アベンジャーズ計画に神代ブリテンの騎士が追加されました 作:アルトリウス(深淵歩きはしない方)
雇われの影
ロンドン郊外の地下深くで引き起こされた『試験儀式』の騒動が一段落した、数日後のこと。
SHIELDの臨時施設では、今後のアルトリウス・ペンドラゴンの取り扱いについて、各部門の責任者を集めた極秘の内部会議が行われていた。
巨大な円卓状のモニターに映し出される各部門の意見は、見事に割れていた。
保安部門は、彼が単独で中継地点を壊滅させ、幹部であるディナダンを殺害した事実を重く見て「予測不能の危険存在として、厳重に監視・制限すべきだ」と声高に主張する。
一方で研究部門は、インヴィクトゥスという規格外の質量兵器と、彼が放つ異常なエーテル反応の観測データに魅了されており「何としても我々の管理下で継続観測を続けたい」と熱弁を振るう。
そして、法務部と総務部の担当者は、物理的な頭痛に耐えるようにこめかみを押さえていた。
彼らの悩みはもっと現実的だ。そもそも出生記録も国籍も社会保障番号もない、現代法において存在すらしていない九百年前の人物と、一体どうやって合法的な雇用契約を結べと言うのか。書類の辻褄を合わせるだけでも、法務部の人間が数人は過労で倒れる計算になる。
様々な思惑と文句が飛び交う中、現場責任者であるコールソンは、彼らに対して極めて冷静な主張を投げかけた。
「彼を拘束対象や、鎖に繋いだ実験動物として扱えば、確実に関係は悪化します。彼は逃げ出そうと思えばいつでも逃げられるだけの力と隠密性を持っている。命令で縛るのではなく、あくまで対等な協力者として扱うべきです」
その言葉に、モニターの最奥で腕を組んでいたニック・フューリー長官が、重い口を開いて最終判断を下した。
「檻に入れられないなら、席を用意しろ」
「契約協力者としてですか?」
「兵士にはするな。あれは命令で動くタイプじゃない。あくまで自分の判断基準で動いている」
「となると、特別教導官。あるいは神秘戦闘顧問。そのあたりが妥当かと」
コールソンの提案に、フューリーは一つしかない目で鋭く画面を睨み据えた。
「古代ブリテンの騎士を、うちの現代的なエージェントたちの教官にするのか」
「彼は、我々がまだ踏み込んだことのない領域の戦場を知っています。現場の生存率を上げるには適任です」
「そして我々は、彼が知らない現代の時代を知っている、というわけか」
「ええ。取引としては十分に成立します」
フューリーは短く鼻を鳴らし、手元の資料をテーブルに放り投げた。
「なら契約しろ。ただし、首輪に見えるような分厚い契約書は出すなよ。噛みつかれるぞ」
「本人に言えば、全く同じことを言いそうですね」
*
SHIELDの面談室。
無機質な長机の上には、法務部が徹夜でひねり出した幾つもの分厚い書類が並べられていた。
特例措置の契約書、身分登録の仮書類、機密保持契約、給与関連書類、そして今後の教育計画書。それらの紙の束は、ちょっとした鈍器ほどの厚みがある。
アルトリウスは腕を組み、それらを一通り眺めた。
英語の文字の形そのものが読めないわけではない。だが、その顔にははっきりとした警戒の色が浮かび、眉が深く寄っていた。
「読める。だが、理解したと言うには極めて危ういね」
「翻訳ルーンの問題ですか?」
コールソンの問いに、アルトリウスは素直に頷いた。
彼とインヴィクトゥスの間に結ばれた魔術的な言語同期は、万能の自動翻訳機ではない。相手の声のトーン、感情の揺れ、その場における意図や文脈の流れを読み取り、彼自身の脳が理解できる概念へと自動的に変換して補助する代物だ。
「ああ。会話なら大抵の意味は拾える。だが、こういう文字だけの書類は違う」
契約書というものは、そもそも感情や曖昧な文脈を意図的に排除するために作られる。冷徹に事象を定義し、責任の所在を限定するための無機質な文字の羅列。それを読み解くには、前提となる『現代の法体系』という基礎知識が不可欠だった。
「一語の意味、文脈の解釈一つが、後の責任や権利を大きく変える。罠を仕掛けるには最適の形だ。これは戦場の号令より遥かに厄介だよ」
「かなり正しい理解です。実際、法務部はそうやって抜け道を防ぐように作っていますから」
「なら、私はまだこれに署名すべきではない」
「そう言ってくれて安心しました」
コールソンは、胸を撫で下ろすように小さく息を吐いた。
「騙す気だったのかい?」
「逆です。こんなものを中身も読まずにホイホイと署名されたら、後で問題が起きた時にこちらの法務部が責任問題で倒れます」
「法務部というのは、よく倒れる部署なのかな」
「倒れそうな顔は、日常的によくしています」
この時代の制度の構造を正確に知らなければ、致命的な誤解を生む。それは戦場で目を瞑って歩くのと同じくらい危険な行為だ。
アルトリウスのその冷静な自己分析を受け、コールソンはあらかじめ用意していた教育計画書を彼へ差し出した。
「では、あなたの最初の教育カリキュラムは決まりです」
「言語か」
「現代英語。そして、現代イギリス英語の発音もです」
「違うのかい?」
アルトリウスが首を傾げると、コールソンは少しだけ言いにくそうに口を開いた。
「かなり違います。あなたの発話は、我々にはルーンの補助で意味こそ通じていますが、専門家が外から聞くと、非常に古いコーンウォール語、あるいは古いブリテン系の言語に近い発音に聞こえるそうです」
「九百年分、古いわけだ」
「ええ。率直に言うと、現代ロンドンの街中で喋るとかなり目立ちます」
「なら直そう。余計な注目を引く理由は、少ない方がいい」
アルトリウスは、自身のズレを誇示するような真似はしなかった。目立つことの危険性と、現代社会に溶け込む必要性をロジカルに理解し、素直に学ぶ姿勢を見せる。
提示された教育カリキュラムは、言語だけに留まらなかった。
現代社会制度と税務、法律文の基礎読解から始まり、基礎数学、物理学、化学、現代工学、そして情報ネットワークの基礎に至るまで、多岐にわたる項目がびっしりと並んでいる。
「随分と多いね」
「九百年分の差ですから」
「それを言われると反論しづらい」
苦笑するアルトリウスに対し、同席していた研究員の一人が補足するように口を挟んだ。
「科学教育も言語と並行して行います。あなたはこの現代の基礎理論の吸収が非常に速いので、すぐに追いつけるはずです」
「マーリンの教育が、こんなところで役に立つとはね」
「以前話していた、あなたの師ですね」
アルトリウスは、かつて自身に魔術の基礎を叩き込んだ偏屈な老魔術師の顔を思い浮かべ、小さく息を吐いた。
「現象を見ろ、構造を読め、力の流れを掴め。呪文の詠唱を覚える前に、まず世界の理屈を知れと徹底的に叩き込まれた。言い方やアプローチが違うだけで、魔術も科学も、結局は世界の同じ理屈を見ているように思う」
「……その理解は、科学の歴史を鑑みてもかなり本質的です」
「ただし、こちらの世界の単語や数式は知らない。だから学ぶよ」
天才的な戦闘力を持つが、無知を良しとする野蛮人ではない。彼は己の不足を正確に把握し、それを補うための努力を厭わなかった。
*
言語と科学の教育方針が固まった後、コールソンはSHIELDにおける彼の実務的な契約上の立場について説明を始めた。
「誤解のないように言っておきますが、あなたをSHIELDの通常エージェントとして扱う予定はありません」
「それは助かる。私は君たちの兵士ではないからね」
「ええ。ですので、肩書きは『特別教導官』。および『神秘戦闘顧問』となります」
「教導官」
「SHIELDの隊員に対し、円卓の騎士のような超常存在との交戦方法、生存術、撤退判断、そして近接戦闘への対処を教えていただきます。また、神秘絡みの案件が発生した際の戦術的な助言もお願いします」
アルトリウスは顎に手を当て、提示された条件を頭の中で整理する。
「私は君たちに死ににくい戦い方を教える。君たちは私に、この時代の言葉と法制度を教える」
「かなり正確です」
「取引としては悪くない」
そこにあるのは、上官と部下のような主従関係ではなく、あくまで互いの利益のための明確な取引だった。
アルトリウスは、それに付随していくつか具体的な条件を交渉のテーブルに乗せた。
「インヴィクトゥスの分離実験は禁止。本人の同意なしに身体検査や魔術解析をしない。契約書は、私が完全に理解できるまで説明する。言語教育を最優先にする。円卓の騎士案件は情報を共有する。任務への出動は命令ではなく要請。民間人被害が予想される場合は情報を一切隠さない。それと、給金からあのパブの窓代を返す」
矢継ぎ早に提示された条件に対し、コールソンもSHIELD側の条件を淡々と返す。
「現代法を学ぶ。現代英語を学ぶ。問題発生時は私へ連絡する。高出力の神秘使用は可能な限り事前報告。公衆の面前で神秘を晒さない。隊員への教導を行う。神秘案件へ助言する。そして、現代社会での身分運用に協力する。それと無断外出は控えてください」
「敵がまた王の名を使った場合は?」
「連絡してください」
「連絡している間に、敵が逃げる場合は?」
「その場合は追跡してください。ただし、事後でも進行中でも構わないので、連絡も必ずしてください」
「この時代の兵は、走りながら通信で報告するのか」
「そうです」
「合理的だ。ひどく面倒でもあるが」
「現代の仕事の大半は、その二つでできています」
コールソンの少しだけ疲れたような返答に、アルトリウスは小さく笑い声を漏らした。
次に、現代社会で人間として生きるための『身分』についての説明が行われた。
SHIELDの権限を用いて作成される仮のID、住居の割り当て、銀行口座の開設、給与の支払い、税務処理、医療記録の作成、そして移動許可。
膨大な書類の手続きを聞きながら、アルトリウスは現代社会における『存在』の定義を理解していく。
「私は確かに血の通った肉体を持ち、今ここで生きている。だが、書類の記録がなければ、この時代では存在していない扱いになる」
「ええ、その通りです」
「逆に言えば、記録さえ作ってしまえば、誰でも存在できるということだね」
「法的には、そうなります」
「紙と番号が人間を定義する。魔術よりもよほど奇妙で、強固な呪いだ」
アルトリウスの的確な比喩に、コールソンは肩をすくめた。
「うちの法務部が聞いたら喜びます」
「喜ぶのか」
「たぶん。彼らも日々、その呪いと戦っているので」
待遇の説明が一通り終わった後、アルトリウスは自身の給金の使い道として、真っ先にあのパブの件を挙げた。
「給金が出るなら、まずあのパブの窓代を返そう」
「そこを本当に気にしていたんですね」
「壊したのは私だからね。借りを曖昧にしておくのは、騎士として落ち着かない」
「修理費については、すでにSHIELDが経費として処理しています」
コールソンの言葉に、アルトリウスは少しだけ顔をしかめた。
「では、今度は私が君たちに借りがある状態だ」
「そう受け取りますか」
「当然だろう。店主への支払いを肩代わりした者が変わっただけで、私が窓を壊したという事実と、そこに発生した借りが消えたわけではない」
己の責任の所在をはっきりとさせる、古代の騎士らしい律儀さ。
コールソンは、彼が単なる破壊者ではないことを改めて実感し、頷いた。
「では、今後の給与から少しずつ返済という形にしましょうか」
「助かる」
*
面談の最後、モニター越しにフューリー長官が最終的な意思確認を行った。
「契約の条件は読んだか」
「読んでいる。だが、まだ完全には理解していない」
「正直だな」
「理解していない契約に安易に署名するほど、短く生きたいわけではない」
「古代にも契約詐欺はあったらしいな」
「古代の方が、命に関わる分だけ笑えない結果になることが多いからね」
フューリーは、画面越しにアルトリウスの目を真っ直ぐに見据えた。
「お前はSHIELDの所有物じゃない」
「そうでなければ、私は今ここにいない」
「だが、完全な自由行動を許すわけでもない」
「契約協力者、だろう?」
「そうだ」
「なら問題ない。契約には対価と条件がある。それは守る価値があるものだ」
「破ったら?」
「まずは互いに話す。君たちの時代は、何よりもそれを好むのだろう?」
「少しは学んでるらしいな」
このやり取りで、フューリーも一応の納得を示し、通信を切った。
正式な分厚い契約書の締結は、今後の言語教育の進行に合わせて本人が完全に理解した上で再確認することとし、この日は最低限の仮契約への署名だけが行われた。
Artorius Pendragon
書類の末尾に、まだ少しだけ古めかしい筆跡でサインが書き込まれる。
肩書きは、
Special Instructor
Supernatural Combat Advisor
コールソンが、発行されたばかりの仮のIDカードを手渡す。
プラスチックの小さな板。それが、アルトリウスが現代に存在するための最初の証明だった。
「ようこそ、SHIELDへ。教導官ペンドラゴン」
「正式に雇われたわけだね」
「仮契約ですが、ええ」
「では、まず何をすればいい?」
「英語の授業です」
「剣の訓練ではなく?」
「まずは言語です」
「合理的だ。少し退屈そうでもあるが」
「科学の授業も同時に始まります」
「それは少し楽しみだね」
*
その夜。
SHIELDの客室に戻ったアルトリウスは、机に向かい、あの老人から買ってもらったノートの新しいページを開いた。
ペンを取り、今日の出来事を箇条書きで整理していく。
・SHIELDに雇われた。
・立場は兵士ではなく特別教導官。
・神秘戦闘顧問という肩書きもついた。
・今はまだ仮契約。
・契約書は完全に理解できるまで署名しない。
・翻訳ルーンは万能ではない。制度や文脈までは分からない。
・まずは現代英語を学ぶ。
・同時に現代イギリス英語の発音も。
・外から聞くと、私の発音は古いコーンウォール語に近いらしい。
・科学も学ぶ。
・マーリンの授業が、ここで役に立つかもしれない。ひどく腹立たしい。
・給金が出る。
・パブの窓代を少しずつ返す。
・現代では、存在するために紙と番号が必要。
・税金は逃げないらしい。
ペン先が少しだけ止まり、そして最後に一行書き足す。
・この時代で、生きる形が一つできた。
アルトリウスはノートを閉じ、窓のない天井を仰いで小さく呟いた。
「王の影が就職か。兄上が聞いたら、腹を抱えて笑うだろうね」