【宇宙世紀】ジオン残党だけど火星で第二帝国を作る羽目になった件【スターウォーズ概念クロス】   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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追撃の艦隊【U.C.0120】

遠い昔、はるか彼方の銀河系で。

 

奪われた兵器を取り戻すため、中央政府の艦隊が辺境へ派遣された。

 

彼らが向き合うのは、正規軍同士の名誉ある決戦ではない。

 

地図に載っていない地下道。

 

識別情報を偽装した敵機。

 

戦闘員と住民が同じ施設で暮らす、攻撃しにくい拠点。

 

そして、自分たちの兵器を壊さずに敵から奪い返せという、矛盾に満ちた命令だった。

 

辺境の残党に必要なのは、一度でも生き延びれば勝利。

 

追撃者に必要なのは、機体を奪還し、住民被害を避け、敵組織を無力化する完全な成功。

 

戦争では、責任を多く背負う側ほど動きが鈍くなる。

 

この銀河の火星でも、追う者と追われる者の不均衡な戦いが始まった。

 

 

宇宙世紀0120年10月末。

 

火星、オリンポス山北部渓谷。

 

二機のガンダムF90が、赤い砂塵を挟んで向かい合っていた。

 

白い一号機。

 

赤と黒へ塗り替えられた二号機。

 

基本設計は同じ。

 

ジェネレーターも。

 

フレームも。

 

機体制御系統も。

 

全身に配置されたハードポイントも。

 

だが、いま両機が背負う意味は正反対だった。

 

一号機は、地球連邦軍とサナリィの技術的威信。

 

二号機は、地球圏から過去として捨てられたオールズモビルの存在証明。

 

一号機のコックピットで、デフ・スタリオン大尉は照準を合わせていた。

 

二号機のコックピットでは、ディーツ・ヴァルター少尉が楽しそうに操縦桿を握っている。

 

『二号機を停止させろ』

 

デフが広域通信で命じた。

 

『その機体は地球連邦軍の所有物だ』

 

「少し違いますね」

 

ディーツが答える。

 

「正確には、以前は連邦軍の所有物だった機体です」

 

『盗品の所有権は移らない』

 

「拾得物という解釈では」

 

『基地を襲撃して持ち去っただろう』

 

「では、戦利品」

 

『戦争を正式に宣言した覚えはない』

 

「いま撃ち合おうとしているのに、そこを気にします?」

 

デフは通信を切りたくなった。

 

だが、相手の声には緊張がない。

 

本当に恐れていないのか。

 

恐怖を隠すためにしゃべり続けているのか。

 

判断できない。

 

『最後に警告する。機体を降りろ』

 

「断ります」

 

『ならば、動けなくして回収する』

 

「やってみてください」

 

二号機がビーム兵器を構える。

 

オールズモビルがRFシリーズ用に開発した装備を、F90の火器管制系統へ対応させたものだった。

 

外観は旧公国軍のビーム・ライフルに似ている。

 

だが内部は、現行技術で再設計されている。

 

「火星式の調整がどこまで通用するか、試したかったところです」

 

『実験につき合うつもりはない』

 

「あなたも実験部隊でしょう?」

 

次の瞬間、一号機が先に動いた。

 

 

白い機体が砂を蹴る。

 

正面から突進すると見せ、直前で左へ軌道を変えた。

 

二号機が照準を追う。

 

だが、その動きを読んでいた一号機は、さらに推進方向を切り替えた。

 

一号機のビーム・ライフルが火を噴く。

 

ディーツは二号機を沈ませる。

 

光が頭部のすぐ上を通過した。

 

二射目。

 

機体を右へ振る。

 

三射目。

 

後方へ跳ぶ。

 

着地した場所へ、四射目が飛んでくる。

 

二号機の左肩をかすめた。

 

赤い塗装が焼け、白い下地が露出する。

 

「さすがに当ててくるか」

 

ディーツの笑みが少し消えた。

 

機体性能は、ほぼ同じ。

 

だが、デフはF90一号機の試験運用へ長く参加している。

 

推進器の立ち上がり。

 

関節の反応。

 

姿勢制御の限界。

 

F90が次にどの位置へ動けるかを知っていた。

 

強奪時の格納庫では、ディーツに不意を突かれた。

 

今回は違う。

 

遠隔停止コードも通用しなかった。

 

ならば、操縦技術で二号機を止める。

 

一号機が距離を詰める。

 

ビーム・サーベルを展開。

 

二号機も、火星側が調整したビーム兵器を抜く。

 

二つの光が激突した。

 

衝撃が両機を押し返す。

 

『機体の性能だけでは勝てない』

 

デフが言った。

 

「知っていますよ」

 

ディーツは操縦桿を押し込む。

 

二号機の推進器が最大出力へ入る。

 

正面から力をぶつけた。

 

一号機が押し戻される。

 

『出力設定を変えたのか』

 

「火星式です」

 

『規定値を超えているぞ』

 

「規定を作った人が、ここにはいませんから」

 

『機体を壊す気か!』

 

「壊れる前に勝てばいい!」

 

二号機がサーベルを振り切る。

 

一号機は受け流し、二号機の右腕を蹴った。

 

武器が外れる。

 

砂地へ落ちる。

 

デフは即座にライフルを向けた。

 

二号機の胸部が照準へ入る。

 

だが、引き金を引けない。

 

そこはコックピットだった。

 

高出力射撃を行えば、機体とパイロットの両方を失う。

 

二号機の奪還という任務を、デフ自身が失敗させることになる。

 

その一瞬の迷いを、ディーツは見逃さなかった。

 

二号機が一号機のライフルを掴む。

 

銃口を上空へ向ける。

 

ビームが空へ伸びた。

 

「撃てないでしょう」

 

『何だと』

 

「二号機を壊したくない。俺も殺したくない。あなたは背負っているものが多すぎる」

 

ディーツは二号機の額を、一号機の頭部へ叩きつけた。

 

鈍い衝撃。

 

両機のセンサー映像が乱れる。

 

デフが一瞬、姿勢を崩した。

 

「こっちは逃げ切れば勝ちなんです」

 

二号機が一号機を突き放した。

 

 

同じ頃。

 

渓谷の周囲では、ジェガン隊とRFシリーズが交戦していた。

 

地球連邦軍は、過去の戦闘記録からオールズモビルの欺瞞戦術を学んでいる。

 

ザクに見えても旧式とは限らない。

 

ドムに見えても鈍重とは限らない。

 

ゲルググに見えても、機体性能は一機ごとに異なる。

 

ジェガン隊は距離を保ち、複数機で照準を共有していた。

 

一機が敵を追う。

 

別の機体が退路を塞ぐ。

 

三機目が射撃位置を取る。

 

RFザクが岩陰から飛び出す。

 

ジェガンのビームが、その進路へ集中する。

 

RFザクは急停止した。

 

事前に弾道を読んでいた。

 

地面へ伏せるように姿勢を下げ、足元から小型ミサイルを発射する。

 

ジェガン一機のセンサーへ、火星の砂と金属片が浴びせられた。

 

『視界不良!』

 

その間に、RFザクが近づく。

 

ヒート・ホーク型ビーム兵器を振るう。

 

ジェガンはシールドで受け止めた。

 

もう一機が、RFザクの背後へ回る。

 

射撃。

 

RFザクの右肩が吹き飛ぶ。

 

だが、火星側のパイロットは後退しない。

 

損傷した右腕を切り離し、その破片を背後のジェガンへ投げつけた。

 

『機体の腕を投げた!?』

 

ジェガンが回避する。

 

その隙にRFザクは岩陰へ消えた。

 

オールズモビルは、正面から殲滅戦を挑んでいるのではなかった。

 

撃つ。

 

隠れる。

 

敵を誘う。

 

別の坑道から現れる。

 

不利になれば、地表へ埋められた退避口から地下へ消える。

 

連邦軍は性能で勝っている。

 

編隊運用でも勝っている。

 

だが、地形を知らない。

 

敵の出口がどこにあるかもわからない。

 

「追うな!」

 

ジェガン隊長が命じた。

 

『地下口を発見しました!』

 

「罠だ。入口だけ記録しろ!」

 

その判断は正しかった。

 

発見された開口部の先では、坑道が三方向へ分かれている。

 

一つは軍事施設。

 

一つは崩落した旧採掘区。

 

もう一つは、非戦闘員の避難路へつながっていた。

 

間違った通路へ砲撃すれば、住民を巻き込む。

 

オールズモビルは、その制約を理解している。

 

連邦軍が無差別攻撃を避ける限り、地下構造そのものが盾になる。

 

 

「敵RFドム隊、渓谷西側へ移動!」

 

アドミラル・ティアンムのブリッジへ報告が上がる。

 

火星低軌道上。

 

ナバロ・アーキントン准将は、立体戦術図を見つめていた。

 

地表へ降下した連邦軍。

 

多数の地下熱源。

 

二機のF90。

 

複雑な坑道。

 

そして、識別できない居住区。

 

「地表部隊を前へ出しすぎるな」

 

ナバロが命じる。

 

「敵が引けば追跡せず、入口の位置を記録しろ」

 

副官が尋ねる。

 

「強襲をかければ、地下ドックへ到達できる可能性があります」

 

「可能性だけで住民区画へ突入させるのか」

 

「敵は軍事施設と民間区画を意図的に混在させています」

 

「だからといって、こちらが撃ってよい理由にはならん」

 

ナバロは別の画面を開いた。

 

地球圏から届き続ける指示。

 

二号機を早急に奪還せよ。

 

サナリィの機密流出を阻止せよ。

 

オールズモビルの軍事能力を排除せよ。

 

ただし、火星住民への被害は最小限にせよ。

 

地下資源施設へ重大な損傷を与えるな。

 

F90二号機は可能な限り無傷で回収せよ。

 

敵の指揮系統を把握し、必要ならば拘束せよ。

 

一枚の命令書へ、現場では両立できない要求が並んでいる。

 

「司令」

 

副官が言った。

 

「上層部から、作戦進捗の問い合わせです」

 

「戦闘開始から、まだ一時間も経っていない」

 

「二号機を発見した以上、即時回収を期待しているようです」

 

「期待だけでガンダムが戻るなら、輸送艦は要らん」

 

「どう回答しますか」

 

ナバロは少し考えた。

 

「敵防衛線と交戦。二号機を視認。住民被害を避けつつ奪還行動を継続中」

 

「それだけですか」

 

「それ以上、何を書けと言う」

 

「我が軍が優勢である、と」

 

ナバロは副官を見る。

 

「優勢か」

 

副官は戦術図を確認した。

 

機体数では連邦軍。

 

制空権も連邦軍。

 

火力も連邦軍。

 

だが、二号機はまだ戻っていない。

 

地下拠点の位置も特定できていない。

 

敵の主力も捕捉できていない。

 

「戦術的には」

 

「官僚の言葉を使うな」

 

「……判断中です」

 

「なら、優勢とは書くな」

 

ナバロは胃薬の容器へ手を伸ばしかけた。

 

だが、部下たちの前だと思い直す。

 

威厳の問題だった。

 

数秒後、別の引き出しから水だけを取り出し、何も飲んでいない顔で口へ含む。

 

副官は見なかったことにした。

 

 

火星地表。

 

F90一号機と二号機の戦闘は、岩山の間へ移っていた。

 

デフは、二号機の動きを分析している。

 

出力設定が正規値より高い。

 

関節部の安全制限も一部解除されている。

 

短時間なら、一号機より鋭い加速が可能。

 

だが、機体へかかる負荷は大きい。

 

ディーツはF90を壊す気で動かしているのではない。

 

壊れる寸前まで使うことを恐れていない。

 

一方のデフは、機体を守りながら戦う。

 

射撃位置を選ぶ。

 

二号機のコックピットとジェネレーターを避ける。

 

関節部や武器だけを狙う。

 

技術的には、デフのほうが精密だった。

 

だが、その精密さ自体が制約になっていた。

 

『お前は二号機を壊したいのか』

 

デフが通信で尋ねる。

 

「壊したくはありません」

 

『なら、なぜ限界値を超えて動かす』

 

「限界って、作った側が責任を避けるために低めに書くものでしょう?」

 

『違う!』

 

「火星では、だいたいそうでした」

 

二号機が岩壁を蹴る。

 

一号機の上を越える。

 

背後へ着地。

 

ディーツがビームを撃つ。

 

デフはシールドで受ける。

 

一号機が振り返り、ライフルを構える。

 

二号機は、すでに射線から外れている。

 

「それに」

 

ディーツが続ける。

 

「二号機は、連邦にいた頃より自由ですよ」

 

『機体に自由などない』

 

「なら、所有権にもこだわらなくていいでしょう」

 

『話をすり替えるな!』

 

一号機が加速した。

 

デフは接近戦へ切り替えた。

 

二号機の出力限界を利用する。

 

高出力を続ければ、必ず関節や推進器へ異常が出る。

 

長期戦に持ち込めば、一号機が有利になる。

 

ディーツも、それを理解していた。

 

「長引かせる気ですね」

 

『気づいたか』

 

「俺だって、勢いだけじゃありません」

 

『記録には、勢いに依存と書かれていた』

 

ディーツの表情が止まる。

 

「なぜ知っているんです」

 

『強奪時に残された資料だ』

 

「返してください!」

 

『機体を返せばな!』

 

一号機のサーベルが、二号機の左腕をかすめる。

 

装甲が溶ける。

 

二号機が後退。

 

警告表示。

 

左腕部温度上昇。

 

推進器出力にも小さな乱れが出始めていた。

 

「確かに長期戦はまずい」

 

ディーツはつぶやいた。

 

正面から一号機を倒す必要はない。

 

地上へ出た目的は、連邦軍を主居住区から引き離すこと。

 

二号機を見せ、追わせる。

 

時間を稼ぐ。

 

それは達成されつつある。

 

だが、ディーツの胸には別の願いがある。

 

同じF90に乗り。

 

正規のテストパイロットへ勝ち。

 

二号機が連邦の機体ではなくなったことを証明したい。

 

「ディーツ」

 

グランの声が入る。

 

『予定地点まで敵を誘導した。撤退しろ』

 

「もう少しで勝てます」

 

『勝つことが任務ではない』

 

「あいつを倒せば追撃も止まります」

 

『一号機を失っても、連邦艦隊は止まらん』

 

「ですが」

 

『目的を増やすな』

 

EP20から何度も言われてきた言葉だった。

 

ディーツは一号機を見る。

 

勝てるかもしれない。

 

同時に、負けるかもしれない。

 

ここで二号機を失えば、オールズモビルが払ったすべての代償が無駄になる。

 

「了解」

 

ディーツは答えた。

 

初めて、勝負より任務を選んだ。

 

 

二号機が後退する。

 

デフは追う。

 

『逃がすか!』

 

「逃げるんじゃありません」

 

ディーツは、二号機の出力を一気に上げた。

 

「帰るんです!」

 

赤と黒の機体が、渓谷奥へ飛び込む。

 

デフは追跡する。

 

一つ目の曲がり角。

 

二つ目。

 

三つ目。

 

岩壁の間隔が狭くなる。

 

一号機のセンサーへ複数の熱源が表示された。

 

RFザク。

 

RFドム。

 

地下ジェネレーター。

 

そして、二号機。

 

どれも同じ方向にある。

 

『罠か』

 

デフは減速した。

 

その判断が、一号機を救った。

 

直後、渓谷の両側からワイヤー付きの大型アンカーが飛び出す。

 

一号機の前後へ突き刺さる。

 

岩盤の一部が崩れ、進路を塞いだ。

 

さらにRFドムが砂塵弾を撃つ。

 

視界が赤く染まる。

 

「ようこそ、火星式の出口へ」

 

ディーツの声。

 

『待て!』

 

一号機が砂煙を抜けた時、二号機の反応は地下へ消えていた。

 

進路の先には、閉じかけた大型隔壁。

 

デフはライフルを向ける。

 

撃てば隔壁を破壊できる。

 

だが、その先に何があるかわからない。

 

軍事ドックか。

 

住民区画か。

 

燃料庫か。

 

二号機のジェネレーターか。

 

デフは引き金を引けなかった。

 

隔壁が閉じた。

 

 

「二号機反応、消失」

 

アドミラル・ティアンムのブリッジへ報告が入る。

 

「地下へ退避したものと思われます」

 

ナバロは戦術図を見る。

 

地表のオールズモビル部隊も、次々と後退している。

 

RFザクが煙幕を張る。

 

RFゲルググが殿軍となり、ジェガン隊を牽制する。

 

RFドムが損傷機を回収する。

 

統制された撤退だった。

 

「追撃許可を」

 

地表部隊から要請が届く。

 

ナバロは地下構造を確認した。

 

不明。

 

その一言ばかりが並んでいる。

 

「許可しない」

 

副官が振り返る。

 

「敵を逃がします」

 

「地形を知らずに地下へ入れば、部隊ごと失う」

 

「しかし、二号機は」

 

「地表で捕捉できなかった時点で、今日中の奪還は困難だ」

 

「上層部へ、どう報告します」

 

「事実を報告する」

 

「作戦失敗と判断される可能性があります」

 

ナバロは副官を見た。

 

「二号機を取り戻すために、ジェガン隊を地下へ突入させ、居住区を巻き込み、部隊まで失えば成功なのか」

 

「いいえ」

 

「ならば退け」

 

ナバロは全軍へ命じた。

 

「地表の重要地点を確保。地下入口を封鎖し、監視装置を設置する。損傷機を回収。負傷者をオリンポス・ベースへ搬送せよ」

 

「敵軍の追撃は」

 

「行わない」

 

「作戦は継続しますか」

 

「当然だ」

 

ナバロは火星の断面図を表示した。

 

「今日の目的は、二号機の奪還だった。達成できなかった」

 

ブリッジが静かになる。

 

「だが、オールズモビルの兵力、戦術、地下出入口、二号機の改装状態は確認できた」

 

記録された情報が並ぶ。

 

RFシリーズは現行機と交戦可能。

 

火星独自の通信網。

 

地下施設を利用した機動戦。

 

二号機の遠隔停止は無効。

 

操縦者は若く、粗いが適応力が高い。

 

軍事施設と居住区が近接。

 

「次は、今日より準備して来る」

 

ナバロは言った。

 

「こちらも、完全な勝利以外を認めない者たちへ、現実を理解させなければならん」

 

副官が尋ねる。

 

「どのような表現で報告を?」

 

ナバロは少し考えた。

 

報告書は、戦場とは別の戦いである。

 

敗北と書けば、上層部は責任者を探す。

 

勝利と書けば、必要な増援が来ない。

 

曖昧にすれば、次の指揮官が同じ危険を軽視する。

 

「こう書け」

 

ナバロは言った。

 

「第一次奪還行動、目標未達」

 

副官が驚く。

 

「そのままですか」

 

「そのままだ」

 

「閣下の責任を問われます」

 

「二号機が戻っていないのに、成功と書くほうが問題だ」

 

「では、戦果は」

 

「オールズモビル地表部隊を後退させ、オリンポス・ベース周辺を確保。敵戦力および地下網に関する情報を収集」

 

「今後の方針は」

 

「長期作戦への移行を要請。地下施設の調査、住民避難経路の特定、サナリィによる対二号機装備の準備」

 

ナバロは、胃薬の容器を取り出した。

 

今度は隠さなかった。

 

「それから、火星用のまともな補給計画を作らせろ」

 

「ポテトチップスも含めますか」

 

「二度とその費目を私の前へ出すな」

 

ブリッジに、わずかな笑いが起きた。

 

緊張が少しだけ緩んだ。

 

 

火星地下。

 

帰還した二号機は、整備台へ固定された。

 

左腕部損傷。

 

肩部装甲焼損。

 

推進器過熱。

 

駆動部の一部に許容値を超える負荷。

 

ハンスが診断結果を見て、顔を引きつらせた。

 

「お前は何をした」

 

ディーツがコックピットから降りる。

 

「戦いました」

 

「機体制御の安全値を、十七か所も超えている」

 

「一号機が強かったんです」

 

「だから壊してよい理由にはならん!」

 

「持って帰ってきました」

 

「そこだけは評価する!」

 

ハンスは工具を振り上げた。

 

ディーツは頭を守る。

 

だが、工具は振り下ろされなかった。

 

代わりに、ハンスは深く息を吐いた。

 

「どうだった」

 

「何がです」

 

「一号機のパイロットだ」

 

ディーツは少し考えた。

 

「強いです」

 

「次は勝てるか」

 

「わかりません」

 

ハンスが目を細める。

 

以前のディーツなら、迷わず勝てると答えた。

 

「ですが」

 

ディーツは二号機を見上げた。

 

「次は、今日よりうまく戦えます」

 

それは、自信ではあった。

 

だが、慢心ではなかった。

 

ハンスは小さくうなずく。

 

「なら、今日は少し成長したな」

 

「俺は前から完成しています」

 

「発言を撤回する」

 

 

司令室では、シャルル、グラン、カールが戦況を確認していた。

 

地表防衛線は後退。

 

ただし主居住区の位置は知られていない。

 

非戦闘員の避難も完了。

 

人的損害は限定的。

 

二号機は帰還。

 

戦術的には、オールズモビルの目的は達成されている。

 

だが、連邦軍は火星軌道とオリンポス・ベースを押さえた。

 

補給路も監視される。

 

地表への出入口も、いくつか発見された。

 

長期的には、オールズモビルが不利だった。

 

「連邦軍は地下へ入ってこなかった」

 

グランが言う。

 

「ナバロという指揮官は、慎重です」

 

カールが答える。

 

「臆病ではないのか」

 

「臆病な者は、作戦失敗を正直に報告しない」

 

シャルルは戦術図を見た。

 

「厄介な相手だ」

 

「二号機を持って地球圏へ逃がしますか」

 

グランが尋ねる。

 

「航路は監視されている」

 

「別の火星拠点へ」

 

「移動させる」

 

シャルルはうなずいた。

 

「だが、隠すだけでは意味がない」

 

カールの表情が険しくなる。

 

「また存在証明ですか」

 

「それだけではない」

 

「では」

 

「連邦は、こちらが地下へ閉じこもれば補給路を断つ。戦わずに時間をかけて弱らせるだろう」

 

ナバロの慎重さは、住民被害を避けるだけではない。

 

オールズモビルへ正面決戦を挑まず、地表と軌道を押さえ、地下勢力の活動範囲を狭めていく。

 

長期戦になれば、補給力に乏しい火星側が負ける。

 

「こちらから、戦場を選ぶ必要がある」

 

シャルルは言った。

 

「地球圏へ出るのですか」

 

「いずれは」

 

「火星を守るための軍ではなかったのか」

 

カールが問い詰める。

 

「火星だけで待てば、包囲される」

 

「だから地球圏へ戦争を広げる?」

 

「選択肢の一つだ」

 

「また目的が変わっている」

 

カールは机へ手をついた。

 

「最初は火星を守るためだった。次は忘れられないため。今度は包囲を破るため。理由を変えながら、ずっと戦争の側へ進んでいる」

 

グランが口を挟む。

 

「連邦軍が来た以上、戦わなければならない」

 

「来るように仕向けたのは、我々だ」

 

「もう起きたことだ」

 

「その言葉で、何度でも次の戦いを正当化するつもりか」

 

シャルルは二人の議論を聞いていた。

 

やがて、静かに言った。

 

「カールの言うことは正しい」

 

グランが驚く。

 

「閣下」

 

「我々は、戦う理由を後から足し始めている」

 

「では、二号機を返しますか」

 

「返しても、すべては戻らん」

 

「なら」

 

「だからこそ、次の目的を明確にする」

 

シャルルは火星の地図を表示した。

 

「住民の安全を確保する」

 

指で避難施設を示す。

 

「軍事拠点を居住区から分離する」

 

次に、新たな基地候補を示す。

 

「二号機と主力部隊は、別施設へ移動」

 

そして、地球圏と火星を結ぶ航路を表示する。

 

「連邦との交渉経路も残す」

 

グランが眉をひそめる。

 

「交渉するのですか」

 

「戦争は、終わらせる道がなければただの自殺だ」

 

カールはシャルルを見る。

 

「条件は」

 

「火星居住区への自治保障。住民への攻撃禁止。オールズモビルの段階的武装解除と引き換えに、二号機返還を交渉材料とする」

 

「武装解除を?」

 

「段階的にだ」

 

「では、ここまで作った軍を解体するつもりですか」

 

グランの声に、強い反発が混じる。

 

シャルルは彼を見る。

 

「軍を残すために、住民を滅ぼすつもりか」

 

「連邦が約束を守る保証はありません」

 

「だから二号機を持っている」

 

「返せば、保証はなくなる」

 

「ならば、返す前に条件を確定させる」

 

グランは納得していなかった。

 

カールも、連邦との交渉が簡単に進むとは思っていない。

 

それでも、出口のない戦争よりはましだった。

 

「ナバロなら、話を聞くかもしれません」

 

カールが言った。

 

「なぜそう思う」

 

「今日、地下へ入らなかった」

 

「罠を恐れただけだ」

 

グランが言う。

 

「それもある」

 

カールは認めた。

 

「だが、撃てる場所を撃たなかった。少なくとも、住民と軍を区別しようとしている」

 

シャルルはうなずいた。

 

「接触を試みろ」

 

「地球連邦へ降伏すると受け取られます」

 

「言わせておけ」

 

シャルルは古い軍服の襟を正した。

 

「我々が欲しいのは、地球圏の評価ではない。火星が残ることだ」

 

カールは、その言葉を信じたいと思った。

 

グランは、最後まで表情を変えなかった。

 

 

宇宙世紀0120年11月。

 

地球連邦軍第13実験戦術部隊による第一次F90奪還作戦は、目標未達に終わった。

 

二号機は回収できなかった。

 

オールズモビル主力も健在。

 

一方で、連邦軍はオリンポス・ベース周辺と火星低軌道を確保した。

 

地表におけるオールズモビルの活動範囲は狭められた。

 

どちらも勝っていない。

 

どちらも完全には負けていない。

 

だから、戦争は終わらなかった。

 

 

地球圏の公式報道は、限定的な表現を使った。

 

火星圏における治安維持活動。

 

旧ジオン系武装勢力と交戦。

 

地球連邦軍は主要施設を確保。

 

作戦は継続中。

 

ガンダムF90二号機については、触れられなかった。

 

サナリィの威信。

 

軍の責任。

 

機密情報。

 

説明しにくい事情が多すぎた。

 

 

火星側の放送は、まったく違った。

 

オールズモビル、連邦軍追撃部隊を撃退。

 

赤きF90二号機、白い一号機と互角に交戦。

 

火星の独立を守る英雄、ディーツ・ヴァルター。

 

最後の部分を聞いたディーツは喜んだ。

 

カールは放送文を修正させた。

 

「英雄という言葉を削れ」

 

広報担当が驚く。

 

「なぜです」

 

「我々は、英雄を作らないと決めたはずだ」

 

「ですが、兵士の士気が」

 

「一人の神話へ未来を預けるな」

 

チェスターJr.が残した言葉。

 

長い年月を経ても、カールは忘れていなかった。

 

「戦果は事実だけを伝えろ。二号機は帰還。連邦軍の奪還を阻止。こちらも損害あり。戦闘は継続中」

 

「地味では」

 

「現実はたいてい地味だ」

 

広報担当は、不満そうに文章を直した。

 

 

一方、ディーツは地下ドックで、修理中の二号機を見上げていた。

 

一号機との決着はつかなかった。

 

自分は勝っていない。

 

だが、負けてもいない。

 

「次は」

 

ディーツがつぶやく。

 

ハンスが工具箱を持って通りかかる。

 

「次は何だ」

 

「勝ちます」

 

「目的を増やすな」

 

「わかっています」

 

「本当に?」

 

「次の任務を果たした上で勝ちます」

 

「もっと面倒になったな」

 

ハンスは二号機の左腕を見た。

 

「修理には時間がかかる」

 

「一号機も傷ついています」

 

「向こうにはサナリィと正規の補給部品がある」

 

「こちらにはハンスさんがいます」

 

ハンスの手が止まる。

 

「急に持ち上げても納期は縮まらん」

 

「本心ですよ」

 

「さらに縮まらん」

 

それでも、ハンスの表情は少しだけ緩んだ。

 

 

火星軌道上のアドミラル・ティアンムでは、ナバロが地球圏から届いた大量の照会文書へ目を通していた。

 

なぜ即時奪還できなかったのか。

 

なぜ地下施設へ突入しなかったのか。

 

なぜオールズモビルを殲滅しなかったのか。

 

二号機の機密保持は可能なのか。

 

一号機の損傷責任は誰にあるのか。

 

ナバロは一枚ずつ読み、最後に机へ伏せた。

 

「戦闘より、こちらのほうが厳しいな」

 

副官が胃薬を差し出す。

 

「お使いになりますか」

 

「私物か」

 

「艦内医務室からの正式支給品です」

 

「なら受け取ろう」

 

威厳は守られた。

 

「火星側から、非公式通信です」

 

通信士が報告する。

 

ナバロは顔を上げる。

 

「内容は」

 

「住民区画の座標を限定的に開示。該当区域への攻撃停止を要請しています」

 

「交換条件は」

 

「連邦軍地上部隊へ、旧レジオン時代の危険坑道情報を提供するとのことです」

 

副官が警戒する。

 

「罠では」

 

「可能性はある」

 

「応じますか」

 

ナバロは通信文を読んだ。

 

署名。

 

火星地下居住区代表、カール。

 

オールズモビル軍司令部ではない。

 

軍と住民を分けようとする意思が見える。

 

「攻撃停止を確認しろ」

 

ナバロは言った。

 

「指定区域を民間保護区として暫定登録。情報の真偽は別途調査する」

 

「二号機返還については」

 

「まだ触れるな」

 

「なぜです」

 

「最初から最大の要求を出せば、相手は通信を切る」

 

ナバロは火星の地図を見た。

 

「まず、話ができる相手か確認する」

 

「交渉へ移るのですか」

 

「戦いながら交渉する」

 

「矛盾しています」

 

「戦争とは、だいたいそういうものだ」

 

 

遠い昔、はるか彼方の銀河系で、追撃艦隊が反乱勢力を辺境へ追いつめた時、勝敗を決めるのは兵器の性能だけではなかった。

 

敵をどこまで追うか。

 

何を守るために引き返すか。

 

相手のすべてを敵とみなすか。

 

それとも、戦う者と生きる者を分けて考えるか。

 

一つの判断が、次の戦争を防ぐこともある。

 

逆に、一つの誤射が、終わりかけた反乱を再び燃え上がらせることもある。

 

 

フォースは存在しない。

 

だが、撃てる瞬間に撃たない決断と、勝てるかもしれない瞬間に退く判断なら、この宇宙にも確かに存在した。

 

デフは二号機を追いながら、地下へ撃ち込まなかった。

 

ディーツは一号機に勝とうとしながら、最後には任務を選んだ。

 

ナバロは奪還失敗を、勝利と偽らなかった。

 

カールは戦争のさなかに、交渉のための通信を送った。

 

 

小さな判断だった。

 

だが、戦争の行方は、英雄の大演説よりも、そうした小さな判断によって変わる。

 

 

宇宙世紀0120年11月。

 

追撃の艦隊は、火星の空を押さえた。

 

オールズモビルは、地下と二号機を守った。

 

互いに相手を消すことはできなかった。

 

 

白いF90一号機は、アドミラル・ティアンムの格納庫で修理を受ける。

 

赤と黒のF90二号機は、火星地下で再調整を受ける。

 

 

同じ設計から生まれた二機は、それぞれの陣営で次の戦いへ備えていた。

 

 

だが、その背後では。

 

戦闘とは別の回線で、ナバロとカールの最初の交渉が始まろうとしていた。

 

 

銃口を向け合ったまま交わされる、不安定な対話。

 

 

それが和平への入口となるのか。

 

より大きな戦争までの、短い猶予にすぎないのか。

 

 

答えを出すのは、二年後。

 

オリンポス山へ、本当の落日が訪れる時だった。

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