アベンジャーズ計画に神代ブリテンの騎士が追加されました 作:アルトリウス(深淵歩きはしない方)
SHIELD施設の客室で、アルトリウスは静かに目を覚ました。
地中で眠るよりは遥かに快適だ。だが、老人宅の人間味あふれる部屋に比べると無機質すぎる。監視カメラのレンズ、電子ロックの扉、そして窓のない頑丈な壁。
彼は起き上がると、前夜に買ってもらったノートを開き、書き留めた内容を視認する。
・SHIELD。盾を名乗る組織。
・普通の衛兵ではない。王の密偵でもない。
・危険だが、話は通じる。
・今のところ、敵ではない。
・コールソン。距離感が上手い。要警戒。ただし悪くない。
そこへ、ペンを取って新しく一行を足した。
・施設。客室の形をした檻ではないが、檻にもできる。
書き終えた直後、室内に設置された内線電話が鳴った。受話器を取る。
『おはようございます。よく眠れましたか?』
「地中よりはね」
『比較対象としては最悪ですが、前向きに受け取ります』
通信の向こうのコールソンの声は、相変わらず穏やかだった。
「この部屋は客室に見えるが、檻にもできる。なかなか器用な作りだ」
『そこまで分かるなら、壊さないでください』
「予定はないよ」
『素晴らしい。今日一番の朗報です』
そんな軽口から、SHIELD管理下での一日が始まった。
この施設に閉じ込められているという不穏さよりも、お互いに「危険人物だが話せる相手」としての距離感を測っているような空気だ。
面談室へ移動すると、コールソンが今後の体制について説明を始めた。
「今後しばらく、私があなたの主な連絡担当になります」
「監視役、通訳役、世話役、交渉役。随分と忙しいね」
「肩書きは一つですが、仕事はよく増えます」
「給金は増えるのかい?」
「そこは聞かないでください」
「現代の組織にも悲哀はあるんだね」
「今、少しだけ親近感が湧きました」
とまぁ、コールソンの役割は多岐にわたる。SHIELDとの窓口、現代社会の説明、施設内ルールの伝達、そして何よりアルトリウスの暴走防止。
監視役であることは百も承知だが、こうして正直に言われた方が隠されるよりも遥かに信用できた。
「続いて、身分についてです。あなたは現代の記録上、存在していません。出生記録、住所、銀行口座、医療番号、戸籍。すべてが白紙です」
「私は生きているが、書類の上では幽霊か」
「かなり正確です」
「九百年眠った後に幽霊扱いとは、なかなか洒落ている」
「笑い話にするには、私たちが裏で処理する書類が多すぎます」
「では、笑ってはいけない?」
「私の前では控えめに」
現在のアルトリウスの扱いは、『身元不明の保護対象』。内部コードは『PENDRAGON』。外出時は同行者が必須となり、金銭はSHIELDが管理する。
「この時代は名前より番号が強いんだね」
「だいたい合っています」
「王より帳簿が強い時代か」
「税務署が聞いたら喜びそうです」
次に、施設内で着るための服や訓練着、最低限の私物が支給された。
アルトリウスは布地を触り、少しだけ眉を寄せる。
「この時代の服は柔らかいが、やはり防御力に不安がある」
「普通の服ですから」
「それは聞いた。だが、何度聞いても不安は残る」
「防弾ベストも用意できますが」
「防弾。つまり、この時代の弩対策か」
「だいたい合っていますが、だいぶ違います」
続いてコールソンは、薄い長方形の機器を机に置いた。
「これは通信用端末です。通話、メッセージ、地図、簡単な検索ができます」
「小さな板だ」
「ええ、小さな板です」
「現代人は板が好きだね。テレビも板、通信も板、身分も板、金も板」
「否定しづらいですね」
「そのうち剣も板になるのでは?」
「スタークなら作るかもしれません」
「誰だい?」
「近いうちに、嫌でも知ると思います」
最後に、施設内での行動ルールが提示される。
勝手に外へ出ない。高出力で剣を使わない。職員へ魔術的干渉をしない。壁や監視カメラ、電子ロックを壊さない。分からない時はコールソンへ聞く。
「最後の二つは非常に大事です」
「昨日学んだからね」
「学習が早くて助かります」
「ただ、現代の物は壊れやすいね」
「普通は、人が大剣を素手で砕く想定で作っていません」
「設計思想の問題か」
「違います」
面談の後は訓練場へ移動し、軽い身体能力測定が行われた。
条件は厳格だ。剣の完全解放なし、高出力エーテルなし、鎧のジェット噴射なし。素の身体能力と最低限のエーテル制御のみ。
測定用のパンチングマシンの前に立ち、研究員が指示を出す。
「まずは軽く押してください」
「軽く、だね」
「彼の“軽く”には注意してください」
コールソンの忠告に対し、研究員は自信ありげに頷く。
「大丈夫です。機械はかなり頑丈で――」
ガンッ、と。
アルトリウスが文字通り『軽く』表面を押し込んだ瞬間、けたたましい警告音が鳴り響き、モニターの数値が跳ね上がった。
「……今のが軽く?」
「かなり」
保安担当が渋い顔でコールソンを見た。
「今すぐ“軽い”の定義を共有しましょう」
「賛成です」
「現代では、軽いにも会議が必要なのか」
「あなたの場合は必要です」
次の反応速度測定では、ランダムに光るライトを叩くテストが行われたが、アルトリウスの動きにセンサーが追いつかず、測定エラーでシステムが飛んだ。
「センサーが飛びました」
「鳥のように?」
「壊れた、という意味です」
「なるほど。また修理費か」
「今日はまだ予算内です」
保安担当が「エージェント数名との軽い組手で実戦データを取りたい」と提案したが、コールソンは即座に却下した。昨日「止めた」と言って大男を病院送りにした実績がある以上、訓練生を消耗品にするわけにはいかない。
代わりに訓練用ドローンが飛ばされたが、アルトリウスはその動きを完璧に読み切り、壊さないように指先で弾いて壁際へ叩き落とした。
「撃墜しました」
「壊れていませんね」
「条件は守ったよ」
「今のを人間相手にやられたら?」
保安担当の呟きに、コールソンは「だから模擬戦を却下しました」と真顔で返した。
測定の最後、研究員がどうしてもと懇願してきた。
インヴィクトゥスの実体化観測。
「低出力状態で構いません。実体化をお願いできますか」
「それなら問題ないよ。出すだけで暴れるような剣ではない」
「エーテルを放出しても?」
「私が制御している限りはね。危ないのは、無理に剥がす、壊す、折る、あるいは戦場で使う時だ」
「つまり観測は可能」
「触らないなら」
「非接触で」
「切断しないなら」
「しません」
「分解しないなら」
「……しません」
「今の間は何ですか」
コールソンがジト目で研究員を見る。
「好奇心で寿命を縮める顔だね」
アルトリウスが右手を開く。
青白い光が手の中で輪郭を取り、一振りの剣が静かに形を成した。
派手な爆発も衝撃波もない。ただ、そこに在るだけで空間の質が泥のように重く変わる。
「……安定しています。出力は低い。ですが、密度が異常です」
「言っただろう。出しただけでは暴れない」
「問題は使った時ですか」
「剣というのは大体そういうものだ」
続けて、柄の結晶を淡く光らせ、青白い霧のようなエーテルを刃に沿って低出力で流す。
これも制御下であれば周囲の機器に障害は出ない。
「通常の呼吸みたいなものだよ。問題は走る時と、殴る時だ」
「その例えは分かりやすいが、怖いな」
「触れることは?」
「やめておこう。君たちがこの剣にとって客か敵か、まだ剣が判断していない」
「剣が判断するんですか?」
「意思というより、性質だ。火が熱いのと同じだね」
この観測により、SHIELD側は「低出力なら安全に観測可能だが、接触や高出力運用は極めて危険」という認識を共有した。
*
同じ頃。
ロンドンの地下、『円卓の騎士』の拠点では、盤面が新たなフェーズへ移行していた。
複数のモニターが並ぶ薄暗い部屋で、第十一席を名乗る若者・ガレスが、ゲーム感覚でキーボードを叩いている。
「表側の盾か。硬そうな名前してるけど、電脳側はどうかな」
彼が操るのはただのハッキングではない。魔術とネットワークを融合させた電子魔術《テクノマンシー》。
光ファイバー上にルーンの術式を流し、通信パケットに呪いの紋様を混ぜ、セキュリティの壁に魔術的なノイズを噛ませる。
だが、SHIELDの防壁も簡単には抜かれない。引き出せたのは、ごくわずかな断片だけだ。
『PENDRAGON』
『internal sword-shaped energy signature』
『0-8-4 classification revised』
『Coulson assigned』
「王の影、盾の中にいるんだ。しかも剣まで出してる」
そこへ、第六席アグラヴェインが冷たい足音を立てて現れた。
「遊ぶな」
「仕事してるよ。遊びみたいに見えるだけ」
「お前の仕事はいつもそうだ」
「褒めてる?」
「叱っている」
ガレスの報告を受けたアグラヴェインは、表情を変えずに判断を下す。
「正面から奪う必要はない」
「じゃあ忍び込む?」
「盾の中にいるなら、盾の中から揺らせばいい」
「うわ、陰湿」
「効率的と言え」
彼は影だ。ならば、光を用意すれば必ず動く。
「王様ごっこ?」
「儀式だ」
「似たようなものじゃん」
「口を慎め」
偽りの円卓は、剣による力押しから、情報戦と儀式誘導へとその手を切り替えていた。
*
SHIELDの施設内。
サーバーへの不審なアクセスが検知され、コントロールルームが少しだけ慌ただしくなった。
「外部からの侵入です。遮断しました。ですが、ログが変です」
「変、というのは?」
「文字化け……いえ、文字化けに見える何かです」
モニターに残されたのは、奇妙なノイズの羅列だった。
報告を受けたコールソンは、面談室にいたアルトリウスにその画面を見せた。
「これに見覚えは?」
「ただの文字化けではないね」
「読めますか?」
「読める、というより臭う」
「臭う?」
「ルーンの真似事だ。かなり現代風に汚れている。術式に機械油を混ぜたような感じだね」
電子空間に魔術を這わせる。そのやり口に、コールソンの表情が引き締まった。
「円卓の騎士ですか?」
「おそらく。剣で失敗したから、今度は情報から来た」
「現代に適応していますね」
「嫌な学習能力だ」
*
夜。
アルトリウスは客室の机に向かい、ノートを更新する。
・SHIELDの食堂。兵站ではなく食堂。
・コーヒー。朝に飲む苦い呪い。
・現代人は板を多用する。
・身体測定。軽く、の基準が違う。
・インヴィクトゥス。低出力なら観測可能。ただし触らせない。
・円卓の騎士は、剣だけでなく情報にも手を伸ばしてきた。
少し考えて、彼は最後にもう一行だけ書き足した。
・この時代の戦は、剣より先に情報が来る。
アルトリウスはペンを置き、小さく息を吐いた。
「なるほど。なら、こちらも学ばないとね」