【宇宙世紀】ジオン残党だけど火星で第二帝国を作る羽目になった件【スターウォーズ概念クロス】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
遠い昔、はるか彼方の銀河系で。
奪われた兵器を取り戻すため、中央政府の艦隊が辺境へ派遣された。
彼らが向き合うのは、正規軍同士の名誉ある決戦ではない。
地図に載っていない地下道。
識別情報を偽装した敵機。
戦闘員と住民が同じ施設で暮らす、攻撃しにくい拠点。
そして、自分たちの兵器を壊さずに敵から奪い返せという、矛盾に満ちた命令だった。
辺境の残党に必要なのは、一度でも生き延びれば勝利。
追撃者に必要なのは、機体を奪還し、住民被害を避け、敵組織を無力化する完全な成功。
戦争では、責任を多く背負う側ほど動きが鈍くなる。
この銀河の火星でも、追う者と追われる者の不均衡な戦いが始まった。
宇宙世紀0120年10月末。
火星、オリンポス山北部渓谷。
二機のガンダムF90が、赤い砂塵を挟んで向かい合っていた。
白い一号機。
赤と黒へ塗り替えられた二号機。
基本設計は同じ。
ジェネレーターも。
フレームも。
機体制御系統も。
全身に配置されたハードポイントも。
だが、いま両機が背負う意味は正反対だった。
一号機は、地球連邦軍とサナリィの技術的威信。
二号機は、地球圏から過去として捨てられたオールズモビルの存在証明。
一号機のコックピットで、デフ・スタリオン大尉は照準を合わせていた。
二号機のコックピットでは、ディーツ・ヴァルター少尉が楽しそうに操縦桿を握っている。
『二号機を停止させろ』
デフが広域通信で命じた。
『その機体は地球連邦軍の所有物だ』
「少し違いますね」
ディーツが答える。
「正確には、以前は連邦軍の所有物だった機体です」
『盗品の所有権は移らない』
「拾得物という解釈では」
『基地を襲撃して持ち去っただろう』
「では、戦利品」
『戦争を正式に宣言した覚えはない』
「いま撃ち合おうとしているのに、そこを気にします?」
デフは通信を切りたくなった。
だが、相手の声には緊張がない。
本当に恐れていないのか。
恐怖を隠すためにしゃべり続けているのか。
判断できない。
『最後に警告する。機体を降りろ』
「断ります」
『ならば、動けなくして回収する』
「やってみてください」
二号機がビーム兵器を構える。
オールズモビルがRFシリーズ用に開発した装備を、F90の火器管制系統へ対応させたものだった。
外観は旧公国軍のビーム・ライフルに似ている。
だが内部は、現行技術で再設計されている。
「火星式の調整がどこまで通用するか、試したかったところです」
『実験につき合うつもりはない』
「あなたも実験部隊でしょう?」
次の瞬間、一号機が先に動いた。
白い機体が砂を蹴る。
正面から突進すると見せ、直前で左へ軌道を変えた。
二号機が照準を追う。
だが、その動きを読んでいた一号機は、さらに推進方向を切り替えた。
一号機のビーム・ライフルが火を噴く。
ディーツは二号機を沈ませる。
光が頭部のすぐ上を通過した。
二射目。
機体を右へ振る。
三射目。
後方へ跳ぶ。
着地した場所へ、四射目が飛んでくる。
二号機の左肩をかすめた。
赤い塗装が焼け、白い下地が露出する。
「さすがに当ててくるか」
ディーツの笑みが少し消えた。
機体性能は、ほぼ同じ。
だが、デフはF90一号機の試験運用へ長く参加している。
推進器の立ち上がり。
関節の反応。
姿勢制御の限界。
F90が次にどの位置へ動けるかを知っていた。
強奪時の格納庫では、ディーツに不意を突かれた。
今回は違う。
遠隔停止コードも通用しなかった。
ならば、操縦技術で二号機を止める。
一号機が距離を詰める。
ビーム・サーベルを展開。
二号機も、火星側が調整したビーム兵器を抜く。
二つの光が激突した。
衝撃が両機を押し返す。
『機体の性能だけでは勝てない』
デフが言った。
「知っていますよ」
ディーツは操縦桿を押し込む。
二号機の推進器が最大出力へ入る。
正面から力をぶつけた。
一号機が押し戻される。
『出力設定を変えたのか』
「火星式です」
『規定値を超えているぞ』
「規定を作った人が、ここにはいませんから」
『機体を壊す気か!』
「壊れる前に勝てばいい!」
二号機がサーベルを振り切る。
一号機は受け流し、二号機の右腕を蹴った。
武器が外れる。
砂地へ落ちる。
デフは即座にライフルを向けた。
二号機の胸部が照準へ入る。
だが、引き金を引けない。
そこはコックピットだった。
高出力射撃を行えば、機体とパイロットの両方を失う。
二号機の奪還という任務を、デフ自身が失敗させることになる。
その一瞬の迷いを、ディーツは見逃さなかった。
二号機が一号機のライフルを掴む。
銃口を上空へ向ける。
ビームが空へ伸びた。
「撃てないでしょう」
『何だと』
「二号機を壊したくない。俺も殺したくない。あなたは背負っているものが多すぎる」
ディーツは二号機の額を、一号機の頭部へ叩きつけた。
鈍い衝撃。
両機のセンサー映像が乱れる。
デフが一瞬、姿勢を崩した。
「こっちは逃げ切れば勝ちなんです」
二号機が一号機を突き放した。
同じ頃。
渓谷の周囲では、ジェガン隊とRFシリーズが交戦していた。
地球連邦軍は、過去の戦闘記録からオールズモビルの欺瞞戦術を学んでいる。
ザクに見えても旧式とは限らない。
ドムに見えても鈍重とは限らない。
ゲルググに見えても、機体性能は一機ごとに異なる。
ジェガン隊は距離を保ち、複数機で照準を共有していた。
一機が敵を追う。
別の機体が退路を塞ぐ。
三機目が射撃位置を取る。
RFザクが岩陰から飛び出す。
ジェガンのビームが、その進路へ集中する。
RFザクは急停止した。
事前に弾道を読んでいた。
地面へ伏せるように姿勢を下げ、足元から小型ミサイルを発射する。
ジェガン一機のセンサーへ、火星の砂と金属片が浴びせられた。
『視界不良!』
その間に、RFザクが近づく。
ヒート・ホーク型ビーム兵器を振るう。
ジェガンはシールドで受け止めた。
もう一機が、RFザクの背後へ回る。
射撃。
RFザクの右肩が吹き飛ぶ。
だが、火星側のパイロットは後退しない。
損傷した右腕を切り離し、その破片を背後のジェガンへ投げつけた。
『機体の腕を投げた!?』
ジェガンが回避する。
その隙にRFザクは岩陰へ消えた。
オールズモビルは、正面から殲滅戦を挑んでいるのではなかった。
撃つ。
隠れる。
敵を誘う。
別の坑道から現れる。
不利になれば、地表へ埋められた退避口から地下へ消える。
連邦軍は性能で勝っている。
編隊運用でも勝っている。
だが、地形を知らない。
敵の出口がどこにあるかもわからない。
「追うな!」
ジェガン隊長が命じた。
『地下口を発見しました!』
「罠だ。入口だけ記録しろ!」
その判断は正しかった。
発見された開口部の先では、坑道が三方向へ分かれている。
一つは軍事施設。
一つは崩落した旧採掘区。
もう一つは、非戦闘員の避難路へつながっていた。
間違った通路へ砲撃すれば、住民を巻き込む。
オールズモビルは、その制約を理解している。
連邦軍が無差別攻撃を避ける限り、地下構造そのものが盾になる。
「敵RFドム隊、渓谷西側へ移動!」
アドミラル・ティアンムのブリッジへ報告が上がる。
火星低軌道上。
ナバロ・アーキントン准将は、立体戦術図を見つめていた。
地表へ降下した連邦軍。
多数の地下熱源。
二機のF90。
複雑な坑道。
そして、識別できない居住区。
「地表部隊を前へ出しすぎるな」
ナバロが命じる。
「敵が引けば追跡せず、入口の位置を記録しろ」
副官が尋ねる。
「強襲をかければ、地下ドックへ到達できる可能性があります」
「可能性だけで住民区画へ突入させるのか」
「敵は軍事施設と民間区画を意図的に混在させています」
「だからといって、こちらが撃ってよい理由にはならん」
ナバロは別の画面を開いた。
地球圏から届き続ける指示。
二号機を早急に奪還せよ。
サナリィの機密流出を阻止せよ。
オールズモビルの軍事能力を排除せよ。
ただし、火星住民への被害は最小限にせよ。
地下資源施設へ重大な損傷を与えるな。
F90二号機は可能な限り無傷で回収せよ。
敵の指揮系統を把握し、必要ならば拘束せよ。
一枚の命令書へ、現場では両立できない要求が並んでいる。
「司令」
副官が言った。
「上層部から、作戦進捗の問い合わせです」
「戦闘開始から、まだ一時間も経っていない」
「二号機を発見した以上、即時回収を期待しているようです」
「期待だけでガンダムが戻るなら、輸送艦は要らん」
「どう回答しますか」
ナバロは少し考えた。
「敵防衛線と交戦。二号機を視認。住民被害を避けつつ奪還行動を継続中」
「それだけですか」
「それ以上、何を書けと言う」
「我が軍が優勢である、と」
ナバロは副官を見る。
「優勢か」
副官は戦術図を確認した。
機体数では連邦軍。
制空権も連邦軍。
火力も連邦軍。
だが、二号機はまだ戻っていない。
地下拠点の位置も特定できていない。
敵の主力も捕捉できていない。
「戦術的には」
「官僚の言葉を使うな」
「……判断中です」
「なら、優勢とは書くな」
ナバロは胃薬の容器へ手を伸ばしかけた。
だが、部下たちの前だと思い直す。
威厳の問題だった。
数秒後、別の引き出しから水だけを取り出し、何も飲んでいない顔で口へ含む。
副官は見なかったことにした。
火星地表。
F90一号機と二号機の戦闘は、岩山の間へ移っていた。
デフは、二号機の動きを分析している。
出力設定が正規値より高い。
関節部の安全制限も一部解除されている。
短時間なら、一号機より鋭い加速が可能。
だが、機体へかかる負荷は大きい。
ディーツはF90を壊す気で動かしているのではない。
壊れる寸前まで使うことを恐れていない。
一方のデフは、機体を守りながら戦う。
射撃位置を選ぶ。
二号機のコックピットとジェネレーターを避ける。
関節部や武器だけを狙う。
技術的には、デフのほうが精密だった。
だが、その精密さ自体が制約になっていた。
『お前は二号機を壊したいのか』
デフが通信で尋ねる。
「壊したくはありません」
『なら、なぜ限界値を超えて動かす』
「限界って、作った側が責任を避けるために低めに書くものでしょう?」
『違う!』
「火星では、だいたいそうでした」
二号機が岩壁を蹴る。
一号機の上を越える。
背後へ着地。
ディーツがビームを撃つ。
デフはシールドで受ける。
一号機が振り返り、ライフルを構える。
二号機は、すでに射線から外れている。
「それに」
ディーツが続ける。
「二号機は、連邦にいた頃より自由ですよ」
『機体に自由などない』
「なら、所有権にもこだわらなくていいでしょう」
『話をすり替えるな!』
一号機が加速した。
デフは接近戦へ切り替えた。
二号機の出力限界を利用する。
高出力を続ければ、必ず関節や推進器へ異常が出る。
長期戦に持ち込めば、一号機が有利になる。
ディーツも、それを理解していた。
「長引かせる気ですね」
『気づいたか』
「俺だって、勢いだけじゃありません」
『記録には、勢いに依存と書かれていた』
ディーツの表情が止まる。
「なぜ知っているんです」
『強奪時に残された資料だ』
「返してください!」
『機体を返せばな!』
一号機のサーベルが、二号機の左腕をかすめる。
装甲が溶ける。
二号機が後退。
警告表示。
左腕部温度上昇。
推進器出力にも小さな乱れが出始めていた。
「確かに長期戦はまずい」
ディーツはつぶやいた。
正面から一号機を倒す必要はない。
地上へ出た目的は、連邦軍を主居住区から引き離すこと。
二号機を見せ、追わせる。
時間を稼ぐ。
それは達成されつつある。
だが、ディーツの胸には別の願いがある。
同じF90に乗り。
正規のテストパイロットへ勝ち。
二号機が連邦の機体ではなくなったことを証明したい。
「ディーツ」
グランの声が入る。
『予定地点まで敵を誘導した。撤退しろ』
「もう少しで勝てます」
『勝つことが任務ではない』
「あいつを倒せば追撃も止まります」
『一号機を失っても、連邦艦隊は止まらん』
「ですが」
『目的を増やすな』
EP20から何度も言われてきた言葉だった。
ディーツは一号機を見る。
勝てるかもしれない。
同時に、負けるかもしれない。
ここで二号機を失えば、オールズモビルが払ったすべての代償が無駄になる。
「了解」
ディーツは答えた。
初めて、勝負より任務を選んだ。
二号機が後退する。
デフは追う。
『逃がすか!』
「逃げるんじゃありません」
ディーツは、二号機の出力を一気に上げた。
「帰るんです!」
赤と黒の機体が、渓谷奥へ飛び込む。
デフは追跡する。
一つ目の曲がり角。
二つ目。
三つ目。
岩壁の間隔が狭くなる。
一号機のセンサーへ複数の熱源が表示された。
RFザク。
RFドム。
地下ジェネレーター。
そして、二号機。
どれも同じ方向にある。
『罠か』
デフは減速した。
その判断が、一号機を救った。
直後、渓谷の両側からワイヤー付きの大型アンカーが飛び出す。
一号機の前後へ突き刺さる。
岩盤の一部が崩れ、進路を塞いだ。
さらにRFドムが砂塵弾を撃つ。
視界が赤く染まる。
「ようこそ、火星式の出口へ」
ディーツの声。
『待て!』
一号機が砂煙を抜けた時、二号機の反応は地下へ消えていた。
進路の先には、閉じかけた大型隔壁。
デフはライフルを向ける。
撃てば隔壁を破壊できる。
だが、その先に何があるかわからない。
軍事ドックか。
住民区画か。
燃料庫か。
二号機のジェネレーターか。
デフは引き金を引けなかった。
隔壁が閉じた。
「二号機反応、消失」
アドミラル・ティアンムのブリッジへ報告が入る。
「地下へ退避したものと思われます」
ナバロは戦術図を見る。
地表のオールズモビル部隊も、次々と後退している。
RFザクが煙幕を張る。
RFゲルググが殿軍となり、ジェガン隊を牽制する。
RFドムが損傷機を回収する。
統制された撤退だった。
「追撃許可を」
地表部隊から要請が届く。
ナバロは地下構造を確認した。
不明。
その一言ばかりが並んでいる。
「許可しない」
副官が振り返る。
「敵を逃がします」
「地形を知らずに地下へ入れば、部隊ごと失う」
「しかし、二号機は」
「地表で捕捉できなかった時点で、今日中の奪還は困難だ」
「上層部へ、どう報告します」
「事実を報告する」
「作戦失敗と判断される可能性があります」
ナバロは副官を見た。
「二号機を取り戻すために、ジェガン隊を地下へ突入させ、居住区を巻き込み、部隊まで失えば成功なのか」
「いいえ」
「ならば退け」
ナバロは全軍へ命じた。
「地表の重要地点を確保。地下入口を封鎖し、監視装置を設置する。損傷機を回収。負傷者をオリンポス・ベースへ搬送せよ」
「敵軍の追撃は」
「行わない」
「作戦は継続しますか」
「当然だ」
ナバロは火星の断面図を表示した。
「今日の目的は、二号機の奪還だった。達成できなかった」
ブリッジが静かになる。
「だが、オールズモビルの兵力、戦術、地下出入口、二号機の改装状態は確認できた」
記録された情報が並ぶ。
RFシリーズは現行機と交戦可能。
火星独自の通信網。
地下施設を利用した機動戦。
二号機の遠隔停止は無効。
操縦者は若く、粗いが適応力が高い。
軍事施設と居住区が近接。
「次は、今日より準備して来る」
ナバロは言った。
「こちらも、完全な勝利以外を認めない者たちへ、現実を理解させなければならん」
副官が尋ねる。
「どのような表現で報告を?」
ナバロは少し考えた。
報告書は、戦場とは別の戦いである。
敗北と書けば、上層部は責任者を探す。
勝利と書けば、必要な増援が来ない。
曖昧にすれば、次の指揮官が同じ危険を軽視する。
「こう書け」
ナバロは言った。
「第一次奪還行動、目標未達」
副官が驚く。
「そのままですか」
「そのままだ」
「閣下の責任を問われます」
「二号機が戻っていないのに、成功と書くほうが問題だ」
「では、戦果は」
「オールズモビル地表部隊を後退させ、オリンポス・ベース周辺を確保。敵戦力および地下網に関する情報を収集」
「今後の方針は」
「長期作戦への移行を要請。地下施設の調査、住民避難経路の特定、サナリィによる対二号機装備の準備」
ナバロは、胃薬の容器を取り出した。
今度は隠さなかった。
「それから、火星用のまともな補給計画を作らせろ」
「ポテトチップスも含めますか」
「二度とその費目を私の前へ出すな」
ブリッジに、わずかな笑いが起きた。
緊張が少しだけ緩んだ。
火星地下。
帰還した二号機は、整備台へ固定された。
左腕部損傷。
肩部装甲焼損。
推進器過熱。
駆動部の一部に許容値を超える負荷。
ハンスが診断結果を見て、顔を引きつらせた。
「お前は何をした」
ディーツがコックピットから降りる。
「戦いました」
「機体制御の安全値を、十七か所も超えている」
「一号機が強かったんです」
「だから壊してよい理由にはならん!」
「持って帰ってきました」
「そこだけは評価する!」
ハンスは工具を振り上げた。
ディーツは頭を守る。
だが、工具は振り下ろされなかった。
代わりに、ハンスは深く息を吐いた。
「どうだった」
「何がです」
「一号機のパイロットだ」
ディーツは少し考えた。
「強いです」
「次は勝てるか」
「わかりません」
ハンスが目を細める。
以前のディーツなら、迷わず勝てると答えた。
「ですが」
ディーツは二号機を見上げた。
「次は、今日よりうまく戦えます」
それは、自信ではあった。
だが、慢心ではなかった。
ハンスは小さくうなずく。
「なら、今日は少し成長したな」
「俺は前から完成しています」
「発言を撤回する」
司令室では、シャルル、グラン、カールが戦況を確認していた。
地表防衛線は後退。
ただし主居住区の位置は知られていない。
非戦闘員の避難も完了。
人的損害は限定的。
二号機は帰還。
戦術的には、オールズモビルの目的は達成されている。
だが、連邦軍は火星軌道とオリンポス・ベースを押さえた。
補給路も監視される。
地表への出入口も、いくつか発見された。
長期的には、オールズモビルが不利だった。
「連邦軍は地下へ入ってこなかった」
グランが言う。
「ナバロという指揮官は、慎重です」
カールが答える。
「臆病ではないのか」
「臆病な者は、作戦失敗を正直に報告しない」
シャルルは戦術図を見た。
「厄介な相手だ」
「二号機を持って地球圏へ逃がしますか」
グランが尋ねる。
「航路は監視されている」
「別の火星拠点へ」
「移動させる」
シャルルはうなずいた。
「だが、隠すだけでは意味がない」
カールの表情が険しくなる。
「また存在証明ですか」
「それだけではない」
「では」
「連邦は、こちらが地下へ閉じこもれば補給路を断つ。戦わずに時間をかけて弱らせるだろう」
ナバロの慎重さは、住民被害を避けるだけではない。
オールズモビルへ正面決戦を挑まず、地表と軌道を押さえ、地下勢力の活動範囲を狭めていく。
長期戦になれば、補給力に乏しい火星側が負ける。
「こちらから、戦場を選ぶ必要がある」
シャルルは言った。
「地球圏へ出るのですか」
「いずれは」
「火星を守るための軍ではなかったのか」
カールが問い詰める。
「火星だけで待てば、包囲される」
「だから地球圏へ戦争を広げる?」
「選択肢の一つだ」
「また目的が変わっている」
カールは机へ手をついた。
「最初は火星を守るためだった。次は忘れられないため。今度は包囲を破るため。理由を変えながら、ずっと戦争の側へ進んでいる」
グランが口を挟む。
「連邦軍が来た以上、戦わなければならない」
「来るように仕向けたのは、我々だ」
「もう起きたことだ」
「その言葉で、何度でも次の戦いを正当化するつもりか」
シャルルは二人の議論を聞いていた。
やがて、静かに言った。
「カールの言うことは正しい」
グランが驚く。
「閣下」
「我々は、戦う理由を後から足し始めている」
「では、二号機を返しますか」
「返しても、すべては戻らん」
「なら」
「だからこそ、次の目的を明確にする」
シャルルは火星の地図を表示した。
「住民の安全を確保する」
指で避難施設を示す。
「軍事拠点を居住区から分離する」
次に、新たな基地候補を示す。
「二号機と主力部隊は、別施設へ移動」
そして、地球圏と火星を結ぶ航路を表示する。
「連邦との交渉経路も残す」
グランが眉をひそめる。
「交渉するのですか」
「戦争は、終わらせる道がなければただの自殺だ」
カールはシャルルを見る。
「条件は」
「火星居住区への自治保障。住民への攻撃禁止。オールズモビルの段階的武装解除と引き換えに、二号機返還を交渉材料とする」
「武装解除を?」
「段階的にだ」
「では、ここまで作った軍を解体するつもりですか」
グランの声に、強い反発が混じる。
シャルルは彼を見る。
「軍を残すために、住民を滅ぼすつもりか」
「連邦が約束を守る保証はありません」
「だから二号機を持っている」
「返せば、保証はなくなる」
「ならば、返す前に条件を確定させる」
グランは納得していなかった。
カールも、連邦との交渉が簡単に進むとは思っていない。
それでも、出口のない戦争よりはましだった。
「ナバロなら、話を聞くかもしれません」
カールが言った。
「なぜそう思う」
「今日、地下へ入らなかった」
「罠を恐れただけだ」
グランが言う。
「それもある」
カールは認めた。
「だが、撃てる場所を撃たなかった。少なくとも、住民と軍を区別しようとしている」
シャルルはうなずいた。
「接触を試みろ」
「地球連邦へ降伏すると受け取られます」
「言わせておけ」
シャルルは古い軍服の襟を正した。
「我々が欲しいのは、地球圏の評価ではない。火星が残ることだ」
カールは、その言葉を信じたいと思った。
グランは、最後まで表情を変えなかった。
宇宙世紀0120年11月。
地球連邦軍第13実験戦術部隊による第一次F90奪還作戦は、目標未達に終わった。
二号機は回収できなかった。
オールズモビル主力も健在。
一方で、連邦軍はオリンポス・ベース周辺と火星低軌道を確保した。
地表におけるオールズモビルの活動範囲は狭められた。
どちらも勝っていない。
どちらも完全には負けていない。
だから、戦争は終わらなかった。
地球圏の公式報道は、限定的な表現を使った。
火星圏における治安維持活動。
旧ジオン系武装勢力と交戦。
地球連邦軍は主要施設を確保。
作戦は継続中。
ガンダムF90二号機については、触れられなかった。
サナリィの威信。
軍の責任。
機密情報。
説明しにくい事情が多すぎた。
火星側の放送は、まったく違った。
オールズモビル、連邦軍追撃部隊を撃退。
赤きF90二号機、白い一号機と互角に交戦。
火星の独立を守る英雄、ディーツ・ヴァルター。
最後の部分を聞いたディーツは喜んだ。
カールは放送文を修正させた。
「英雄という言葉を削れ」
広報担当が驚く。
「なぜです」
「我々は、英雄を作らないと決めたはずだ」
「ですが、兵士の士気が」
「一人の神話へ未来を預けるな」
チェスターJr.が残した言葉。
長い年月を経ても、カールは忘れていなかった。
「戦果は事実だけを伝えろ。二号機は帰還。連邦軍の奪還を阻止。こちらも損害あり。戦闘は継続中」
「地味では」
「現実はたいてい地味だ」
広報担当は、不満そうに文章を直した。
一方、ディーツは地下ドックで、修理中の二号機を見上げていた。
一号機との決着はつかなかった。
自分は勝っていない。
だが、負けてもいない。
「次は」
ディーツがつぶやく。
ハンスが工具箱を持って通りかかる。
「次は何だ」
「勝ちます」
「目的を増やすな」
「わかっています」
「本当に?」
「次の任務を果たした上で勝ちます」
「もっと面倒になったな」
ハンスは二号機の左腕を見た。
「修理には時間がかかる」
「一号機も傷ついています」
「向こうにはサナリィと正規の補給部品がある」
「こちらにはハンスさんがいます」
ハンスの手が止まる。
「急に持ち上げても納期は縮まらん」
「本心ですよ」
「さらに縮まらん」
それでも、ハンスの表情は少しだけ緩んだ。
火星軌道上のアドミラル・ティアンムでは、ナバロが地球圏から届いた大量の照会文書へ目を通していた。
なぜ即時奪還できなかったのか。
なぜ地下施設へ突入しなかったのか。
なぜオールズモビルを殲滅しなかったのか。
二号機の機密保持は可能なのか。
一号機の損傷責任は誰にあるのか。
ナバロは一枚ずつ読み、最後に机へ伏せた。
「戦闘より、こちらのほうが厳しいな」
副官が胃薬を差し出す。
「お使いになりますか」
「私物か」
「艦内医務室からの正式支給品です」
「なら受け取ろう」
威厳は守られた。
「火星側から、非公式通信です」
通信士が報告する。
ナバロは顔を上げる。
「内容は」
「住民区画の座標を限定的に開示。該当区域への攻撃停止を要請しています」
「交換条件は」
「連邦軍地上部隊へ、旧レジオン時代の危険坑道情報を提供するとのことです」
副官が警戒する。
「罠では」
「可能性はある」
「応じますか」
ナバロは通信文を読んだ。
署名。
火星地下居住区代表、カール。
オールズモビル軍司令部ではない。
軍と住民を分けようとする意思が見える。
「攻撃停止を確認しろ」
ナバロは言った。
「指定区域を民間保護区として暫定登録。情報の真偽は別途調査する」
「二号機返還については」
「まだ触れるな」
「なぜです」
「最初から最大の要求を出せば、相手は通信を切る」
ナバロは火星の地図を見た。
「まず、話ができる相手か確認する」
「交渉へ移るのですか」
「戦いながら交渉する」
「矛盾しています」
「戦争とは、だいたいそういうものだ」
遠い昔、はるか彼方の銀河系で、追撃艦隊が反乱勢力を辺境へ追いつめた時、勝敗を決めるのは兵器の性能だけではなかった。
敵をどこまで追うか。
何を守るために引き返すか。
相手のすべてを敵とみなすか。
それとも、戦う者と生きる者を分けて考えるか。
一つの判断が、次の戦争を防ぐこともある。
逆に、一つの誤射が、終わりかけた反乱を再び燃え上がらせることもある。
フォースは存在しない。
だが、撃てる瞬間に撃たない決断と、勝てるかもしれない瞬間に退く判断なら、この宇宙にも確かに存在した。
デフは二号機を追いながら、地下へ撃ち込まなかった。
ディーツは一号機に勝とうとしながら、最後には任務を選んだ。
ナバロは奪還失敗を、勝利と偽らなかった。
カールは戦争のさなかに、交渉のための通信を送った。
小さな判断だった。
だが、戦争の行方は、英雄の大演説よりも、そうした小さな判断によって変わる。
宇宙世紀0120年11月。
追撃の艦隊は、火星の空を押さえた。
オールズモビルは、地下と二号機を守った。
互いに相手を消すことはできなかった。
白いF90一号機は、アドミラル・ティアンムの格納庫で修理を受ける。
赤と黒のF90二号機は、火星地下で再調整を受ける。
同じ設計から生まれた二機は、それぞれの陣営で次の戦いへ備えていた。
だが、その背後では。
戦闘とは別の回線で、ナバロとカールの最初の交渉が始まろうとしていた。
銃口を向け合ったまま交わされる、不安定な対話。
それが和平への入口となるのか。
より大きな戦争までの、短い猶予にすぎないのか。
答えを出すのは、二年後。
オリンポス山へ、本当の落日が訪れる時だった。