機動戦士ガンダム ギレン、ハマーン、シャアの次なる答え――ジオンの最高頭脳、サナリィの最新ガンダムで宇宙世紀を総決算する 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0085年。地球圏ではティターンズという名の、全身黒ずくめのファッションセンスに難がある連邦軍のエリート暴力集団が「30バンチ事件」などというシャレにならない毒ガス大量虐殺をやらかし、世間をドン引きさせていた頃。
地球から遥か数億キロメートル離れた赤黒いジャガイモ――もとい、太陽系第4惑星たる火星の地表において、チェスター主席(本名のオセアノンという名前がパプア級補給艦みたいで威厳がないため、火星のトップに就任するにあたり、あの夜逃げの時に使った「チェスター」を正式な襲名・改名とした)は、本気で神を呪っていた。
「寒い! 砂くさい! 酸素が薄い! なんだこの『世紀末救世主伝説』のロケ地みたいな不毛の極致は!」
チェスターは、密閉性の悪い簡易移動式プラントの司令室で、ガタガタと歯の根を合わない音を響かせながら叫んだ。
窓の外を見れば、そこにあるのはロマン溢れるSF的なフロンティアなどではない。ただひたすらに、酸化鉄の混じった赤茶色の砂嵐が時速数百キロメートルで吹き荒れ、視界をゼロにする絶望の光景である。
彼ら「ジオンマーズ」の一行は、あのピンク髪の思春期モンスターことハマーン・カーンの元から、アクシズの共有財産を文字通り「夜逃げ横領」してここまで逃げてきた。地球連邦軍の目がデラーズ紛争に向いている隙を突いたここまでは完璧な泥棒計画だったのだが、現実は非情である。たどり着いた新天地は、水を得るために地表の氷をガッケンガッケンとピッケルで削り落とすところから始めなければならない、宇宙世紀史上屈指の超過酷ブラック開拓地だったのだ。
「報告します、チェスター主席!」
気密服を砂まみれにした部下が、悲壮感に満ちた顔で部屋に飛び込んできた。
「第3採掘ブロックの生命維持プラントで、またもや気圧低下アラートです! 原因は、アクシズから持ってきた旧公国軍の規格外のネジを、無理やり連邦製のパイプラインにねじ込んだことによる金属疲労です!」
「またか! ええい、ジオンの工業規格を統一しなかった一年戦争時の技術将校どもめ! ザクのパーツとドムのパーツでネジのピッチが違う時点で頭がおかしいんだよ! ジオニック社とツィマット社は仲良く経営統合でもして、まずはネジの頭の形を揃えてから独立戦争を始めやがれ!」
チェスターは机の上の電子端末(もちろん、型落ちのリック・ドムの計器盤から引っこ抜いたジャンク品だ)を叩いた。
現在のジオンマーズの最大の問題。それは「とにかく手持ちの兵器が、火星の環境に絶望的なまでに適合していない」という点に尽きた。
彼らがアクシズのドックから文字通り「泥棒」してきたのは、一年戦争の遺物であり、ア・バオア・クーから命からがら逃げ延びてきたゲルググB型やリック・ドム、ザクII F型などの旧型モビルスーツ群である。これらは本来、宇宙の真空か、あるいは地球の適度な重力と大気圏内での運用を想定して作られたものだ。
それをこの、超微細な酸化鉄の砂嵐が吹き荒れ、重力が地球の約38パーセントしかなく、気温がマイナス数十度まで冷え込む火星の地表で動かそうものなら、どうなるか。
「主席! テスト中のリック・ドムが、またオリンポス山の麓で立ち往生しました!」
別の整備兵が半泣きで通信を入れてくる。
「何だと!? ドムの代名詞たる熱核ジェット・ホバーが故障したのか!?」
「いえ、故障というか……そもそも宇宙用のリック・ドムですからね! 火星の砂が細かすぎて、本来は宇宙塵を払うための脚部インテークから砂を吸い込みまくり、内部の熱核反応炉がシュウシュウと音を立ててお亡くなりになりました! 現在、ドムはただの『砂漠の真ん中に直立した巨大な黒い置物』と化しています! パイロットは寒さで凍える前に、機体のジェネレーターの排熱を利用して暖を取っている状態です!」
「バカ者が! ギレン総帥が見たら『ジオンの科学力は、砂に負けたのか!』って絶叫しながら総力戦演説を始めるぞ! すぐに回収班を出せ!」
チェスターは胃のあたりを押さえた。ストレスで胃に穴が開きそうだった。
地球圏の人々が「ニュータイプの覚醒」だの「重力の絆からの解放」だのと、高尚なオカルト理論で盛り上がっている裏で、自分たちは「宇宙用のモビルスーツの関節にどうやって砂が入らないようにするか」という、町工場の油まみれのおっさん並みに泥臭い問題と24時間体制で戦っているのだ。
「いいか、開発主任。我々がここ火星で生き残り、いつか地球圏を見返すためには、この不毛の環境に完全適応した新型モビルスーツ……いや、旧型をベースにした『究極の改修機』が必要なのだ。これを『リファインド・ファースト・ジェネレーション』、略して『RFシリーズ』の初期研究マニュアルとする!」
チェスターは、手元のメモ用紙に殴り書きした、ザクの外見をした怪しげなスケッチを開発陣に突きつけた。
「いいですか主席、外見は旧公国軍のザクやドムのままでいくんですか?」
開発主任がメガネを指で押し上げながら尋ねる。
「そうだ! 外見は絶対に一年戦争のレトロスタイルを崩してはならん! なぜなら、我々はジオンの正統だからだ! ハマーンの乗るキュベレイみたいな、肩にバカデカいバインダーをつけた、パリコレの最新ファッションみたいなモビルスーツは認めん! 男は黙ってモノアイと、ザクのスパイクアーマーだ!」
「しかし主席、中身を最新の技術に変えるとなると、それこそリニア・シートや全天周囲モニター、さらにはガンダリウム合金並みの新素材が必要になります。うちの地下プラントの設備では、ザクの装甲を叩き直してフライパンを作るのが関の山ですよ?」
「そこは根性と、アナハイム・エレクトロニクス社からの裏取引でカバーするんだよ! あそこの死の商人どもは、金さえ積めば連邦の最新MSの図面だって喜んで横流ししてくる。我々が火星の地中から掘り出したレアメタルと、あいつらの倉庫に眠っているジャンクパーツを等価交換する交渉を進めろ!」
チェスターの脳内は、生き残るための生存戦略(という名の、極めて現実的な悪知恵)で満ちていた。
ザビ家の栄光などというものは、ぶっちゃけ火星の砂嵐の前には1グラムの役にも端たのにもならない。一番大事なのは、この赤い大地で、連邦軍にも、アクシズのネオ・ジオンにも見つからずに、如何に効率よく「ガンダムお断り空間」を完成させるかである。
だが、そんなチェスターのささやかなアルカディア(楽園)計画を脅かす、不穏な影が忍び寄りつつあった。
「……主席。地球圏に放っている潜入員から、気になる情報が届いています」
副官が、暗号化された光ディスクを差し出してきた。
「なんだ? ハマーンの小娘が、ついに我々を連れ戻しに指名手配の艦隊でも差し向けてきたか?」
「いえ、そうではありません。地球圏で権力を拡大しつつある連邦軍のエリート組織、ティターンズ。その内部での苛烈な派閥争いや中央の監視を嫌い、独自の最高機密『TR計画』のデータと機体を隠匿・運用するための『聖域』として、この火星に目を付けた一派がいるようです。……さらに、ザビ家の熱狂的な崇拝者を名乗り、火星の地下潜伏組織をまとめ上げつつある『アリシア』という謎の少女が、我々ジオンマーズの縄張りをじわじわと侵食し始めています。どうやら彼女は、その地球圏のティターンズ内部の不穏な動きすら察知し、自らの独裁組織『レジオン』を立ち上げるための都合のいい物資調達ルート(あるいは都合のいい貢ぎ手)として、連邦のエリートどもを裏から手玉に取っている模様です」
「ティターンズだと? あの、宇宙移民(スペースノイド)を虫ケラのように殺しまくっている連邦の極右組織か。あいつらが我が火星に?」
「はい。どこぞの馬の骨とも知れん小娘を『ギレン・ザビ総帥の思想の正統な後継者』として神輿に担ぎ上げ、いずれは連邦の物資や技術を毟り取ってでも火星全体の覇権を握ろうという、恐るべき女狐です」
チェスターはディスクを机に叩きつけ、今日一番の怒声を上げた。
「おのれ、地球圏の独裁者どもめ! 自分たちが宇宙でふんぞり返っているだけでは飽きたらず、我々が血と汗と涙と鼻水で耕した火星のジャガイモ畑まで横取りしに来る気か! ガンダムの技術を持ち込むなど、言語道断! 縁起が悪いわ!」
宇宙世紀の歴史において、ガンダムがやってくる場所には必ず破滅が訪れる。それは一年戦争のサイド7しかり、デラーズ紛争のトリントン基地しかりだ。この火星という、宇宙の最果ての静かな隠れ家にまで、あの「白い悪魔」の血統が、それもティターンズの変態的な兵器群(TRシリーズ)という最悪の形でやってこようとしているのだ。
「絶対に阻止せよ! ティターンズの残党が火星の軌道上に現れたら、即座に旧型のゲルググで臨検しろ! 我々のRFシリーズ(まだ設計図段階だが)の恐ろしさを見せてやるのだ!」
チェスターはコアレス・モーターが悲鳴を上げている右腕のサイボーグ義手を天に突き上げ、部屋の防音壁に響き渡る声で宣言した。
しかし、彼のその必死の拒絶反応も、時代の奔流の前には無力であった。わずか数年後のU.C.0088年。地球圏の戦いに敗れ去ったティターンズの残党たちが、最新にして最凶の黒い機械仕掛けのバケモノ「ガンダムTR-6[インレ]」を引き連れてこの火星に逃げ延びてくる。そして、先ほどのアリシアという少女がその敗残兵たちを自らの軍門に下し、先住のジオンマーズを力ずくで奴隷化して「レジオン」という独裁国家を爆誕させるという最悪の未来が、すぐそこまで迫っていることを、彼はまだ知る由もなかったのである。