アベンジャーズ計画に神代ブリテンの騎士が追加されました 作:アルトリウス(深淵歩きはしない方)
SHIELDの巨大な地下訓練施設。その一角にある広大な食堂。
アルトリウスによる初回の『特別教導』を終えた第三実働部隊の三十人は、一か所に固まってトレーの前に座り込んでいた。
全員が完全に疲れ切っている。
一番若い狙撃手は、力尽きたように両腕をテーブルへ投げ出していた。ベテランの突入要員は、焦点の合わない目で黙々と水を飲んでいる。
「……開かねぇ」
若い狙撃手が、震える手でプロテインバーの包装を破ろうとして失敗し、小さな声でぼやいた。
「貸せ」
「お前も握力残ってないだろ」
「気持ちの問題だ」
隣に座るベテラン隊員がひったくるように受け取ったが、やはり指先に力が入らず、包装は少しも破れなかった。二人が虚無の目でパッケージを見つめていると、そこへ、山盛りのトレーを持ったアルトリウスが足音もなくやってきた。
その姿に気づき、三十人の隊員たちが一瞬だけビクッと身を強張らせる。
「座っていいかな」
アルトリウスが淡々と尋ねると、ベテラン隊員が無言で自分のトレーをずらし、彼のためのスペースを自然に空けた。
「教官、俺たち今から食後に第二訓練とかじゃないですよね」
若い狙撃手が泣きそうな顔で顔を上げた。
「違う。飯だ」
「飯なら大歓迎です」
ベテラン隊員が即座に答える。
「良い判断だ。飯を食える時に食わない兵は、次の行軍で必ず後悔する」
「やっぱり訓練っぽい話になった」
「彼なりの雑談ですよ」
隣の席にコーヒーだけを持って座ったコールソンが、フォローするように口を挟む。
「雑談は難しいね」
アルトリウスはそう言いながら、フォークを手に取った。
彼が真っ先に見たのは、飯の味ではない。肉、野菜、パン、スープ、コーヒー、そしてエネルギー補給用のゼリー飲料。すべてが計算された栄養価で配給されているそのシステムそのものだった。
「温かい食事が、決まった時間に全員へ平等に出る。肉も野菜もある。水も清潔で安全だ。兵站のシステムとしてはかなり優秀な部類に入る」
「食堂の飯をそこまで手放しで褒める人、初めて見ましたよ」
ベテラン隊員が意外そうに言う。
「雨の中で、泥に塗れた冷たい硬肉を噛むよりは、ずっといい」
「雨の中で冷えた肉……」
「訓練直後に聞く話じゃないな、それ」
ベテラン隊員が呆れたように息を吐く。
「そうか。では味の話にしよう」
「そっちでお願いします」
アルトリウスはスープを一口飲み、少しだけ考えてから言った。
「味は、整っている」
「……教官、それ、褒めてます?」
狙撃手が恐る恐る聞く。
「褒めているつもりだ」
「かなり前進していますね」
「食レポとしては、まだだいぶ硬いですけどね」
コールソンの評価に、ベテラン隊員が小さく笑った。
*
食事が進むにつれ、隊員たちの緊張も少しずつ解けていった。
最初は遠慮していたが、好奇心に負けた若い狙撃手が、我慢しきれないというように口を開いた。
「教官」
「何かな」
「アーサー王って、本当にいたんですか」
食堂の空気が一瞬だけピタリと止まる。
「おい、お前」
「いや、気になるだろ。ガキの頃から絵本で読んでた伝説について、直接聞ける相手が目の前に座ってるんだぞ」
「聞き方ってものがあるだろ」
ベテラン隊員が窘めるが、アルトリウスは怒ってはいなかった。ただ、フォークを置いて少しだけ黙り、どう答えるべきかを考えているようだった。
「……いたよ」
アルトリウスが静かに答えると、周囲の隊員たちが一斉に耳を傾けた。
「どんな人だったんですか」
「疲れていた」
「……え?」
「王というものは、大体いつも疲れているものだ」
あまりにも生々しい回答に、ベテラン隊員が目を丸くする。
「急に現実的ですね」
「後世の物語に描かれる王は綺麗だからね。実物はもっと眉間に皺が寄っていて、常に何かを考えていた」
「俺たちの夢が壊れる」
「壊れた夢の方が、戦場では使い道があることもある」
ここで、アルトリウスはあえて「兄」という言葉を使わなかった。あくまで「王のそばにいた一人の騎士」という視点から語る。
「王は強かった。だが、個人の武力が強いだけでは王はできない」
「戦うだけじゃ駄目ってことですか」
「ああ。戦場で誰を助け、誰を見捨て、どこへ限られた兵を送り、どの村を諦めて見殺しにするか。そういう天秤を、毎日毎日決める」
アルトリウスの目が少しだけ伏せられる。
「嫌な仕事ですね」
「だから疲れていた」
「それでも、王だった」
「ああ。どれほど疲れていても、一番前に立つ人だった」
隊員たちは静かになった。
彼らの中で、本の中の『アーサー王伝説』が、血の通った一人の人間の記録へと変わっていく。
*
「じゃあ、ランスロットは?」
今度はベテラン隊員が興味津々で尋ねる。
「強かった」
「……それだけですか?」
「それだけで十分すぎる男だった。戦場で敵に回したくないし、味方にいてもいまいち安心しきれない」
「嫌いだったんですか」
「……嫌い、とは少し違う」
アルトリウスの間に、ほんのわずかな重さが混じる。
「あの男の選択が、ブリテンという国を壊した直接の原因の一つだったことは確かだ」
空気が少しだけ沈む。
ただの『面倒な同僚』という笑い話にはできない。そこには強さへの絶対的な評価と、国を割られたことへの複雑な感情が混じり合っていた。
「……そういう話でしたか。すみません」
「いや、そういう話だ」
コールソンは、この話題はこれ以上深掘りしない方がいいと判断し、コーヒーを口にして場を流した。
空気を戻すために、若い狙撃手がすかさず別の名を出した。
「じゃあ、ガウェインは?」
「昼に元気すぎる」
「雑」
「いや、本当にそうだったんだ」
アルトリウスの真顔での即答に、狙撃手が吹き出す。
「もっとこう、太陽の騎士っぽい、輝かしい話はないんですか」
「太陽の騎士っぽい話を真面目に要約すると、昼に元気すぎる、という結論になる」
「説明としては正しい気がしてきた」
「朝から無駄に元気で、昼には手がつけられないほどもっと元気で、夕方にようやく少し落ち着いて人間に戻る」
「人間に戻るって」
「付き合う側の身にもなってほしい。大変だった」
隊員たちが笑う。沈んでいた空気が元に戻った。
「ケイって人は?」
「口が悪い」
ベテラン隊員が呆れる。
「第一声、全部それですか」
「だが、彼がいないと前線に物資が届かない」
コールソンが頷く。
「軍にとって最も重要な人物ですね」
「ああ。兵は剣だけでは戦えない。飯、矢、馬、包帯、予備の靴、乾いた布。そういう泥臭いものを最前線へ確実に届かせる人間がいなければ、どれほど強い騎士の集まりでも、ただの飢えた男たちの群れになる」
「うちの補給担当に聞かせたいですね」
「大切にした方がいい。兵站を軽んじる軍は、だいたい泥の中で空腹を抱えて死ぬ」
「急に教導に戻ったな」
「飯の話だろう」
「確かに飯の話ではありますね」
「俺の思ってた飯の話と少し違うんですけど」
狙撃手のぼやきに、また小さな笑いが起きる。
*
「マーリンは?」
若い狙撃手が聞いた瞬間、コールソンがわずかに反応した。あの老魔術師の話題は、アルトリウスの感情を大きく揺さぶることが多いからだ。
「面倒だった」
「ランスロットより?」
「方向が全く違う。日常的な被害の規模で言えば、マーリンが圧倒的に上だ」
「日常的な被害」
「偉大な男だった。紛れもない天才だった。そして、性格は最悪だった」
「それ、全部同時に成立するんですか」
「する。あの男はそういう災害のような生き物だった」
「尊敬はしているんですよね」
コールソンの確認に、アルトリウスは少しだけ遠い目をした。
「しているよ。悪口と敬意は両立するものだ」
「神聖な伝説が、だんだんただの職場の愚痴になっていくな……」
「円卓も、私たちにとっては一つの職場だったからね」
隊員たちがまた笑う。
ランスロットの話題と違い、マーリンの話は遠慮なく悪口が言える分、笑い話にしやすいようだった。
「円卓って、本当に丸かったんですか」
若い狙撃手が目を輝かせる。
「机の形の話なら、丸かった」
「おおっ」
「だが、机が丸ければ全員が平等になるわけではない」
「えっ」
「誰が最初に口を開き、誰が最後に沈黙するか。誰が酒を飲みすぎて話を壊すか。結局、そういう個人の性質で場の空気は決まる」
「会議室のシステムって、昔から全く変わらないんですね」
「変わりませんね」
ベテラン隊員のぼやきに、コールソンが深く同意する。
「酒が入ると特に面倒だ」
「そこも変わらない」
*
「アーサー王伝説って、もっと綺麗なものだと思ってました」
若い狙撃手が、少しだけ申し訳なさそうに言った。
「綺麗な部分もあった。そうでなければ、九百年経った今まで語り継がれていないだろう」
「じゃあ、汚い部分も」
「あった。泥、血、裏切り、空腹、そして取り返しのつかない後悔。物語というものは、そういう臭いのする部分を削って作られることが多い」
アルトリウスは、自分の手元にあるコーヒーの黒い水面を見つめた。
「でも、物語として残った」
「ああ。残った。だから物語というものは侮れない」
少しだけ、真面目な空気になる。
「ただ、綺麗な物語の表面だけを信じる者は危うい。綺麗な物語の再現を口実に、生きている人間をただの部品として消費する者もいる」
円卓の騎士の残党が引き起こした事件の概要を知っている隊員たちは、そこで黙り込んだ。
「それが、あの偽物の円卓ですか」
「そうだね」
重くなりすぎた空気を戻すように、ベテラン隊員がわざと明るい声を出した。
「じゃあ、結局一番面倒だったのはマーリンでいいんですか」
「日常的にはね」
「戦場では?」
「ランスロット」
即答だった。
「即答ですね」
「戦場で敵に回したくないのはランスロット。日常の平時で相手にしたくないのはマーリン」
「すげぇ分かりやすい」
「どちらも、できれば遠くにいてほしい」
アルトリウスの本音に、隊員たちが大きな笑い声を上げた。
*
食事が終わり、片付けに向かう隊員たちの間で、自然と呼び方が固まり始めていた。
「教官」
「何かな」
「午後もまた訓練ありますか」
若い狙撃手が恨めしそうに聞く。
「ある」
「ですよね」
「古代教官、容赦ないな」
ベテラン隊員が肩をすくめる。
「古代は余計だ」
「じゃあ、サー・ペンドラゴンで」
「それも少し大仰で面倒だ」
「じゃあ、やっぱり教官で」
「それでいい」
この食堂でのやり取りを経て、隊員たちは彼を自然に「教官」と呼び始めていた。
食堂を出る時、コールソンがアルトリウスの隣に並んで歩く。
「思ったより、随分と彼らに馴染んでいましたね」
「飯を一緒に食えば、多少は話しやすくなる」
「昔からですか」
「ああ。王も兵も、空腹だと機嫌が悪い」
「非常に現実的ですね」
「戦場では一番大事なことだ」
少しの間。
コールソンは前を向いたまま、静かに切り出した。
「王については、ずいぶん慎重に言葉を選んで話していましたね」
「……あの人の話は、軽く話すには私にとって少し近すぎる」
「近すぎる?」
「いずれ話すよ。たぶん、酒がある時に」
コールソンはそれ以上深掘りしなかった。
ただ、アーサー王という存在が、アルトリウスにとって単なる『主君と家臣』という関係ではなさそうだと、そのわずかな沈黙から察していた。
*
夜。
自室に戻ったアルトリウスは、机の上のノートを開いた。
・SHIELD隊員たちと食事。
・現代の兵站はかなり良い。
・食堂の飯は味が整っている。
・兵たちは厳しい訓練の後でもよく食べる。良いことだ。
・アーサー王について聞かれた。
・王は疲れていた、と答えた。
・ランスロットは強かった。
・嫌い、とは少し違う。
・ただ、ブリテンを壊した原因の一つであることは事実だ。
・ガウェインは昼に元気すぎる。
・ケイは口が悪いが、彼のおかげで物資が届く。
・マーリンは性格が悪い。天才で災害。
・悪口と敬意は両立する。
・円卓も一つの職場だった、と言ったら笑われた。
・教官、と呼ばれることになった。
・古代教官は却下した。
最後に一行、少しだけ力を込めて書き足す。
・同じ飯を食うと、人は少しだけ近くなる。
アルトリウスはペンを置き、ノートを閉じた。
「あの人の話は、まだ彼らには早いか」
少しだけ間を置いて、彼は独りごちる。
「……酒でもあれば、少しは話しやすいのかもしれないね」