アベンジャーズ計画に神代ブリテンの騎士が追加されました 作:アルトリウス(深淵歩きはしない方)
SHIELD施設の客室で、アルトリウスは静かに目を覚ました。
ベッドの硬さも空調も、地中で眠っていた日々に比べれば遥かに快適だ。だが、老人宅の人間味あふれる部屋に比べると、すべてが整いすぎていて逆に落ち着かない。
監視カメラのレンズ、電子ロックの扉、無機質で頑丈な壁、そして窓のない空間。
アルトリウスは起き上がると、前夜に買ってもらったノートを開き、書き留めた内容を視認する。
・SHIELD。盾を名乗る組織。
・普通の衛兵ではない。王の密偵でもない。
・危険だが、話は通じる。
・今のところ、敵ではない。
・コールソン。距離感が上手い。要警戒。ただし悪くない。
そこへ、ペンを取って新しく一行を足した。
・施設。客室の形をした檻ではないが、檻にもできる。
書き終えてから、彼は少しだけ笑った。
「なるほど。現代の城は、随分と礼儀正しく人を閉じ込める」
とはいえ、不快ではない。逃げる気もないし、この時代の裏側を取り仕切る連中がどう動くのか、様子を見る価値は十分にあると判断している。
朝になり、コールソンの案内で施設内の食堂へと足を運んだ。
整然と並ぶテーブル、ステンレス製の配膳カウンター、トレーに乗せられたシリアルやスクランブルエッグ、そして香ばしいトースト。完全な栄養管理が為された食事風景を見て、アルトリウスは感心したように頷く。
「この時代は、兵站が恐ろしく整っているね」
「食堂です」
「兵士が食べるなら兵站だろう?」
「間違ってはいませんが、食堂です」
「難しい時代だ」
とまぁ、軽口を叩きながら食事を進める。
周囲の職員たちは、明らかに遠巻きにアルトリウスを見ていた。昨夜、巨大な大剣を持った男を徒手空拳で破壊した映像を見ている者もいるのだろう。そんなバケモノが、自分たちと同じ空間で普通にトーストを齧っているのだから無理もない。
アルトリウスはそんな視線など気にせず、黒い液体が入ったカップを口に運び――小さく顔をしかめた。
「苦い毒かと思った」
「コーヒーです」
「この時代、毒に近いものを朝から飲むのか」
「多くの人間が、それなしでは働けません」
「それはもう呪いでは?」
朝食後、アルトリウスは面談室に用意された膨大な資料の前に座った。
二十世紀の歴史、第二次世界大戦、冷戦、現代の国家群、国連、原子力、宇宙開発、そしてSHIELDという組織の表向きの説明。
アルトリウスは異常な速度でそれらの情報を読み進めていく。分からない語句はノートに書き留めるが、一度説明されればその概念を掴むのが恐ろしく早い。
「本当に、昨日までこの時代を何も知らなかったんですか?」
同席していた研究員の一人が、思わずといった様子で口を挟んだ。
「知らないよ」
「では、なぜ理解できるんです?」
「仕組みを見ているからだね。名前は違うし、道具も違う。だが、根の方にある考え方は似ている」
「似ている?」
「力をどう生み、どう流し、どう制御し、どう蓄え、どう使うか。魔術でも科学でも、そこは大きく変わらない」
その言葉に、研究員たちの目がさらに興味深げなものへと変わる。
やがて、現代知識の質疑応答の途中で、一人の研究員がもっとも根本的で当然の疑問を口にした。
「そもそも、あなたはどうして現代の英語を理解できているんですか?」
その場の空気が少しだけ止まる。
当然だ。九百年前の人間を自称する男が、発音や言い回しにわずかな違和感を残しているとはいえ、現代人と全く普通に会話を成立させているのだから。
アルトリウスは少し考え、自分の胸元――剣が在る場所――に指を当てた。
「剣に仕込まれている。正確には、剣と私の間に焼き付けられたルーンだね」
「翻訳機のようなものですか?」
「似ているが、音をそのまま置き換えているわけではないよ。相手の言葉に乗った意図や文脈を読み取り、私が理解できる形に整えている。私が話す時も同じだ。だから君たちは、私の言葉をこの時代の言葉として聞けている」
研究員が猛然とメモを取り始める。コールソンも興味深そうに目を細めた。
「それなら、現代の専門用語もすべて理解できるのでは?」
「そう都合よくはいかない。知らない概念は知らないままだ。言葉として脳に届いても、背景が分からなければ理解にはならない」
アルトリウスはノートを開き、書き込まれた項目を軽く叩いた。
「だから冷蔵庫は最初『小さな冬』に見えたし、テレビは『人を閉じ込めていない板』だった。言葉が通じることと、時代を理解することは別だよ」
「それを仕込んだのが、昨日話していた師ですか?」
「ああ」
「その方も、あなたと同じ時代の人物ですか?」
「同じ時代、という言い方でいいのか悩む相手だね。あの偏屈ジジイは、たぶん時間を一本の普通の道として見ていなかった」
コールソンが少し身を乗り出す。
「名前を聞いても?」
「君たちの時代にも、おとぎ話として残っているはずだ。
室内の職員たちが息を呑んだ。
「マーリン……伝説では、偉大な魔術師とされています」
「偉大なのは間違いない。性格が最悪なのも間違いない」
アルトリウスは苦笑しながら、かつての師の教育を少しだけ語った。
「彼は呪文を覚えろとは言わなかった。現象を見ろ、と言った。火が燃える理由。水が流れる理由。雷が落ちる理由。人が倒れる理由。魔術であれ自然であれ、力の流れには形がある。それを読め、とね」
「それで現代の科学を理解できる?」
「完全には無理だよ。名前も道具も社会も違いすぎる。ただ、考え方の取っ掛かりはある。だから学べる」
そう言ってから、アルトリウスは少しだけ目を伏せる。
「ただ、今になって思うと、あれは単なる魔術ではなかったんだろうね。あの偏屈ジジイは、私がこういう時代で目覚める可能性まで見ていたのかもしれない。まったく、どこまで仕込んでいたんだか」
そんな面談の最中、コールソンの手元の通信機に上層部からの回線が繋がった。
『そのペンドラゴンと話せるか』
「今なら可能です」
コールソンが端末を操作すると、室内のモニターに一人の黒人の男が映し出された。
隻眼の男。ニック・フューリー長官。
アルトリウスはその隻眼を見る。王ではない。騎士でもない。だが、間違いなく冷酷に命令を下し、責任を負う側の目をしている。
「君がこの盾の主かな?」
『主じゃない。責任者だ』
「似たようなものでは?」
『違う。そこは現代に慣れろ』
「努力しよう」
フューリーは挨拶もそこそこに、単刀直入に切り込んだ。
『お前は、アーサー王か』
「違う」
『なら何だ』
アルトリウスは少しだけ沈黙した。
だが、この組織が自分をどう扱うかを決める岐路だ。最低限の真実は開示するべきだろう。
「王ではない。私は、王の影だ」
『影?』
「王へ向かう刃、呪い、悪意、死を引き受ける者。王が勝つために、敗北を肩代わりする役だ」
この端的な表現によって、SHIELD側はアルトリウスの本質にようやく触れることになった。
『その内側の剣は何だ』
「《インヴィクトゥス》」
「意味は?」
コールソンが横から尋ねる。
「敗北知らず。勝利を約束する剣ではない。敗北を拒む剣だ」
『違いは?』
「勝たせてくれるわけではない。倒れた時、死ぬ時、終わる時。その結果を許さない」
「つまり、不死?」
「違う。死なないのではなく、死に至る結果を押し戻す。雑に言えば、何度でも無理やり立たされる」
『いい話には聞こえんな』
「いい話ではないね」
面談が終わった後、SHIELD側では今後の対応を決定する会議が行われた。
『危険です。本人が協力的でも、内在武装の出力が未知数すぎます』
『彼の剣は、エネルギー源としては極めて高価値です。可能であれば分離か、少なくとも実体化の観測を――』
保安担当と研究員の主張に対し、コールソンは静かに首を振る。
「分離は現実的ではありません。本人も警告しています」
『本人の言葉をどこまで信用するのですか』
「少なくとも、大剣を持った男を剣も抜かずに潰したやつの警告は聞く価値がある」
フューリーが口を挟み、コールソンを見る。
「彼は敵ではありません。今のところは」
「その“今のところ”を保て。檻に入れて、こちらから敵に回すな」
ここで方針が確定した。
保護と監視の継続。施設内の行動制限はあるが、拘束はしない。コールソンを窓口とし、彼を一個の対話可能な超常存在として扱う。
SHIELDはアルトリウスを完全に信用したわけではないが、無用な敵対は最悪の悪手だと判断した。
*
同じ頃。
ロンドンの地下では、『円卓の騎士』の幹部たちが次なる方針を決定づけていた。
力ずくでの回収は不可能。ならば、どうするか。
「影は、王へ向かう死を引き受ける。ならば、王に似たものを用意すれば、影は必ず動く」
「死した王の再現か」
「まだ不完全だ。アヴァロンへの道を開くためには、王の因子、そして
影が自ら儀式場へと足を踏み入れるよう、彼らは静かに盤面を動かし始めていた。
*
夜。
SHIELDの客室で、アルトリウスは渡された資料を読みながらノートを更新する。
・マーリンの理論は現代科学でも一部通じる。
・言葉は通じる。ただし、概念までは自動で分からない。
・この時代の人間は、魔術を使わずに魔術のようなことをする。
・SHIELDは私を物ではなく、人として扱う方向らしい。
・フューリー。隻眼。疑り深い。だが判断は早い。
・インヴィクトゥスの説明は、まだ半分以下。
少し考えて、彼は最後にこう書き足した。
・私は王ではない。王の影だ。
そこで、ペンを持つ手が止まる。
王の影。かつては当然だったその役目が、九百年後のこの時代で、再び何らかの意味を持ち始めている。
アルトリウスは小さく息を吐いた。
「まったく。あのクソジジイ、どこまで見ていたんだか」