない。二年間、毎日乗っていた!」
『シミュレーターだろう!』
「だいたい同じだ!」
『同じなものか!』
一号機がサーベルを振るう。
ディーツは回避。
着地。
壁を蹴る。
小型機の運動性を利用し、相手の頭上へ回る。
ヒート・ホークを振り下ろす。
一号機がシールドで受ける。
ビーム刃が表面を焼く。
二機のF90が格納庫内で激突する。
同型機。
ほぼ同じ性能。
違うのは経験だった。
一号機のパイロットはF90を熟知している。
ディーツは初めて実機を動かしている。
だが、ディーツには一つだけ優位があった。
逃げる方向が最初から決まっている。
勝つ必要はない。
基地の外へ出ればいい。
「エリック大尉!」
『聞こえている』
「北側格納庫の外壁へ、一発お願いします!」
『そこにはお前がいる』
「俺が避けます!」
『外したら』
「二年間の訓練が無駄になります!」
『命を基準にしろ!』
それでもエリックは射撃した。
基地外部から放たれたRFドムのビーム・バズーカが、格納庫の外壁へ命中する。
爆発。
壁が崩れる。
火星の赤い空が見えた。
ディーツは二号機を跳ばす。
一号機が追う。
だが、崩れ落ちた構造物が進路を遮った。
F90二号機は、火星の地表へ着地する。
「脱出成功!」
『まだ基地の敷地内だ!』
グランが怒鳴る。
「細かいことを言わないでください!」
ディーツは二号機を走らせた。
オリンポス・ベースの外では、撤退戦が始まっていた。
RFゲルググ隊は戦線を縮小。
RFドム隊は滑走路から後退。
連邦軍の増援ジェガンが基地上空へ集まりつつある。
『目標機を確認!』
『F90二号機が敵に奪われた!』
『撃つな! 機体を損傷させるな!』
この命令が、オールズモビルに時間を与えた。
連邦兵は二号機を撃墜できない。
接近して取り押さえなければならない。
だが、ディーツは奪ったばかりの機体を、長年乗っていたような勢いで加速させていた。
「軽い!」
F90が砂丘を跳び越える。
「速い!」
着地と同時に方向を変える。
「小さい!」
ジェガンの射撃が機体の上を通過する。
「最高だ!」
『実況は要らん!』
エリックのRFドムが二号機の横へ並ぶ。
外見は巨大な旧式ドム。
隣を走るのは、小型化された最新鋭ガンダム。
四十年以上の設計思想が、火星の赤い砂の上で並走していた。
「どうです、大尉。似合うでしょう」
『白すぎる』
「そこですか」
『地下へ戻ったら塗装されるだろう』
「何色に」
『シャルル司令へ聞け』
ディーツは少し嫌な予感がした。
撤退経路上の地下ゲートが開く。
RFシリーズが次々と内部へ入る。
最後に、F90二号機が火星の地下へ消えた。
装甲扉が閉じる。
追撃してきたジェガン隊の前から、熱源反応が途絶えた。
オリンポス山の地下に広がる旧坑道と軍事施設。
連邦軍は、その全容を把握していない。
追跡は不可能だった。
地下ドック。
帰還したF90二号機を待っていたのは、歓声だった。
「成功だ!」
「本当に持ってきたぞ!」
「ガンダムだ!」
「小さいな!」
「だが出力は高い!」
整備員、兵士、技術者が白い機体を取り囲む。
古いザクやゲルググが並ぶ格納庫の中央に、最新鋭のガンダムが立っている。
場違いだった。
だからこそ、圧倒的な存在感があった。
ディーツがコックピットから降りる。
床へ着地した瞬間、足が震えた。
いまになって恐怖が追いついてきた。
「ディーツ!」
グランが駆け寄る。
「はい」
「よくやった」
短い言葉だった。
怒鳴られると思っていたディーツは、少し驚いた。
「俺、成功したんですよね」
「した」
「二号機を持って帰りました」
「ああ」
「一号機も持って帰れた気がします」
「その発言で評価を下げるな」
エリックも機体から降りてきた。
「損害は」
グランが尋ねる。
「RFザク二機中破。RFゲルググ一機大破。戦死者はいない」
周囲が静かになった。
完全な勝利ではない。
だが、想定よりはるかに少ない損害だった。
長年の情報収集。
基地内部の協力者。
認証情報の流出。
計画された陽動。
そして、ディーツの無謀な即応力。
そのすべてが噛み合った結果だった。
シャルル・ロチェスターが、ゆっくりと格納庫へ入ってくる。
兵士たちが道を開ける。
老将はF90二号機の前で足を止めた。
長い間、無言で見上げる。
「どうです、閣下」
ディーツが尋ねた。
「小さいな」
「そこからですか」
「細い」
「性能はすごいですよ」
「白すぎる」
「エリック大尉も同じことを言っていました」
シャルルはF90の脚部へ手を触れた。
「だが、見事だ」
ディーツの顔が明るくなる。
「では、このまま使いますか」
シャルルは振り返った。
「このまま?」
「はい。正直に言いますと、外見を変えなくても十分に強いです。むしろ、この設計のまま使ったほうが合理的で」
格納庫が静まり返った。
グランが額を押さえる。
エリックは少し離れた。
整備員は床を見た。
ディーツは、自分が何か危険なことを言ったと気づいた。
「つまり、その」
シャルルの眉がゆっくり動く。
「お前は、この白く、細く、連邦的で、合理性ばかりを優先した姿を、そのまま我が軍で使えと言うのか」
「性能面だけを考えれば」
「ほう」
「ですが、色くらいは変えてもよいと思います」
「色くらい」
「赤とか」
「くらい」
「黒も少し」
シャルルは整備主任へ向き直った。
「改装案を作れ」
「どの程度でしょう」
「外装の全面変更は、機体性能を損なう」
ディーツは少し安心した。
シャルルも合理性を理解している。
「よって、基本形状は残す」
老将は続けた。
「塗装を赤と黒へ変更。火星独立ジオン軍の識別章を追加。武装系統を解析し、我が軍の装備へ対応させる」
「肩にスパイクは」
古参兵が尋ねる。
シャルルは少し考える。
ディーツが息を止めた。
「不要だ」
格納庫に小さなどよめきが起きる。
「空力と姿勢制御に悪影響がある。見た目のために性能を落とすな」
ディーツは胸をなで下ろした。
「ただし」
まだ続きがあった。
「頭部と胸部へ、我が軍仕様の識別意匠を入れろ。連邦軍が一目で、自分たちのガンダムを誰に奪われたか理解できるようにな」
整備員が敬礼する。
「了解」
シャルルは再び白いF90を見上げた。
「これは単なる戦利品ではない」
その声が格納庫へ広がる。
「地球圏は、我々を過去と呼んだ」
兵士たちが静かに聞く。
「ザクを骨董品と呼び、火星の軍勢を時代遅れの亡霊と笑った」
赤いモノアイを持つRFシリーズが、白いガンダムを囲んでいる。
「その過去が、連邦の未来を奪った」
歓声が起きた。
「本日より、このF90二号機を我が軍の戦力として運用する!」
ディーツが拳を上げる。
「ジーク・オールズモビル!」
兵士たちが応える。
「ジーク・オールズモビル!」
歓声が地下ドックを揺らした。
その場に、カールの姿はなかった。
彼は地下居住区の管制室で、オリンポス・ベースから発信される緊急通信を聞いていた。
負傷者。
損傷した基地。
行方不明になった現地作業員。
奪われたF90二号機。
連邦軍はすでに、地球圏へ増援を要請している。
オールズモビルは、確かに歴史の表舞台へ戻った。
だが、それは同時に、火星の地下へ連邦軍の目を向けさせる行為でもあった。
「やったのか」
カールがつぶやく。
背後にグランが立っていた。
「成功した」
「私は、やったのかと聞いた」
「同じことだ」
「違う」
カールは振り返った。
「連邦は本格的な討伐隊を送る」
「想定している」
「居住区も戦場になる」
「そうならないように戦う」
「戦いを呼び込んだのは、こちらだ!」
グランは黙った。
「シャルルは、火星を守るために必要だと説明した」
カールは続ける。
「だが、いつから組織を存続させるために、敵を呼び込むようになった」
「我々は、このまま忘れられるわけにはいかなかった」
「なぜだ」
「忘れられれば、すべてがなかったことになる」
「チェスターJr.たちは、記憶されるために死んだのか」
グランの表情が変わる。
「彼らの犠牲を無駄にするな」
「犠牲を理由に、次の犠牲を作るな!」
管制室が静まり返った。
カールの胸元には、金色の肩章があった。
チェスターJr.の遺品。
誰かの神話へ未来を預けるな。
そう言い残した者の証。
オールズモビルは、一人の英雄を待つことをやめた。
だが、今度は組織そのものを神話にしようとしている。
過去の守護者。
最後のジオン。
見捨てられた者たちの代表。
その神話を守るために、再び若者を戦場へ送ろうとしていた。
「カール」
グランが言う。
「もう戻れない」
「だから進むしかないと?」
「連邦軍が来る」
「お前たちが呼んだ」
「それでも、戦わなければならない」
カールは目を閉じた。
その点だけは事実だった。
F90は奪われた。
連邦軍は来る。
いまさら機体を返せば、すべてが元に戻るわけでもない。
オールズモビルの存在は、地球圏へ知られた。
火星の長い沈黙は終わった。
「わかった」
カールは言った。
「協力する」
グランが少し驚く。
「本当か」
「居住区の避難計画を作る。医療区画を増設する。非戦闘員を別施設へ移す」
「軍へは」
「口を出す」
「何を」
「勝つことより、住民を生かすことを優先させる」
「戦場で、それが可能だと思うか」
「不可能なら、オールズモビルに存在する価値はない」
カールは通信端末を開いた。
「シャルルへ伝えろ。戦争を始めた以上、軍の誇りではなく、火星の人間へ責任を取れと」
グランはしばらく黙ったあと、うなずいた。
同じ頃。
地球圏、サナリィ中央開発室。
ボリス・エイルリッヒは、緊急報告書を読んでいた。
ガンダムF90二号機。
火星、オリンポス・ベースにて強奪。
襲撃勢力、火星独立ジオン軍。
使用機体、旧ジオン公国軍型に酷似した高性能モビルスーツ。
推定名称、RFシリーズ。
ボリスは書類を机へ置いた。
静かに置いた。
怒ってはいない。
怒る段階は、すでに通り過ぎていた。
向かいには、かつて火星試験を推進したサナリィの技術者が座っている。
顔色は白い。
「主任」
「何だ」
「ご指摘のとおりになりました」
「そうだな」
「本当に、ザクの形をした高性能機が」
「そうだな」
「F90を奪いました」
「そう書いてある」
技術者は少し震えながら尋ねた。
「怒らないのですか」
ボリスは引き出しを開けた。
胃薬を取り出す。
一錠。
二錠。
迷って三錠目も口へ入れる。
「私は二年前に怒り終わった」
「では、どうします」
「追撃部隊を送る」
「機体を奪還するのですね」
「当然だ」
ボリスは戦術資料を表示した。
F90一号機。
実験戦術部隊。
巡洋艦アドミラル・ティアンム。
「連邦軍は、第13実験戦術部隊を火星へ派遣する」
技術者は息を呑んだ。
「本格的な戦闘になります」
「オールズモビルは、それを望んでいた」
「なぜ」
「自分たちが存在すると、地球圏へ認めさせるためだ」
ボリスは、奪われた二号機の最後の映像を見る。
白い機体が、ザクやドムの群れに守られながら火星地下へ消えていく。
「お望みどおり、認めてやる」
声は静かだった。
だからこそ、技術者には恐ろしく聞こえた。
「火星には、組織化された軍事勢力が存在する。F90を運用できる技術力と、連邦基地へ侵入できる情報網を持っている」
ボリスは正式報告書を開いた。
「今度は誰にも、都市伝説とは言わせない」
承認印を取る。
二年前、火星試験を認めたのと同じ印。
「第13実験戦術部隊、派遣承認」
印が置かれた。
宇宙世紀0120年10月。
オールズモビルは、ガンダムF90二号機の強奪に成功した。
連邦軍の最新技術。
フォーミュラ計画の機密。
地球圏へ突きつける象徴。
シャルルが求めた三つは、すべて手に入った。
だが同時に、彼らは三つのものを失った。
地球連邦から脅威ではないと見過ごされる立場。
火星地下で静かに軍備を整える時間。
そして、戦うかどうかを自分たちだけで選べる自由。
ディーツは勝利の歓声の中で、F90二号機を見上げていた。
白い装甲は、これから赤と黒へ塗り替えられる。
連邦軍の識別章は消される。
代わりに、オールズモビルの紋章が刻まれる。
それでも、機体そのものはガンダムだった。
地球圏の未来を象徴する機体。
過去の鎧をまとった軍勢が奪い取った、未来の力。
遠い昔、はるか彼方の銀河系で、辺境の反乱軍が帝国の兵器や情報を奪い、巨大な戦争の流れを変えることがあった。
また、滅びた帝国の残党が新共和国の油断を利用し、未来の兵器を自らの旗へ塗り替えることもあった。
武器そのものに、善悪はない。
誰が奪い。
誰が使い。
どの神話の象徴にするか。
意味を決めるのは、いつも人間だった。
フォースは存在しない。
だが、若者の無謀な一歩が、長く眠っていた戦争を目覚めさせることなら、この宇宙でも起こり得る。
ディーツ・ヴァルターは、ガンダムを奪った。
オールズモビルは、未来を奪ったと歓喜した。
地球連邦軍は、その未来を取り戻すために動き始めた。
火星の地下ドックでは、勝利を祝う芋酒の樽が開けられた。
その上空では、地球圏へ向けた緊急通信が光となって飛んでいく。
祝杯と救援要請。
勝利宣言と討伐命令。
二つの通信は、ほぼ同時に火星を離れた。
そして地球圏では、巡洋艦アドミラル・ティアンムを中心とする第13実験戦術部隊が、火星への出撃準備を開始していた。
オールズモビルが望んだ、歴史の表舞台。
その舞台へ最初に現れるのは、喝采する観客ではない。
奪われたガンダムを取り戻しに来る、もう一機のF90だった。