アベンジャーズ計画に神代ブリテンの騎士が追加されました   作:アルトリウス(深淵歩きはしない方)

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映画「王の影/インヴィクトゥス」
九百年後の世界


 

 

 

 イギリス南西部、コーンウォール。

 現在ではスローターブリッジと呼ばれるその場所は、かつてアーサー王最後の戦いが繰り広げられた伝承の地とされている。もっとも、現代においては長閑な川辺が広がるだけの静かな観光地に過ぎない。

 昼下がり。風景を楽しむ観光客や、犬の散歩をしていた地元民たちは、突然足元から這い上がってきた奇妙な振動に顔を見合わせた。

 

 ズン、と。腹の底を直接殴られたような低い地鳴り。

 イギリスにおいて地震はそう頻繁に起きるものではない。だからこそ、突然の揺れに対する人々の動揺は大きかった。

 

「なんだ!? 地震か!?」

「うわっ、ちょっと待って……!」

 

 スマホを取り落とす若者。足を取られてその場に座り込む老人。子供が泣き出し、犬が怯えたように吠え立てる。

 だが、単なる地面の揺れだけならそこまで本気のパニックにはならなかっただろう。問題は、それに伴って周囲一帯を押し潰すように覆い尽くした、ひどく重く、そして古い()()の方だった。

 

 空気が急激に重力を増したように錯覚する。

 目に見えない圧力が肩にのしかかり、息が詰まる。周囲の草が一斉に風もないのに伏せ、木々に留まっていた鳥たちが狂乱したように空へ飛び立った。

 膝を折りそうになるほどの重圧。だが、その異変はほんの数秒で嘘のように消え去った。

 

 地面は割れていない。建物も壊れていない。川もごく普通に流れている。

 通報を受けて駆けつけた地元警察や関係者が周辺を調べたものの、明確な原因は全く掴めなかった。地震計にはごく小規模な揺れしか記録されておらず、現場にいた者たちの体感とは明らかに乖離している。

 SNSには鳥が一斉に飛び立つ映像や、ざわつく観光客の短い動画が上がり、地元ニュースでは「原因不明の地鳴り」として小さく報じられた。

 結局のところ、夜間は不用意に近づかないようにという軽い注意喚起が出されただけで、事態は有耶無耶のうちに一旦の収束を見せる。

 

 誰も、その本質には辿り着いていない。

 足元の深い深い地中で、何かが動き始めたことなど知る由もなかった。

 

 その日の、夜。

 昼間の騒ぎが嘘のように静まり返った人気のないスローターブリッジ周辺で、再び地面が奇妙な揺れ方をした。

 今度は大きな地鳴りではない。もっと内側から、何かを押し退けて浮上してくるような微細な動き。

 

 ズブリ。

 湿った草を掻き分け、地中から一本の腕が生えた。

 

 力任せに土を掘り返しているわけではない。地中そのものが水であるかのように、泥の中を滑らかに泳いで水面へ浮かび上がってくるような、奇妙で静かな浮上。

 指が草を掴み、腕が、肩が、そして頭が外の空気に触れる。

 やがて、一人の男が地面から這い出た。

 

 全身が土に塗れている。肉体は夜風に晒されて冷え切っているが、そこに死臭や腐敗の兆候はない。

 男はしばらく膝をついたまま、微動だにせず目を閉じていた。

 ゆっくりと息を吸う。ひどく長く使っていなかった肺が軋み、喉が焼けるように痛む。遅れて心臓が大きく脈打ち、全身に血が巡り始める感覚が戻ってきた。

 目を開け、空を見上げる。

 

 星の配置が違う。

 空気が違う。以前より鉄や煙の匂いが混じっている。

 そして何より、夜だというのに遠くに見える人工的な灯りの量が多すぎた。

 

「…………一体何年経ったんだ?」

 

 掠れた声がこぼれる。

 男の名は、アルトリウス。

 はるか昔、敗北を知らぬ剣の効果によって死を遠ざけられ、地中深くで途方もない時間眠り続けていた男である。

 その手の中、あるいは胸の奥底で、青白い剣の輪郭が一瞬だけ淡く瞬き、すぐに消えた。

 

 とりあえず今分かっていることは三つ。

 自分が信じられないほどの長期間眠っていたこと。周囲に敵影はないこと。そして、自分の常識が全く通用しない時代に放り出された可能性が高いこと。

 最悪を想定するなら即座に身を隠すべきだが、情報が足りなすぎる。

 アルトリウスはゆっくりと立ち上がると、遠くに見える灯りの方へと歩き出した。

 

 やがて、黒く硬い石のようなもので平坦に舗装された道へと出た。

 等間隔に並ぶ奇妙な柱が、太陽のような強烈な光で周囲を照らしている。どうすっかねぇ、と周囲を観察していると、遠くからさらに強烈な二つの光が猛スピードで近づいてきた。

 

 獣か。いや、足音がしない。蹄の音も呼吸音も聞こえない。

 代わりに聞こえてくるのは、規則的で低い、何らかの機構が唸るような駆動音。

 アルトリウスは道の端に立ち止まり、その未知の物体が目の前を通り過ぎるのを静かに見送った。

 

「……馬車、ではないな」

 

 馬がいない。御者も外には乗っていない。

 鉄の箱が、自らの力で滑るように爆走(ばくそう)している。魔術の類か、それともこの時代の技術なのかは今の時点では判断できない。

 分からないものは分からないものとして保留し、アルトリウスは再び歩き出そうとした。

 

 と、そこへもう一台、少し速度を落として走ってきた鉄の箱が、彼を通り過ぎた直後にキキーッと甲高い音を立てて止まった。

 中から顔を出したのは、人の良さそうな地元の老人だった。

 

「おいあんた、大丈夫か?こんな時間に何してる。怪我でもしてるのか?」

「……道に迷った」

 

 アルトリウスは少し距離を置いたまま答える。

 言葉の響きや発音が自分の知るものとかなり違うが、意味は理解できる。完全に別の言語になっているわけではないらしい。

 

「長く、眠っていたようで。ここがどこか、教えてもらえると助かる」

 

 老人は訝しげに目を細めた。

 泥だらけの古い服。青白い顔。妙に古風な言い回し。明らかに不審者だが、その声色には奇妙な落ち着きと、隠しきれない品性があった。

 昼間の謎の揺れで斜面から落ちた遭難者か、あるいは歴史祭りの帰り道でトラブルに遭った若者か。

 老人は一つため息をつくと、後部座席のドアを開けた。

 

「とりあえず車に乗れ。シャワーくらい貸してやる。警察に行くにしても、その格好じゃ凍える」

 

 アルトリウスは一瞬警戒したが、相手から敵意も悪意も感じ取れない。この時代の法や保護の仕組みを知らない以上、まずは情報を得るのが最優先だ。

 彼は軽く頭を下げると、鉄の箱――車へと乗り込んだ。

 

 車内は奇妙なもので溢れていた。

 老人に言われるがまま、命綱のような帯を引き出して金具に差し込む。暖かな空気が吹き出し口から流れ出し、冷え切った体を温めていく。

 老人が手元のボタンを押すと、どこからか人の声が流れ始めた。

 

『――本日の昼下がり、スローターブリッジ周辺で観測された原因不明の振動について、専門機関は現在も……』

 

 ラジオと呼ばれるその箱から流れるニュースを聞きながら、アルトリウスは軽く目を伏せた。

 どうやら自分の目覚めは、随分と派手な騒ぎを起こしてしまったらしい。

 

「名前は?」

「アルトリウス」

「変わった名前だな」

「よく言われる」

 

 老人の家はそこからさほど遠くなかった。

 招き入れられ、タオルとサイズの大きな現代の服を渡される。

 

「まずは泥を落とせ。話はそれからだ」

「何から何まで、感謝する。見ず知らずの者にここまでの恩情を」

 

 自然とこぼれ出た礼儀正しい所作に、老人は「妙に育ちがいいな」とだけこぼして奥へと消えた。

 アルトリウスは案内されたシャワー室で泥を洗い流し、洗面台の鏡を見る。

 

 鏡に映る自分は、記憶にある最後の姿と何一つ変わっていない。

 だが、自分の知る世界はもうどこにもないのだろう。星の位置がズレるほどの時間が経過しているのだ。兄である王も、守るべき国も、かつての敵も味方も、全ては遠い過去のもの。

 

 ふと、胸元の奥底で、再び剣が淡く脈打つ気配がした。

 

「……本当に、どれだけ眠っていたんだろうね」

 

 ため息と共に吐き出した言葉は、誰に届くこともなくタイル張りの壁に吸い込まれていった。

 

 

 

     *

 

 

 

 その頃。

 スローターブリッジから遠く離れた、どこかの地下施設。

 無数に並んだモニターの一つで、昼間に観測された異常波形と、周辺の防犯カメラの映像を見比べている者がいた。

 

「波形の反応が、移動している」

 

 報告を受け、背後に立つ男が画面を覗き込む。

 粗い映像の中、老人の車から降りて家へと入っていく、一人の泥だらけの男の姿。

 その男の輪郭に、一瞬だけ――ノイズのように、青白い剣の形をした強烈な神秘反応が重なって映り込んだ。

 

「……現地確認を。急がなくていい。まずは、過去の記録と照合しろ」

 

 冷たい指示が、薄暗い部屋に響いた。

 

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