アベンジャーズ計画に神代ブリテンの騎士が追加されました 作:アルトリウス(深淵歩きはしない方)
パブでの騒動の後、アルトリウスは地元の警察施設の一室へと移されていた。
両手首には銀色の手錠がかけられ、目の前の簡素な机には紙コップに入った水が置かれている。手錠の強度は人間を縛るには十分だろうが、アルトリウスの膂力であれば本気で引きちぎれないものでもない。
だが、当然ながらそんな真似はしない。
この時代の法や秩序に従うと決めているし、何よりここで暴れて逃げれば、善意で匿ってくれた老人にまで迷惑がかかる。アルトリウスは大人しくパイプ椅子に座り、ただ出された紙コップを眺めていた。
「何か必要なものはあるか?」
見張りの警察官が、どこか腫れ物に触るような声で尋ねてくる。
「できれば、この拘束具を外してもらえるとありがたい。少し窮屈でね」
「却下だ」
「残念だ」
アルトリウスの態度は、ひどく落ち着き払っていた。
むしろ警察官の方が扱いに困っている様子だ。目の前にいる男は礼儀正しく、暴れる気配もなく、会話も完全に成立している。
だが、ほんの数時間前、巨大な剣を持った大男を文字通り素手で破壊してみせたのだ。どう扱えばいいのか、地元警察の手には負えなくなっていた。
しばらくして、取調室に老人が顔を出した。
証言のために呼ばれたらしいが、明らかにアルトリウスを心配している顔だった。
「本当に大丈夫なんだろうな」
「今のところはね」
「今のところ、で済ませるな」
「では、大丈夫だと言い切ろう」
「それはそれで信用ならん」
老人の渋面を見て、アルトリウスは少しだけ申し訳なく思う。
身元も分からない自分を拾い、世話をしてくれた人間だ。そんな恩人の日常を、自分の存在が壊してしまった。
「迷惑をかけた。店も、君も、巻き込むつもりはなかったんだ」
「巻き込むつもりがない奴は、普通パブの窓を突き破らん」
「そこは本当に反省しているよ」
「反省で窓が直ればな」
「この時代には、反省の度合いで修理費が減る制度は?」
「ない」
「厳しい時代だ」
そんな軽口を叩いていると、取調室の扉が開いた。
入ってきたのは、現場の警察官たちではない。仕立ての良いスーツを着た、初老に差し掛かる温和な顔つきの男だった。
地元警察にとっては突然現れた上位機関の人間だが、書類上の権限や上層部への根回しはすでに完璧に済んでいるらしい。
「フィル・コールソンです。戦略国土調停補強配備局から来ました」
「……長いな」
「よく言われます。SHIELDで結構ですよ」
アルトリウスはそれを聞いて首を傾げた。
「盾?」
「ええ。まあ、名前だけなら守る側です」
「なら、悪くない名だ」
コールソンは穏やかに、少しだけ笑った。
「そう言っていただけると助かります」
コールソンはゆっくりとアルトリウスの正面に座り、その様子を観察した。
落ち着きすぎている。手錠をかけられ、見知らぬ機関の人間が現れたというのに、怯えも焦りもない。かといって横柄にふんぞり返るわけでもなく、老人や周囲の警察官への配慮を見せている。
一目で、ただの危険な容疑者として扱うべきではないと判断した。
一方のアルトリウスも、コールソンを観察していた。
ただの衛兵ではない。兵士でも、貴族でも、神秘を扱う魔術組織の人間でもない。だが、裏側の面倒事に慣れきっている人間の目をしている。
「君は、普通の衛兵ではないね」
「警察官ではありませんから」
「では、王の密偵かな?」
「近いようで、少し違いますね。少なくとも王の命令で動いているわけではありません」
「では誰の命令で?」
「世界の安全、と言っておきましょう」
「大きく出るね」
「職業柄です」
コールソンの穏やかさの中にある胡散臭さ。その適度な距離感に、アルトリウスは少しだけ警戒を解いた。
「まず確認します。あなたは、先ほどの男に襲われた」
「ああ」
「彼はあなたの持ち物を欲しがった」
「正確には、私の内側にあるものだね」
「剣、ですか?」
アルトリウスは少しだけ目を細めた。
「そこまで見ているのか」
「監視カメラの映像に、ほんの少しだけ映っていました。あとは現場の状況からの推測です」
「優秀だね」
「ありがとうございます。ただ、できればその剣を今ここで出すのは控えてください」
「賢明な判断だ」
無闇に力を証明しろと言わない。その姿勢が、アルトリウスには好ましく思えた。
コールソンは視線を横の警察官に向けた。
「彼の手錠を外してください」
「ですが……」
「彼が本気で逃げるつもりなら、その手錠では止まりません」
「それを言われると余計に外したくないんだが」
渋る警察官に、アルトリウスが口を挟む。
「壊すつもりはないよ。借り物を壊すのは良くない」
「お前、借り物じゃない店の窓は壊しただろ」
「痛いところを突くね」
老人のツッコミを受けながらも、結局はコールソンの権限によって手錠は外された。
アルトリウスは自由になった手首を回し、礼を言う。
「助かる。あまり良い趣味の腕輪ではなかった」
「次からは、かけられないようにしていただけると助かります」
「努力する」
「その努力は信用できん」
和やかな空気を保ちつつ、SHIELD側は裏で素早く事後処理を進めていた。
コールソンの耳元のインカムから、現場で動いている部下の報告が小さく漏れ聞こえてくる。
『病院へ搬送された襲撃者は、医療搬送という名目で当部門が引き取りました。現場に残された大剣も、これから回収します』
「ああ、専用のケースに隔離して運んでくれ」
コールソンが通信機越しに指示を出したその時、横で話を聞いていたアルトリウスが口を挟んだ。
「忠告しておくが、あの剣は素手では触らない方がいい」
「理由は?」
「持ち主以外に優しくない作りだ。それに、今はひび割れて機嫌も悪い」
「剣に機嫌が?」
「あるものもある。あれはそこまで上等ではないけれどね」
「……なるほど」
コールソンは真顔のまま通信機に向かって声を張った。
「聞いた通りだ。厳重に取り扱え。誰も素手で触れるなよ」
これだけでも、彼らが直面している事象が通常の事件の枠に収まらないことが見て取れる。
通信を終えたコールソンは、老人に視線を向けた。
「彼はしばらく、私たちが保護します」
「保護? 逮捕じゃなくてか?」
「現時点では、彼は襲撃された側です。少なくとも、私たちはそう見ています」
「なら、乱暴には扱うなよ。変なやつだが、悪いやつじゃない」
老人の言葉に、アルトリウスは少しだけ驚いた。
たった一週間ほど世話になっただけの、素性も知れない不審者を、それでも庇おうとしてくれている。
「ありがとう」
「礼を言うなら、店の窓を直してからにしろ」
「現実的だね」
「現実は大体金がかかるんだよ」
コールソンが横からすかさず口を挟んだ。
「修理費については、こちらで一時対応します」
「本当か?」
「はい。ただし、報道や証言についてはこちらからお願いがあります」
「つまり、黙ってろと」
「できれば、少しだけ表現を穏やかにしていただけると」
「大剣男が暴れた。ペンドラゴンが止めた。窓が割れた。これ以上どう穏やかにしろと?」
「難しい案件ですね」
店主も交えたそんなやり取りの後、コールソンはアルトリウスに本題を切り出した。
「あなたには、私たちと一緒に来ていただきたい」
「拒否した場合は?」
「説得します」
「それでも拒否した場合は?」
「さらに説得します」
アルトリウスは少し笑った。
「武力ではなく?」
「できれば避けたいですね。今日の映像を見た後では特に」
「賢い」
「あなたを拘束したいわけではありません。ただ、あなたを襲った組織がいる。あなた自身にも、通常では説明できない力がある。そしてこのまま地元の方々の近くにいれば、また彼らを巻き込む可能性がある」
その言い方は、アルトリウスの心情を正確に突いていた。
自分自身はどれほど危険が迫ろうと慣れている。だが、老人や店主、パブの常連客たちを巻き込むのは絶対に避けなければならない。
「なるほど。私を連れていけば、少なくともこの町への被害は減る」
「その可能性は高いです」
「なら、行こう」
「軽いな、おい」
「理由は分かりやすい方がいいんだ」
出発前、アルトリウスは老人に向き直った。
「世話になった」
「まだ全部終わったみたいに言うな。荷物くらい取りに戻るだろ」
「荷物と呼べるものは、君に買ってもらったノートくらいだね」
「あれは持って行け。小さな冬とか書いてあるやつだろ」
「重要資料だ」
「絶対違う」
店主も声をかけてくる。
「ペンドラゴン」
「なんだい?」
「次に来る時は、窓からじゃなくて扉から入れよ」
「努力する」
「努力じゃなくて確定しろ」
「では、確定で」
そんな軽いやり取りで日常への繋がりを残しつつ、アルトリウスは警察署の裏口に停められていたSHIELDの黒い車両へと乗り込んだ。
車内は警察の車両よりも静かで、見たこともない通信設備が整っている。
「この時代の馬車は種類が多いね」
「車です」
「覚えたよ。たぶん」
「たぶん?」
「覚えることが多くてね」
「その割には、かなり落ち着いています」
「慌てても、知らない言葉や道具が減るわけではないからね」
コールソンはその答えに、アルトリウスの並外れた適応力を垣間見た。
ただの記憶障害や精神錯乱ではない。異常なほど冷静に周囲を観察し、この世界を学ぼうとしている。
「あなたは本当に、ペンドラゴンなのですか?」
「その名を名乗る資格はあるつもりだ」
「アーサー王の?」
アルトリウスは少しだけ沈黙した。
今ここですべてを話すつもりはないが、否定もしない。
「その名は、今では物語なのだろう?」
「ええ。ですが、最近は物語の方からこちらへ歩いてくることもあるようで」
「面白い言い方だ」
「職業柄です」
流れていく夜の町並みを眺めるアルトリウスを乗せ、SHIELDの車両は静かに走り続ける。
助手席に座るコールソンは、手元の端末から上官であるフューリー長官へと報告を入れていた。
画面には、パブ前の監視映像、青白い籠手の一瞬の発光、大剣を持った巨躯の男、そして『PENDRAGON』と記録された仮の資料が並んでいる。
『対象を確保しました。自称ペンドラゴン。左手の装甲、内在型の剣反応、襲撃者の異常身体、すべて確認済みです』
『ペンドラゴン?』
『はい。本人がそう名乗っています』
『冗談だと言え』
『申し訳ありません。今のところ、冗談の方がまだ説明しやすいです』
通信の向こうで、フューリーが重いため息をつくのが聞こえた。
スターク、バナー、そして空から落ちてきた雷様。その上で、今度はペンドラゴンを名乗る男だ。しかも、コーンウォールの古戦場で発生した異常反応と、神話じみた剣を宿している可能性がある。
『スターク、バナー、空から落ちてきた雷様。今度はアーサー王か』
『正確には、まだアーサー王とは限りません』
『なら何だ』
コールソンは一度、バックミラー越しに後部座席のアルトリウスを見た。
当の本人は、窓の外の景色を静かに眺めている。怯えも焦りも、逃げる気配もない。ただ、知らない時代を観察し続けている。
『本人は、王ではないようです』