【宇宙世紀】ジオン残党だけど火星で第二帝国を作る羽目になった件【スターウォーズ概念クロス】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0087年。
地球圏は、だいたい最悪だった。
ティターンズ。
エゥーゴ。
地球連邦軍。
アクシズ。
アナハイム・エレクトロニクス。
名前だけ並べると、なんだか壮大な歴史の転換点みたいに見える。
実際、壮大ではあった。
ただし、現場で働いている人間からすると、壮大な歴史とはだいたい「仕事が増える」という意味である。
そして月面都市フォン・ブラウンにあるアナハイム・エレクトロニクス本社の第七営業開発部で、ルシアン・ベントナーは、今日も仕事の量に魂を削られていた。
「辞めたい」
朝一番の第一声がそれだった。
隣の席にいた同期のメルヴィルが、端末から目を離さずに言う。
「昨日も聞いた」
「昨日より今日のほうが辞めたい」
「明日は?」
「もっと辞めたい」
「成長してるな」
「成長じゃない。悪化だ」
ルシアンは、目の前の端末に表示された極秘取引リストを見た。
エゥーゴ向け。
ティターンズ向け。
連邦軍正規ルート向け。
民間企業名義。
月面工廠経由。
火星方面特別輸送。
きれいに整理されたフォルダだった。
中身はまったくきれいではなかった。
アナハイム・エレクトロニクス。
宇宙世紀における万能便利企業である。
モビルスーツを作る。
艦艇部品を作る。
電子機器を作る。
医療機器も作る。
たぶん頼めばコーヒーメーカーも作る。
そして何より、戦争が起きるとすごく儲かる。
銀河で言えば、クラウド・シティの管理者ランド・カルリジアンが、帝国にも反乱同盟にも笑顔で握手しながら、裏で輸送契約と部品供給契約を結んでいるようなものである。
しかもアナハイムの場合、ランドよりさらにたちが悪い。
ランドはまだ、裏切ったあとに気まずそうな顔をする。
アナハイムは顔色を変えない。
なぜなら、契約書に「政治的変動による納入先変更の可能性あり」と小さく書いてあるからだ。
「なあメルヴィル」
「なんだ」
「我が社って、正義の味方なのか?」
メルヴィルは一秒も迷わなかった。
「取引先による」
「帝国側にも反乱同盟側にも売るクラウド・シティじゃないか」
「クラウド・シティはまだ街だ。うちは企業だ」
「企業のほうが悪いみたいに言うな」
「実際、街より契約書のほうが強い」
ルシアンは否定できなかった。
地球圏では、グリプス戦役が激化していた。
ティターンズは、地球連邦軍内部のエリート部隊として発足したはずなのに、いつの間にか「自分たちこそが秩序」と言い出している。
黒い制服。
強権的な治安維持。
スペースノイドへの弾圧。
そして、やることなすこと暗黒面に近い。
一方のエゥーゴは、反ティターンズ組織として立ち上がった。
クワトロ・バジーナ。
ブライト・ノア。
カミーユ・ビダン。
名前だけ見れば、反乱同盟の主要メンバーみたいな顔ぶれである。
帝国に対する反乱同盟。
ティターンズに対するエゥーゴ。
構図はわかりやすい。
そして、わかりやすい構図の裏で、両方に部品を売っている会社がアナハイムだった。
「エゥーゴにはリック・ディアス。百式。Zガンダム。夢があるねえ」
メルヴィルが端末を見ながら言った。
「ティターンズには?」
「マラサイ」
「売ったな」
「売った」
「売っておいて何だが、エゥーゴ担当とティターンズ担当が同じ社員食堂で昼飯食ってるの、倫理的にどうなんだ」
「倫理より社員食堂のカレーのほうが安い」
「最低の答えだ」
「でも真実だ」
ルシアンは、深くため息をついた。
彼の担当は、表向きには月面外縁向け工業資材の営業である。
かなり地味だ。
出世コースではない。
華もない。
だが、裏の担当名はもっと面倒だった。
火星方面特殊顧客対応。
意味がわからない。
いや、意味はわかる。
わかるから嫌だった。
火星。
数年前、アクシズからオセアノン・パプという中堅ジオン残党が旧式艦と資材を持って逃げた。
その男は火星でチェスターを名乗り、ジオンマーズなる勢力の中心人物になっているらしい。
当初、地球圏では誰も気にしていなかった。
連邦はデラーズ紛争で大混乱。
その後はティターンズとエゥーゴの対立で大混乱。
アクシズはアクシズでハマーン・カーンとミネバ・ラオ・ザビを中心に地球圏帰還の機会をうかがっている。
つまり、みんな自分のことで忙しい。
火星に逃げたジオン残党など、砂漠に消えたならず者みたいな扱いだった。
スターウォーズ的に言えば、「タトゥイーンに逃げた密輸屋? まあ辺境だし放っておいていいだろ」と帝国軍が判断した状態である。
そういう判断は、だいたい後で高くつく。
そしてアナハイムだけは、その高くつく可能性を金の匂いとして嗅ぎ取っていた。
「火星のお客様から、また注文が来ています」
部下の女性社員が、疲れた顔で書類を持ってきた。
ルシアンは嫌な予感しかしなかった。
「今度は何?」
「RFシリーズ用の駆動系部品です。高出力ジェネレーター、全天周囲モニター用部材、耐砂シーリング、関節部補強材、あとモノアイ意匠を維持したままセンサー性能を上げるための特注パッケージ」
「最後の何?」
「モノアイ意匠を維持したままセンサー性能を上げるための特注パッケージです」
「聞き返したんじゃない。なぜそんなものが存在するのかを問うている」
部下は無表情で答えた。
「ジオンだからでは?」
ルシアンは何も言えなかった。
ジオンだから。
この一言で片付くことが、宇宙世紀には多すぎる。
ジオンの残党は、だいたいモノアイが好きだ。
ザクが好きだ。
ゲルググが好きだ。
曲面装甲が好きだ。
肩にスパイクがあると落ち着く。
外見を旧公国軍風にしながら、中身だけ最新技術に更新したい。
合理性より記号性。
機能より魂。
いや、機能もほしいが、魂も絶対に捨てたくない。
おかげで、アナハイムの設計部は毎回頭を抱えている。
ルシアンは端末を開いた。
火星ジオンマーズ向け発注書。
品目。
第二世代MS相当ジェネレーター。
高耐久アクチュエーター。
火星砂塵対応シーリング。
全天周囲モニター関連部材。
リニア・シート互換部品。
ビーム兵器用エネルギーパック。
旧公国軍系外装に適合する内部フレーム調整サービス。
最後の一文がひどい。
「旧公国軍系外装に適合する内部フレーム調整サービス」
要するに、見た目はザクのまま、中身だけ新型にしろ、である。
「ヴィンテージカーに最新の反応炉を積めと言われている気分だ」
ルシアンが言うと、メルヴィルが笑った。
「いいじゃないか。高く売れる」
「売る側のセリフとしては正しいが、人としてどうなんだ」
「我々はアナハイム社員だぞ」
「人ではないのか」
「契約担当者だ」
「人間性を捨てるな」
メルヴィルは缶コーヒーを開けながら、さらにひどいことを言った。
「それより、火星の支払いは現物資源だろ? レアメタル、希少鉱物、地下プラントの生産権。連邦クレジットより信用できるじゃないか」
「戦争で通貨不安があるからな」
「つまり火星はいい市場だ」
「砂しかない辺境だぞ」
「辺境だからいい。帝国の監査官も、反乱同盟の理想主義者も来ない。クラウド・シティみたいなものだ」
「それ、最終的に帝国が来るやつじゃないか」
「では、帝国が来る前に売ろう」
「最悪の商売人だ」
「ありがとう」
「褒めてない」
ルシアンは頭を抱えた。
だが、彼にもわかっていた。
火星は危険だ。
しかし、危険な場所ほど利益が大きい。
連邦の法が届きにくい。
アクシズの管理も届かない。
ティターンズの正式な監査もまだ薄い。
地球圏の戦争で使いにくくなった部品や、表に出せない技術を処分するには、これ以上ない場所だった。
しかも火星側には、買う理由がある。
ジオンマーズはRFシリーズを作りたい。
火星環境対応のモビルスーツが必要だ。
だが、自前の技術だけでは足りない。
だからアナハイムから買う。
非常にわかりやすい。
問題は、火星の客がジオンマーズだけではなさそうなことだった。
「ルシアン」
メルヴィルが、少し声を潜めた。
「ティターンズ方面の特殊輸送記録、見たか?」
「見たくない」
「見たほうがいい」
「見たくないと言っただろ」
「見たくないものほど大事だ」
「アナハイム社員の人生訓、だいたい暗黒面だな」
ルシアンはしぶしぶ端末を開いた。
ティターンズ関連。
特殊試験機材。
TR系列。
退避候補ルート。
火星方面。
嫌な単語が並んでいた。
「TR系列って、あれか」
「たぶん」
「ティターンズ・テスト・チームの」
「たぶん」
「ガンダムTR-6とか、そのへんの」
「たぶん」
「なんで火星に行くんだよ」
メルヴィルは肩をすくめた。
「地球圏が荒れてるからだろ。グリプス戦役がどう転ぶかわからない。ティターンズの中にも、いざという時の退避先や、秘密実験場を確保したい連中がいるらしい」
「火星にはジオンマーズがいるんだぞ」
「だから面白い」
「面白くない。事故物件に爆薬を追加するようなものだ」
「売れるなら市場だ」
「やっぱり人間性を捨ててる」
ティターンズ。
地球連邦軍内部のエリート部隊であり、スペースノイド弾圧を名目に権力を拡大している集団。
黒い制服。
高圧的な態度。
自分たちが秩序だと本気で思っているタイプの人たち。
スターウォーズで言えば、共和国の看板をまだ掲げたまま、中身だけ帝国軍になっていく過程そのものだった。
そのティターンズが、極秘のTR計画の成果を火星へ逃がそうとしている。
そして火星には、ジオンマーズがいる。
ザクの外見に最新技術を詰め込もうとしているジオン残党。
ザビ家の正統性をめぐる面倒な感情を抱えた連中。
火星の地下で工廠を広げている開拓軍。
この二つが火星で出会ったらどうなるか。
答えは簡単だった。
戦争になる。
「なあメルヴィル」
「なんだ」
「我が社は、ジオンマーズにRFシリーズ用部品を売っている」
「売っているな」
「ティターンズ系にも、火星方面への特殊資材輸送を手伝っている」
「手伝っているな」
「この二つ、火星でぶつかるよな」
「ぶつかるな」
「それをわかっていて両方に売るのか」
メルヴィルは、心底不思議そうな顔をした。
「ぶつかるから売れるんだろ?」
ルシアンは、椅子の背にもたれた。
「ランド・カルリジアンでも、もう少し悩むぞ」
「彼は管理者だ。我々は営業だ」
「営業、怖いな」
その時、部署の奥にある大型モニターが緊急表示に切り替わった。
グリプス戦役の最新情報。
ティターンズ。
エゥーゴ。
コロニーレーザー。
グリプス2。
月面方面への影響予測。
部署内の空気が一気に変わる。
「おい」
メルヴィルが立ち上がった。
「グリプス2の照準、月方面に影響出る可能性があるって」
「ふざけるな」
ルシアンもモニターを見た。
地球圏の戦争は、とうとう兵器を売っている側の頭上にまで牙を向け始めていた。
デス・スターの主砲が、商売相手の星だけでなく、自分のオフィス近くをかすめるかもしれない。
そういう状況である。
「全社員、地下シェルターへの移動準備」
館内放送が流れた。
「資料の保全を優先してください」
ルシアンは思わず叫んだ。
「命じゃなくて資料かよ!」
メルヴィルが端末を抱えながら言った。
「アナハイムだからな」
「アナハイムだからで済ませるな!」
部署は一気に慌ただしくなった。
エゥーゴ担当が契約書を抱えて走る。
ティターンズ担当が別ルートの請求データを暗号化する。
連邦正規軍担当が責任範囲確認書を印刷する。
火星方面担当のルシアンは、なぜかRFシリーズ用部品の出荷承認画面を開いたままだった。
「この状況で承認するのか?」
メルヴィルが覗き込む。
「この状況だから承認するんだよ」
ルシアンは半分やけになっていた。
「地球圏がコロニーレーザーで大騒ぎしている間、火星航路の監視は薄くなる。輸送するなら今だ。ジオンマーズ向けの駆動系部品と、耐砂シーリングと、ジェネレーター補修材一式」
「名目は?」
「大型採掘機械の冷却システム」
「雑だな」
「火星向け書類は雑なほうが通る」
「君も立派なアナハイム社員になったな」
「言うな。傷つく」
ルシアンは承認ボタンを押した。
その瞬間、火星方面へ向かう新たな物資輸送ルートが確定した。
ジオンマーズのRFシリーズは、その部品で少しだけ現実に近づく。
そして同じ頃、別のルートではティターンズ系のTR関連資材が火星方面へ流れ始めている。
アナハイムは両方に関わっていた。
帝国にも反乱同盟にも顔を出し、クラウド・シティのテーブルで笑顔を振りまきながら、裏ではどちらにもブラスターを売る。
そんな商売を、月面規模でやっている。
しかも本人たちは、ちゃんと帳簿をつけているので罪悪感が薄い。
地下シェルターへの移動中、ルシアンは通路の窓から月面都市の光を見た。
フォン・ブラウンの街は明るい。
工廠は動いている。
出荷ラインも止まらない。
地球圏が燃え、ティターンズとエゥーゴが殺し合い、アクシズがその隙をうかがっていても、アナハイムの倉庫からは部品が出ていく。
戦争を止める力はない。
だが、戦争を続けるための部品なら売れる。
「最低だな、我が社は」
ルシアンが言うと、メルヴィルが隣でうなずいた。
「最高に優秀とも言う」
「言わない」
「株主は言う」
「株主も暗黒面か」
「資本主義はだいたい暗黒面だ」
「やめろ。妙に説得力がある」
シェルターの扉が閉まる直前、ルシアンの端末に火星方面から短い返信が届いた。
送信者は、ジオンマーズ側の窓口。
署名はチェスター主席の名義になっている。
内容は簡単だった。
納入を確認次第、追加発注あり。
ザク外装対応フレームの試作データを至急送れ。
火星環境で動くジオンの機体が必要だ。
ルシアンは、額に手を当てた。
「ザク外装対応フレーム、まだ言ってる……」
メルヴィルが笑った。
「気に入られてるじゃないか」
「やめろ。火星のジオン残党に気に入られる営業人生、どこで道を間違えたんだ」
「入社時かな」
「最初からかよ」
シェルターの中で、ルシアンは端末を閉じた。
その時、彼はまだ知らない。
自分が処理した火星向け部品が、ジオンマーズのRFシリーズ研究を進めること。
同じ火星へ、ティターンズのTR計画に連なる技術と機体が流れ込むこと。
やがてそれらが、レジオン、アリシア・ザビ、ガンダムTR-6、インレという、火星史上最悪クラスの厄介ごとへつながること。
そしてさらに遠い未来、火星独立ジオン軍、オールズモビルと呼ばれる亡霊たちが、ガンダムF90を奪い、再び地球圏の歴史に顔を出すこと。
何も知らない。
ただ、彼は薄暗いシェルターのベンチに座り、天井を見上げた。
「なあメルヴィル」
「なんだ」
「もし将来、火星がジオンとティターンズ残党の内戦でめちゃくちゃになったら、うちの責任かな」
メルヴィルは少し考えた。
「契約書上は違う」
「人としては?」
「アナハイム社員に難しい質問をするな」
ルシアンは深くため息をついた。
フォースは存在しない。
だが、帳簿は存在する。
契約書も存在する。
出荷記録も存在する。
そして、宇宙世紀においては、それらのほうがフォースよりずっと強いことがある。
月面の地下で、アナハイムの営業マンは今日も承認ボタンを押す。
その一つ一つが、地球圏の戦争を少しだけ長引かせ、火星の地下に眠る火種へ少しずつ燃料を注いでいく。
帝国にも。
反乱同盟にも。
辺境のならず者にも。
将来の独裁者にも。
売れるものは売る。
クラウド・シティの賭博場よりも洗練され、ランド・カルリジアンよりも愛想よく、銀河帝国よりも事務的に。
アナハイム・エレクトロニクスは、今日も黒字だった。