アベンジャーズ計画に神代ブリテンの騎士が追加されました   作:アルトリウス(深淵歩きはしない方)

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王の影の偽物

 

 

 

 ロンドン郊外。

 周囲から完全に隔離され、封鎖された古城跡の地下深く。

 

 そこには、円卓の騎士が構築した異様な空間が広がっていた。現代の照明機材と古びた魔術の燭台が入り混じる中、広大な石造りのフロアの中央には、巨大な儀式円が描かれている。

 

 そこに集められているのは、本命の聖杯ではない。

 第4席パーシヴァルが修道院跡から持ち去った杯の小片。王権神秘の模造波形。インヴィクトゥスが放った魔力反応のコピー。そして、人工的に構築された擬似王影術式と、アヴァロンへ接続するための小規模な門。

 アヴァロンへの本接続を狙うものではない。あくまで王の影という性質を人工的に再現し、接続が可能かを確認するためだけの『試験儀式』だ。

 だが、その過程で発生する魔力の暴走は、放置すればロンドン近郊を呑み込む規模の災害となる。

 

 儀式場の中央で、白衣にも法衣にも見える妙な衣服を纏った男が、狂気的なまでに冷たい目で計測機器のデータを見つめている。

 第10席、ディナダン。

 円卓の騎士における神秘解析・研究部門の長。ヴィヴィアン、湖の乙女、聖杯、王権神秘、アヴァロン、そしてインヴィクトゥスが放つ特異な反応。彼はそれらを、伝説や信仰として敬うことは決してない。すべては解析と再現が可能な『事象』として扱う男だ。

 

 彼にとって騎士道はただの感情的な情緒であり、誓いは非効率な足枷でしかない。伝説は再現可能な実験記録であり、王も影も聖杯も、機能ごとに分解できるただの素材に過ぎなかった。

 

「偽聖杯出力、安定。杯の小片との接続率は想定より三パーセント高い。パーシヴァルの雑な発掘にしては、良い成果だ」

 

 ディナダンの独り言のような報告に、通信機の向こうからパーシヴァル本人の軽い声が響く。

 

『雑とは失礼だね。あれは大胆と言うんだ』

「崩壊寸前の封印層から小片だけを抜いて逃げる行為を、学術的には雑と言う」

『学者は言い方が硬いなぁ』

 

 別の回線から、第11席ガレスの声が割り込む。

 

『偽聖杯のログ、こっちの拠点でも見えてるよ。いやー、部品の寄せ集めにしてはかなり頑張ってるじゃん』

『その“頑張ってる”で現場が吹き飛んだら、誰が後処理と回収をすると思っている』

 

 第13席、ケイの刺々しい声が響く。

 

『ケイ』

『即答するな』

 

 いつものように軽口を叩き合う通信に、第6席アグラヴェインの氷のような声が静寂をもたらした。

 

『雑談は終わりだ。王の影は来る』

「来るだろうな。あれは守る者だ。こちらが意図的に災害を作れば、必ず止めに来る」

 

 ディナダンは微塵の恐れも抱かず、ただデータだけを見つめて答える。

 

『性格テストの結果、追うことより守る方を優先する騎士でしたー』

 

 パーシヴァルが茶化すように言うと、ケイが深いため息をついた。

 

『そのテストが行われるたびに、俺のルートと中継点が壊れるんだ』

「壊れたものは補填すればいい。彼から得られる戦闘と魔力のデータの方が、失う物流網よりも遥かに価値は高い」

『その補填の死労を被るのは誰だと思っている』

「第13席だろう?」

『覚えているなら少しは配慮しろ』

 

 ケイの文句にも、ディナダンは笑わない。

 彼にとって今日の主役は、アルトリウスという古い騎士の命ではない。アルトリウスという最高級の素材を刺激することで得られる、極上のデータこそがすべてだった。

 

 ディナダンは、アルトリウスを単に倒すためだけにこの儀式場へ誘い込んだわけではない。

 目的は測定。捕獲。解析。可能であれば、解体して生体サンプル化すること。

 そのため、儀式場へ至る道には、三つの層からなる周到な罠が仕掛けられていた。

 

 第一層、認識阻害殺し。ガレスの電子魔術を利用した高精度の監視網。

 第二層、守る者への罠。アグラヴェインが手配した、一般人や末端構成員を巻き込んだ人質術式。

 第三層、擬似王影術式。アルトリウスの反応と共鳴し、その動きを模倣する人工の影。

 

「まずは通過時の魔力反応を取る。次に、守るべき対象を置いた時の行動優先度を正確に測る。最後に、本人の反応から完璧な王の影の模造品を作り上げる」

『言い方が完全に実験動物相手なんだよなぁ』

 

 ガレスの呆れたような声に、ディナダンは心底不思議そうに首を傾げた。

 

「違うのか?」

 

 通信が一瞬だけ静まり返る。

 

『今の発言、ランスロットが聞いたら面倒だぞ』

 

 ケイの忠告を裏付けるように、通信の向こうから、殺気を孕んだ低い声が響いた。

 

『影は影だ。王ではない』

「ならば、素材として解体しても何ら問題はないはずだ」

『好きにしろ。ただし、王の名を汚すような無様な失敗はするな』

「失敗はしない。確かな記録は残す」

 

     *

 

 アルトリウスは、隠密行動など取らずに正面からやってきた。

 認識阻害のエーテルで身を隠すこともせず、逃げも隠れもせず、ただ静かな足取りで地下へ続く重厚な大扉の前に立つ。

 

 内部から漏れ出してくる気配を肌で感じ取り、彼は短く吐き捨てた。

 

「これは聖杯じゃない」

 

 一歩、足を踏み出す。

 

「王の気配でもない」

 

 さらに奥へ進み、空気の粘度を確かめる。

 

「……私の真似か」

 

 その瞬間、アルトリウスの顔から一切の表情が消え去った。

 

「王だけでなく、影まで部品にする気か」

 

 通路の奥から、儀式を警護する円卓の武装兵たちが姿を現す。

 アルトリウスは歩みを止めず、右手にインヴィクトゥスを実体化させた。低出力ではない。だが、地下施設そのものを崩落させてしまうような完全解放でもない。街を巻き込まない絶妙な範囲で、明確に敵を殲滅するための戦闘用出力へと引き上げられている。

 

「退くなら今だ。私は今日、かなり機嫌が悪い」

 

 その言葉の奥にある底知れない重圧に当てられ、守備兵の一人がガタガタと震え出した。

 

「ひ、退いて、いいのか?」

「君が自分の足で振り返って退けるならね」

 

 数人が恐怖に耐えきれず武器を捨てて逃げ出す。だが、残りの数人は震える手で銃と魔術礼装を構え直した。残った者たちは、儀式を守るために自らの意志で刃を向けた敵である。

 

 アルトリウスは、そこから先は一秒もためらわない。

 青白いエーテルの軌跡が走る。

 放たれた銃弾ごと、構えられた銃身と腕が宙を舞う。踏み込んできた重装兵の胸甲が紙のように割れ、背後の石床へ叩きつけられて絶命する。遠距離から術式で拘束しようとした魔術師の喉元を、インヴィクトゥスの切っ先が風を切り裂いて正確に裂いた。

 

 殺しを楽しむわけではない。だが、ここは戦場だ。

 かつてのブリテンは、明確な敵意と殺意を持って刃を向けてきた相手を、手加減して全員生かしてやれるような甘い場所ではなかった。

 

「退く機会は与えた」

 

 血溜まりの中に倒れた者たちを見下ろし、アルトリウスは油を拭うように剣を振って静かに進む。

 

「残ったなら、そういうことだろう」

 

     *

 

 儀式場へ続く第一層。

 そこでは、ガレスが構築した監視網が起動していた。

 

 壁、床、天井の隙間に埋め込まれた細いルーンの線。現代の高性能な監視カメラ、熱源センサー、魔力センサー、そしてそれらを統括する電子魔術の網。

 アルトリウスが認識阻害の術式を使っていなくとも、その緻密な構造は彼の周囲を取り巻くエーテルの揺らぎそのものを確実に捕捉していた。

 

『お、見えた。今日は隠れてないけど、反応はしっかり取れてる。相変わらず古代騎士、エーテルの輪郭がバグってるなぁ』

 

 スピーカー越しに響く軽い声に対し、アルトリウスは歩きながら空を睨んだ。

 

「見ているのは君か。ガレス」

『あ、名前覚えてくれた? 光栄』

「残念ながらね」

『残念って言われた』

 

 アルトリウスは左手を軽く振る。

 指先から青白いルーン鎖が蛇のように走り、カメラのレンズやセンサーの機械部分を直接物理的に壊すのではなく、監視網を繋ぐ術式の結合点だけを正確に縛り上げて切断した。

 

『うわ、そこ触る? 物理機器じゃなくて術式側を直接?』

「目を一つずつ潰すより、視線の通り道を結んで塞ぐ方が遥かに早い」

『やだなぁ。学習する古代人、普通に怖いんだけど』

「君も私の動きを見て学ぶんだろう?」

『もちろん』

「なら、次はもっと面倒だね」

『お互い様じゃん』

 

 監視網の一部は破壊され、アルトリウスは第一層を突破した。だが、ガレスは破壊されるまでの過程で十分なデータを引き抜いていた。

 

 続く第二層の通路。

 アルトリウスは足を止め、眉をひそめた。通路の床には、何人もの人間が倒れている。

 

 彼らは全員が円卓の騎士の狂信者というわけではない。偽造書類で騙されて雇われただけのただの作業員、記憶を弄られた無関係な警備員、そして意識を奪われた末端の構成員たちだ。

 彼らの身体の周囲には、奥の偽聖杯から伸びる細い術式の線が蜘蛛の糸のように絡みついている。

 もしアルトリウスが力任せにこの線を斬り捨てれば、あるいは術式ごと吹き飛ばせば、その反動が彼らの神経や魂に直接逆流し、全員が致命的な廃人となる。

 

 見ただけでその構造を理解し、アルトリウスは吐き捨てた。

 

「性格が悪い」

『それ僕じゃないよ』

「分かっている。君より遥かに陰湿だ」

『褒め言葉として受け取ろう』

 

 通信機越しに、アグラヴェインの冷たい声が響く。

 

「一欠片も褒めていない」

『問題ない。機能している』

 

 ここでアルトリウスは、剣を振るうことができない。

 彼は膝をつき、絡みついた術式の線を一本ずつ、神経外科医のような精密さで解き始めた。倒れている者の呼吸と脈拍を確認し、偽聖杯から流れ込んでくる悪意だけを、インヴィクトゥスの刃の表面へ引き寄せて安全に処理していく。

 

 圧倒的に時間がかかる。だが、そうするしかない。

 

『追うより守る。やっぱりそうするんだね』

 

 遠隔通信越しにパーシヴァルが愉快そうに笑う。

 

「君たちが守らなさすぎるだけだ」

『何度聞いても耳が痛いね』

「痛いだけで済ませるな」

 

 その時、術式を解かれた末端構成員の一人が微かに意識を取り戻し、呻き声を上げた。

 

「た、助け……」

「喋るな。術式の残滓で舌を噛むぞ」

「あんた、俺たちの敵じゃ……」

「君が今、武器を持って立ち上がるというなら敵だ。だが、そこで寝ているならただの怪我人だ」

 

 構成員は力なく目を閉じ、黙り込んだ。

 アルトリウスが甘いわけではない。敵として立ち塞がる者と、ただ利用されているだけの非戦闘員を、騎士として明確に切り分けているだけだった。

 

 すべての術式線を切り、救助を終えたアルトリウスは、いよいよ第三層――儀式場の手前へと足を踏み入れた。

 

 床に刻まれた王権神秘の模造術式が、不気味な青白い光を放っている。

 奥にある偽聖杯が、インヴィクトゥスの魔力反応をなぞるように脈動を始めた。擬似王影術式が起動する。

 

 王へ向かう悪意。王へ向かう呪い。王へ向かう死。

 それを引き受ける影を人工的に作るため、儀式場がアルトリウスの反応を鏡のように写し取ろうと空間を歪ませた。

 アルトリウスの周囲に、青白い魔力の影が何体も立ち上がる。

 

 顔のない空っぽの鎧。歪な形をした魔力の剣。インヴィクトゥスを模した棒切れのような刃。ルーン鎖らしき青白い糸。

 王を守るという姿勢だけを外側から真似た、中身のない空っぽの影。

 

 アルトリウスは、目覚めてから初めて、はっきりとした怒気を露わにした。

 

「……私の真似をするな」

 

 偽影たちが一斉に襲いかかってくる。

 彼らはアルトリウスの動きを浅く模倣していた。剣を振るう軌道。籠手での防御。ルーン鎖もどきによる拘束。そして、王へ向かう呪いを身代わりとなって受け止めようとする動き。

 だが、そのすべてが浅く、薄っぺらかった。

 

「形だけだ」

 

 インヴィクトゥスが閃き、一体の偽影を袈裟懸けに両断する。

 

「誰を守るかもない」

 

 籠手で殴りつけ、もう一体の兜を粉砕する。

 

「何を背負うかの覚悟もない」

 

 伸びてきたルーン鎖もどきを、足に纏わせたエーテルごと踏み砕く。

 

「それを影とは呼ばない」

 

 最後の偽影が、儀式場に渦巻く呪いを受け止める動きを見せた。だが、所詮は模造品。莫大な呪いの質量を受け止めきれず、その体が内側から限界を迎え、大爆発を起こそうと赤黒く膨張する。

 そのまま放置すれば、通路に倒れている者たちへ呪いが逆流し、全員が死ぬ。

 

 アルトリウスは忌々しげに舌打ちをし、自らその呪いの奔流の前へ身を挺した。

 偽影ごと、すべての呪いを己の身で引き受ける。インヴィクトゥスの刀身が、許容量を超える呪いを受け止めて青白く軋んだ。

 

「……粗悪品の後始末までさせるな」

 

 魔力を解放して偽影を完全に叩き潰し、アルトリウスはついに儀式場の中央へと足を踏み入れた。

 

     *

 

 儀式場の中央。

 偽聖杯がドクドクと心臓のように脈動している。パーシヴァルが持ち帰った杯の小片が組み込まれ、アヴァロンに似た位相に向けて、空間に小さな門を開こうとしていた。

 

 その前に、ディナダンが立っている。

 

「素晴らしい」

「何がだ」

「君だ。偽影の暴発を処理した時の反応速度、インヴィクトゥスの精密な出力調整、呪いの受け流し方。すべてが過去の記録だけでは分からなかった生きたデータだ」

「それを知って、何をする気だ」

「再現する。改善する。量産する。完璧な王を作るためには、完璧な王の影も必要なのだから」

 

 アルトリウスの目が、絶対零度まで冷え切る。

 

「お前が、これを作ったのか」

「偽聖杯、擬似王影術式、インヴィクトゥス反応の模造。すべて設計責任者は私だ」

「そうか」

 

 短い沈黙の後、アルトリウスは剣の切っ先をディナダンへ向けた。

 

「なら、ここで終わりだ」

「やはり怒るのか。非合理だな。君は元々、王のために死を引き受けるための存在だろう。ならば、現代の王のために再利用されることの何が不満だ?」

「黙れ」

 

 空間が完全に凍りつく。ディナダンがわずかに眉を動かした。

 

「何が違う?」

「私は、私の意志であの人の隣にいた」

 

 一歩、床を踏み砕くほどの力で踏み込む。

 

「お前たちの都合の良い部品になった覚えはない」

 

 激突。

 ディナダンは純粋な剣士ではない。研究者であり、術式使いであり、罠師だ。

 彼が用いるのは、呼吸を奪うエーテル毒、肉体を内側から削るナノマシンめいた微細魔術粒子、偽聖杯から無尽蔵に供給される多重防御結界、擬似王影術式を応用した反射盾、アルトリウスの動きを学習して対応する模造鎧、そしてインヴィクトゥスの反応を引きずる捕獲術式。

 

「殺す気はない。君は我々にとって貴重なサンプルだ」

「私は殺す気で来ている」

「非効率だ」

「戦場で効率の話をするなら、敵の首を落とすのが一番早い」

 

 ディナダンが距離を取り、空間から偽影を追加生成する。アルトリウスはそれらを文字通り切り捨てながら、ただ前へと進む。

 ディナダンの強固な結界が展開される。アルトリウスはそれを剣で力任せに叩き割ることはせず、ルーン鎖を結界の内側へ滑り込ませて縛り上げ、魔力の基点を根こそぎ引き抜いた。

 

「結界を力で壊さず、構造を解析して抜くか。やはり君は解析価値が高い」

「褒め言葉のつもりなら、腹が立つだけだ」

「感情は不要だ」

「それを持たなかったから、お前は中身のない円卓を真似ているだけなんだろう」

 

 ディナダンの顔に、初めて明確な不快感が浮かんだ。

 彼は戦闘の最中、後方にある偽聖杯を強制起動させた。

 

 アヴァロンへの小さな門が開きかける。

 本物のアヴァロンではない。神代の残響に無理やり接続しかけた、ひどく不安定で危険な穴。

 空間に異様な水音が満ち、白い霧が立ち込める。床には存在しない湖面が鏡のように映り、破壊された偽影たちの残骸が、次々と偽聖杯の渦へ吸い込まれていく。

 

 擬似王影術式が完全に暴走し、周囲の呪いと悪意を無差別に吸い込み始めた。

 このまま放置すれば、儀式場周辺は深刻な神秘災害に見舞われる。ロンドンの地下にアヴァロンもどきの湖が発生し、数万人の記憶や夢が混じった致命的な精神汚染の水害が起きる。

 

「制御値を超えたか。だが、まだギリギリまで記録は取れる」

「お前は本当に、救いようがないな」

「救いなど研究対象ではない」

 

 アルトリウスはディナダンへ踏み込もうとしたが、偽聖杯の暴走が限界を迎えようとしていた。

 ここで究極の選択を迫られる。ディナダンを斬るか、偽聖杯を止めるか。

 

 アルトリウスは、迷わず偽聖杯の方へと向き直った。

 

「そちらを選ぶか」

「順番の問題だ」

「私を後回しにして済むとでも?」

「後で確実に殺す」

 

 アルトリウスはインヴィクトゥスの出力を引き上げた。

 完全解放ではない。街を巻き込まない、儀式場という空間の限界を見極めた最高出力。

 剣の柄の結晶が、星のように青白く輝く。

 床の儀式円の急所にルーン杭を叩き込み、偽聖杯から伸びる無数の術式線へルーン鎖を絡ませて縛り上げる。

 

 やるべきことは三つ。

 暴走する擬似王影術式を縛る。アヴァロン接続門の基点を固定して止める。そして、偽聖杯の核だけを正確に斬る。

 

「勝利を約束する剣じゃない」

 

 インヴィクトゥスが、持ち主の意志に呼応して甲高く鳴る。

 

「敗北を拒む剣だ」

 

 群がってくる偽影たちをルーン鎖が次々と縛り上げる。

 

「だから、終わるべきものをここで終わらせる」

 

 インヴィクトゥスの刃が一閃し、偽聖杯の核を完璧に両断した。

 

 ピキィィンッ! というガラスが割れるような甲高い音が響き、偽聖杯に致命的なヒビが入る。組み込まれていた杯の小片が弾き出された。

 アヴァロンへの小さな門が急速に閉じていき、擬似王影術式が砂のように崩壊する。

 アルトリウスは爆発を許さず、崩壊する莫大なエネルギーをインヴィクトゥスの刀身へと引き寄せ、圧を安全に虚空へ逃がし切った。

 

「……粗悪品のくせに、出力だけは一丁前にある」

 

 息を吐くアルトリウスの背後で、ディナダンが手を叩く。

 

「素晴らしい。完璧な処理だ。今の反応を、もう一度――」

「次はない」

 

 アルトリウスはディナダンへと向き直った。

 偽聖杯は壊れた。擬似王影術式も崩壊した。だが、ディナダンはまだ手元の端末で記録媒体を外部へ逃がそうとしている。

 

「術式自体は失敗したが、貴重な記録は残った。次はより精密に君を模造できる」

「だから、お前をここで殺す」

「私を殺したところで、組織の歩みは止まらない」

「知っている」

「ならば無意味だ」

「いいや」

 

 一歩、死の距離まで踏み込む。

 

「お前がもう一度、こんな悪趣味なものを作れなくなる」

 

 ディナダンが最後の手段として捕獲術式を全開にする。

 アルトリウスの足元から、王権神秘を模した禍々しい鎖が伸び、インヴィクトゥスの反応を縛り上げ、剣と肉体と魂の接続を一瞬だけ引き剥がそうと試みた。

 

 それは、絶対に踏んではならない地雷だった。

 アルトリウスの表情が、人間から神話の怪物へと完全に変わる。

 

「触るな」

 

 絡みついたルーン鎖が、強烈なエーテルを帯びて逆流した。ディナダンの捕獲術式そのものを伝い、彼が展開していた絶対の防御結界の内側へと瞬時に侵入する。

 

「待て、今私を殺せば術式の制御が――」

「なら、殺してから止める」

 

 容赦なく、インヴィクトゥスが振り下ろされた。

 

 ディナダンの結界が割れる。学習機能を持つ模造鎧が砕ける。何重にも張られた防御礼装が燃え上がる。

 そして最後に、ディナダン本人が肩口から胸にかけて、一瞬にして斬り裂かれた。

 

 第10席ディナダン、死亡。

 解析と効率のみを追い求めた男は、己の血を流しながら事切れた。

 

     *

 

 ディナダンの生命反応が完全に消失した。

 

『ディナダン、反応消失。うわ、これ完全に死んだね』

 

 ガレスの軽い声にも、わずかな緊張が混じる。

 

『第10席が落ちたか。撤退経路をすべて閉じる。残存人員は拾えるだけ拾うが、これ以上の無理はしない』

 

 ケイの判断は冷徹で早かった。

 そして、儀式場と別区画で待機していたパーシヴァルが、現場の惨状を見て呟く。

 

「ずいぶん思い切りよく斬ったね」

『王の影への直接追跡を停止する』

 

 アグラヴェインの撤退命令に、パーシヴァルは首を傾げた。

 

「いいのかい? 王の影は目の前だよ。今ならまだ――」

『今奪えば損害が大きすぎる』

『中継点、偽聖杯、そして第10席。これ以上は完全に赤字だ』

『神秘結社で赤字って言う?』

『言う。俺は言う』

 

 ケイの切実な主張が通ったその時、ランスロットの殺気を帯びた声が回線に響いた。

 

『逃がすのか』

『違う。今はこれ以上の損失を出せないだけだ』

『影ごときに席を一つ落とされたと?』

『事実だ』

 

 短い沈黙。

 

『いずれ斬る』

『直接追跡は停止。以後、王の影は奪取対象ではなく、障害として扱う』

 

 これで、円卓の騎士は完全な撤退を決めた。

 十三の席を一人失い、偽聖杯と擬似王影術式も破壊され、物流網も甚大な損傷を受けた。これ以上の深追いは組織の存続に関わる。

 

 パーシヴァルもまた、自身の背後にゲートを開いて撤退の準備をする。

 アルトリウスは彼を追うことも、殺すこともできた。だが、ディナダンが死んだことで儀式場の制御が完全に外れかけている。アヴァロンもどきの門の残滓が暴走し、地下水脈と繋がりかけていた。

 追えばパーシヴァルには届く。だが、ロンドンの地下に神秘災害が漏れ出す。

 

「追ってこないのかい?」

「追えば殺せる」

「怖いことを言うね」

「事実だ。だが、今ここで君を斬れば、この下の水脈が街を呑む」

「つまり、僕はまたしても街の一般人に助けられたわけだ」

「次も同じ幸運があると思わないことだ」

「覚えておくよ。たぶんね」

「覚えておけ。必ずだ」

 

 パーシヴァルは笑いながらゲートへと消えた。

 アルトリウスが彼を追わない理由は甘さではない。王の影として、これ以上の災害の拡大を防ぐためだった。

 

     *

 

 残された儀式場で、アルトリウスは事態の安定化を図った。

 閉じかけたアヴァロンもどきの門にルーン杭を何本も打ち込んで完全に固定し、偽聖杯の破片を一箇所に集める。杯の小片を安全な状態に封印し、倒れている者のうち生存者を死なない安全な場所へと移動させる。

 戦闘で崩落しそうになった天井をエーテルの柱で支え、流れ出した呪いの霧を術式で押し込めて封じ、最後にディナダンが残そうとした記録媒体を容赦なく焼き払った。

 

「壊して、止めて、片付ける」

 

 ふと、自嘲するように笑いが漏れる。

 

「騎士というより、ただの掃除屋だね」

 

 自分で言ってから、肩をすくめる。

 

「いや、ケイに聞かれたら掃除が甘いと怒られそうだ」

 

 すべての処理を終え、彼はディナダンの死体と偽聖杯の残骸を見下ろした。

 

「これで終わりじゃない、か」

 

 第一作の事件には勝った。だが、戦いはまだ終わっていない。

 

     *

 

 SHIELDの部隊が現場に到着したのは、すべての事態が完全に沈静化した後だった。

 今回は最終現場ということもあり、コールソン率いる保安チーム、特殊回収班、そして分析班が大規模に投入された。

 

「これを全部、あなた一人で?」

 

 崩壊しかけた地下施設と、無力化された膨大な魔術設備を見て、コールソンが呆然と呟く。

 

「全部ではないよ。向こうが勝手に壊して置いていった分もある」

「その説明は、長官への報告書に非常に使いづらいですね」

「なら、いい感じに脚色して書いておいてくれ」

「最近、それが私の主な仕事になりつつありますよ」

「向いていると思うよ」

「褒め言葉として受け取っておきます」

「半分くらいは本気だ」

「残り半分がひどく気になりますね」

 

 コールソンは現場の奥へ進み、ディナダンの死体を確認した。

 

「彼は?」

「第10席ディナダン。今回のふざけた術式を作った男だ」

「殺したんですね」

「ああ」

「理由を聞いても?」

「同じものを、もう一度作らせないためだ」

 

 コールソンは少しだけ黙り、アルトリウスを見た。

 

「現代の報告書には、書き方を考える必要がありそうです」

「それも君の仕事だろう?」

「ええ。最近、本当に仕事が増えました」

 

 SHIELDの回収班が、次々と現場から資料と物品を運び出していく。

 偽聖杯の残骸。杯の小片。ディナダンの研究資料。擬似王影術式の断片。そして、十三の席に関する情報や資金記録、古い探索記録の数々を回収していった。

 

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総合評価:4661/評価:8.79/連載:22話/更新日時:2026年05月26日(火) 00:27 小説情報

オンテギ・ウルト(作者:ヤン・デ・レェ)(原作:もののけ姫)

エボシ御前を買って嫁にする倭寇の頭目にチート転生したっぽい件。▼なお、それはチートではなくバグである模様。▼*外伝が本編より長くなります。


総合評価:6582/評価:8.77/連載:6話/更新日時:2026年05月26日(火) 00:00 小説情報


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