アベンジャーズ計画に神代ブリテンの騎士が追加されました   作:アルトリウス(深淵歩きはしない方)

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身分証がないとこうなる

 

 

 翌朝。

 借りた服のまま朝食のトーストをかじっていると、向かいに座った老人がひどく現実的な話を持ち出してきた。

 

「悪いが、今日は警察に連絡する」

「ほう」

「ほう、じゃない。身分証なし、住所なし、荷物なし、泥だらけで夜道を歩いてた。普通に事件だ」

 

 真っ当すぎる意見だ。どう見ても不審者以外の何者でもない。

 この時代の法や秩序がどうなっているのかはまだ把握しきれていないが、郷に入っては郷に従うのが基本だ。

 

「この時代の法に従うべきなのは理解している」

「その言い方がもう怪しいんだよ」

 

 軽く呆れられながらも、老人は電話機と呼ばれる通信機器で地元警察の非緊急窓口へと連絡を入れた。

 ほどなくして、老人宅へ見回りの警察官がやってきた。いきなり警察署に連行されるのではなく、まずは事情聴取という形らしい。穏便な対応で助かる。

 

「それで、お名前は?」

 

 警察官が手元の手帳を開きながら尋ねてくる。

 

「ペンドラゴンだ」

「ペンドラゴン……。ファーストネームは?」

「ない。ただの、ペンドラゴンでいい」

 

 下手な偽名を使うことも考えたが、嘘はこの後の綻びになる。フルネームは伏せ、苗字だけを名乗ることで誤魔化すことにした。

 横で聞いていた老人が「アーサー王の親戚かよ……」と頭を抱えたが、あながち間違っていないのが申し訳ないところだ。

 

「……住所は?」

「ない」

「ご家族は?」

「もういない」

「生年月日は?」

「正確には覚えていない」

 

 警察官のペンが止まった。

 胡散臭い目で見られるのも当然だろう。客観的に見れば、記憶障害か、不法滞在者か、何か厄介な事件の逃亡者のどれかにしか見えない。

 警察官は少し考え込んだ後、事件性を疑うより先に医療機関での確認が必要だと判断したらしい。

 

「だから言っただろ。病院だ」

「医者か」

「この時代じゃ治療師みたいなもんだ」

「なるほど、なら信用できるかは腕次第だね」

「頼むから医者の前でそれは言うなよ」

 

 パトカーという白と黄色の車に乗せられ、地元の診療所へと向かう。

 医者による一通りの診察が行われたが、結果は予想通りだった。

 

「怪我らしい怪我は一切ないですね」

「泥だらけで夜道を歩いてたのに?」

「ええ。体温も正常、少し脱水気味ですが、何より筋肉量が凄い。むしろ健康すぎるくらいです。ただ、記憶に少し混乱が見られるようですが……」

 

 医者が不思議そうにカルテを見る。

 致命傷を受けていたはずの肉体は、《インヴィクトゥス》の力によって既に完全修復されているのだから当然だ。

 

「健康なのは良いことだろう?」

「限度がある」

 

 老人が突っ込みを入れる横で、警察官が再び厄介な質問を投げかけてきた。

 

「身分を証明するものは、本当に何も持っていないんですか?」

 

 当然、あるわけがない。

 九百年前の騎士の身分証(ID)なんて、今の時代では紙切れ以下の価値もないだろう。

 

「つまり、この時代では自分が自分であることを紙や番号で証明するのか」

「まあ、そうだ」

「面倒だね」

「面倒だが、ないともっと面倒だ」

「なるほど、詰んでいる」

「軽く言うな」

 

 いや、冗談抜きで手詰まりである。

 金もない、身分を証明する紙切れ一枚ない、当然ながら住所もない。この徹底された現代の管理社会において、自分は完全に『存在しない人間』として扱われるらしい。

 剣の腕一つで身を立てられた時代が、少しだけ恋しくなる。

 

 警察も扱いに困ったのか、緊急の医療問題はないとして、自治体の福祉担当者へと連絡を回した。

 

「今夜泊まる場所はありますか? 保護施設を手配することも可能ですが」

「本人が良ければ、数日ならうちで預かるが」

 

 老人が見かねて助け舟を出してくれた。

 

「数日だけだぞ」

「その数日に、できるだけ多くを学ぼう」

「そういうところは前向きなんだな」

「落ち込んで身分証が生えるなら、そうするんだけどね」

「生えねぇよ」

 

 とまぁ何某の手続きがあって、とりあえずは老人宅に一時滞在することが公的に認められた。

 警察と自治体の記録には『氏名:ペンドラゴン(ファーストネーム不明)、住所不定、記憶混乱の疑いあり』という仮の記録が残されることになった。

 

 手続きという名の長い拘束が終わった後、老人は町で最低限の日用品を買い揃えてくれた。

 少しサイズの合う服、歩きやすい靴、それに新聞やノートとペン。

 

「これは借金ということになるのかな」

「そうだな」

「では返そう。利子は?」

「いらん」

「君は商売に向いていないね」

「助けてやってる相手に言われたくない」

 

 文句を言いながらも金を払ってくれる老人に、内心で深く感謝する。

 まずは、買ってもらったノートにこの時代の常識を書き出し、状況を整理するところから始めなければならない。

 

「今日は色々と疲れただろ。飯は外で済ませるか」

「外食か」

「パブだ。酒もある」

「酒場かい? なら、悪くない提案だ」

 

 案内されたのは、少し古めかしいが居心地の良さそうなパブだった。

 カウンターの奥から、恰幅の良い店主が顔を出す。

 

「おや、珍しいな。その若いのは?」

「拾った」

「犬猫じゃないんだから」

「拾われた側としては否定しづらいね」

 

 差し出された琥珀色のエールを一口飲む。

 悪くない。身分証すらない知らない国での生活だが、なんとかやっていけそうな気がしてきた。

 

     *

 

 一方、その頃。

 ロンドンの地下深くにある神秘組織の施設では、監視モニターの前で新たな報告が上がっていた。

 

「昨夜の対象ですが、今朝、地元警察の記録に上がっています」

「身元は?」

「未確認です。記憶混乱の疑いあり。ただ……」

 

 報告員が少し言葉を濁す。

 

「対象は自らを、ペンドラゴンと名乗っています。ファーストネームは不明」

「……ペンドラゴン?」

 

 幹部らしき男の表情が険しくなる。

 スローターブリッジの異常波形。『王の影』の神秘反応。そして、ペンドラゴンという名。

 

「偶然にしては、出来すぎているな。現在位置は?」

「地元老人宅に一時滞在中です。対象の内側から発せられる神秘反応も、依然として消えていません」

 

 幹部は腕を組み、冷酷な眼差しでモニターに映る文字列を睨みつけた。

 

「監視を続けろ。現地調査員を出す。実働部隊はまだ動かすな」

 

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