【宇宙世紀】ジオン残党だけど火星で第二帝国を作る羽目になった件【スターウォーズ概念クロス】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0088年。
負けた。
この二文字を認めるのに、ティターンズの兵士たちはだいぶ時間がかかった。
なにしろ彼らは、ついこの前まで地球連邦軍のエリートだったのだ。
黒い制服。
高い給料。
強い権限。
偉そうな態度。
そして、自分たちこそが地球圏の秩序を守る選ばれた存在である、という大変に扱いづらい自尊心。
それが今では、追われる立場である。
エゥーゴからも追われる。
連邦軍主流派からも距離を置かれる。
ネオ・ジオンからも信用されない。
地球圏の市民からはだいたい嫌われている。
勝っている時は親衛隊。
負けた瞬間に厄介者。
銀河帝国の残党が、皇帝を失った直後に味わったであろう気まずさに、かなり近い。
「誰だよ」
敗走中の巡洋艦の格納庫で、オットー・ハインリヒは油まみれの手袋を壁に叩きつけた。
「誰だよ、ティターンズに入れば将来安泰とか言ったやつ! 出てこい! いますぐ人事部ごと謝れ!」
誰も出てこなかった。
そもそも人事部は別の船に乗って逃げたらしい。
一番逃げ足が速いのは、いつだって現場ではなく管理部門である。
オットーは元T3部隊系のメカニックだった。
ティターンズ・テスト・チーム。
新型機を試す。
特殊装備を試す。
まともなパイロットでも胃が痛くなるような複雑な兵器を、現場の整備兵に無理やり扱わせる。
名前は格好いい。
やっていることは、だいたい整備班への嫌がらせだった。
そして今、彼の目の前には、その嫌がらせの総決算みたいな機体が鎮座していた。
ガンダムTR-6。
正式には、ウーンドウォート。
さらに、その先にはインレという、もう名前からして運用する側の正気を疑う巨大決戦形態がある。
オットーは巨大なコンテナを見上げた。
「こいつを抱えて逃げるとか、誰の発案だよ」
隣で作業していた先輩メカニック、コンラッドが振り向く。
「我々の未来を守るためだ」
「未来じゃなくてトラブルの塊でしょうが」
「TR-6はティターンズの技術の結晶だ」
「結晶って、手を切るタイプの結晶ですよね」
「この機体があれば、火星で再起できる」
「火星で何を再起するんですか。地球至上主義を火星で?」
コンラッドは黙った。
オットーも黙った。
二人とも、そこは深く考えないことにした。
ティターンズは地球至上主義を掲げていた。
スペースノイドを見下し、宇宙移民者を押さえつけ、地球連邦の秩序を守るという顔でずいぶん強引なことをやってきた。
そのティターンズ残党が、いま地球から遠く離れた火星へ逃げようとしている。
理念としては、かなり破綻している。
だが敗者にとって、理念より酸素のほうが大事だった。
そして追手から逃れるには、辺境が必要だった。
タトゥイーン。
ホス。
外縁の忘れられた星。
スターウォーズでも、追われる者はだいたい辺境へ向かう。
問題は、辺境にはたいてい先客がいることだった。
「火星にはジオン残党がいるんですよね」
オットーが言った。
「ジオンマーズだったか」
コンラッドが答える。
「アクシズから離脱した連中が、火星で勢力を築いているらしい」
「つまり、ジオンです」
「そうだ」
「我々はティターンズです」
「そうだ」
「仲良くできます?」
「できると思うか?」
「思いません」
「なら聞くな」
最悪だった。
元ティターンズ残党が、ジオン残党のいる火星へ逃げる。
しかも、持ち込むのはガンダムTR-6。
ジオン兵が聞いただけで血圧の上がりそうな単語である。
ガンダム。
一年戦争でジオンを散々苦しめた白い悪魔。
その名前を冠する機体を、よりにもよって火星のジオン残党の前に持っていく。
友好的な歓迎は、まず期待できない。
「これ、実質デス・スターを抱えて反乱軍基地に引っ越すようなものでは?」
オットーが言うと、コンラッドは真顔で答えた。
「デス・スターほど大きくはない」
「大きさの問題じゃないです」
「インレになればかなり大きい」
「なおさら駄目じゃないですか!」
その時、艦内に警報が鳴った。
赤い灯が格納庫を染める。
「敵影接近。ネオ・ジオン系MS部隊、後方より接近」
艦内放送が響いた。
オットーは顔をしかめた。
「今度はハマーンの連中ですか!」
ティターンズは、グリプス戦役の末に崩壊した。
だが、地球圏の混乱はそこで終わらなかった。
ハマーン・カーン率いるネオ・ジオンは、ミネバ・ラオ・ザビを掲げて勢力を伸ばしていた。
その内部ではグレミー・トトの反乱も起き、ジオンの正統性をめぐる面倒くさい争いが始まっている。
つまり、地球圏は全方向で面倒くさい。
敗れたティターンズ残党としては、とにかくその面倒くさい中心から逃げたかった。
だが、逃げている最中にも撃たれる。
さすが宇宙世紀。
敗者に優しくない。
「右舷にビーム着弾!」
艦が揺れた。
オットーは工具箱に頭をぶつけた。
「痛い! いまのは物理的にも精神的にも痛い!」
コンラッドが端末を見ながら叫ぶ。
「TR-6の固定状態を確認しろ! この揺れでコンテナのロックが外れたら終わりだ!」
「終わりって、どう終わるんですか!」
「格納庫内で機体が転倒する」
「地味に最悪!」
「さらに推進剤タンクに当たれば爆発する」
「派手に最悪!」
オットーは慌ててコンテナ固定具の状態を確認した。
ガンダムTR-6は、不気味なほど静かに眠っている。
小柄なMSにも見える。
だが、装備を換えれば化け物になる。
パーツを足せば別物になる。
さらに巨大な支援機構と組み合わせれば、インレという空飛ぶ災厄になる。
この機体は、単なるMSではない。
換装システム。
拡張兵装。
支援ユニット。
巨大決戦構想。
全部盛りである。
料理で言えば、皿からはみ出すほど具を載せた結果、何を食べているのかわからなくなった丼だ。
兵器で言えば、現場整備兵の睡眠時間を刈り取るために生まれた悪魔である。
「なあ先輩」
「なんだ」
「TR-6って、なんでこんなにバリエーションが多いんですか」
「戦局に応じて万能に対応するためだ」
「その結果、整備手順書が電話帳より厚いんですが」
「万能には代償がある」
「代償を払ってるの、設計者じゃなくて現場ですよね」
コンラッドは目を逸らした。
オットーは悟った。
この手の兵器は、設計者の夢でできている。
そして、その夢の後始末をするのは整備兵である。
スターウォーズで言えば、帝国の技術者が巨大兵器の設計図にロマンを詰め込んだ結果、排熱口の点検を忘れたようなものだ。
現場はいつも、上のロマンで死ぬ。
「また揺れます!」
艦が大きく傾いた。
後方モニターには、ネオ・ジオンの追撃機が映っている。
ガザ系の機影。
ビームが走る。
味方艦の装甲が削られる。
「しつこいな、あいつら!」
オットーが叫ぶ。
「ハマーン派は、敗者の処理が早い」
コンラッドが苦々しく言った。
「昨日まで利用価値があれば手を組み、今日いらなくなれば撃つ。政治としては正しい」
「人としては?」
「宇宙世紀でその質問をするな」
オットーは泣きたくなった。
そもそも、彼はそこまで偉い人間ではない。
シロッコの野望にも、ジャミトフの思想にも、バスクの強硬路線にも、心の底から共感していたわけではない。
ただ、就職先を間違えた整備兵である。
それがいま、組織崩壊の巻き添えで、ガンダムTR-6を抱えて火星へ逃げている。
人生とは不公平だ。
「オットー!」
コンラッドが叫んだ。
「TR-6のブースト・ポッドを使う。艦の加速補助に回すぞ」
「は?」
「追撃を振り切る。このままでは火星航路へ入る前に捕まる」
「艦外接続で使うんですか?」
「そうだ」
「そんな運用、マニュアルのどこに」
「緊急時運用補遺の第十二章、付録C」
「付録!」
「読んでいないのか」
「電話帳より厚いマニュアルの付録まで読む時間があると思いますか!」
「なら今読め」
「今!?」
コンラッドは巨大なマニュアルデータを転送してきた。
オットーの端末に、文字がびっしり表示される。
TR-6。
ブースト・ポッド。
強制同期。
非常時推進補助。
警告。
再警告。
使用後の整備責任。
最後の項目で、オットーは目を止めた。
「使用後の整備責任は現場主任に帰属する」
彼は静かに端末を閉じた。
「先輩」
「なんだ」
「この作戦、やめませんか」
「やるぞ」
「整備責任が僕らに来ます」
「生き残れば整備できる。死ねば責任もない」
「前向きなのか後ろ向きなのかわかりませんね!」
オットーは走った。
TR-6の外部接続パネルを開く。
ケーブルをつなぐ。
推進補助系統を艦の制御に割り込ませる。
端末には、やたらかわいいウサギのマーキングが表示された。
T3部隊系の機材は、なぜかウサギの意匠が多い。
黒い制服を着たエリート軍人集団が、スペースノイド弾圧やら特殊兵器開発やらをやっているくせに、機体のあちこちにはウサギである。
「このギャップ、なんなんだよ……」
オットーはぼやいた。
「なぜ人を威圧する組織が、操作画面にウサギを描くんだ。ストームトルーパーのヘルメットに可愛いステッカー貼ってるようなものだぞ」
「集中しろ!」
コンラッドが怒鳴る。
「ブースト・ポッド、接続完了!」
「推進剤ラインは?」
「いけます。たぶん」
「たぶんでいい。今の我々には、たぶん以上のものはない」
「嫌な名言!」
艦内放送が流れる。
「全員、衝撃に備えろ。これよりTR-6外部推進装備による緊急加速を実施する」
オットーは手近なパイプにしがみついた。
「これ絶対、普通の艦でやることじゃない!」
「普通の艦ではない。敗走中の艦だ」
「もっと嫌だ!」
次の瞬間、TR-6のブースト・ポッドが火を吹いた。
艦全体が悲鳴を上げる。
格納庫の床が振動する。
オットーの胃が出勤を拒否する。
星々が窓の外で線になった。
ハイパースペースに突入するミレニアム・ファルコンのような美しさはない。
もっと雑で、もっと強引で、もっと整備班に対する思いやりがない加速だった。
だが、効いた。
後方のネオ・ジオン機がみるみる離れていく。
ビームの射線が外れる。
追撃の光が小さくなる。
「振り切った……?」
オットーは床に転がったまま、荒い息を吐いた。
「振り切ったぞ!」
誰かが叫んだ。
格納庫のあちこちで、安堵の声が上がる。
コンラッドも、珍しく口元を緩めた。
「生き延びたな」
「いまのところは」
オットーは起き上がりながら言った。
「でも、火星についたらジオンマーズがいるんですよね」
「いる」
「我々は元ティターンズです」
「そうだ」
「TR-6もあります」
「ある」
「現地のジオン残党から見たら、完全に敵ですよね」
「だろうな」
「生き延びた先でまた戦争じゃないですか!」
コンラッドは、少しだけ考えた。
「それでも、地球圏に残るよりはましだ」
オットーは反論できなかった。
地球圏に残れば、ティターンズ残党として処分される。
エゥーゴにも、連邦主流派にも、ネオ・ジオンにも居場所はない。
アクシズも信用できない。
火星は危険だ。
だが、まだ可能性がある。
辺境は、敗者にとって最後の逃げ場である。
そして帝国の残党は、いつも辺境で次の帝国を夢見る。
「そういえば」
オットーが思い出したように言った。
「特別区画にいるアリシアって少女、本当にザビ家なんですか」
コンラッドの表情が少し硬くなった。
「余計なことは聞くな」
「聞くなと言われると、だいたい余計に気になります」
「ザビ家の後継を名乗る少女だ。それで十分だ」
「十分ですかね」
「敗者には旗が必要だ」
コンラッドは低く言った。
「我々ティターンズ残党には、もうジャミトフもシロッコもいない。地球連邦の正統も失った。だが、火星で再起するには、現地のジオン系勢力と接続する旗がいる」
「それがアリシア・ザビ」
「そうだ」
「つまり、ザビ家の名を掲げてジオン残党を取り込み、TR-6で武力を補う」
「理解が早いじゃないか」
オットーは頭を抱えた。
「最悪の合体事故じゃないですか」
ザビ家の名。
ティターンズの技術。
ガンダムTR-6。
火星の辺境。
現地のジオン残党。
混ぜてはいけないものを、全部同じ鍋に入れている。
スターウォーズで言えば、帝国残党が辺境の砂漠惑星へ逃げ込み、そこで皇帝の血筋を名乗る少女を担ぎ上げ、未完成のデス・スターの設計図を持って新政権を作ろうとしているようなものだ。
ろくな未来が見えない。
「先輩」
「なんだ」
「我々、もしかして悪役側ですか」
コンラッドは少し沈黙した。
「歴史を書く側になれば、そうはならん」
「悪役のセリフだ!」
その時、格納庫の上部通路に、一人の少女が姿を見せた。
アリシア。
年齢に見合わない落ち着き。
表情の薄い顔。
周囲を当然のように従わせる視線。
彼女は格納庫の中央に置かれたTR-6を見下ろしていた。
まるで、それが自分の玉座であるかのように。
オットーは反射的に背筋を伸ばした。
アリシアは静かに言った。
「火星には、まだ真の秩序がありません」
誰も答えない。
「ジオンマーズは、古い機体と古い誇りにすがるだけの敗残兵です。地球圏のネオ・ジオンも、ハマーンも、グレミーも、自分たちの正統性で潰し合いました」
彼女はTR-6を見た。
「ならば、火星には新しい正統が必要です」
オットーは嫌な汗をかいた。
新しい正統。
この言葉が出てくる時、だいたい戦争が始まる。
「我々は火星でレジオンを築きます」
アリシアは続けた。
「ザビ家の名と、ティターンズの力と、このガンダムの翼で」
格納庫が静まり返った。
オットーは心の中で叫んだ。
やめてください。
その三つを一文に入れないでください。
ザビ家、ティターンズ、ガンダム。
単語の時点で危険物です。
混ぜたら爆発します。
もちろん、口には出せなかった。
アリシアは満足げに微笑んだ。
「火星は我々の新たな玉座となるでしょう」
その瞬間、オットーは理解した。
自分たちは逃げているのではない。
新しい厄介ごとを運んでいるのだ。
地球圏で負けた者たちが、敗北を認められず、辺境へ逃げる。
そして辺境で、また新しい帝国を作ろうとする。
それは銀河帝国の残党と同じだった。
負けたのに、終わらない。
終われない。
だから次のデス・スターを作る。
次の皇帝を担ぐ。
次の反乱者を生む。
オットーは、TR-6を見上げた。
白い機体は、静かに眠っている。
だが、その眠りは平和ではない。
起きたら必ず誰かを踏み潰す類の眠りだった。
「先輩」
オットーが小声で言った。
「火星に着いたら、本当にどうなるんですか」
コンラッドは答えなかった。
答えられなかったのかもしれない。
艦の窓の外には、赤い星が見え始めていた。
火星。
タトゥイーンのような逃亡者の星。
ホスのような隠れ家。
クラウド・シティのような商売の穴場。
そしてこれから、帝国残党とジオン残党がぶつかる戦場になる星。
オットーは深く息を吐いた。
「俺、月の刑務所に入ってたほうが長生きできた気がします」
「後悔するには遅い」
「まだ火星に着いてませんよ」
「だから遅い」
コンラッドは、TR-6の状態表示を確認しながら言った。
火星航路は確定している。
推進剤はぎりぎり。
追撃は振り切った。
戻る場所はない。
彼らは進むしかなかった。
宇宙世紀0088年末。
地球圏の敗者たちは、火星へ向かっていた。
元ティターンズの兵士たち。
T3部隊の技術者たち。
TR計画のデータ。
ガンダムTR-6。
インレの翼。
ザビ家の後継を名乗る少女アリシア。
それらを詰め込んだ船団が、赤い星へ落ちていく。
火星の地下では、チェスター率いるジオンマーズが警戒を強めている。
彼らはまだ知らない。
自分たちの空に、どれほど面倒な敗者たちが降ってくるのかを。
そしてオットーたちも知らない。
火星が逃げ場などではなく、別の帝国と別の反乱が始まる舞台であることを。
フォースは存在しない。
だが、不吉な予感だけは、艦内警報よりもはっきり鳴っていた。
赤い星が近づく。
敗者たちの火星航路は、もう引き返せない。