機動戦士ガンダム ギレン、ハマーン、シャアの次なる答え――ジオンの最高頭脳、サナリィの最新ガンダムで宇宙世紀を総決算する 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0088年。地球圏の命運を賭けたグリプス戦役は、全宇宙の誰もが予想し得なかった「主役たちの総崩れ」という最悪のバッドエンドを迎えていた。
エゥーゴの最高指導者ブレックス・フォーラはティターンズの刺客によって暗殺され、希望の星だったカミーユ・ビダン少年は精神を崩壊させてリタイア、クワトロ・バジーナことシャア・アズナブルは宇宙の彼方へ行方不明。そして地球至上主義を掲げてイキり散らしていたエリート軍人集団「ティターンズ」にいたっては、指導者のパプテマス・シロッコが巨大なΖガンダムの突撃でスイカのようにつぶされて戦死し、組織自体が事実上の完全崩壊。
この、全人類が「これからどうすんだよこれ……」と頭を抱える大惨状のなか、地球圏から遥か彼方の宇宙を敗走するティターンズ残党の巡洋艦。その狭いブリッジで、元T3部隊(TTT:ティターンズ・テスト・チーム)に所属していたしがないメカニックマン、オットー・ハインリヒは、涙目でコンソールを叩きながら絶叫していた。
「誰だ! 『これからはエリートの時代だ!』とか言って俺をティターンズに勧誘したやつは! 出てこい! 今すぐ全額返金に応じろ!!」
オットーの脳内は、理不尽すぎる現実への怒りと、先行きの見えない絶望で完全にオーバーヒートを起こしていた。
つい数ヶ月前まで、彼らは地球連邦軍のなかでも特権をむさぼる最上級階級、いわば「宇宙世紀の勝ち組ニート予備軍」だったはずなのだ。それがどうだ。今や連邦軍の主流派(エゥーゴにちゃっかり乗り換えた調子のいい奴ら)からは「血に飢えた狂信者」として追われ、先ほどまで同盟を組んでいたはずのアクシズ(ネオ・ジオン)のハマーン・カーン派からは「用済みだから沈んでね」と言わんばかりに主砲を向けられる始末。
「右舷からネオ・ジオンのガザDが接近! 撃ってきます! あいつら本当に容赦がありません!」
オペレーターの女子隊員が悲鳴を上げる。
「クソが! ハマーンのやつ、サイド3を連邦から割譲してもらった途端にこれかよ! 政治的な手のひら返しが早すぎてジャイロ機能が追いつかねえんだよ!」
オットーは愚痴をこぼしながら、艦の格納庫(ハンガー)へとダッシュした。
彼らがこの絶望的な地球圏脱出レースにおいて、唯一の「命綱」として文字通り命がけで死守しているもの――それが、ハンガーの奥に鎮座する巨大なコンテナ、そのなかに眠る最新鋭兵器「ガンダムTR-6[ウーンドウォート]」および、その最終形態である決戦仕様「インレ」の膨大な換装データ一式であった。
「おい、オットー! TR-6のメイン・ジェネレーターの調子はどうだ!?」
ハンガーに飛び込むと、顔中をオイルで真っ黒にした先輩メカニックのコンラッドが、巨大なスパナを握りしめて怒鳴ってきた。
「最悪ですよ先輩! 航行中の急な電圧変化のせいで、ドラムフレームのサイコミュ接続がバグり散らかしています! このままだと、火星にたどり着く前にこのガンダムが勝手に再起動して、我が艦を内側からパカッと真っ二つに変形(トランスフォーム)させかねません!」
「笑えない冗談を言うな! このTR-6はな、我がT3部隊の魂、いや、ティターンズの全技術の結晶なんだぞ! これさえあれば、火星にいるというジオンの残党どもなんて一ひねりにして、現地に『真の地球ノイドの楽園』を建国できるんだ!」
「楽園って、あそこ草一本生えないただの赤い砂漠じゃないですか! なんで俺たちがジオンの生き残り(ジオンマーズ)と、ジャガイモの栽培権を巡ってガンダムで殺し合いをしなきゃならないんですか!?」
オットーは本当に泣きたかった。
ティターンズという組織の最大の特徴であり、最大の悪癖。それは「兵器のバリエーションをアホみたいに増やしすぎる」ことだ。
このガンダムTR-6という機体は、パーツの換装次第で「ファイバー2」にもなれば「ダンディライアン2」にもなり、最終的には巡洋艦クラスの全長を持つバケモノ「インレ」にまで進化する。技術者としては男のロマンの極みだが、現場の整備兵からすれば「アタッチメントの種類が多すぎてボルトのサイズが全種類違うプラモデル」を戦場で組み立てさせられているようなものだ。
「いいかオットー、火星のジオンマーズの連中はな、いまだにザクやゲルググの骨董品を拝んでいるような原始人だ。そんな骨董品マニアどもに、我がティターンズが誇る万能化換装システムの恐ろしさを叩き込んでやるのさ」
「いや先輩、その原始人ども、こないだ地球圏に向けて『ハマーンのネオ・ジオンなんか認めない!』ってめちゃくちゃ威勢のいい公式声明を出してましたよ。あいつら、見た目はザクのままで中身だけを最新世代に改造するっていう、かなりタチの悪い『羊の皮を被った狼』的な開発(RFシリーズ)を進めてるらしいです。ガチの過激派ですよ!」
「なに!? ザクの皮を被った新型だと? ジオンの残党ってのは、どうしてそこまでモノアイのついた緑色の鉄クズに固執するんだ……。精神医学の領域だろそれは」
コンラッドが呆れたように天を仰いだその時、艦内に激しい衝撃が走った。
ネオ・ジオンの追撃機によるビームが、装甲をかすめたのだ。
「うわっとっと! 落ちる! 落ちます先輩! 避難先の火星に着く前に、俺たちが宇宙の塵(チリ)になります!」
「ええい、こうなったらTR-6のブースト・ポッドのプロペラントを強制開放して、一気に火星航路の重力スリングに飛び込むぞ! オットー、そこの赤いバルブを回せ!」
「赤いバルブってどれですか! この機体、緊急用のレバーもスイッチも全部TR(ティターンズ・レジオン)仕様のウサギマークがついてて、どれがどれだかさっぱり分かりません!」
そう、T3部隊のもう一つの悪ノリ――それは、機体のマーキングやインターフェースのいたるところに、古き良き地球の児童文学に登場する「ウサギのキャラクター」をあしらっている点だ。
最高に凶悪で、コロニーに毒ガスを撒くような非道な組織のくせに、開発する兵器のあちこちにかわいいウサギのイラストが描かれている。この狂気的なギャップのせいで、整備マニュアルを読むだけでもオットーの精神はガリガリと削られていた。
「これか!? この耳の長いウサギがダッシュしてるマークのレバーを引けばいいんですね!?」
「バカ、それはギガンティック形態の腕部パージレバーだ! それを引いたらガンダムの腕がすっ飛んでいくだろ! その隣の、ウサギがロケットにまたがってる方のスイッチだ!」
「紛らわしいんだよチクショー!!」
ガルシアがヤケクソでスイッチを押すと、ガンダムTR-6の背部にマウントされていた超巨大なスラスターが、眩いばかりの光を放って点火した。
猛烈なG(重力)が艦全体を襲い、オットーの顔面は重力で歪み、胃袋から未消化の宇宙食(これまた不味い連邦軍指定の固形栄養食)が逆流しそうになる。
「うおおおおおお! 飛ぶ! 飛んでいくぞ火星へ!」
窓の外を見ると、追撃してきていたネオ・ジオンのガザDの群れが、TR-6の圧倒的な加速力の前にみるみる小さくなっていく。
地球圏の泥沼の戦場、ハマーンとグレミーの醜い内ゲバ、そして自分たちを裏切った地球連邦政府――そのすべてが、はるか後方の暗黒の宇宙へと遠ざかっていく。
「は、はは……やった、やったぞ先輩! 振り切った!」
オットーは床にへたり込み、荒い息を吐きながら笑った。
「ああ、勝ったな。これで俺たちは生き延びられる。火星にさえ着けば、連邦の追撃も届かない。あそこは俺たちの新しい新天地だ」
コンラッドもスパナを放り出し、満足げに頷いた。
だが、彼らはまだ知らなかった。
この脱出艦隊の特別室に守られている、ザビ家の正統な後継者を自称する謎の少女「アリシア」が、どれほど苛烈な野心と思想を秘めているかを。
そして、自分たちが火星に持ち込もうとしているこの「ガンダムTR-6」という破壊の権化が、先住のジオンマーズのプライドを完璧に粉砕し、火星全土を巻き込む悲惨な内戦の引き金になるということを。
「待ってろよ、火星のジオン残党ども。地球圏の本物のエリートの技術ってやつを、たっぷりと拝ませてやるからな……」
オットーは、コンテナのなかで不気味にモノアイ(ガンダムタイプだが、ティターンズ仕様のセンサーだ)を明滅させるTR-6を見上げながら、不吉な予感に満ちた冷や汗を拭うことしかできなかった。
宇宙世紀0088年末。地球圏の敗者たちを乗せた航路は、赤茶色の不毛の大地をさらなる戦火で染め上げるべく、狂気の加速を続けていくのであった。