アベンジャーズ計画に神代ブリテンの騎士が追加されました 作:アルトリウス(深淵歩きはしない方)
ペンドラゴンという仮の記録で老人宅での一時滞在が認められてから、数日が経過した。
アルトリウスは食卓にノートを広げ、買ってもらったペンでこの時代の常識を箇条書きに整理している。
・身分証がないと、社会的に存在しない扱いになる。
・金は紙、硬貨、数字、薄い板の形で動く。
・警察は現代の衛兵に近いが、権限はもっと細分化されている。
・病院の治療師は優秀。
・冷蔵庫は小さな冬。
・テレビは人を閉じ込めているわけではない。
・電子レンジは普通は爆発しない。
・普通は、という言葉は信用ならない。
向かいでコーヒーを飲んでいた老人が、ノートを覗き込んで呆れたように息を吐いた。
「お前、何を真面目に書いてるんだ」
「この時代の常識だよ。知らないことは記録しないと危ない」
「冷蔵庫を小さな冬って書くのは常識じゃない」
「では、冷えた箱」
「冷蔵庫だ」
「難しい時代だ」
冗談抜きで、現代社会の情報量は異常だった。
テレビのニュース、新聞、老人の古いノートパソコン。それらから得られる情報を片っ端から吸収し、相対性理論のような現代科学の基礎や二千十年の世界情勢をざっくりと頭に入れる。
最初は本気で「昨日までテレビも知らなかった」ことを疑っていた老人も、アルトリウスの異様なまでの学習速度を前にして少し引いているようだった。
だが、分からないことを放置して死ぬのは戦場における三流のやることだ。
未知の時代に放り込まれた以上、最短で常識を飲み込み、自分の生存戦略に組み込む。それが王の影として叩き込まれた彼自身の性質でもある。
「なあ、本当に名前はペンドラゴンでいいのか」
「嘘ではない」
「嘘じゃないのが一番困るんだよな」
「では、もっと普通の名を考えるべきだったかな」
「今さらだ」
自治体からの後日面談の通知書を見ながら、老人が頭を抱える。
苗字だけならごまかせると思ったが、やはり目立つらしい。名乗りというものは難しい。
日用品の追加購入も兼ねて、アルトリウスは老人と町へ出た。
歩行者用の信号機を見て「光で人の流れを制御しているのか。戦場でも使えそうだね」と呟いて止められ、スーパーに陳列された膨大な食料を見て「兵糧庫が無防備に開いているように見える」と変な警戒をする。
そんな町歩きの中で、図書館という施設を訪れた。
誰でも自由に本を読めるというシステムは、知識を独占していた過去の時代からすれば信じられないほど良い文化だ。
アルトリウスは歴史の棚へ向かい、アーサー王関連の書籍を数冊抜き出した。
絵本、児童書、ファンタジー小説、観光ガイド、歴史研究。
そこに描かれているのは、美しく整えられた英雄譚だった。
「お前、本当に好きなんだな」
「まあ、知り合いの話だからね」
「その設定まだ続けるのか」
「便利だからね」
老人のツッコミを軽く流しつつ、アルトリウスはページをめくる。
綺麗すぎる。血の匂いも、泥臭い敗走も、容赦のない裏切りも、戦場の凍えるような寒さも、ここにはない。王はもっと疲れ果てていたし、円卓の騎士はもっと頑固でどうしようもなく人間だった。
だが、それでも残っている。
あの凄惨な戦いが、ただの悲劇ではなく、後の世の子供たちに語り継がれる物語になっている。
「……忘れられるよりは、ずっといい」
かつての戦いの日々を思い返し、アルトリウスは静かに本を閉じた。
この数日間、アルトリウスは己の剣を一度も実体化させていない。
だが、剣は常に彼の内側にある。懐に短剣を忍ばせているよりも近く、魂そのものに重なるように存在している。呼べば即座に手元へ現れるが、当然ながら人前で出すべきものではない。
夕暮れ時、老人が落としそうになった鍵束に対し、アルトリウスは反射的に手を伸ばしかけた。
一瞬、その指先に青白いエーテルの光が走りかける。彼は咄嗟にその魔力流を押し留め、何事もなかったかのように鍵を空中でキャッチした。
「どうした?」
「いや、少し癖が出そうになった」
「変な癖は出すなよ」
「努力する」
感覚が少しずつ現代に馴染んできているとはいえ、九百年間の戦場の癖はそう簡単に抜けるものではないらしい。
夜になり、アルトリウスは老人に連れられて地元のパブへ顔を出した。
この数日で何度か通ううちに、店主や常連客にもすっかり顔を覚えられてしまったようだ。
「よう、拾われた若いの」
「その呼び名は定着するのかな」
「名前がペンドラゴンじゃ、そっちの方がまだ現実味がある」
「失礼な。由緒ある名なんだけどね」
「由緒がありすぎるんだよ」
店主の軽口に、カウンターの端にいた常連たちが笑う。
出された琥珀色のエールを一口飲み、アルトリウスはパブの喧騒を見渡した。
「知らない時代だが、酒場の空気はあまり変わらない」
「どこの時代でも酔っ払いは同じってことか」
「実に安心する」
アルトリウスは微かに微笑んだ。
時代は違えど、守るべき日常の形はここにある。それを実感するには、この一週間という時間は十分だった。
*
一方、その頃。
ロンドンの地下深くにある神秘組織『円卓の騎士』の施設では、張り詰めた空気の中で会議が行われていた。
「対象の行動パターンが固定されました」
現地調査員からの報告がスクリーンに映し出される。
日中は町を歩き、図書館とスーパーに出入りし、夕刻からは老人と共にパブへ向かう。外見上は記憶を失った一般人と何ら変わりはない。
「だが、剣を物理的に所持している形跡がありません」
「隠しているのではなく?」
「ええ。観測の結果、対象の内側に剣状の反応があります。身体、あるいは魂そのものと重なっている可能性が高い」
その報告に、幹部たちは静かにどよめいた。
王ではないが、王に近い。そして剣を持っているのではなく、剣を宿している。
「王の影に関する封印記録と一致するなら、対象は単なる神秘保有者ではない」
「聖剣反応ではありませんが、王権に付随する代替因果を持っています。王へ向かう死を肩代わりする、影の剣……」
いずれ至るべきアヴァロンへの道を開くため、死した王を再現する。
それが彼ら『円卓の騎士』の目的である以上、王を再現するための部品として、その影すらも必要不可欠だった。
「ずいぶん回りくどいな」
薄暗い部屋の隅で、背中に巨大な剣を背負った巨躯の男が苛立たしげに吐き捨てた。
彼こそが、実働部隊の小隊長として数々の聖遺物回収任務を成功させてきた男である。
「剣が内側にあるなら、本人ごと持ってくればいいだろうが」
「対象は王の影に関する反応を持っています。軽率な接触は危険です」
「王ではないんだろう」
「だからこそ危険だと言っている。王ではないものが、王に近い反応を持っているのだ」
幹部の制止にも、巨躯の男は全く納得していないようだった。
彼にとっては、強い相手なら制圧し、必要な聖遺物なら奪い取る。ただそれだけの簡単な話だ。
「夕刻から夜にかけて、同じパブに出入りしています。周囲に一般人が多数おり、接触には不向きです」
「逆だ」
巨躯の男が獰猛な笑みを浮かべる。
「逃げ場がない。聞き出すにはちょうどいい」
幹部は少し黙り込み、やがて冷酷な判断を下した。
「……殺すな。剣を確認し、可能なら回収しろ」
「抵抗した場合は?」
「制圧しろ」
巨躯の男は短く鼻を鳴らした。
「十分だ」
九百年という時を経て目を覚ました王の影。
そのささやかな日常の時間は、終わりを告げようとしていた。