機動戦士ガンダム ギレン、ハマーン、シャアの次なる答え――ジオンの最高頭脳、サナリィの最新ガンダムで宇宙世紀を総決算する   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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アナハイムの商圏【U.C.0087】

宇宙世紀0087年。地球圏はまさに「全人類総ツッコミ待ち」の泥沼劇場の真っ最中であった。ティターンズという名の地球至上主義派と、エゥーゴとかいう反連邦組織が、月面都市やコロニーを舞台に毎日のように最先端のモビルスーツをガッシャンガッシャンとぶつけ合い、お互いの予算を景気よく爆破し合っている。

 

その「モビルスーツ大乱闘スマッシュブラザーズ」の舞台裏で、すべての大元に新兵器の図面と見積書を同時に送りつけている超巨大複合企業――アナハイム・エレクトロニクス社の月面フォン・ブラウン支社。その第七開発部に籍を置くしがない中堅営業マン、ルシアン・ベントナーは、重役会議室のふかふかの椅子の上で、文字通り白目を剥きかけていた。

 

「やってられるか、こんなマッチポンプの両建て操業……!」

 

ルシアンは、手元の電子端末に表示された今月の「極秘請求書・領収書一覧」をスクロールしながら、あまりの理不尽さに血涙を流しそうになっていた。

 

現在、アナハイム・エレクトロニクス社は天才少年カミーユ・ビダンが設計に首を突っ込んだ「Zガンダム」だの、クワトロ・バジーナとかいう、どう見てもあのシャア・アズナブルなグラサン男が乗り回す「百式」だのの開発・支援に全力を注いでいる。表向きは「宇宙ノイドの自由のために戦うエゥーゴのスポンサー」という綺麗な顔をしているが、その裏ではティターンズにもきっちり「マラサイ」の量産ラインを販売して大儲けしているのだ。もはや企業倫理という概念を宇宙の真空に放り投げたレベルの、極悪非道な死の商人ビジネスである。

 

「いいかルシアン。エゥーゴとティターンズの戦いは、我が社にとって最高の特需だ」と、昨日、鼻毛に白髪が混じった上司の営業部長はハワイ産の葉巻をくゆらせながら宣った。

「だがな、リスクヘッジというものを忘れてはいかん。万が一、地球圏が共倒れになってモビルスーツの市場が縮小した時のために、誰も目をつけない『裏の商圏』を開拓しておくんだ。……そうだなぁ、例えば火星あたりはどうだ?」

 

「バカ言え! あるわけないだろ、そんな都合のいい市場!」と、ルシアンは心の中で叫んだ。

火星である。数年前にアクシズから共有財産をガメて夜逃げしたオセアノン・パプとかいうおっさんが、今では「チェスター主席」などという偉そうな肩書きを名乗って引きこもっている、あの赤茶色の砂漠ジャガイモだ。

 

地球圏の連邦政府上層部は、現在グリプス戦役の対応で頭がパーになっているため火星を完全放置しているが、アナハイム・エレクトロニクス社の営業網は伊達ではなかった。連邦の支配が届かないということは、つまり「兵器の国際条約も、関税も、安全基準マークも、すべて完全無視していい無法地帯」という意味なのである。

 

「おい、ルシアン。火星のジオンマーズの担当になったんだって? 景気はどうだい?」

隣のデスクで、ティターンズにサイコ・ガンダムという名の「お値段高めの欠陥巨大ビルディング」を売りつけてボーナスをもらった同期のメルヴィルが、缶コーヒーを片手に話しかけてきた。

 

ルシアンは自虐的な笑みを浮かべ、端末の通信ログをメルヴィルに見せた。

「景気? 最高に狂ってるよ。あいつら、一年戦争の骨董品みたいなザク2後期型やリックドムの外見に異常なまでの執着心を持っていてね。中身だけを最新の第2世代モビルスーツにアップグレードしたいとかいう、ヴィンテージカーのマニアみたいな無茶な注文を毎日送ってくるんだ」

 

「へえ、レトロ趣味か。ジオンの残党ってのは、どうしてどいつもこいつも、あのモノアイと緑色のトゲトゲ肩パッドを見ないと死んじゃう病気にかかっているんだろうね」

 

「笑い事じゃないさ! あいつらの注文書を見てみろ。『外見はザクのままで、コックピットはリニア・シートの全天周囲モニターにしてくれ。あと、火星の砂対策のために、関節部のシーリングをツィマット社の純正っぽいデザインで1000セット注文する。支払いは火星で掘り出したレアメタル(未精製)で頼む』だぞ!? うちの工場長が『ザクの頭の中にリニア・シートを詰め込めるか! 物理的な容積の計算をやり直せ!』ってスパナを持って激怒してるんだ!」

 

ルシアンは本当に頭が痛かった。

ジオンマーズの連中が開発を進めている「リファインド・ファースト・ジェネレーション」、通称「RFシリーズ」の初期研究とやらのバックアップが、現在のルシアンの主業務だ。彼らは「ギレン総帥の思想の体現」だの「ジオンの伝統美」だのと大真面目に叫んでいるが、アナハイム・エレクトロニクス社から見れば、ただの「ちょっと面倒くさいこだわりを持った、ガチ勢のクレーマー」でしかなかった。

 

しかも、火星という超遠距離への物資輸送は、それ自体が密輸の極致である。連邦軍のパトロール艦隊(といっても、今はグリプス戦役で駆り出されてスカスカだが)の目を盗み、民間の中型輸送船に「ただの農耕用トラクターのローター」という偽の貨物目録を貼り付けて、中身はネモやリック・ディアスの最新駆動系パーツをギッチリ詰め込んで火星へ送るのだ。

 

「まぁ、地球圏で使えなくなったガンダリウム合金の端材や、エゥーゴの試作機でボツになったジェネレーターの在庫を、高値で引き取ってくれるんだからありがたいじゃないか」と、メルヴィルは他人事のように笑う。

 

「それはそうだがな……。問題は、火星の客がジオンマーズだけじゃないってことだよ」

ルシアンは声を潜め、さらに深い「裏のフォルダ」を開いた。

 

「え? ほかにも客がいるのか? あんな干からびた赤い星に?」

 

「ああ。どうやら現在地球圏のティターンズという組織が、将来の疎開先や極秘実験場として火星に目を付け、無人の自動観測プラントを建設し始めたらしい。あいつら、表向きは強硬姿勢を崩していないが、万が一に備えたリスクヘッジとして、開発中の最新鋭機ガンダムTR-6のデータや巨大決戦兵器『インレ』のパーツ群を、火星の極秘拠点へ『疎開』させるルートを今から構築中なんだよ。我が社はその裏輸送のセッティングで大儲けさ」

 

メルヴィルが目を丸くした。

「おいおい、ティターンズの最重要機密だろ、TR-6は。それを火星に持ち込むのか? あそこにはジオンマーズがいるんだろ? 鉢合わせしたらどうなるんだ?」

 

「決まってるじゃないか。大爆発を伴う、血みどろの縄張り争いだよ」

ルシアンは椅子の背もたれにどっかりと体重を預けた。

 

アナハイム・エレクトロニクス社の偉いところ(そして最高に最悪なところ)は、同じ火星圏という狭いバケツの中に、天敵同士である「ジオンの生き残り」と「ティターンズの敗残兵」を同時に投げ込み、その両方に兵器を売りつけて儲けようとしている点だ。

ジオンマーズには「最新のザク(RFシリーズ)を作って連邦を見返しましょう!」と囁き、ティターンズ残党には「火星に行けば、ガンダムTR-6[インレ]という巨大な決戦兵器を誰にも邪魔されずに建造できますよ!」と書類を回しているのである。

 

「恐ろしい会社だよ、我が社は……。マッチポンプどころか、ガソリンスタンドの隣で花火大会を主催しているようなものだ」

 

ルシアンは溜息をつきながら、火星の資源プラントから送られてきた「レアメタル入金確認書」の承認ボタンを押した。地球圏の通貨である連邦クレジットがグリプス戦役のインフレで紙クズ同然になりつつある今、火星の現物資源はアナハイム・エレクトロニクス社にとって極めて魅力的な「裏の資産」だった。

 

「よし、ジオンマーズ向けの『ザク改修用高出力ジェネレーター一式』の出荷伝票はこれでOK、と。名目は『大型冷蔵庫のコンプレッサー』だな」

 

ルシアンが端末の手続きを終えたその時、第七開発部の緊急アラートが鳴り響いた。

 

「おい、ルシアン! 大変だ!」

奥のデスクから、エゥーゴ担当の先輩社員が真っ青な顔で走ってきた。

「ティターンズの連中、コロニーレーザー『グリプス2』の照準をグラナダ方面のエゥーゴ艦隊に向けやがったぞ! このままだと、月の工廠ごと巻き込まれる!」

 

「うぇぇぇぇーーー!?」

メルヴィルが椅子から転げ落ちた。

 

オフィス内は一瞬にして、ジャブローの地下ドックにアッガイが侵入してきた時のような大パニックに包まれた。

「全社員、即座に地下シェルターへ避難せよ!」とスピーカーが絶叫し、書類や電子端末が宙を舞う。地球圏の戦争は、ついにスポンサーであるはずのアナハイム・エレクトロニクス社の頭上にまで、リアルな死の光を降らせようとしていたのだ。

 

ルシアンは端末を掴み、避難経路へ走りながら、チラリと火星方面のデータログを見た。

地球圏がコロニーレーザーの光で消し飛ぶかどうかの大騒ぎをしているその瞬間も、火星のジオンマーズや、そこへ向かうティターンズの亡命船は、連邦の目が完全に死んでいるのをいいことに、ヌクヌクと独自の軍備拡張を進めている。

 

「地球圏のキチガイどもが意地の張り合いで自爆していく中、あの赤い星だけが、我が社の兵器で肥え太っていくわけか……」

 

ルシアンはシェルターの重い扉を閉めながら、冷や汗を拭った。

彼が「売れるなら何でもいいや」と横流ししたアナハイムの技術と、ティターンズが持ち込むガンダムのバケモノ(インレ)が混ざり合い、数年後に火星を「二つのジオン」による地獄の内戦へ叩き落とし、さらには自身らがのちに『オールズモビル』と呼ばれる亡霊となり、この利に聡い中堅営業マンの浅はかな計算には、これっぽっちも入っていなかったのであった。

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