機動戦士ガンダム ギレン、ハマーン、シャアの次なる答え――ジオンの最高頭脳、サナリィの最新ガンダムで宇宙世紀を総決算する 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0088年。地球圏のニュース映像を映し出す火星基地のモニター前で、ジオンマーズ所属のしがない一般兵、ガルシア・ロペスは、手にした合成プラスチック製のスプーンを本気で叩き折りそうになっていた。
「おいおいおい、正気かよ!? 笑い死にさせる気か、あの前髪ピンク頭!!」
ガルシアは、不味いことでお馴染みの火星特産ジャガイモペースト(通称:赤い悪魔の泥団子)を口に運ぶのも忘れ、ディスプレイを指差して絶叫した。
画面の向こう、地球圏のサイド3では、ハマーン・カーン率いるアクシズ改め「ネオ・ジオン」が、グリプス戦役で自滅した連邦軍の隙を突いて破竹の勢いで覇権を握りつつあった。そこまではいい。かつて同じ小惑星アクシズの飯を食った仲だ。おめでとうと言ってやれなくもない。
だが、問題はその神輿としてこれ見よがしに玉座へふんぞり返っている幼女、ミネバ・ラオ・ザビである。
「騙されるな! あれは絶対に『偽物』だ! 百パーセント偽物だ! もしくは、ハマーンの邪悪なニュータイプ能力で徹底的にマインドコントロールされた、ただの可哀想な『着せ替え人形の傀儡』のどちらかだ! よく見ろ、一年戦争の時にドズル・ザビ中将がア・バオア・クーで『ミネバを頼む!』って泣きながら言ってたあの純粋な面影が、あんな冷めた目をした小綺麗なガキに変貌するわけがないだろ!!」
ガルシアの脳内は、いまや地球圏に対する強烈なツッコミと不信感で埋め尽くされていた。
そもそも、火星に引きこもっているジオンマーズの面々からすれば、ハマーンのやっていることは「ジオンの大義」でも何でもない。ただの「おしゃまな元16歳による、全宇宙を巻き込んだ壮大なヒステリック里帰りツアー」である。
何がネオ・ジオンだ。何がザビ家の再興だ。
ジオンの正統な血統を守るという大義名分を免罪符にして、地球圏の観光名所(ダカール)をモビルスーツで蹂躙し、ダブリンにコロニーを落としてみせ、連邦の無能な高官どもを脅してサイド3を割譲させる。やっていることがいちいち派手で、思想のドロドロ加減がエグすぎるのだ。
「おい、ガルシア、静かにしろ。チェスター主席が緊急の全軍集会を開くぞ」
隣の席で、砂嵐のせいで関節がイカれたザクの駆動ギアをオイルまみれで磨いていた先輩兵士のハインツが、呆れたように声をかけた。
「ハインツ先輩! 先輩だってそう思うでしょう!? あのミネバ様は絶対に偽物ですって! そもそも、あのドズル閣下の遺伝子ですよ? もし本物なら、今頃は身長が2メートルを超えて、両肩からトゲが生えて、素手でジムの頭部を叩き割るくらいの体格になっていなきゃおかしいんです!」
「お前はドズル中将をなんだと思っているんだ。……まぁ、あのピンク髪の小娘が『ジオンの総意』を気取っているのが反吐が出るほど気に入らない、という点については主席も同意見だがな」
基地のメインホールに集められたジオンマーズの兵士たちの前で、我らがチェスター主席は、火星のクソ高い気圧のせいでシワの増えた顔をさらに歪ませ、壇上のマイクをひったくるようにして掴んだ。
「火星の同胞たちよ! 聞くがいい!」
チェスター主席の声が、酸化鉄で錆びついたスピーカーを通じて全基地に響き渡る。
「地球圏では今、ハマーン・カーンという僭称者が、我がザビ家のミネバ様を私物化し、偽りのジオンを名乗って暴れ回っている! だが断言しよう! あんなものはジオンではない! あいつはただの『ザビ家というブランドを悪用した、悪質なパテント泥棒』だ! 我々ジオンマーズこそが、不毛の火星で爪に火をともすようにして技術を磨き、ザクの伝統を守り続けてきた唯一無二の正統ジオンである!」
おおおおおっ!! と、ホールの兵士たちから、半分は愛国心、半分は「地球圏のぬるま湯で美味いものを食っていやがるアクシズの連中への嫉妬」が混ざり合った、凄まじい地鳴りのような歓声が上がった。
チェスター主席の鼻息は荒い。
「よって、我がジオンマーズはここに『公式声明』を発表する! ハマーンのネオ・ジオンをジオンの正統とは断じて認めない! あそこを支配しているミネバは傀儡か偽物であり、彼女の出す命令はすべて無効である! 我々は、あんなピンク前髪の独裁ヒロインの指図など1ミリも受けん!!」
ガルシアは興奮して拳を突き上げた。
「そうだ! よく言った主席! あばよハマーン! お前なんかサイド3の片隅で、マシュマー・セロあたりに薔薇の花でも食わせてろ!」
だが、熱狂するホールの中で、ガルシアはふと、現実的な問題に思い至って冷や汗を流した。
「……あ、あの、ハインツ先輩」
「なんだよ、ガルシア。今いいところだろ」
「いや、声明を出すのは最高にロックでカッコいいんですけど……これ、地球圏のアクシズに届いたら、あいつら怒って最新鋭の『ドライセン』とか『ジャムル・フィン』とかの艦隊を、この火星に差し向けてきたりしませんかね? うちの戦力、いまだにアナハイム社から密輸したジャンクパーツで中身を誤魔化した、見た目だけザクやゲルググの『ハリボテRFシリーズ』ですよ?」
ハインツは一瞬だけギアを磨く手を止め、遠い目をした。
「安心しろ、ガルシア。地球圏のニュースを見る限り、今のハマーンはそれどころじゃない。身内のグレミー・トトとかいう、これまた金髪のザビ家オタクの若造が『僕こそが真のギレンの意志を継ぐ者だ!』とか言い出して、マシュマー派と盛大に内ゲバを始めそうな雰囲気だからな」
「また内ゲバかよ!!」
ガルシアは思わず頭を抱えた。
ジオンという組織のDNAには、どうしてこうも「調子が良くなると身内で殺し合いを始める」という最悪のバグが組み込まれているのだろうか。一年戦争の時のギレンとキシリアの親子喧嘩から何も進歩していない。いや、むしろ退化している。今や「ピンク前髪の摂政」対「金髪のトト家プリンス」の、全宇宙規模の壮大な身内泥沼プロレスである。
「いいかガルシア、あいつらが地球圏で『クィン・マンサ』だの『ザク3改』だのという、名前からして予算の桁が違う高級モビルスーツを全投入して共倒れになってくれれば、我々の勝ちなんだよ。彼らが自滅した後に、この火星で完成した究極の『RFシリーズ』が宇宙へ逆シャア……いや、逆襲をかけるのさ」
「なるほど、漁夫の利ってやつですね! さすが先輩、汚い、さすがジオンマーズ汚い!」
ガルシアは再びジャガイモペーストを口に放り込み、モニターのニュース映像をゲラゲラと笑いながら眺めることにした。
画面の中では、グレミー・トトが率いる反乱軍が、アクシズの精鋭部隊とお互いにビーム・サーベルで突き刺し合っている。まさに「勝手にやってろ」の極みであった。
しかし、そんなガルシアたちの「高みの見物」という名の気楽な現実逃避は、通信士の悲鳴のような絶叫によって、一瞬にして凍りつくことになる。
「ほ、報告します! 地球圏の防衛ネットから、緊急の観測データを受信! グリプス戦役、そしてネオ・ジオンの内乱で敗色濃厚となった地球圏のティターンズ残党、および一部のジオン軍敗残兵の連合艦隊が、連邦の追撃を振り切って我が火星圏へ向けて急速接近中!!」
「な、なんだってーーー!?」
ガルシアは口の中のペーストをモニターに吹き出した。
通信士はさらに顔を青くして続けた。
「艦隊の規模は不明! ですが、彼らの旗艦と思われる大型輸送船のドック内に、地球連邦軍の最重要機密兵器、あの『TRシリーズ』の最終完成形――『ガンダムTR-6』の機体および技術データが確認されました!! 彼らは『ザビ家の正統なる後継者・アリシア』という少女を擁立し、火星への強行着陸を敢行する構えです!!」
「ガ、ガンダムが来るのかよ!?」
ガルシアは椅子から転げ落ちた。
ザビ家の偽物だの傀儡だのと地球圏に向かって盛大に指を差して笑っていたら、あろうことか、その地球圏で居場所を失った超弩級のキチガイ暴力組織(ティターンズ)の生き残りが、ジオンの人間が最も嫌悪する「ガンダムのバケモノ」を引っ提げて、この火星の我が家に不法侵入してこようとしているのだ。
「おのれハマーン! お前が地球圏でちゃんとティターンズの息の根を止めておかないから、あいつらがこっちに流れてきたんじゃないか! 声明なんて出してる場合じゃねえ! 全員ノーマルスーツを着ろ! 防空陣地を構築しろ!!」
基地内は一瞬にして、連邦軍のソーラ・レイの直撃を受けた時のア・バオア・クーのような大パニックに陥った。
チェスター主席が放った「ハマーンのネオ・ジオンを認めない」という威勢のいい声明のインクが乾くよりも早く、火星の独立国家体制は、地球圏からやってくる「本物の敗者たち」の狂気によって、二つのジオンが激突する血みどろの内戦ドロ沼地獄へと引きずり込まれようとしていた。
ガルシアは、砂の詰まったザク2後期型のハッチを叩き閉めながら、ただひたすらに「神様、仏様、ギレン総帥様、どうかあの黒いガンダムだけは勘弁してください」と、涙目で念じることしかできなかったのである。