アベンジャーズ計画に神代ブリテンの騎士が追加されました 作:アルトリウス(深淵歩きはしない方)
出来れば1日2話投稿します。
シャワーで泥を洗い流し、老人から借りた服に着替えてリビングへ戻る。
とりあえず分かったことは、この時代の衣服というものがひどく柔らかく、そして心許ないということだ。
布地の縫製は妙に整っており、肌触りも悪くない。ただ、致命的なまでに軽いのだ。
アルトリウスは少しサイズの大きいシャツの袖を引っ張りながら、正直な感想をこぼした。
「……この時代の服は随分と軽いね。防御力はなさそうだけど」
「普通の服に防御力なんて求めるな」
「それもそうか」
老人は呆れたように鼻を鳴らしたが、その指摘はもっともだった。
戦場に出るわけでもない日常着に装甲を求める方がどうかしている。自分の常識が今の時代とズレていることを自覚しつつ、アルトリウスは勧められるまま食卓の椅子に腰を下ろした。
出されたのは、温かい紅茶とパン、それに簡単なスープと卵料理だった。
見た目は質素だが、湯気とともに漂ってくる匂いが腹の底を刺激する。思えば、最後にまともな食事を取ったのがいつだったかなど思い出せるはずもない。地中での眠りは生命活動を仮固定されていたようなものだが、目覚めてしまえば肉体は正常に稼働し始め、当然のようにエネルギーを要求してくる。
出された食事を一口口に運ぶ。
味が濃い。昔の粗末な保存食とは比べ物にならないほど洗練されている。食事を胃に流し込むことで、ようやく自分が生きているという実感が少しずつ戻ってきた。
「本当に妙なやつだな。泥だらけで夜道に迷ってた割に、飯の食い方だけはやたらと綺麗だ」
「昔、厳しく躾けられたので」
「昔っていつだよ」
「かなり昔だね」
王族としての礼法、騎士としての作法は骨の髄まで染み付いている。どれだけ時代が経とうと、こればかりは抜け落ちるものではないらしい。
老人は冗談だと受け取ったのか、それ以上深くは追及してこなかった。
食後の茶を飲みながら、アルトリウスはリビングにある様々な備品を観察する。
天井で光り続けるランプ。壁に据え付けられた黒い板。箱型の機械。どれも魔力を帯びているわけではないが、未知の技術で動いているのは確かだ。
老人が何気なく黒い板に触れると、突然そこから色鮮やかな映像と声が流れ始めた。
「この板の中で人が喋っているんだけど」
「テレビだ」
「人を閉じ込めているわけでは?」
「違う」
「そうか。ならいい」
何がいいのか分からないという顔をする老人をよそに、アルトリウスは納得する。
遠隔視の魔術か、あるいはあらかじめ記録した風景を投影する術式に近いものだろう。少なくとも危険な呪物ではないらしい。
次に目を向けたのは、キッチンの隅にある大きな白い箱だった。
老人がそこから冷えた水を取り出すのを見て、アルトリウスは目を丸くする。
「小さな冬だ」
「冷蔵庫だ」
「この時代、冬を箱に入れるのか。便利だな」
さらに老人が、箱から取り出したものを別の小さな箱に入れ、ボタンを押す。すると火も使っていないのに、短時間で食べ物が熱々に温まって出てきた。
「火を使わずに温める?」
「ああ、電子レンジだ」
「……爆発しない?」
「しない。普通はな」
「普通は、という言葉は信用ならないな」
ぶっちゃけ、魔術的プロセスをすっ飛ばして結果だけを引き出しているようにしか見えない。
とまぁ、現代の技術はアルトリウスの想像を軽く超えていた。だがパニックになることはない。分からないものは分からないと割り切り、そういうものだと受け入れる。未知を恐れるのではなく、構造と結果を観察して適応する。それが彼のやり方だ。
そんなやり取りをしている最中、テレビから聞き覚えのある単語が流れてきた。
『――本日午後、コーンウォールのスローターブリッジ周辺で原因不明の振動が観測され、専門機関は現在も調査を――』
画面には、昼間の古戦場の風景が映し出されている。
どうやら自分の目覚めは、随分と派手な騒ぎを起こしてしまったらしい。
だが、アルトリウスの視線はニュースの内容よりも、画面の隅に表示されている数字に向けられていた。壁に掛けられたカレンダーにも、同じ数字が並んでいる。
「今は、何年だ?」
「何年って……西暦でか?」
「ああ」
「2010年だよ」
「……2010年」
老人が不審そうにこちらを見る。
「本当に大丈夫か? 頭でも打ったんじゃないだろうな」
「可能性は否定できないね。なにせ地中から出てきたところだから」
「冗談にしても嫌な冗談だな」
アルトリウスは軽く笑ってごまかした。
だが内心では、先ほどまでの推測が確信へと変わっていた。
数年でも、数十年でもない。おおよそ九百年。
国が変わり、言葉が変わり、街が変わり、自分の知るものが何もかも遠い過去になるだけの途方もない時間。
自分の命を繋ぎ止めた《インヴィクトゥス》の力は、そこまでの異常性を持っていたということだ。
「アルトリウスなんて、また古い名前だな。親が歴史好きか?」
「そのようなものかもしれない」
「ペンドラゴンとか名乗ったら、アーサー王の親戚みたいだな」
老人の口から出たその名に、アルトリウスはわずかに反応した。
「その名を知っているのか」
「そりゃ知ってるさ。子供でも知ってる。アーサー王と円卓の騎士だろ」
子供でも知っている。
その事実に、アルトリウスは少しだけ目を細めた。
老人は立ち上がると、本棚から一冊の古い絵本を取り出してテーブルに置いた。
「ほら。昔買ったやつだ。孫に読ませようと思ったんだが、あいつはすぐゲームに行っちまってな」
アルトリウスは本を受け取り、ページをめくる。
そこには、自分の知る者たちの名前が確かに記されていた。けれど当然、細部は現実と異なる。綺麗に整えられ、英雄譚として美化され、子供向けの物語になっている。
血の匂いも、泥にまみれた敗走も、容赦のない裏切りも、戦場の凍えるような寒さも、そこには描かれていない。
「……そうか。物語になったのか」
「嫌なのか?」
「いや」
アルトリウスは少しだけ笑った。
「忘れられるよりは、ずっといい」
老人はその言葉の重さまでは分からない様子だったが、ページに描かれた王の姿を見てアルトリウスは口元を緩める。
「兄上は、こんなに綺麗な顔をしていたかな」
「兄上?」
「ああ、いや。こっちの話」
「お前、設定が凝ってるな」
「設定で済むなら、その方が楽だね」
全部を説明する気はないし、説明したところで信じてもらえる訳もなく。
ただ、兄の名が残っていることには少し救われた。自分たちの戦いは終わったが、完全に消え去ったわけではない。今はそれだけで十分だ。
「明日、警察に行くぞ。少なくとも病院だ。身分証もない、荷物もない、泥だらけで夜道を歩いてた。普通に事件だ」
「この時代の法に従うべきなのは理解している」
「その言い方がもう怪しいんだよ」
「努力はする」
「努力でどうにかなる問題か?」
老人は呆れ果てていたが、不思議と嫌な顔はしていなかった。
結果として、アルトリウスは今夜一晩、この家に泊めてもらうことになった。
「今日はもう遅い。明日考えよう。寝ろ」
「迷惑をかける」
「もうかかってる。だから気にするな」
「なるほど、豪快な理屈だ」
借りた部屋のベッドに横たわる。
だが、当然ながらすぐには眠れなかった。
「九百年眠って、まだ寝付きが悪いとはね」
窓の外に視線を向ける。
等間隔に並ぶ街灯。遠くを走る車のテールランプ。見知らぬ家々の屋根。
どれも自分の知るブリテンの景色ではない。
「……知らない国だな」
ポツリとこぼした呟きは、夜の静寂に溶けていく。
国も時代も違う。けれど、人が生きている営み自体は変わっていない。
「それでも、人はいる」
それが、王の影として生き抜いた騎士が、この現代で最初に見出した希望だった。
*
時を同じくして。
ロンドンの地下深くにある施設では、依然として異常波形の解析が続けられていた。
「地震波ではありません。少なくとも、自然由来の現象ではない」
「神秘反応か」
「はい。ただし、既存の分類には収まりません」
キーボードを叩く音が響く中、解析班の一人が報告を上げる。
昼間に観測された波形と、老人の家に転がり込んだ謎の男から一瞬だけ放たれた青白いノイズ。それらを照合し続けた結果が、モニターに表示されていた。
「照合結果は?」
「王剣反応とは異なります」
「ならば王ではない」
「はい。ですが、ひどく近い」
幹部らしき男が眉をひそめる。
「どの記録だ」
「代替王権。あるいは――」
解析班の男は、モニターに表示された古代の文献データを読み上げた。
「
王ではない。だが、王に近い。
その事実が意味するものを、組織の者たちはゆっくりと理解し始めていた。