【宇宙世紀】ジオン残党だけど火星で第二帝国を作る羽目になった件【スターウォーズ概念クロス】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
遠い昔、はるか彼方の銀河系で。
敵から奪った兵器を、自分たちの旗の色へ塗り替える者たちがいた。
それは単なる装飾ではない。
誰がその兵器を奪ったのか。
誰が以前の所有者を打ち負かしたのか。
そして、その力が今は誰の意思に従うのか。
色と紋章は、言葉より早く戦場へそれを伝える。
だが、優れた兵器へ余計な装甲や飾りを加えれば、性能は落ちる。
誇りを示すために牙を増やしすぎれば、その牙の重さで動けなくなる。
この銀河の火星地下でも、最新鋭のガンダムを前に、誇りと合理性の危険な綱引きが始まっていた。
宇宙世紀0120年10月。
火星、オリンポス山地下ドック。
オールズモビルが強奪したガンダムF90二号機は、巨大な整備台の上へ固定されていた。
白い装甲。
頭部のツインアイ。
小型化された機体。
全身に配置されたハードポイント。
その周囲を、RFザクやRFゲルググの整備を担当してきた火星の技術者たちが取り囲んでいる。
彼らの大半は、実物のガンダムへ触れるのが初めてだった。
「軽い」
ハンス整備長が、取り外された肩部装甲を持ち上げて言った。
少年兵だった頃、火星の地下で錆びたザクを見上げていた男も、いまでは整備部門を率いる年齢になっている。
「この大きさで、この強度か」
若い整備員が装甲材を計測する。
「分子構造が均一です。火星製のRFシリーズとは比較になりません」
「比較するな。泣きたくなる」
別の整備員が、F90の関節部を覗き込んだ。
「配線が色分けされています」
「当たり前だろう」
「接続端子に規格番号が書いてあります」
「当たり前だ」
「左右の部品が同じ規格です」
ハンスの表情が少し曇った。
「それは……かなりうらやましいな」
火星の兵器は、長年にわたり廃棄品や流出部品を継ぎ足して作られてきた。
同じRFザクでも、右脚と左脚の製造世代が違うことなど珍しくない。
修理用部品を取り付けた結果、別の場所が動かなくなる。
整備記録へ「原因不明。ただし叩くと起動」と書かれている機体もある。
その世界で生きてきた技術者たちにとって、F90の内部構造は未来の宮殿だった。
「連邦め」
ハンスはつぶやいた。
「こんな良いものを作れるなら、最初から全宇宙へ安く配れ」
「そうしたら、我々の商売がなくなります」
「確かに」
ハンスは納得した。
そこへ、ディーツ・ヴァルターが現れた。
「俺のガンダムはどうです」
「お前のではない」
「俺が盗んできました」
「軍の所有物だ」
「最初に乗ったのは俺です」
「サナリィのテストパイロットが先だ」
「火星で最初に乗ったのは俺です」
「条件を細かく変えるな」
ディーツは整備台を見上げた。
強奪時の損傷は軽い。
外装の擦過傷。
右腕部の負荷。
RFザク用兵器を無理に保持したことによる手首関節の調整ずれ。
それ以外は、ほぼ完全な状態だった。
「それで、いつ赤くするんですか」
ディーツが尋ねた。
「塗装案は決まっている」
ハンスが端末を示す。
基本色は暗い赤。
胸部と関節周辺は黒。
ハードポイントの識別部には、火星の赤土を思わせる茶系の補助色。
連邦軍の識別章は消され、オールズモビルの部隊章が入る。
「いいですね」
「ツインアイは赤色へ変更する」
「最高です」
「連邦軍が見れば、自分たちの二号機だとすぐわかる。それでいて、もう自分たちの機体ではないともわかる」
ディーツは少し考えた。
「肩にスパイクは」
「付けない」
「一つくらい」
「付けない」
「小型なら」
「ハードポイントを塞ぐ」
「飾りで」
「重量が増える」
「気分が上がります」
「機体性能は上がらない」
ディーツは残念そうに肩を落とした。
「シャルル司令なら、もっと派手な改造を喜ぶと思ったんですが」
「司令からの命令だ。見た目のために性能を落とすなとな」
「意外に合理的ですね」
「本人の前では言うな。自分はいつでも合理的だと三時間ほど演説される」
ハンスは改装計画を表示した。
変更されるのは、主に機体の内側だった。
サナリィへの遠隔診断機能を遮断。
連邦軍の保守回線を削除。
追跡用発信器の捜索と除去。
機体認証方式をオールズモビル仕様へ変更。
火星製兵器を使用するための火器管制データを追加。
RFシリーズとの通信互換性を確保。
ミッションパックの解析用に、制御記録を複製。
「外見より、こっちのほうが重要だ」
ハンスは言った。
「連邦は二号機の遠隔停止を試みる。追跡装置が残っていれば、地下基地の位置まで知られる」
「全部外せますか」
「外す」
「自信があるんですね」
「なければ、この二十五年を生き延びていない」
だが、ハンスの顔に余裕はなかった。
サナリィの技術は優秀だった。
同時に、複雑だった。
一つの機能を切れば、別の機能が停止する。
認証系へ触れれば、ジェネレーター制御が警告を出す。
追跡信号と思って切断した回線が、実際には姿勢制御系の診断回線だったこともある。
「これはモビルスーツというより、規則正しく積み上げられた罠だ」
ハンスが言った。
「サナリィの技術者が聞いたら喜びますよ」
「褒めていない」
「いつ出られます」
「最短でも数日だ」
「追撃部隊が先に来ます」
「わかっている。だから余計な改造をしない」
ハンスはディーツを見る。
「お前はシミュレーターへ戻れ。実機で得た操縦データを反映させた」
「もう乗れますよ」
「格納庫で一号機に負けかけただろう」
「あれは武器がなかったからです」
「経験もだ」
ディーツの表情が少し変わった。
強奪作戦では、確かに相手へ押されていた。
同型機。
ほぼ同じ性能。
だが一号機のパイロットは、実機の特性を知っていた。
ディーツはシミュレーターでしかF90を知らなかった。
勢いと撤退経路のおかげで逃げ切れただけである。
「次は勝ちます」
ディーツは言った。
「勝つ必要はない」
「何ですって?」
「奪った機体を守り、火星の住民を生かす。それが任務だ」
「一号機を倒せば、全部解決します」
「そうやって目的を増やすな」
EP20でも同じことを言われた。
ディーツは不満そうだった。
「ガンダムが二機あって、一機だけで満足しろと言うほうが無理です」
「だからお前は監視が必要なんだ」
地下司令室。
シャルル・ロチェスターは、火星へ接近する艦隊の情報を見ていた。
地球連邦軍第13実験戦術部隊。
旗艦、アドミラル・ティアンム。
搭載戦力、ジェガンおよび支援機。
そして、ガンダムF90一号機。
連邦軍の反応は、予想より速かった。
「到着まで」
シャルルが尋ねる。
「現在の航路なら、まもなく火星圏へ入ります」
グランが答えた。
「二号機の改装は」
「機体認証と遠隔接続の遮断に時間がかかっています。出撃可能状態へ戻すには、もう少し必要です」
「追撃側に先を越されるか」
「その可能性があります」
シャルルは戦術図を見た。
オリンポス・ベース。
地下ドック。
居住区。
資源採掘施設。
非常用の脱出路。
オールズモビルは、長い時間をかけて火星地下へ拠点を築いた。
だが、地球連邦軍と全面戦争を行えるほどの戦力はない。
RFシリーズは強力である。
それでも機体数は限られている。
艦艇も少ない。
補給能力は、地球圏の軍隊とは比較にならない。
ガンダムを奪えば、連邦軍が来る。
わかっていた。
そのために奪った面もある。
だが、実際に戦術図へ連邦艦隊が表示されると、計画書では見えなかったものが現れる。
火星で暮らしている人々。
軍人ではない者。
子供。
老人。
農業区画。
医療施設。
彼らも一緒に、連邦軍の標的になり得る。
「カールは」
シャルルが尋ねる。
「避難計画を進めています」
「怒っているか」
「かなり」
「当然だな」
グランは老将を見る。
「それでも、協力しています」
「彼は軍のためではなく、住民のために動いている」
「同じことです」
「同じではない」
シャルルの声は低かった。
「それを同じだと思い始めると、軍は住民を自分の所有物だと考える」
グランは黙った。
「第13実験戦術部隊の目的は、二号機の奪還です」
「我々の殲滅ではないと?」
「現時点では」
「ならば、二号機を囮にできる」
グランが戦術図へ表示を加える。
「二号機を地上へ出し、別の地下施設へ移動させます。連邦軍が追えば、主居住区から引き離せる」
「破壊されれば、すべてが無駄になる」
「破壊されないと、彼ら自身が最も強く望んでいます」
シャルルは少し考えた。
「一号機のパイロットは」
「デフ・スタリオン大尉。F90の試験運用に参加してきた操縦者です」
「ディーツより上か」
「実機経験では」
「技量は」
「正確な比較はできません。ただし、少なくとも勢いだけで操縦する男ではありません」
「ディーツの悪口に聞こえる」
「客観的評価です」
シャルルは笑わなかった。
「二号機が出せなければ、RFシリーズだけで一号機を止めることになる」
「はい」
「アムロ・レイのνガンダムを相手にした時とは違う」
グランの目がわずかに動く。
チェスター艦隊の最後。
火星へ持ち帰られた敗北の記録。
「今度は、敵の機体情報がある」
シャルルは言った。
「そして、我々の側にもガンダムがある」
「整備が終われば」
「終わらせろ」
「ハンスが倒れます」
「倒れる前に休ませろ」
「納期を延ばしますか」
「それはできん」
グランは小さく息を吐いた。
「司令官は簡単に言いますね」
「簡単に言うのが仕事だ。難しく実現するのがお前たちの仕事だ」
「最悪の上司です」
「知っている」
同じ頃。
火星軌道。
ラー・カイラム級巡洋艦アドミラル・ティアンムが、赤い惑星へ接近していた。
そのブリッジでは、地球連邦軍第13実験戦術部隊司令、ナバロ・アーキントン准将が状況報告を受けている。
「火星軌道へ進入」
航法士が告げる。
「オリンポス・ベースとの通信、確立しました」
モニターに、襲撃後の基地が映る。
破壊された対空砲座。
損傷した滑走路。
崩れた中央格納庫。
人的被害は、当初予想されたほど大きくない。
襲撃側が無差別攻撃を避けたためだった。
ナバロは、その報告書を読んでいた。
「基地を制圧できたのに、人員の殺傷を優先しなかった」
副官が言う。
「二号機の強奪だけが目的だったのでしょう」
「ならば、単なる狂信者ではない」
「オールズモビルを評価するのですか」
「敵を軽蔑して勝てるなら、軍学校は必要ない」
ナバロは、火星地下の推定図を表示する。
情報は不完全だった。
旧ジオンマーズ施設。
旧レジオン施設。
採掘坑道。
居住区。
軍事施設。
どこまでつながっているのか、連邦軍も把握していない。
「攻撃目標は二号機の奪還」
ナバロは確認する。
「地下居住区への無差別攻撃は禁止。核兵器および広域破壊兵器の使用も認めない」
「ですが、敵軍事施設と居住区の区別がつきません」
「だから調べる」
「時間がかかります」
「急いで誤爆するよりましだ」
ナバロは副官を見る。
「我々はガンダムを取り返しに来た。火星を破壊しに来たのではない」
原文で想像されていたような、失態を恐れて怒鳴り散らすだけの指揮官ではなかった。
二号機を奪われたことは重大な失態である。
だが、その失態を隠すために火星住民を犠牲へすれば、さらに大きな失敗になる。
「サナリィから、二号機の遠隔停止コードが届いています」
通信士が報告する。
「有効か」
「敵が認証系統を変更していなければ」
「変更しているだろう」
「では」
「試すだけ試せ。成功を前提にするな」
ナバロは格納庫へ通信を開いた。
「F90一号機、状況を」
モニターに、若いパイロットが映る。
デフ・スタリオン大尉。
強奪時、格納庫でディーツと交戦した男だった。
その表情に、以前の余裕はない。
『出撃準備完了しています』
「二号機の操縦者を覚えているか」
『忘れるわけがありません』
「技量は」
デフは少し考えて答えた。
『粗いです』
「弱いか」
『いいえ』
即答だった。
『F90を初めて実戦で動かしながら、機体の小ささと反応速度をすぐ利用した。正規の手順から外れた動きを、迷わず選びます』
「予測しにくい」
『はい。訓練された軍人というより、機体と一緒に崖から飛び降りる種類の人間です』
「二度目は」
『負けません』
ナバロは、若いパイロットの顔を見た。
そこには奪われた機体への責任感と、同型機へ負けたくないという自尊心がある。
危険な組み合わせだった。
「二号機の奪還を優先する。撃破は最終手段だ」
『了解』
「相手を侮るな」
デフの返答が少し遅れた。
『承知しています』
「承知している顔ではない」
『……今度は、承知しています』
それならいい。
少なくとも、最初よりは。
アドミラル・ティアンム格納庫。
F90一号機が出撃準備を整えている。
二号機と同じ白い機体。
だが、今回は火星地表での作戦を想定した装備が追加されていた。
砂塵対策。
長時間行動用の推進剤。
地下施設探査用センサー。
高機動戦闘へ対応する装備。
整備員が最終確認を行う。
「二号機を見つけたら、どうします」
整備主任が尋ねる。
「取り返す」
デフが答えた。
「赤く塗られていたら」
「色は関係ない」
「ジオンの角が付いていたら」
「切り落とす」
「肩にスパイクが」
「付けると思うか?」
二人は少し黙った。
火星残党の美的感覚を考えれば、可能性は否定できない。
「機体を傷つけずに戻してください」
「努力する」
「約束してください」
デフは、コックピットハッチを閉じながら言った。
「考えておく」
どこかで、同じ言葉を使った火星の男がいた。
互いに知るはずのない言葉が、違う時代の戦場で繰り返された。
火星地下ドック。
ハンスは、F90二号機の制御コンソールをにらんでいた。
「遠隔接続、遮断」
整備員が報告する。
「追跡信号、主要系統からは検出されません」
「主要系統からは、だと?」
「補助回線が多すぎます」
「全部調べろ」
「出撃予定まで時間がありません」
「一つ残れば、基地の位置が割れる」
ハンスは配線図を拡大した。
そこへ、警告が表示される。
外部からの認証要求。
サナリィの遠隔停止信号。
「来たぞ!」
技術者たちが一斉に動く。
一号機か。
アドミラル・ティアンムか。
オリンポス・ベースか。
どこから送られているかはわからない。
だが、機体制御系へ停止命令が流れ込んでいる。
「遮断しろ!」
「主制御系が認証待機へ移ります!」
F90二号機のツインアイが消えた。
ジェネレーター出力が低下する。
ディーツがコックピットから叫ぶ。
「ちょっと! 俺のガンダムが寝ましたよ!」
「お前のではない!」
ハンスは端末を操作する。
正規認証を拒否。
外部接続を物理的に切断。
だが、F90のシステムは簡単には許さない。
安全装置が作動する。
未認証状態での起動を制限。
「サナリィめ」
ハンスの額に汗が浮かぶ。
「自分の機体へ触れなくなるような仕組みを、よくここまで丁寧に作ったな」
「褒めている場合ですか」
「褒めていない!」
外部認証回線を分離する。
代わりに、オールズモビル独自の認証装置を接続。
F90の制御OSへ、火星側の起動鍵を送り込む。
拒否。
再試行。
部分認証。
警告。
駆動系のみ復旧。
「もう一度だ!」
ハンスが叫ぶ。
ディーツは暗いコックピットで待っている。
「ハンスさん」
「黙っていろ!」
「俺にできることは」
「祈れ!」
「誰に」
ハンスの手が一瞬止まる。
ザビ家。
ダイクン。
シャア。
かつての火星人なら、誰かの名を挙げただろう。
だが、オールズモビルは英雄を待たないと決めた。
「整備員にだ!」
「それは現実的ですね!」
最後の認証コードが通る。
二号機のツインアイが再点灯した。
今度は、赤い光だった。
ジェネレーター出力が回復する。
全身の駆動系が起動。
暗い赤と黒へ塗り替えられたF90二号機が、整備台の上でゆっくりと頭を上げた。
「起きた!」
ディーツが叫ぶ。
ハンスは椅子へ崩れ落ちそうになった。
「遠隔停止対策、完了」
若い整備員が確認する。
「機体認証、オールズモビル仕様へ移行」
「火器管制は」
「RFシリーズ用兵器データを認識しています」
「ミッションパックは」
「奪取時に持ち帰れなかったため、現状は基本装備のみです」
「十分だ」
ハンスは赤い二号機を見上げた。
余計な角もない。
スパイクもない。
重い追加装甲もない。
基本形状は、サナリィが設計したF90のまま。
だが、色。
認証。
通信。
武器。
そして操縦者。
そのすべてが、もう連邦のものではなかった。
「完成だ」
ハンスが言った。
「ガンダムF90二号機、オールズモビル仕様」
ディーツが操縦桿を握る。
「もっと名前らしい名前はないんですか」
「考える時間がなかった」
「深紅の火星騎士とか」
「却下」
「F90マーズ・カスタム」
「悪くはない」
「デス・ガンダム」
「絶対に却下だ」
「では、とりあえず二号機で」
「最初からそうしろ」
警報が地下ドックへ響いた。
火星軌道上の連邦艦隊から、複数の降下反応。
ジェガン部隊。
偵察機。
輸送艇。
そして、その中央にあるF90一号機。
「追撃部隊、降下開始!」
グランの声が全回線へ流れる。
「全軍、第一種戦闘配置! 地上部隊は指定防衛線へ展開。居住区周辺での交戦は禁止!」
カールの声も続く。
「非戦闘員の第二次避難を開始。医療区画は受け入れ準備。軍用通路と避難通路を混同するな!」
二つの命令。
戦うための命令。
生き残るための命令。
オールズモビルが単なる残党軍ではなく、火星の共同体でもあることを示す二つの声だった。
ディーツは二号機を立ち上がらせる。
整備員が周囲から離れる。
「ディーツ」
ハンスが通信を開く。
「何です」
「機体を返すな」
「もちろんです」
「壊すな」
「努力します」
「勝手に一号機まで盗もうとするな」
「状況次第です」
「やめろ!」
「冗談ですよ」
ハンスは、その言葉をまったく信用しなかった。
「生きて戻れ」
最後に言った。
ディーツは少しだけ黙る。
そして、いつもの軽い調子で答えた。
「俺はガンダムに乗ってるんですよ。負けるわけないでしょう」
「そういう考えが一番危険だ」
「わかっています」
今度の声は、少しだけ真剣だった。
二号機がカタパルトへ進む。
赤と黒の装甲が、地下照明を反射する。
赤いツインアイ。
オールズモビルの紋章。
連邦の未来だった機体が、火星の過去を背負わされている。
同じ頃。
火星上空。
白いF90一号機が、アドミラル・ティアンムから降下した。
大気との摩擦で、機体周囲が赤く光る。
コックピットで、デフは地表を見つめている。
遠くにオリンポス山。
その下に、奪われた二号機がいる。
「F90一号機、降下軌道安定」
ナバロの声が入る。
『地下施設の位置は完全には特定できていない。突出するな』
「了解」
『二号機を発見しても、単独で追跡するな』
「了解」
『二度言った意味はわかるな』
デフは少し黙った。
「信用されていませんね」
『自尊心を刺激されているパイロットは、信用しすぎないことにしている』
「冷静です」
『それが司令官の仕事だ』
F90一号機が火星地表へ降りる。
周囲にはジェガン隊。
眼下の砂地には、オールズモビルの外周警戒線。
まだ敵機の姿は見えない。
だが、センサーは複数の熱源を捉えている。
古いザクやドムの識別信号。
そのどれも、信じてはならない。
「二号機」
デフがつぶやく。
「今度こそ、連れて帰る」
オリンポス山の斜面。
偽装された巨大な岩盤が動く。
地下カタパルトの射出口が開く。
砂と蒸気が吹き上がる。
その暗闇から、赤と黒のモビルスーツが姿を現した。
ガンダムF90二号機。
連邦軍の白い装甲は消えている。
頭部の形も、細身のシルエットも、基本的には変わらない。
それでも、赤いツインアイと火星の紋章だけで、まるで別の機体に見えた。
ディーツは地表へ出る。
正面の戦術モニターに、一つの機体反応が表示された。
同型機。
F90一号機。
白いガンダム。
向こうも、こちらを捉えた。
デフは赤い二号機を見た。
「塗ったのか」
ディーツが広域通信を開く。
「似合うでしょう」
「連邦軍の機体へ、ずいぶん勝手なことをしたな」
「いまは火星の機体です」
「返してもらう」
「断ります」
「なら、力ずくで取り戻す」
ディーツは笑った。
「それを待っていました」
二機のF90が、火星の赤い大地で向かい合う。
白い一号機。
赤と黒の二号機。
設計も性能も、ほぼ同じ。
だが、背負わされた意味は正反対だった。
一号機は、地球圏が作り出した未来。
二号機は、その未来を奪って自分たちの旗へ変えた火星の亡霊。
遠い昔、はるか彼方の銀河系で、同じ設計思想から生まれた兵器が、異なる旗のもとで互いへ銃口を向けることがあった。
機体は同じ。
力も同じ。
違うのは、操縦席に座る者が信じる物語だけだった。
この火星でも同じだった。
最新技術と過去の執念。
奪還と抵抗。
秩序と存在証明。
二機のガンダムへ、それぞれの神話が詰め込まれている。
宇宙世紀0120年。
オールズモビルは、奪ったF90二号機を自らの色へ染め、地球連邦軍の遠隔支配から切り離した。
地球連邦軍第13実験戦術部隊は、一号機を中心に火星へ降下した。
追撃者は、ついに獲物を見つけた。
だが獲物は、格納庫で眠る試作機ではない。
火星の大地へ立ち、自ら武器を構える敵になっていた。
二号機がビーム兵器を構える。
一号機も照準を合わせる。
風が砂を巻き上げる。
二機の間を、赤い粉塵が流れていく。
先に動いたのは、どちらだったのか。
観測記録は一致していない。
確かなことは一つだけ。
火星における、最初のF90対F90の戦闘が始まった。