【宇宙世紀】ジオン残党だけど火星で第二帝国を作る羽目になった件【スターウォーズ概念クロス】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
遠い昔、はるか彼方の銀河系で。
古い鎧と掟を守り続けた戦士がいた。
彼は、その鎧が最新の兵器より優れているとは思っていなかった。
新しい技術を拒んでいたわけでもない。
ただ、その姿を捨てれば、自分たちが何者だったのかまで失われると恐れていた。
だから最後の戦いにも、彼は古い時代の鎧を選んだ。
勝つためだけではない。
逃げる者たちの背後に立ち、自分たちが確かに存在したと示すために。
この銀河の赤い惑星でも、一人の老将が、長すぎた神話の終わりへ向かっていた。
宇宙世紀0122年。
火星、オリンポス山地下。
F90二号機の強奪から、二年が経過していた。
地球連邦軍第13実験戦術部隊とオールズモビルの戦いは、決着のつかないまま続いていた。
連邦軍は火星低軌道とオリンポス・ベースを確保。
地表の主要航路を監視し、火星地下へ流れ込む物資を制限した。
オールズモビルは地下坑道と旧軍事施設を利用して抵抗。
RFシリーズによる襲撃と撤退を繰り返し、連邦軍に地下への全面侵攻を許さなかった。
一方で、カールとナバロ・アーキントンの非公式交渉も続いていた。
火星居住区の自治保障。
非戦闘員の安全確保。
オールズモビルの段階的武装解除。
F90二号機の返還。
拘束者の交換。
旧レジオンおよびジオンマーズ施設の共同管理。
合意できる項目もあった。
住民区画への攻撃は禁止された。
地表の医療輸送には、双方が手を出さないと決められた。
坑道の一部は中立通路となった。
負傷者と民間人の交換も行われた。
だが、最大の問題だけは残った。
武装解除。
地球連邦政府は、オールズモビルがRFシリーズとF90二号機を保有したまま自治を認めることを拒んだ。
オールズモビルの軍事部門は、武器を先に渡せば火星の安全を保証するものがなくなると反発した。
どちらも、相手が約束を守ると信じられない。
交渉は続いた。
その間にも、食料と医薬品は減っていった。
第28地下プラント。
かつて合成芋の生産施設だった区画では、住民の避難準備が進められていた。
輸送車へ食料が積まれる。
医療器具。
酸素ボンベ。
水の再生装置。
子供たちが使う学習端末。
持ち出せないものは、地下倉庫へ封印された。
カールは一覧表を確認しながら、作業員へ指示を出していた。
「第三居住区の高齢者を先に移動させろ。歩ける者も輸送車へ乗せる。坑道七号は落盤の危険がある。使用するな」
「避難先の収容能力を超えます」
「農業区画の倉庫を開ける」
「食料が」
「人間を入れたあとで考える」
若い作業員が走り去る。
カールの机には、二通の文書が置かれていた。
一つはナバロからの通信。
指定された避難路に対し、連邦軍は攻撃を行わない。
輸送車両には識別信号を送信させること。
武装機を同行させないこと。
もう一つは、オールズモビル軍司令部からの命令。
オリンポス山中央施設を最終防衛拠点とする。
避難完了まで地表および地下接続路を維持。
戦闘可能なRFシリーズを全機投入。
カールは二枚の文書を見比べた。
二年前。
彼は戦争を止められると考えていた。
ナバロも、少なくとも全面的な破壊を望んではいなかった。
だが、二人の上には別の組織がある。
地球連邦政府。
地球連邦軍上層部。
サナリィ。
オールズモビル軍事評議会。
火星の古参兵。
戦争によって家族を失った若者たち。
一人が対話を望んでも、全員が同じ速度で止まれるわけではない。
「カール」
背後から声がした。
シャルル・ロチェスターが立っていた。
二年前より、さらに老いている。
白髪。
深い皺。
杖。
そして相変わらず着続けている、古い公国軍様式の軍服。
ただし胸元にあるのは、ザビ家の紋章ではない。
火星独自のオールズモビルの章だった。
「避難状況は」
「七割です」
「遅いな」
「あなた方が二年間、住民の半分を軍需工場へ回したからです」
「必要だった」
「その結果、輸送車の整備が遅れた」
「いま責任を論じても仕方あるまい」
「あなたは、いつもそう言う」
カールは端末を閉じた。
「攻撃は、いつ始まる」
「連邦軍は夜明けとともに地上施設へ進出する」
「知っていたのか」
「ああ」
「ナバロからは、最終通告まで四十八時間あると」
「ナバロの上官が待たなかった」
カールの顔が険しくなる。
「また政治か」
「我々も同じだ」
シャルルは認めた。
「こちらの若い士官が、交渉中に連邦の補給車列を攻撃した。双方の強硬派へ、よい口実を与えた」
「ディーツか」
「違う。あの若造は、意外にも命令を守るようになった」
「それは驚いた」
「本人が聞けば褒め言葉として受け取るぞ」
二人は、少しだけ笑った。
すぐに表情が戻る。
「F90二号機は」
カールが尋ねた。
「別施設へ移した」
「返還しないのか」
「いま返しても、攻撃は止まらん」
「なら、破壊しろ。連邦にも我々にも使えないようにする」
シャルルは首を横に振った。
「二号機は、次の交渉材料になる」
「次があると思っているのか」
「生存者がいればな」
カールは老将を見た。
「あなたは残るつもりだな」
「ああ」
「逃げろ」
「指揮官が先に逃げれば、避難路は守れん」
「若い兵士へ任せればいい」
「長く続いた戦争を、若い世代だけへ押しつけるつもりはない」
シャルルは、窓の外の地下ドックを見る。
そこには一機のRFゲルググが立っていた。
黒に近い濃紺。
肩と胸部に暗い赤。
頭部には、旧公国軍様式の指揮官用アンテナ。
外見は一年戦争時代のゲルググ。
だが、内部にはオールズモビルが持つ最新の部品が組み込まれている。
長年の改修を重ねた、シャルル専用機だった。
「また、その機体か」
カールが言った。
「悪いか」
「大きい。燃料を食う。補修部品も少ない」
「よく知っているな」
「何度も廃棄を提案した」
「何度も却下した」
「F90二号機のほうが強い」
「知っている」
「なら、なぜゲルググに乗る」
シャルルは少し考えた。
「若い者に二号機を残すためだ」
カールは答えを待つ。
「それから」
シャルルは続けた。
「私がF90で死んでも、ただの連邦製ガンダムが一機失われるだけだ」
「ゲルググなら違うと?」
「ああ」
老将は、機体を見上げた。
「オールズモビルが何者だったのか、一目でわかる」
「最後まで形にこだわるのか」
「最後だからだ」
カールはため息をついた。
「チェスターJr.なら、喜びそうだ」
「彼ならF90へモノアイを付けようとしただろう」
「やめてくれ。本当に言いそうだ」
二人は再び笑った。
今度は少し長かった。
地下ドック。
RFゲルググの最終整備が行われている。
ハンス整備長は脚部の点検口から上半身を出し、作業員へ怒鳴っていた。
「右脚の第三アクチュエーター、応答が遅い! 交換しろ!」
「予備がありません!」
「RFザクの左腕用を使え!」
「規格が違います!」
「取り付ければ同じだ!」
「火星整備の悪い癖が出ています!」
「動けば正義だ!」
少し離れた場所では、ディーツが自分のRFザクを確認していた。
F90二号機ではない。
二号機は、シャルルの命令で別の地下拠点へ移されている。
ディーツは不満そうだった。
「二号機なら、一号機と戦えます」
グランが答える。
「だから別の拠点へ移した。ここで二号機を失えば、交渉材料も技術も同時に消える」
「俺なら失いません」
「その自信が最も危険だ」
「もう二年前の俺とは違います」
「二年前のお前も同じことを言っていた」
ディーツは言葉に詰まる。
グランは機体一覧を確認した。
RFザク八機。
RFドム三機。
RFゲルググ五機。
その他、作業用機を改修した防衛機。
これが中央拠点で戦える全戦力だった。
地球連邦軍の物量とは比較にならない。
「目的を確認する」
グランは全パイロットへ通信を開いた。
「連邦軍を撃破することではない」
ディーツが聞く。
「では」
「避難完了まで時間を稼ぐ」
「敵の一号機は」
「深追いするな」
「ですが」
「目的を増やすな」
何年も繰り返された言葉だった。
ディーツは、今度は反論しなかった。
「了解」
グランが少しだけ目を細める。
若者は、時間をかけて変わった。
勢いは失っていない。
だが、勢いを向ける先を選べるようになった。
「避難が終われば、我々も撤退する」
グランは続けた。
「これは玉砕戦ではない。生き残れ」
古参兵の一人が尋ねる。
「シャルル司令もですか」
返事が遅れた。
「その予定だ」
グランは答えた。
ディーツは、その言い方を聞き逃さなかった。
火星上空。
アドミラル・ティアンムのブリッジでは、ナバロ・アーキントンが地上作戦の最終確認を行っていた。
地球連邦軍からの命令は明確だった。
オールズモビル中央軍事施設の無力化。
RFシリーズの生産設備を確保または破壊。
F90二号機の所在確認。
可能であれば奪還。
ただし、民間人への被害は最小限に抑える。
ナバロは最後の一文を何度も確認した。
最小限。
ゼロではない。
数字も書かれていない。
現場の判断へ責任を押しつける、便利な言葉だった。
「火星側の避難状況は」
ナバロが尋ねる。
「カールからの通信によれば、七割を超えています」
「攻撃開始の延期を、再度要請する」
副官が首を振る。
「上層部は拒否しています。補給車列への攻撃を理由に、交渉継続は困難と」
「あれはオールズモビル主流派の命令ではない」
「地球圏では区別されません」
「区別しないから、相手も一つにまとまる」
ナバロは通信回線を開いた。
「地上部隊へ。避難路として登録された区域への発砲を禁止する。敵を追跡する場合も、保護区の手前で停止」
『敵機が避難路を利用した場合は』
「識別しろ」
『戦闘中に?』
「そのためのセンサーだ」
『判断できない場合は』
「撃つな」
短く答えた。
「我々の目的は軍事施設の無力化だ。住民を敵へ変えることではない」
別の通信が入る。
F90一号機。
デフ・スタリオン。
『出撃準備完了』
「二号機の反応は」
『確認できません』
「敵が隠したか、別拠点へ移した」
『奪還任務は』
「継続する。ただし、今日の目標は中央施設だ」
デフは少し黙った。
『二号機のパイロットが出てきた場合は』
「機体を確認してから考えろ」
『声だけでわかります』
「話しすぎる男だったな」
『はい』
一瞬だけ、ブリッジの空気が緩む。
ナバロは続けた。
「相手へ勝とうとするな。任務を果たせ」
これはディーツが何度も言われてきた言葉と、ほとんど同じだった。
デフは答える。
『了解』
夜明け。
火星の地平線から、弱い太陽が昇る。
赤い大地。
黒い岩山。
薄い空。
オリンポス山の斜面に、連邦軍の降下艇が現れる。
ジェガン部隊。
装甲車両。
工兵用機動兵器。
そして、白いF90一号機。
オールズモビルの監視網が、一斉に警報を発した。
「連邦軍、最終防衛線へ接近!」
地下司令室へ声が響く。
シャルルは杖を置いた。
軍服の上からノーマルスーツを着る。
不格好だった。
だが、本人は気にしない。
「カール」
通信を開く。
『聞こえている』
「避難状況は」
『八十一パーセント』
「遅い」
『わかっている』
「生産設備は捨てろ」
『最初からそのつもりだ』
「RFシリーズの設計情報は」
『複製して、三つの避難先へ分散した』
「二号機は」
『移送済み』
「よし」
短い沈黙。
『シャルル』
「何だ」
『生きて戻れ』
老将は少し笑った。
「努力する」
『約束しろ』
「考えておく」
かつてチェスターJr.が口にした言葉。
デフも使った言葉。
何度も繰り返されてきた、守られる保証のない返答。
『その答えは嫌いだ』
「私もだ」
シャルルは通信を切った。
地表ゲートが開く。
赤い砂がドックへ流れ込む。
RFザクとRFドムが次々と出撃する。
RFゲルググが続く。
最後に、シャルルの黒い機体が前へ出た。
「各機へ」
老将の声が全回線へ流れる。
「今日、我々はジオン公国を再建するために戦うのではない」
古参兵たちが聞く。
「ザビ家のためでもない」
若い兵士たちが聞く。
「赤い彗星の理想を継ぐためでもない」
グランが目を閉じる。
「火星で生きる者たちが、次の朝を迎えるために戦う」
シャルルは操縦桿を握った。
「敵を倒すことより、時間を稼げ」
ディーツが返答する。
『了解』
「名誉より、生存を選べ」
古参兵が答える。
『了解』
「そして、もし私が命令と違うことを始めたら」
少し間を置く。
「無視して撤退しろ」
『閣下』
グランが声を上げる。
「最高指揮官命令だ」
シャルルは笑った。
「老人の浪漫へ、若者までつき合う必要はない」
戦闘が始まった。
連邦軍は、過去の戦いより慎重だった。
RFシリーズの姿を見ても油断しない。
複数機で射線を重ねる。
火星側の退路を塞ぐ。
センサー情報を共有し、見失った敵を別部隊が追う。
対するオールズモビルは、地形を利用した。
RFドムが谷底を高速移動し、連邦軍の側面へ砲撃。
RFザクが岩陰からミサイルを放ち、撃ち終えると別の坑道へ退避。
RFゲルググが接近戦を仕掛け、ジェガン隊の隊形を崩す。
火星の空へ、ビームの光が走る。
爆発。
砂煙。
警告音。
一機のRFザクが脚部を撃たれた。
転倒。
ジェガンが照準を合わせる。
だが、引き金を引く前にパイロットが脱出した。
ジェガンは機体だけを破壊する。
連邦軍も、不要な死者を増やそうとはしていなかった。
別の場所では、RFドムが一機のジェガンを追いつめる。
コックピットが射線へ入る。
RFドムは銃口をずらし、バックパックを撃ち抜いた。
敵機は行動不能となる。
双方とも、二年間の戦いで学んでいた。
殺さずに勝てる瞬間には、殺さない。
だが、すべての戦闘がそうなるわけではない。
判断が遅れれば死ぬ。
相手の意図を誤れば死ぬ。
一発の誤射で、積み重ねた信頼は消える。
危うい均衡の上で、戦いは続いた。
「第一防衛線、後退!」
オールズモビル司令室へ報告が入る。
「避難率、八十七パーセント!」
グランが戦術図を確認する。
「第二線へ移れ。損傷機は捨てろ。パイロット回収を優先」
『了解』
ディーツのRFザクが後退してくる。
右腕を失っている。
『敵F90を確認しました』
「交戦したか」
『まだです』
「余計な勝負をするな」
『わかっています』
その時、白いF90一号機が尾根の上へ現れた。
デフはディーツのRFザクを見つける。
識別信号。
動き。
そして、開かれた通信回線から聞こえる声。
『二号機のパイロットか』
「覚えていましたか」
『二号機はどこだ』
「教えると思います?」
『なら、拘束して聞く』
「今日はガンダムじゃないんですよ」
『機体で判断はしない』
「成長しましたね」
『お前に言われたくない』
一号機がライフルを構える。
ディーツのRFザクも武器を向ける。
性能差は圧倒的だった。
F90は速い。
小さい。
反応も鋭い。
RFザクで正面から勝てる相手ではない。
「ディーツ」
グランの声。
『撤退しろ』
「ですが、こいつを通せば第二線が」
『別部隊を回す』
「間に合いません」
『命令だ』
ディーツは一号機を見る。
二年前なら、勝負を選んだ。
いまは、任務を考える。
自分の役割。
避難までの時間。
機体の性能。
逃げれば、一号機は防衛線へ進む。
戦えば、恐らく負ける。
「三分ください」
『何をする』
「三分だけ止めます」
『許可できない』
「では、勝手にやります」
『成長を撤回するぞ!』
「戻ったら叱ってください」
ディーツはRFザクを前へ出した。
「連邦のガンダムさん」
『何だ』
「二号機の場所を知りたいでしょう」
『知っているのか』
「もちろん」
嘘だった。
正確な移送先は、ディーツにも知らされていない。
「俺を捕まえれば、聞けるかもしれませんよ」
『安い挑発だ』
「乗ります?」
デフは乗らなかった。
だが、無視もできなかった。
二号機の情報には価値がある。
その迷いだけで、数秒が過ぎる。
ディーツは笑った。
「三分、開始です」
中央防衛線。
シャルルのRFゲルググは、ジェガン部隊の前へ立っていた。
動きは速い。
だが、かつてほどではない。
老将の反応速度も。
機体の駆動系も。
長い戦争で消耗している。
ジェガンのビームが、RFゲルググのシールドを焼く。
シャルルは姿勢を落とし、ビーム・ナギナタを振るう。
ジェガンのライフルを切断。
反対側から別のジェガンが接近。
シャルルは推進器を噴かし、機体を回転させる。
ナギナタの反対側の刃が、敵の肩部を斬り裂いた。
二機が後退する。
「まだ動けるぞ」
シャルルは笑った。
だが、コックピットには警告が並んでいる。
右脚応答低下。
冷却系異常。
主推進器出力不安定。
センサー精度低下。
「ハンス」
通信を開く。
『聞こえています』
「照準が右へずれる」
『頭部アンテナの基部が歪んでいます』
「アンテナのせいか」
『違います。頭部ごと撃たれたせいです』
「切れば直るか」
通信の向こうが静かになる。
『切ってよろしいのですか』
「必要ならな」
ハンスは少し笑った。
『閣下も変わりましたね』
「四十年あれば、人間も少しくらい学ぶ」
『切断します。遠隔爆破ボルトを作動』
RFゲルググの頭部アンテナが根元から外れ、火星の砂へ落ちた。
センサー表示が少し安定する。
「見た目が寂しくなった」
『性能には関係ありません』
「わかっている」
シャルルは、初めて素直に認めた。
「避難率、九十三パーセント!」
カールの声が全回線へ流れる。
「医療区画、移送完了! 残るのは軍需工場の作業員と最終輸送班!」
シャルルは戦術図を見た。
あと少し。
連邦軍は中央防衛線へ迫っている。
RFシリーズの残存数は半分以下。
次の防衛線を維持する戦力はない。
「全軍へ」
シャルルは命じた。
「第三坑道から撤退。軍需設備へ自壊処理を開始」
グランが応答する。
『閣下は』
「殿軍を務める」
『全機で後退できます』
「連邦軍を引きつける機体が必要だ」
『私が残ります』
「お前には次がある」
『あなたにも』
「私の次は短い」
短い沈黙。
「グラン」
『はい』
「オールズモビルを、軍だけの組織にするな」
グランは答えない。
「軍を残すために戦うな。人を残すために軍を使え」
『……了解』
「カールの話を聞け」
『それは難しい命令です』
「最高指揮官命令だ」
『努力します』
シャルルは笑った。
「それでいい」
戦場の上空へ、F90一号機が現れた。
ディーツのRFザクを行動不能にし、デフが中央線へ到達したのだ。
ディーツは脱出に成功している。
デフはRFゲルググを捉えた。
黒と赤。
指揮官機。
周囲のオールズモビル部隊は撤退を始めている。
『火星独立ジオン軍指揮官へ』
デフが呼びかける。
『戦闘を停止し、機体を降りろ』
シャルルは一号機を見た。
小さい。
洗練されている。
無駄がない。
かつてなら、その姿を嫌悪しただろう。
いまは違う。
「良い機体だな」
『何だと』
「F90だ。小さい。速い。よくできている」
デフは返答に困った。
『降伏するのか』
「それとこれは別だ」
シャルルはナギナタを構えた。
『勝てると思っているのか』
「思っていない」
『なら、なぜ』
「時間が必要だ」
デフは戦術図を確認した。
RFシリーズは撤退中。
地下施設では、複数の熱源が移動している。
避難者。
シャルルが何をしようとしているか、理解した。
『住民を逃がすためか』
「軍人もいる」
『戦闘員を逃がすために、また戦争を続けるのか』
「それを決めるのは、生き残った者だ」
『無責任だ』
「そのとおりだ」
老将はあっさり認めた。
「長く生きすぎた者は、最後に責任を全部取れると思い込みたがる。だが、実際には何も全部は取れん」
『では、機体を降りろ。あなたを拘束する。それで終わらせる』
「私一人を捕らえて、終わると思うか」
デフは答えられない。
「だから」
シャルルは言った。
「少しでも、ましな終わり方を選ぶ」
RFゲルググが動いた。
正面からの突撃。
一号機は射撃する。
シャルルはシールドで受ける。
表面が焼ける。
二射目。
RFゲルググが左へ動く。
右脚の反応が遅れ、ビームが肩部をかすめた。
三射目。
ナギナタで銃口を払う。
一号機は後退する。
デフは、敵のコックピットを狙わない。
関節。
武器。
推進器。
可能ならば生け捕りにする。
シャルルは、その制約を利用した。
接近。
ナギナタの一撃。
一号機のシールドが受ける。
二撃目。
三撃目。
老将の動きは、F90より遅い。
だが、無駄がなかった。
一年戦争以来、何十年も乗り継いできたジオン系機体。
そのすべての経験が、最後の操縦へ集約されている。
『速い』
デフが漏らす。
「機体ではない」
シャルルは答えた。
「慣れているだけだ」
RFゲルググが、F90の懐へ入る。
大きな機体の肩で、一号機を押し出す。
ナギナタの柄が、F90のライフルを弾く。
デフは機体を沈ませ、RFゲルググの脚部を蹴った。
シャルルの機体がよろめく。
一号機のビーム・サーベルが、ナギナタの片側を切断する。
残った一枚の刃。
ジェネレーター警告。
冷却限界。
右脚部停止寸前。
勝敗は明らかだった。
それでも、シャルルは下がらない。
「避難率、九十八パーセント!」
カールの声。
あと二パーセント。
一号機が再びライフルを構える。
RFゲルググの左腕を撃ち抜く。
腕が落ちる。
シールドも失う。
「閣下!」
グランの通信。
『もう十分です!』
「まだだ」
『最終輸送車が動きました!』
「出口を抜けたか」
『あと少しです!』
「なら、少し必要だ」
シャルルは残った推進器を最大出力へ入れた。
警告表示が赤く染まる。
デフは照準する。
『止まれ!』
「止まれば、追うだろう」
『追わない!』
「保証できるか」
デフは答えられない。
自分は追わない。
ナバロも、避難者へ攻撃しないだろう。
だが、その先の政府と軍が何をするか。
一人のパイロットには保証できない。
シャルルは、その沈黙を答えとして受け取った。
「そういうことだ」
RFゲルググが一号機へ向かう。
だが、それは特攻ではなかった。
衝突直前。
シャルルは機体を横へひねる。
一号機の脇を抜ける。
そのまま背後の岩盤へナギナタを叩き込んだ。
岩壁に亀裂が走る。
地下へ仕掛けられていた爆薬が連動する。
デフの警告表示が点滅した。
『崩落!』
一号機が後退する。
巨大な岩盤が、両軍の間へ落下した。
砂煙。
衝撃。
地表の通路が塞がれる。
避難路への追跡経路が完全に断たれた。
「避難完了!」
カールの声が響く。
「全員、坑道を通過!」
シャルルは目を閉じた。
「そうか」
その声には、初めて安堵があった。
だが、RFゲルググは崩落の内側へ残されていた。
左腕を失い。
右脚も停止。
主推進器は過熱。
脱出用ハッチも、岩盤の破片で歪んでいる。
デフの一号機は、崩落の向こう側。
すぐには近づけない。
『シャルル・ロチェスター!』
デフの声が、雑音混じりに届く。
『応答しろ!』
「聞こえている」
『救助する。動くな』
「もう動けん」
『脱出しろ』
シャルルはハッチを確認した。
開かない。
非常用爆破ボルト。
反応なし。
「難しいな」
『待て。工兵隊を呼ぶ』
「必要ない」
『何を言っている』
「私一人のために、崩落を開ければ避難路が露出する」
『あなたを拘束できれば、戦闘を終わらせられる』
「本当にそうなら、少し魅力的だ」
シャルルは笑った。
『諦めるな』
「諦めてはいない」
老将は、壊れたモニターの隅を見る。
火星の地平線。
弱い太陽。
長い地下生活の中で、ほとんど見ることのなかった地表の朝。
「やるべきことは終えた」
『だから死んでよい理由にはならない』
「若いな」
『何がだ』
「死ぬ理由を探していると思うところがだ」
シャルルは、ゆっくりと座席へ身体を預けた。
「生きる理由を、次の者へ渡しただけだ」
ジェネレーターの温度が上昇する。
冷却系統は止まっている。
機体内部で、小さな火災が発生。
『主機を停止しろ!』
「やっている」
操作。
反応なし。
制御系が損傷している。
シャルルは手動停止装置へ手を伸ばした。
届かない。
右腕が動かない。
「少し、遠いな」
『何が』
「停止装置だ」
『待て!』
一号機が岩盤へビーム・サーベルを入れる。
崩落を少しずつ切り開く。
だが、間に合わない。
RFゲルググの胸部から、白い蒸気が漏れ始める。
シャルルは最後の通信を開いた。
オールズモビル全回線。
「こちら、シャルル・ロチェスター」
雑音。
それでも、避難中の者たちへ声は届いた。
「オリンポス中央拠点は放棄する」
グラン。
カール。
ハンス。
ディーツ。
全員が聞いていた。
「軍事設備は失った。RFシリーズの多くも失った。だが、住民は生きている」
短く息を整える。
「これを敗北と呼びたければ、好きに呼べ」
警告音。
「オールズモビルは、ジオン公国を復活させるために作ったのではない」
グランが目を閉じる。
「誰かの神話を守るためでもない」
カールは、チェスターJr.の肩章を握る。
「火星で生き残るために作った」
ディーツは、損傷したRFザクの中で聞いている。
「ならば、生き残れ」
炎がコックピットの後部へ達する。
「古い機体の形にこだわるのは構わん。格好いいからな」
一部の兵士が、泣きながら笑った。
「だが、形のために命を捨てるな」
シャルルは、自分の無角となったRFゲルググを思った。
最後の戦いで、誇りだったアンテナを切り落とした。
必要なら形を変える。
守るべきものの優先順位を、最後にようやく理解した。
「過去を鎧にしてもよい」
声が弱くなる。
「ただし、過去を棺にするな」
通信へ大きな雑音が入る。
「以上だ」
少し考える。
最後の掛け声。
ジーク・ジオン。
ジーク・オールズモビル。
どちらも、いまは違う気がした。
シャルルは笑う。
「よく生きろ、火星の諸君」
通信が切れた。
数秒後。
RFゲルググのジェネレーターが停止した。
爆発は起きなかった。
機体は岩盤の間で、静かに動きを止めた。
デフがコックピットへ到達した時、シャルル・ロチェスターはすでに息を引き取っていた。
その表情に、狂気も苦痛もなかった。
長い仕事を終えた老人の、ひどく疲れた顔だった。
宇宙世紀0122年。
オリンポス中央拠点は、地球連邦軍第13実験戦術部隊によって制圧された。
RFシリーズの生産設備は失われた。
オールズモビルの主要軍事施設も、その多くが破壊または接収された。
最高指揮官シャルル・ロチェスターは戦死。
火星独立ジオン軍は、組織的な戦闘能力の大半を失った。
だが、連邦軍が想定していた大規模な殲滅戦にはならなかった。
カールとナバロの交渉によって指定された避難区画は、攻撃対象から外された。
地下居住区の住民は複数の施設へ分散。
負傷したオールズモビル兵の一部は武装解除に応じた。
投降を拒否した部隊も、住民を巻き込む戦闘を避けて火星各地へ離脱した。
そして、F90二号機は見つからなかった。
火星のどこかへ移されたのか。
地球圏へ持ち出されたのか。
解体されたのか。
少なくとも、オリンポス中央拠点には残されていなかった。
アドミラル・ティアンムのブリッジ。
ナバロは最終報告書を作成していた。
作戦目標。
オールズモビル中央施設の無力化。
達成。
RFシリーズ生産能力の排除。
主要設備について達成。
敵最高指揮官の拘束。
未達。対象は戦死。
F90二号機の奪還。
未達。
副官が報告書を見る。
「地球圏は、勝利と発表するでしょう」
「軍事的には勝利だ」
ナバロは答えた。
「では、なぜその顔なのです」
「二号機は戻っていない。オールズモビルも完全には消えていない」
「ですが、中央拠点は制圧しました」
「拠点を制圧することと、思想を消すことは違う」
かつてボリス・エイルリッヒが言ったことと同じだった。
国家の名前を消しても、思想は消えない。
基地を破壊しても、記憶は消えない。
「シャルルの遺体は」
「本人の軍服とともに、火星側へ引き渡す準備をしています」
「機体は」
「調査後、処分する予定です」
ナバロは少し考えた。
「頭部だけは残せ」
副官が意外そうに見る。
「戦利品としてですか」
「違う。火星側へ返す」
「なぜ」
「彼らには、必要だろう」
かつてシャルルが鎧と呼んだ、古い姿。
ナバロはその思想を支持しない。
だが、理解することはできた。
理解と同意は違う。
理解と救済も違う。
それでも、理解しようとすることは、次の戦争を防ぐ最初の手順だった。
火星地下の避難施設。
カールは、シャルルの最後の通信記録を再生していた。
隣にはグラン。
ハンス。
ディーツ。
テーブルには、チェスターJr.の金色の肩章。
そして、連邦軍から返還されたRFゲルググの頭部アンテナが置かれている。
原型を留めていない。
焼け。
曲がり。
先端は欠けている。
「最後には切り落としたそうだ」
カールが言った。
ハンスが答える。
「私が遠隔で外しました」
「本人は嫌がらなかったか」
「必要なら切れと」
グランが、少し笑う。
「あの人が」
「四十年かかって、少し合理的になりました」
ディーツは黙ったまま、アンテナを見ていた。
「これから、どうします」
若者が尋ねる。
カールは答える。
「住民を戻す」
「軍は」
「武装解除の交渉を続ける」
グランの表情が険しくなる。
「すべて捨てるのか」
「すべてとは言っていない」
「連邦は、それを認めない」
「認めさせる」
「何を条件に」
カールはグランを見る。
「二号機だ」
ディーツが顔を上げる。
「返すんですか」
「交渉次第だ」
「二号機は、俺たちの」
言いかけて止まる。
ディーツは、シャルルの最後の言葉を思い出した。
形のために命を捨てるな。
過去を鎧にしてもよい。
だが、過去を棺にするな。
「……火星の人たちが生きられるなら」
ディーツは言った。
「返してもいい」
ハンスが意外そうに見る。
「お前がそう言うとはな」
「俺だって成長します」
「二年ごとに少しずつだな」
「もっと速いです」
カールは、若者の顔を見た。
シャルルが残したかったのは、軍隊そのものではなかったのかもしれない。
選べる者。
過去を知りながら、過去と同じ選択を繰り返さない者。
それが残ったのなら、オリンポスの戦いは完全な敗北ではなかった。
宇宙世紀0122年。
火星独立ジオン軍オールズモビルは、最高指揮官と中央拠点を失った。
地球連邦政府は、火星圏における旧ジオン系武装勢力の主要拠点を制圧したと発表した。
地球圏の新聞は、それを「最後のジオン残党の終焉」と報じた。
また同じ言葉だった。
最後。
終焉。
完全な勝利。
歴史は、何度も同じ表現を使う。
だが、火星の人々は知っていた。
一つの基地が落ちても、暮らしは続く。
一人の指揮官が死んでも、記憶は残る。
兵器を手放しても、自分たちが何者だったのかまで失うわけではない。
遠い昔、はるか彼方の銀河系で、古い鎧を守り続けた戦士たちは、掟を次の世代へ渡した。
だが、掟を受け取った者が、同じ生き方を選ぶとは限らない。
鎧を着続ける者もいる。
鎧を壁へ飾り、別の道を歩く者もいる。
鎧を分解し、新しい道具へ作り直す者もいる。
フォースは存在しない。
だが、死者の言葉をそのまま信仰するのではなく、自分たちなりの意味へ変えて受け継ぐことなら、この宇宙にもできる。
シャルル・ロチェスターは、古いゲルググの中で死んだ。
だが彼が最後に守ったのは、ゲルググの形ではなかった。
ジオンの名でもなかった。
オールズモビルという組織ですらなかった。
火星で生きる者たちが、次の朝を迎えるための時間だった。
その朝。
オリンポス山の向こうから昇る弱い太陽を、避難施設の子供たちが見上げていた。
誰も敬礼しなかった。
誰も「ジーク・ジオン」と叫ばなかった。
ただ、一人の子供が言った。
「今日も、芋の世話をしないと」
カールは、その言葉を聞いて笑った。
オリンポスの神話は終わった。
火星の生活は、まだ終わっていなかった。