【宇宙世紀】ジオン残党だけど火星で第二帝国を作る羽目になった件【スターウォーズ概念クロス】 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0090年。
火星の地表は、奪われた。
この一文を認めるのに、ジオンマーズの生き残りたちはだいぶ時間がかかった。
なにしろ、ついこの前まで地表は自分たちのものだったのだ。
赤い砂。
薄い空気。
凍える夜。
壊れる配管。
すぐ詰まる生命維持装置。
そして、火星の砂を噛んでしょっちゅう機嫌を悪くするザクやゲルググ。
快適とは、とても言えない。
だが、それでも自分たちの場所だった。
アクシズの玉座から逃げ、デラーズの炎にも飛び込まず、地球圏の戦争から外れて、チェスター主席たちが血と汗と芋の汁でどうにか維持してきた場所である。
それが今では、レジオンのものになっていた。
地表にはアリシア・ザビの旗が立ち、元ティターンズ残党の黒い部隊が巡回し、火星各地のプラントは接収された。
そして、空にはあれがいた。
ガンダムTR-6[インレ]。
火星の空に浮かぶ、白いウサギのバケモノ。
デス・スターほど惑星を丸ごと吹き飛ばすわけではない。
だが、地表の上にいる者たちにとっては、それで十分すぎた。
巨大な機体。
やたら多い複合兵装。
空を押さえる圧倒的な存在感。
地上にいる敵を、逃げ場ごと叩き潰す火力。
一つの惑星を支配するための、動く帝国の象徴。
それが、今のインレだった。
「……最悪だ」
火星の氷床下。
かつて資源保管庫だった地下空間の奥で、チェスターJr.は割れた端末の画面を睨んでいた。
画面には、ジオンマーズ本部プラントの最終映像が残っている。
RFゲルググ部隊が出撃する。
火星の赤い砂を蹴り、地表を走る。
彼らは勇敢だった。
父チェスター主席が誇った、ジオンマーズの象徴だった。
旧公国軍の外見。
アナハイム由来の中身。
火星環境に合わせて無理やり鍛え直された関節と装甲。
ザクやゲルググの影を背負いながら、新しい時代へ進むための機体。
そのはずだった。
だが、インレの砲撃は、その全部をまとめて焼いた。
「最悪だ……!」
チェスターJr.は端末を床へ叩きつけた。
割れた画面がさらに割れる。
だが、映像の中の敗北は消えない。
「親父が何年もかけて作ったんだぞ……。火星の砂に耐えるように、低重力でも姿勢を崩さないように、外見はゲルググのままでも中身は最新鋭だって、あんなに得意げに言ってたんだぞ……!」
隣にいた若いメカニック、カールが、気まずそうに口を開いた。
「チェスターJr.様」
「なんだ」
「その、言いにくいんですけど」
「言え」
「外見をゲルググのままにしたせいで、被弾面積と重量配分にかなり無理がありました」
沈黙。
チェスターJr.はゆっくり振り向いた。
「カール」
「はい」
「いまそれを言うか」
「いまだから言います。通常会議で言ったら、お父上に『ジオンの魂がわかっていない』って怒鳴られて終わりでしたから」
「……それはそうだな」
反論できなかった。
父チェスターは、ジオンの記号を愛していた。
モノアイ。
スパイクアーマー。
曲面装甲。
ザクの影。
ゲルググの誇り。
それらは兵士たちの心を支えた。
だが、インレの主砲は心を支えてくれない。
メガ粒子は情緒に配慮しない。
「つまり」
チェスターJr.は、悔しそうに言った。
「父上のジオン魂は、あのウサギガンダムの火力に負けたと」
「技術的には」
「精神的には?」
「かなり負けています」
「正直すぎるだろ!」
カールは肩をすくめた。
「地下に潜った時点で、強がっても仕方ないです」
その通りだった。
ジオンマーズは、地表を追われた。
残存部隊は氷床下の地下都市、旧鉱山、放棄プラント、昔の移民施設の奥へ散らばった。
もはや地上勢力ではない。
完全に地下反乱組織である。
スターウォーズで言えば、帝国に基地を潰された反乱軍が、ホスより寒く、タトゥイーンより寂しく、クラウド・シティより信用できない地下施設へ逃げ込んだようなものだった。
なお、こちらにはレイア姫もルークもいない。
いるのは、怒っているチェスターJr.と、現実的で口の悪いカールと、故障しかけの生命維持装置である。
「で、状況は」
チェスターJr.が聞くと、カールは端末を操作した。
「最悪です」
「それはさっき聞いた」
「では、詳細に最悪です」
画面に火星全土の簡易マップが表示される。
地表主要プラント。
レジオン制圧済み。
採掘区画。
レジオン制圧済み。
旧ジオンマーズ工廠。
大半が破壊または接収。
地表航行ルート。
インレ監視下。
空中移動。
原則禁止。
ホバー走行。
レジオン判断で飛行扱い。
「ホバー走行が飛行扱いってなんだ」
チェスターJr.が眉をひそめた。
「アリシア総帥による公式布告です。地表から明確に浮き上がる行為は、レジオンの許可なき飛行とみなすそうです」
「ドムを殺す法律じゃないか!」
「はい。RFドム部隊は精神的にも運用的にも深刻な被害を受けています」
カールは布告映像を再生した。
ホログラムに映るのは、レジオン総帥アリシア・ザビ。
玉座めいた椅子に座り、無駄に豪華な装飾に囲まれ、背後にはウサギマークとレジオンの紋章。
その表情は冷たく、本人はかなり満足げである。
完全に辺境総督だった。
いや、本人の中では皇帝かもしれない。
『火星の地表は、レジオンの秩序のもとにあります』
アリシアの声が地下室に響く。
『旧ジオンマーズ残党による無許可の飛行、浮上、地表機動、熱源移動をすべて禁止します。違反した者は、インレの監視網によって即時処理されます』
チェスターJr.のこめかみに青筋が浮かぶ。
『なお、地下労働区画における協力者には、レジオン指定の防寒作業服を支給します。ウサギ耳付きフードは、総帥府の慈悲と統一美を示すものです。ありがたく着用しなさい』
映像が終わった。
地下室に沈黙が落ちる。
チェスターJr.は、ゆっくり口を開いた。
「ウサギ耳」
「はい」
「強制か」
「はい」
「ジオンマーズの兵士に」
「はい」
「旧公国軍人にも」
「例外なしです」
チェスターJr.は立ち上がった。
「戦争だ」
「もう負けました」
「第二ラウンドだ!」
カールはため息をついた。
「気持ちはわかりますが、声を下げてください。レジオンの監視ドローンに拾われたら、我々も明日からウサギ耳でパイプライン修理です」
「くそっ……!」
チェスターJr.は壁を殴った。
痛かった。
壁のほうが強かった。
「くそっ、くそっ、くそっ! あのアリシアとかいう女、ザビ家の後継を名乗って、ティターンズの残党を従えて、ガンダムを神輿にして、火星を私物化しやがって……!」
「言っていることはだいたい合っています」
「帝国じゃないか、こんなもの!」
「はい」
「完全に銀河帝国じゃないか! 地表を支配し、空を巨大兵器で押さえ、地下の住民に作業服を着せて働かせ、逆らう者をビームで焼く! あとは黒い仮面の暗黒卿でも横に立てれば完成だ!」
「黒い制服の元ティターンズならいっぱいいます」
「なお悪い!」
チェスターJr.は、荒い息をついた。
彼の父チェスターは、火星に「玉座のないジオン」を作ろうとした。
アクシズのように王女を掲げず、ハマーンのような暗黒卿に従わず、デラーズのように殉教もせず、火星で泥臭く生き延びるジオン。
それが今、別のザビを名乗る少女に奪われた。
火星の地表は、アリシアの玉座になった。
インレは、そのデス・スターになった。
元ティターンズは、その親衛隊になった。
ジオンマーズは、地下へ追われた反乱軍になった。
あまりにも屈辱的だった。
「父上……」
チェスターJr.は、低くつぶやいた。
「俺は、あんたの作った火星を守れなかった」
カールは何も言わなかった。
チェスターJr.は若かった。
父の遺産も、父の失敗も、父のこだわりも、全部まとめて背負わされている。
偉大な英雄の息子。
あるいは、失敗した指導者の子。
どちらにしても重い。
スターウォーズで言えば、血統と期待と挫折を抱えた若者が、暗黒面の入口で立ち尽くしているようなものだった。
ただし、彼の周りにはジェダイも師匠もいない。
いるのは、芋の備蓄表を見ながら眉間にしわを寄せるメカニックだけである。
「チェスターJr.様」
カールが言った。
「もう一つ、悪い知らせがあります」
「まだあるのか」
「参謀のドナルドが消えました」
チェスターJr.の表情が止まった。
「ドナルドが?」
「はい。レジオンの総攻撃が始まった直後に、『前線の状況を確認する』と言ってシャトルで離脱。その後、通信不能です」
「逃げたのか」
「おそらく」
「裏切ったのか」
「それもおそらく」
「最初からそのつもりだったのか」
「かなりおそらく」
チェスターJr.は拳を震わせた。
ドナルド・レザード。
元ティターンズ。
切れ者。
ジオンマーズの参謀。
父チェスターに取り入り、RFシリーズとレジオンの戦力分析を担当していた男。
理屈はうまい。
態度は丁寧。
笑顔は薄い。
そして、どこか全部を値踏みしているような目をしていた。
「くそっ、あの情報屋……!」
チェスターJr.は歯ぎしりした。
「帝国にも反乱軍にも同じ顔で近づいて、最後は設計図だけ持って逃げるタイプの男だとは思っていたが、本当にそうするやつがあるか!」
「机の中から、アナハイム関係の暗号通信記録と、月面フォン・ブラウンの高級居住区パンフレットが出てきました」
「完全に売る気じゃないか!」
「あと、F90関連と思われる投資メモも」
「どこまで先を見てるんだ、あのタヌキ!」
チェスターJr.は、怒りで頭が熱くなるのを感じた。
アリシアに地表を奪われた。
インレに父の戦力を焼かれた。
レジオンに火星の空を押さえられた。
ドナルドには踏み台にされた。
残ったのは、地下に潜む兵士たちと、少しの機体と、減り続ける食料と、消えない恨みだけ。
だが、それで十分だった。
少なくとも、復讐には。
「カール」
「はい」
「地下に残っている戦力は」
「まともに動くRFザクが数機。RFドムはホバー禁止令で地表運用困難。ゲルググ系は損傷多数。あと、詳細不明の大型機が一機、父上の秘匿区画に残っています」
チェスターJr.の目が細くなった。
「親父の隠し玉か」
「はい。アナハイム経由で入った部品が使われています。正式名称は不明ですが、ジオンマーズ仕様の特殊改修重MSと思われます」
「動くのか」
「整備すれば」
「どれくらい」
「時間と部品と奇跡が必要です」
「奇跡は在庫にない」
「なので、代用品として根性を使います」
「ジオンらしくなってきたな」
カールは嫌そうな顔をした。
「技術者としては最悪です」
チェスターJr.は、倉庫の奥を見た。
カモフラージュネットに覆われた巨大な影。
塗装は剥げ、配管はむき出しで、まだ完全には組み上がっていない。
だが、その影には確かにジオンの匂いがした。
父が残したもの。
父が使えなかったもの。
父の失敗の中に残った、最後の牙。
「インレは空を支配している」
チェスターJr.は言った。
「レジオンは、あれがあるから勝っている。アリシアも、元ティターンズの連中も、インレがあるから自分たちが帝国だと思っていられる」
「実際、あれがある限り地表では勝てません」
「なら、奪う」
カールは固まった。
「はい?」
「インレを奪う」
「聞き間違いじゃなかった」
「レジオンの象徴を奪えば、あの連中の支配は崩れる。巨大兵器を信仰している帝国ほど、その巨大兵器を失った時にもろい。デス・スターを落とされた銀河帝国みたいにな」
「理屈はわかります」
「なら」
「実行が無理です」
「無理ではない」
「全長百メートル級の化け物です。レジオンの監視下です。空にいます。こっちは地下で合成芋の配給を心配している組織です」
「だからこそ、向こうは油断する」
カールは頭を抱えた。
「チェスターJr.様」
「なんだ」
「いまの発想、お父上に似ています」
「褒め言葉か」
「危険信号です」
チェスターJr.は笑った。
久しぶりに笑った。
かなり危ない笑い方だった。
「いいじゃないか。父上が作ったRFシリーズは敗れた。なら、俺はレジオンのインレを奪って、ジオンマーズのものにする」
「白いウサギをジオンにする気ですか」
「緑に塗る」
「やめましょう」
「モノアイも付ける」
「絶対やめましょう」
「ウサギ耳は外す」
「それは賛成です」
二人は少しだけ黙った。
次の瞬間、地下のどこかで警報が鳴った。
レジオンの監視ドローンが、近くの坑道を巡回しているらしい。
カールが急いで端末を閉じる。
「まずいです」
「隠れろ」
二人は資材の陰に身を潜めた。
壁の向こうを、小型の監視ドローンが通過していく。
機体には小さなウサギマークが描かれていた。
チェスターJr.は、そのマークを見て、心の底から思った。
絶対に潰す。
ドローンが去った後、彼は低く言った。
「全残存部隊に暗号通信を出せ」
「内容は」
「地下潜伏体制へ移行。各区画は独自に物資を隠し、武装を温存。レジオンの監視網を調べろ。インレの整備周期、サイコミュ系統の不具合、飛行禁止令の穴、全部洗い出す」
「作戦名は?」
チェスターJr.は少し考えた。
父なら、たぶん大げさな名前をつける。
デラーズなら、もっと悲壮な名前をつける。
アリシアなら、たぶん装飾過多で腹の立つ名前をつける。
なら、自分は。
「輝ける星作戦」
カールは眉をひそめた。
「ちょっと恥ずかしいですね」
「うるさい」
「でも、ジオンっぽいです」
「なら採用だ」
チェスターJr.は、氷の天井を見上げた。
その上には地表がある。
奪われた火星の大地がある。
さらにその上には、インレがいる。
レジオンの象徴。
アリシアの玉座。
動くデス・スター。
そしていつか、それを引きずり下ろす。
「父上」
チェスターJr.は小さくつぶやいた。
「俺は騎士にはならない。英雄にもならない。たぶん、ろくな指導者にもならない」
彼の目が、暗い光を帯びる。
「だが、あいつらの楽園を壊す反乱者にはなってやる」
フォースは存在しない。
だが、暗黒面みたいな怒りなら、彼の胸の中で確かに燃えていた。
宇宙世紀0090年。
レジオンはインレによって火星の地表を奪った。
ジオンマーズは氷の下へ追われた。
チェスター主席の時代は終わり、チェスターJr.の時代が、冷たい地下で始まろうとしていた。
父の理想。
父の失敗。
奪われた地表。
ウサギ耳付き作業服への屈辱。
消えた参謀。
空に浮かぶ白いガンダム。
それらすべてが、若者の中でこじれ、ねじれ、復讐の形へ変わっていく。
銀河帝国がデス・スターを失っても終わらなかったように。
反乱同盟が基地を失っても消えなかったように。
ジオンマーズも、まだ終わっていなかった。
氷の下で、火種は生きている。
そしてその火種は、いつか火星の空に浮かぶ白いウサギを焼くためだけに、静かに燃え続けていた。