【宇宙世紀】ジオン残党だけど火星で第二帝国を作る羽目になった件【スターウォーズ概念クロス】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0089年。
火星は、めでたく戦場になった。
めでたく、という言い方はもちろん間違っている。
だが、ここまで材料がそろっていて戦争にならなかったら、それはそれで宇宙世紀らしくない。
ジオンマーズ。
レジオン。
ザビ家の名。
ティターンズ残党。
ガンダムTR-6。
RFシリーズ。
火星地下都市。
アナハイムから流れてきた怪しい部品。
これだけ危険物を同じ星に置いておいて、何も起きないと思うほうが無理だった。
スターウォーズで言えば、タトゥイーンの同じ谷に、帝国残党と反乱軍とシス候補とデス・スターの設計図と武器商人をまとめて放り込むようなものだ。
燃える。
絶対に燃える。
そして実際、火星は燃え始めていた。
火星地下都市アルカディア周辺。
ジオンマーズ司令部。
その作戦室で、ドナルド・レザードは冷めた合成コーヒーを片手に、戦況図を眺めていた。
彼の肩書きは、参謀。
便利な言葉である。
何をしているかよくわからない男に、とりあえず与えておくと、それっぽく見える。
実際、ドナルドはとてもそれっぽかった。
落ち着いた声。
整った軍服。
余計な感情を見せない表情。
手元の端末には、補給線、敵戦力、火星地下トンネルの地図、レジオン側の通信傍受記録が並んでいる。
有能に見える。
そして、実際かなり有能だった。
問題は、忠誠心がどこにあるのか、本人以外にはよくわからないことだった。
いや、本人にはわかっていた。
忠誠心などない。
あるのは計算だけである。
「ドナルド!」
作戦室の奥から、チェスター主席の声が飛んだ。
ジオンマーズの指導者。
元オセアノン・パプ。
アクシズから火星へ逃げ、この赤い星で独自のジオンを築いた男。
年を取った。
顔にしわが増えた。
声も少し枯れた。
しかし、面倒くさい頑固さだけは、火星の岩盤より硬かった。
「聞いているのか、ドナルド!」
「もちろんです、主席」
ドナルドは微笑んだ。
心の中では、聞きたくない、と思っていた。
「レジオンの連中め、また第三区画に攻撃を仕掛けてきた。だが我がRFザクが見事に撃退したぞ。やはりジオンの魂は健在だ。見たか、あのティターンズ崩れどもめ」
チェスターは上機嫌だった。
作戦卓の上には、最新の交戦記録が表示されている。
ジオンマーズ側のRFザク試作機が、レジオン側の改修型バーザム系機体を撃破したという報告だ。
確かに戦果ではある。
ただし、ドナルドから見れば、小競り合いだった。
レジオンの本命は、そんな前線の量産機ではない。
アリシア・ザビでもない。
いや、彼女は象徴として重要だが、軍事的な核心ではない。
本命は、ガンダムTR-6。
さらに、その先にあるインレである。
「主席」
ドナルドは丁寧に言った。
「第三区画の勝利は喜ばしいことです。しかし、局地戦の勝利で全体の戦局を判断するのは危険です」
「何が危険だ。ザクが敵を倒した。それ以上に明快なことがあるか」
あります。
ドナルドは心の中だけで答えた。
「レジオンは、我々の防衛線を探っています。真の狙いは地上部隊の消耗ではなく、火星上空および地下主要施設への制圧準備です」
「またその話か」
チェスターは不満そうに腕を組んだ。
「インレがどうの、TR-6がどうの。お前は少しガンダムを恐れすぎではないか」
「ガンダムは恐れるべきです」
作戦室が少し静かになった。
ジオン兵の前で、ガンダムを恐れるべきと言う。
これはなかなか勇気がいる。
だが、ドナルドは気にしない。
「一年戦争で、ジオンはガンダムという名の兵器に何度も戦局を乱されました。デラーズ紛争でもガンダム試作機が事件の中心となりました。ティターンズもまた、ガンダムタイプを権威と実験の象徴として扱いました」
彼は端末を操作し、TR-6の推定構造図を表示した。
「レジオンが持つTR-6は、単なる一機のMSではありません。換装、拡張、支援装備、統合運用によって、戦術単位そのものを変える兵器です。インレ構想が完成すれば、火星の局地防衛戦は一変します」
チェスターは鼻を鳴らした。
「我々にはRFシリーズがある」
「あります」
「ザクの姿を守り、ゲルググの魂を継ぎ、火星環境に適応した我々の機体だ」
「その通りです」
「ならば戦える」
「戦えます」
ドナルドはそこで少し間を置いた。
「ただし、勝てるとは限りません」
チェスターの眉が跳ねた。
作戦室の空気がきりっと冷える。
ドナルドは平然としていた。
「RFシリーズは有効です。旧式の外観を保ちつつ、内部を更新する発想は、士気維持と敵の誤認を両立できます。火星環境への適応も進んでいます。ですが、装甲形状、可動域、重量配分、推進効率において、旧公国軍系の意匠を残すことが制限にもなっています」
整備主任が横で小さくうなずいた。
チェスターが睨む。
整備主任は目を逸らした。
「対してTR-6は、伝統を捨てています。見た目の継承も、兵士の郷愁も、モノアイの安心感もありません。機能だけを積み上げた機体です。兵器としては、そのほうが合理的です」
「つまり、我々のザクは心で勝っているが、向こうのガンダムは理屈で勝っていると言いたいのか」
「おおむね」
「おおむね、ではない!」
チェスターは机を叩いた。
「ジオンの魂を軽んじるな。モビルスーツは数字だけで動くものではない」
「動力は数字で動きます」
「そういう話をしているのではない!」
「しかし、戦場ではそういう話になります」
作戦室が無言になった。
チェスターはドナルドを睨んでいる。
ドナルドはにこやかに受け止めている。
整備主任は、巻き込まれたくない顔で端末を見ている。
ガルシアなら、こういう時に「空気が酸素より薄い」と言ったかもしれない。
ドナルドは軽く頭を下げた。
「主席。私が申し上げたいのは、ジオンの魂を捨てろということではありません。魂を守るために、数字を見ろということです」
「ふん」
「レジオンのインレが完成すれば、我々は火星上空の制空権を失います。地上を移動する部隊は、上から一方的に叩かれる。反乱同盟がデス・スターの主砲に狙われるようなものです」
「なら排熱口でも探せばいい」
チェスターが言った。
ドナルドは一瞬だけ黙った。
それは冗談なのか、本気なのか。
「まさに、それを探しています」
彼は端末の画面を切り替えた。
そこには、レジオン側の基地と思われる地下施設、電力供給線、通信中継点、TR-6関連の整備ドック推定位置が表示されている。
「インレのような巨大兵器は、無敵ではありません。むしろ巨大であるほど、運用には多くの弱点が生まれます。補給線。整備施設。推進剤。パイロット適性。サイコミュ系統。火星の磁気嵐。砂塵。地下ドックの出入口。すべてが排熱口になりえます」
作戦室の空気が少し変わった。
チェスターも、興味を示した。
「つまり、正面から殴るなと」
「はい」
「ではどうする」
「完成前に削ります。レジオン本隊ではなく、インレの運用能力を支える周辺を狙う。燃料、部品、通信、整備員、輸送経路。巨大兵器を巨大兵器として動かせなくするのです」
チェスターは腕を組んだ。
「卑怯だな」
「戦術です」
「ジオンらしくない」
「生き残る者らしい」
その言葉に、チェスターは少しだけ黙った。
オセアノン・パプだった頃の彼なら、わかっていたはずだ。
補給線を切ること。
航路を読むこと。
正面から戦わず、必要なものを奪って逃げること。
火星へ来たあの時、彼自身がそういう男だった。
だが、主席になり、ジオンマーズの旗を掲げ、RFシリーズを作り、火星の兵士たちに演説をするうちに、彼もまた少しずつ玉座の人間になっていた。
ドナルドはそれを見ていた。
そして、利用していた。
会議が終わると、ドナルドは作戦室を出た。
廊下に出た瞬間、彼の顔から丁寧な参謀の表情が消えた。
代わりに現れたのは、冷たい計算屋の顔だった。
「お疲れさまです、参謀殿」
壁にもたれていた男が声をかける。
レナード大尉。
ドナルドが地球圏から連れてきた腹心であり、元ティターンズ系の人間である。
「疲れるほどの実りはない」
ドナルドは淡々と言った。
「あの主席、まだザクの形にこだわっているんですか」
「こだわっている。もはや信仰だ」
「ジオンの人間は面倒ですね」
「ティターンズの人間も大差ない。黒い制服にこだわるか、モノアイにこだわるかの違いだ」
レナードは少し笑った。
「それで、どう見ます?」
ドナルドは手元の端末を開いた。
ジオンマーズの戦力評価。
RFシリーズの稼働率。
レジオン側のTR-6運用データ。
インレ関連推定進捗。
アナハイム経由の部品流入記録。
「ジオンマーズは、現状では守勢に回れば粘れる。火星地下施設を熟知している。RFシリーズも、見た目ほど旧式ではない。だが、空を取られれば終わる」
「レジオンは?」
「TR-6が強い。アリシアの象徴性も強い。元ティターンズの技術者も優秀だ。だが、組織としては混ざり物が多すぎる」
「ティターンズ残党とジオン残党の寄せ集めですからね」
「思想的には火薬庫だ。地球至上主義の残り香を持つ者たちが、ザビ家の名を掲げて火星国家を作ろうとしている。普通に考えれば破綻する」
「普通に考えれば、ですか」
「普通に考えない者ほど、戦争では一時的に強い」
ドナルドは、レジオンの基地推定図を拡大した。
「アリシアは自分を火星の皇帝にするつもりだ。元ティターンズは、その旗を使って再起したい。ギレン派残党は、ザビ家の名でジオンマーズを潰したい。三者の利害は一致しているようで、実は違う」
「そこを突く?」
「いずれはな」
レナードが目を細めた。
「いずれ?」
ドナルドは、静かに笑った。
「今はまだ潰さない」
「なぜです」
「データが足りない」
その一言で、レナードは呆れた顔をした。
「相変わらずですね」
「何がだ」
「この内戦を、実験場として見ている」
「実験場ではない」
ドナルドは否定した。
「市場調査だ」
「もっとひどい」
ドナルド・レザードの目的は、ジオンマーズの勝利ではない。
レジオンの勝利でもない。
ザビ家の正統性など、どうでもいい。
ギレンの思想にも、ハマーンのネオ・ジオンにも、チェスターの火星ジオンにも、アリシアのレジオンにも、特別な忠誠はない。
彼が欲しいのは、データである。
RFシリーズが、火星環境でどこまで戦えるか。
旧公国軍系の意匠を残した改修機が、実戦でどこまで有効か。
TR-6が、火星の砂塵、磁気嵐、低重力環境でどう動くか。
インレ構想が、地球圏外の辺境戦でどれほどの抑止力を持つか。
そして、敗残兵組織がどのような旗を掲げれば再編可能なのか。
そのすべてが、将来売れる。
アナハイムへ。
連邦へ。
次のジオンへ。
次の反連邦組織へ。
あるいは、まだ名前もない未来の武装勢力へ。
スターウォーズで言えば、反乱同盟と帝国残党の戦いを横で見ながら、どちらの弱点も記録し、デス・スターの設計図もXウイングの戦闘データも全部コピーして、次の買い手を探す情報屋である。
最低だ。
だが、生き残る。
「レナード」
「はい」
「レジオン側への偽装通信経路は維持しているな」
「もちろんです」
「ジオンマーズ側の補給帳簿も?」
「改ざん可能です」
「アナハイム経由の部品流入記録は?」
「三重に複製しています」
「よろしい」
ドナルドは満足げにうなずいた。
「参謀殿」
レナードが言った。
「もしチェスター主席が本当に勝ちそうになったら?」
「足を引く」
「レジオンが勝ちそうになったら?」
「足を引く」
「どちらも潰す気ですか」
「潰すのではない。均衡を保つ」
「同じでは?」
「違う。潰すとデータが止まる。均衡ならデータが増える」
レナードは、心底嫌そうな顔をした。
「あなた、シスより性格が悪いですよ」
「シスは情念で動く。私は計算で動く」
「もっと悪い」
ドナルドは気にしなかった。
廊下の窓から、火星の赤い地平線が見える。
遠くでは、ジオンマーズとレジオンの小規模戦闘が続いていた。
ビームの光が、砂嵐の中でちらつく。
派手な戦いではない。
だが、火星全体を少しずつ削っていく戦いだった。
「この戦争は長引く」
ドナルドは言った。
「どちらも簡単には折れない。ジオンマーズは土地を知っている。レジオンは兵器が強い。チェスターは過去に縛られ、アリシアは未来を自分の玉座だと思っている。どちらも引けない」
「では、火星は」
「壊れる」
ドナルドはあっさり言った。
「だから壊れ方を記録する」
レナードは黙った。
しばらくして、低く言った。
「もし、あなたの計算を超えることが起きたら?」
「例えば?」
「インレが予想以上に完成度を上げる。アリシアが想定以上に兵を掌握する。チェスターが思ったよりしぶとく粘る。あるいは、火星の民がどちらにも反発する」
ドナルドは少し考えた。
「その時は、別の旗を用意する」
「別の旗?」
「敗者は旗を欲しがる。ジオンも、ティターンズも、連邦も、反乱軍も同じだ。旗があれば、敗北を物語に変えられる。物語にできれば、また兵が集まる」
「では、次の旗は?」
ドナルドは笑った。
「まだ決めていない。だが、候補はいくらでもある。チェスターの後継。アリシアへの反発勢力。アナハイムの支援を受けた第三勢力。火星独立の名を掲げる軍。将来、オールズモビルとでも呼ばれるような亡霊たち」
レナードは眉をひそめた。
「ずいぶん先まで見ていますね」
「今の戦争だけを見ているから負ける」
ドナルドは端末を閉じた。
「歴史は、勝者だけが作るのではない。資料を持っている者も作る」
その言葉は、妙に重かった。
火星では、ジオンマーズとレジオンが撃ち合っている。
地球圏では、ハマーンのネオ・ジオンが消えた後の空白を、連邦と新たな勢力がどう埋めるかを探っている。
アナハイムは変わらず部品を売っている。
そして地下では、ドナルドのような男が、戦争の記録を値札に変えようとしている。
ニュータイプが歴史を変えることもある。
エースパイロットが戦局を変えることもある。
王女や皇帝や暗黒卿が、時代の象徴になることもある。
だが、それだけではない。
誰かが記録する。
誰かが隠す。
誰かが売る。
誰かが次の敗者へ、次の旗を渡す。
ドナルド・レザードは、そういう男だった。
ジェダイではない。
シスでもない。
反乱同盟の英雄でも、帝国の忠臣でもない。
むしろ一番近いのは、どの酒場にもいる情報屋だ。
帝国の士官にも、反乱軍のスパイにも、密輸屋にも同じ笑顔で接し、全員から金を取る。
そして最後には、誰よりも早く逃げる。
火星の夜が深くなる。
赤い砂嵐が、地下施設の外壁を叩く。
遠くで爆発音が響く。
通信回線には、嘘と本当が入り混じった報告が流れ続ける。
ドナルドは自室に戻ると、端末を開いた。
ファイル名。
第一次火星内戦戦術評価。
RFシリーズ実戦データ。
TR-6火星環境適応記録。
レジオン組織分析。
ジオンマーズ政治的脆弱性。
火星独立勢力将来予測。
彼は、それらを暗号化した。
そして、別の隠しフォルダに複製した。
さらに、もう一つ別の宛先へ送る準備だけをしておいた。
送信はまだしない。
早すぎる。
遅すぎてもいけない。
情報屋にとって最も大切なのは、真実そのものではない。
真実を売るタイミングである。
「さて」
ドナルドは冷めたコーヒーを飲み、顔をしかめた。
「この火星で、誰が一番高く買うかな」
フォースは存在しない。
だが、暗黒面よりたちの悪い計算なら、ここにあった。
宇宙世紀0089年。
火星の戦争は、まだ始まったばかりだった。
ジオンマーズは過去を守るために戦う。
レジオンは新しい玉座を作るために戦う。
アリシアは支配を夢見る。
チェスターは抵抗を叫ぶ。
兵士たちは、それぞれの旗の下で死んでいく。
そしてドナルドは、誰の旗にも敬礼しない。
彼はただ、次に売れる歴史を待っていた。
嫌な予感は、今回も当たる。
なぜなら彼自身が、その嫌な予感を育てている側だった。