チートがチートじゃない世界に転生したらしい 作:よしほ
ぼーぜんとしながら、いやもっと正しく言えば頭が真っ白になったままで、私は某男爵の城を出た。アーサーと一緒に馬車の中で身体が左右に揺れた時、はっと我に返った。
「おとうさま! 用事は終わったんですか?」
「うむ。これでしばらくあやつも大人しくしているだろう」
当たり前という顔で言われて私は頭を抱えた。大人しくさせるために訪ねたんかい! と言いたくなった。ここの男爵は一体なにをしたんだ!? と、アーサーに突っ込みたい。でも先にメイプルとテオの話を聞いたから何も言えない。偉いとかどーとかはともかく、アーサーの声がでかい(物理ではなく)のは判ったから。
それにしてもメイプルは本当に昨日は徹夜したのだろうか。怖くて確かめられない。ちなみに私はメイプルのことを気にしつつも、いつも通りに爆睡してしまった。チッ! 二人に言われた通りだったよ!
というか、私は誰かにがっつり護衛をしてもらわないと、外に出せないってことだろう。私はそのことを改めて知って打ちひしがれたというか、涙がちょちょ切れた。あれだけ特訓しても足りないとか、アシュフォード家は使用人も含めてどーなってんだ! 私も吸引と放出って魔法が特殊って言われてるからかなりアレだと思うけど、アーサーとスカーレット、使用人の戦闘力はおかしいと思うよ!? だって私は未だに勝てないんだもん! ちょっと剣で練習するとかなら、メイプルが手を抜いてくれるから当たることもあるけど……ガチ本気だとちっとも勝てる気がしない! スカーレット相手だと小指の先であしらわれる自信がある!
はー、とため息を吐くとアーサーがぐわっ! と寄ってくる。
「どうした、リディア! まさかと思うが、離れで何かあったのか!?」
「違う違う違う! 何もねーです! それよりおとうさま、次はどこに行くんですか?」
私が疲れつつ訊ねたら、アーサーは生真面目な顔で腕組みをしてうんうんと頷いた。
「うむ。転移陣のある場所に移動だな。次に行くところは離れているのでな」
「テオの転移じゃ駄目なの?」
「転移場所がランダムなのがな……。テオは働き者のいい子なのだが、そういう意味では使えんな」
うーわ! テオ、使えない子扱いされてる! しかもアーサーが真顔! でもテオは私につけられてるから、私ならいいってことかな!? まあ、逃げる時だけなら転移の着地点はどこでもいいかもだが! 私の扱い酷くね!?
「それに私は出来るだけリディアの料理を食べたいと思っている! だからあえて遠回りをするのだ!」
「本音を出すな、本音を!」
そんな訳で馬車に揺られて2時間ほど経った頃、私たちは小さい町というか村に着いた。馬車道が舗装されていないことからも、ここは街からかなり離れてるってことが判る。村に入ると馬車の速度が落ちる。少ない通行人が窓から覗くアーサーを見て、笑顔で手を振りまくる。ん? アーサーはここでも何かしたのか?
「おとうさまはこの村の人に好かれてるんですね」
「ああ。前に治水工事をしたからだろう。この辺りは川の氾濫が酷かったのだ」
アーサーが窓の外を指差す。馬車が高い位置を走ってるから村が見える。ていうか、村全体がどうやら高い位置にあるらしい。でもって馬車の窓から外を覗いた私は言葉をなくしてしまった。
そこには堤防があり、その向こうに川があった。……って、でかくね!!! どういうこと!? 向かいの岸が見えないんだが!? これ、海じゃなくて!? あ、そいえば転生前世界日本の何かの授業で、瀬戸内海を見たどこぞの国の人が、日本にもでかい川があるんですねと言ったという話を聞いたことがあるな。川って。それ、海だから! と、当時も突っ込んだ覚えがある。教師のネタ話だったら笑うが。
それはともかくだ! でかい川はやけに澄んでいる。Yo○Tubeとかで観てた大河とは違う? まったく濁ってない。でもこの堤防って低くない? これで大丈夫なのか? そんな私の疑問に気付いたのか、アーサーが川のほとりで馬車を止めるように言う。御者が頷いた後、馬車はゆっくり進んで川の傍で止まった。私は馬車を降りてから急いで飛行魔法を使って堤防の上に乗った。川は私が思っていたよりも低い位置を流れていて……それはともかく!
「やっほーーーーーー!」
馬車を降りた私はヤケクソになって川に向かって叫んだ。地平線が見えるところに川があるんだよ!? しかも川の向かいの岸が見えねえ! 山じゃないからか木霊もしない。山でも谷でもないから声が反射しないのかな? てか、地平線って、転生前も見たことないよ、私! そんなとこ行ったことないし! 日本国内だと北海道くらいしか見えなくない? 他のところにもあるのかな? いや、とにかく! 初めて見る地平線は絶景ではある。
あるんだが! これ水平線とも言う!? いや、川が斜めに走ってるのか、一応、陸地も見えるは見える。え、どっちだ? いやいや、そうではなく! ていうか、アーサーが堤防を這い上がってくる。待て。どうして垂直に近い堤防を這い上がれるのか訊いて……あー。なるほど。堤防に手を突き刺しながら……何してんの!?
私は驚くやら呆れるやら何やらで、隣まで来たアーサーに抑揚のない声で訊ねた。堤防の下、馬車から降りたとこでメイプルとかが喚いてるが無視だ。
「おとうさまは治水とかも関係してるんか」
「うむ。この辺りで洪水などが起こると、川下の街が水没する危険があるのでな。街には転移陣があるので洪水は困る」
「そんな理由!?」
「大切な理由だが?」
アーサーは真顔である。確かに転移陣は守らねばかもだけど、それってアシュフォード家でしか通用しない常……ああーーー。常識が違うんだった。こいつら。それはどうも島の外でもらしい。
「それに浄水は必須だろう。飲み水は清潔を保たねばならん。もちろん川魚も生きておるから、村人が漁も出来るように、出入り可能な頑丈なドアもつけてある。閉じれば水は漏れてはこんぞ」
「確かにそーだけどー」
そこからアーサーの伝染病とか感染症とかの話が始まった。判るよ!? 理屈は! 転生前世界でもそういうのはあったし! 特に気温が高いとそういうのが繁殖したりしやすい。虫も湧くかも知れない。そう考えると危ない。判る、判るけどさあ!
そういう理由で大河一本丸ごと浄水するかね!? 堤防で守るのは百万歩ゆずって理解できるけどさ!
「上流にはアシュフォード家の使用人が数人、配置されておるのだ。心配はない!」
「心配とかじゃねーし!」
「ん? 魔法具も設置しているぞ? 安心していい。下水もしっかり処理しておる」
「ちっがーう!」
アーサーの解説に私はおもっきり突っ込んだ。浄水とかのために使用人配置してるとか! もしかして転移陣もそこにあるんか! 視察を兼ねてこの村に来たんか! そういう意味ではアーサーは出来る人だとは思うけども!
川の岸には地面? があった。陸? 草むら? 何だろう。もしかしてちょっと川が増水した時には、そこに水が溜まって流れるのかな? ちょっとだけ堤防から下を覗いた私を背後からアーサーががっつり抱きかかえる。
「いかんぞ! リディア! 身を乗り出すと落ちてしまう!」
「……あーのー。私、飛行魔法を使えるんだが?」
「はっ! そうだったな!」
我に返ったアーサーが大声で笑う。私は抱っこされたまま大きなため息をついた。