アベンジャーズ計画に神代ブリテンの騎士が追加されました 作:アルトリウス(深淵歩きはしない方)
遠くから近づいてきたサイレンの音が最高潮に達し、パブの前に数台のパトカーが滑り込んできた。
車から降り立った警察官たちが目にしたのは、現代のコーンウォールにおいては到底お目にかかれない、徹頭徹尾意味の分からない光景だった。
無残に砕け散ったパブの窓ガラス。夜のアスファルトの上に文字通り転がっている巨躯の男。その傍らには、無数のヒビが入った異様な質量の『大剣』。
そしてその前に、すでに左手の籠手を消し去り、何事もなかったかのように佇むアルトリウスの姿。少し離れた場所では、店主と老人、それに常連客たちが完全に石のように固まっていた。
警察官の一人が腰の警棒に手をかけながら、困惑と警戒の入り混じった声を絞り出した。
「……これは、一体何があった?」
アルトリウスは少しだけ顎を傾け、自らの状況を整理してから問いを返した。
「正当防衛、という言葉はこの時代にもあるかな?」
「ある。あるが、その前に手を上げろ」
「なるほど。そういう手順か」
アルトリウスは素直に両手を頭の上に挙げた。
逃げる気も抵抗する気もない。この時代の法に従うべきなのは理解しているし、ここで自分が消えれば、善意で匿ってくれた老人や店主に多大な迷惑がかかる。
ただ、内心ではこの後の説明をどうすべきか考えていた。
古代ブリテンの神秘組織を名乗る不届き者が、王を部品から再現するために自分の中の剣を求めて襲いかかってきた。正直にそう述べたところで、目の前の現代の衛兵たちが納得するとは到底思えなかった。
警察官たちはまず、地面に倒れている大男の確認へと向かった。
息はあるが、膝の骨は完全に砕け、腹部には凄惨な打撃痕があり、指一本まともに動かせない状態だ。大剣にはまるでガラスのようなヒビが走り、男はただ朦朧とうめき声を漏らしている。
すぐに救急車の手配が無線で飛ばされ、一人の警察官がアルトリウスの正面に立った。
「これは、お前がやったのか?」
「殺してはいないよ」
「聞き方を変える。お前がやったのか?」
「先に大剣で斬りかかられたのでね。止めただけさ」
「止めた?」
警察官はもう一度地面の男を見やった。
『止めた』という穏やかな言葉で片付けるには、目の前の大男はあまりにも完膚なきまでに壊されすぎていた。
さらに現場の混乱を加速させたのは、残された武器だった。
警察官が証拠品として大剣を確認しようとしたが、まずサイズがおかしい。映画の撮影用プロップか何かに見えたが、触れずとも伝わってくる金属の質量感は本物の刃物そのものだ。
しかも、男たちが二人がかりで持ち上げようとしても、驚くほど重く、まともに持ち上がらない。ヒビだらけのくせに材質も不明だ。
「これ……本当に本物か?」
「本物じゃなきゃ、うちの窓が勝手に割れるわけねぇだろ」
割れた窓枠を忌々しげに見つめながら、店主が口を挟む。アルトリウスは少し申し訳なさそうに、横から言葉を添えた。
「道具自体は悪くなかったよ。持ち主の扱い方が少しばかり雑だったけれど」
「お前は今それを言うな!」
老人に即座に一喝され、アルトリウスは肩をすくめた。
警察からすれば、単なる酒場の刃物沙汰では到底済まない。武器の規模も、男の負傷具合も、そして何よりこの状況で平然としているアルトリウスの落ち着きぶりが、何から何まで異常だった。
警察官はパブに残っていた面々から事情を聴き始めた。
老人はアルトリウスの正体を完全に理解しているわけではなかったが、先に仕掛けたのがどちらであるかははっきりと見ていた。
「俺は見た。あの大男が先に、まともじゃない剣をあいつに振り下ろしたんだ、それをペンドラゴンは……まあ、受け止めた」
「受け止めた? 素手でか?」
「そうとしか言えん。何か、変な手袋みたいなものが一瞬出たというか……」
「手袋?」
「俺も自分が何を言っているのか分からん」
続いて店主も、顔を引きつらせながら証言を重ねる。
「先に暴れたのは大男だ。ペンドラゴンはそれを止めようとしていた……と思う」
「窓は?」
「壊れた」
「誰が壊したんだ」
「結果的にはペンドラゴンだが、あれは外に出るためだ。店の中で暴れられるよりは、外の道路に行ってくれた方がマシだった」
店主はそこまで言うと、少しだけ視線をアルトリウスへと巡らせた。
「あと、修理代は後で必ず払うと言っていた」
警察官の視線がアルトリウスに突き刺さる。
「払えるのか?」
「今は無理だね」
老人が先回りして釘を刺すように言った。
「俺の顔を見るなよ。出さんぞ」
とまぁ、周囲の証言によって、巨躯の男が一方的な襲撃者であり、アルトリウスがそれを防御して外へ誘導し、制圧したという構図だけは確定した。
しかし、それで説明がつかない部分があまりにも多すぎるのだ。
「なぜお前は襲われた?」
警察官の本格的な事情聴取が始まる。
「彼は、私の持ち物を欲しがったのでね」
「持ち物? それはどこにある」
「今は見せられない」
「なぜだ」
「見せると、この話がもっと面倒なことになるからだ」
「すでに十分面倒だ」
「それは否定しない」
警察官は本気で頭を押さえたくなった。
話している態度は極めて冷静で礼儀正しいが、内容のすべてが煙に巻いている。
「お前、本当に何者なんだ?」
本当のことを言えば信じてもらえない。だが、完全な偽りは後の綻びになる。アルトリウスは静かに微笑み、曖昧に返した。
「少なくとも、理由もなく先に剣を振るう側の人間ではないよ」
衛兵からすれば答えになっていないが、被害状況と証言がある以上、彼を一方的な加害者として扱うこともできなかった。
警察は一応の手順として、アルトリウスの身柄を確保するために銀色の手錠を取り出した。
「それは?」
「手錠だ。拘束具だよ」
「なるほど、理解した」
アルトリウスは抵抗せず、素直に両手首を差し出した。老人が慌てて声を上げる。
「おい、本当に大丈夫なのか?」
「この時代の法に従うべきだと言ったのは君だろう? 問題ないさ」
「俺は、大剣を振り回す大男を素手で殴り倒した後に手錠をかけられる話までは想定してないんだよ」
警察官が無線で本署と連絡を取り、端末の記録を確認しながらアルトリウスを見た。
「ペンドラゴン。一週間前に、身元不明者として仮記録されたばかりだな」
「そうだね。まさかこんなに早く衛兵の方々と再会するとは思わなかった」
「こっちだって思ってない」
一週間前の仮記録があったおかげで、警察側も完全な未知のテロリストではなく、「例の記憶混乱の身元不明者が、またおかしな事件に巻き込まれた」と処理する形になった。
しかし、救急隊が巨躯の男を運ぼうとした段階で、現場の不気味さはさらに増した。
男の筋肉量と骨格の密度が、明らかに通常の人間を超えているのだ。普通ならショック死していてもおかしくない損傷を負いながら、肉体そのものが異常な生命力で持ち堪えている。
薬物か、あるいはステロイドの過剰摂取か。隊員たちも判断に困りながら、大男を搬送していった。
残された大剣の回収にも、警察官たちは四苦八苦している。アルトリウスはパトカーの後部座席に入れられる直前、少しだけ忠告を投げかけた。
「その剣は、素手であまり触らない方がいい」
「なぜだ?」
「持ち主以外に優しい作りではないんだ。呪いとまでは言わないけれどね」
「先に言え」
「聞かれなかったので」
「聞かれなくても言え」
*
時を同じくして。
ロンドンの地下深くにある神秘組織『円卓の騎士』の施設。
「小隊長が、制圧されました」
現地からの最悪の報告に、コントロールルームを重苦しい沈黙が支配した。
実働部隊の小隊長であり、組織の中堅上位の実力者。幹部に直接謁見ができるほどに上り詰めていた男が、一瞬にして敗北したのだ。
「対象は……剣を使用していません。繰り返します、対象は己の剣を実体化させていません」
「何だと?」
「確認できたのは、左手に一瞬だけ顕現した籠手状の武装のみ。全身鎧の展開もなし。対象は、ほぼ完全な徒手空拳のみで小隊長を圧倒し、制圧しました」
幹部たちは言葉を失った。
これまでは、内側に剣を宿す都合の良い『回収対象』だと見ていた。だが、その前提が根底からひっくり返った。
「……回収対象ではない」
一人の幹部が、凍りついた声で呟く。
「王の影に関する反応、ではないな。あれは――王の影
「では、古い時代の本物が、そのまま現代に蘇ったと?」
「その可能性を捨て去るな。あまりに危険すぎる」
パブの周囲にはすでに警察と救急が集まっており、一般人の目も多すぎる。無理に小隊長や大剣を奪還しようとすれば、組織の存在が社会の表層へと露見してしまう。
「今は引け。証拠の隠滅よりも、情報の収集を優先する」
偽りの円卓は、その傲慢な手を一度引かざるを得なかった。
*
現場の警察官たちは、アルトリウスを連行しようとしながらも、あまりの情報の多さに限界を感じていた。
パブの損害、謎の超重量大剣、襲撃者の異常な肉体、数日前のスローターブリッジの振動。
「これ、上に回した方がいいな」
「どこにだよ」
「分からん。だが、俺たち地元警察だけで抱えきれる事件じゃない」
その直感は正しかった。
彼らが処理不能として本署のデータベースへと投げた事件のログは、即座に『別の組織』の網へと引っかかることになる。
――戦略国土調停補強配備局、通称・SHIELD。
二千十年の現代において、すでに世界中で発生しつつある「説明不能な異常事案」を監視している組織である。
移動中の車両内、液晶端末に表示された報告書を眺めていたエージェント・コールソンは、隣の報告員から渡されたファイルに目を通した。
「英国コーンウォールで奇妙な暴力事件です。身元不明の男、仮名はペンドラゴン」
「ペンドラゴン?」
「本人がそう名乗ったようです。一週間前のスローターブリッジ周辺での原因不明の振動と同じ地域で保護されています。現場には謎の大型刃物、説明不能な人体損傷。加えて、不鮮明ですが、監視カメラ映像に対象の左手が青く発光する装甲のようなものを纏う姿が映り込んでいます」
コールソンは端末の画面をスクロールし、パブの外で大剣を構える大男と、手ぶらで向き合うアルトリウスの映像を見つめた。
一瞬だけ、その左手に青白い騎士の籠手が実体化し、大剣の直撃を微動だにせず受け止めている。
コールソンの穏やかな表情が、少しだけ真面目なものへと切り替わった。
「現地警察に連絡を。彼を容疑者ではなく、最優先の保護対象として扱わせてください。私たちが身柄を引き取ります」
「襲撃者側と、残された大剣は?」
「そちらもこちらで確保を。大剣は可能なら誰も触れさせずに隔離してください。分類はどうしますか?」
コールソンは少しだけ考え、小さく笑った。
「とりあえず……『アーサー王案件』とでも呼んでおきましょうか」
端末を閉じ、窓の外の夜景を見つめる。
「フューリー長官は、また嫌な顔をしそうですがね」