チートがチートじゃない世界に転生したらしい   作:よしほ

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正しい侍女の使い方

 絶賛、叱られ中の(永遠の)アラフィフ主婦、転生してから二年、二歳幼児の斉藤奈美恵です。ていうか、転生前世界日本の伝統というか、お家芸がこの世界にもあるとは……。

 

 そんな訳で私は正座していた。大理石の床の上で。

 

「騒ぎが起きていると聞いて来てみれば……どういうことですか。リディア」

 

 ひーーー!! 怖い怖い怖い!!! うちの娘よりはるかに怖いよ、この子!

 

 目の前に立っているのはスカーレットだ。でもってそのスカーレットは何でも凍り付きそうな、ものっすごい笑みを浮かべて私を見下ろしている。私は冷や汗をかきながら息を詰めていた。どうしよう。厨房内が全部凍り付いてる感じでみんな黙ってるし! メイプルなんかいつの間にかスカーレットの少し後ろに移動してるし! おま、私を守れよ! と全身全霊で叫びたい。

 

「あ、の、その、おかあさま、わたし、興味があって、その、お食事をどうやって、作っているとか、その、何を使ってるのか、とか、もっと美味しく、とか」

「それはあなたのすべきことではありません。使用人の仕事を取り上げてどうするのですか」

「いっ、いや! でも、大事なことで!」

 

 頑張れ(o゚▽゚)o私! ウマ飯一歩手前くらいまでは来てるんだ! ここで諦めたら全てが終わる!

 

「そもそもあなたは勉学のために書庫に向かったのではなくて?」

「ひっ!」

 

 息を飲んだのは私じゃなかった。メイプルだ。悲鳴を上げかけたメイプルをスカーレットがゆらりと振り返る。その瞬間、メイプルの顔が引きつったかと思うとぴきっと凍った。

 

「メイプル。あなたにも後で話があります。よろしいですわね?」

「はっ! はい、奥様!」

 

 メイプルががくがくと高速で首を縦に振る。今の私も多分、ああいう感じなんだろうなー、とぼんやりと思った。

 

 考えてみたらうちの娘は怒ることはあっても、こんな風に激怒ところを見せたことがない。もしかしたら家の中でだけは大人しくしていたのだろうか。でも性格的にスカーレットと比べると柔らかい子だったし、そろそろ嫁のもらい手を、とかお節介なことを考えてるのを見透かされて話を逸らされてた気もするけど、親娘仲は悪くなかった。

 

 なのに! スカーレットは! スパルタ訓練の時も思ったけど! 性格がきっつくない!? もしかしてよく聞く悪役令嬢とかじゃないよね!?

 

「よくお聞きなさい、リディア」

 

 私を再び見たスカーレットは凍てつくような笑みを浮かべていた。

 

「あなたが食事に興味がある、ということは判りました。厨房にも興味がある、というのも理解出来ました。そのために厨房の者と話がしたい、ということなら手順を踏みなさい」

「ごめんなさい! って、は……?」

 

 反射的に謝った私は驚きに目を見開き、土下座状態で顔だけ上げた。スカーレットは相変わらず凍てつく微笑を浮かべているけど、氷がちょっとだけ溶けたような感じがする。

 

 スカーレット曰く、私の場合はまずは侍女のメイプルに希望を伝え、次にメイプルが私が要求していることを両親に伝える。この場合はアーサーとスカーレットだ。そして二人が了承したら、今度は希望先、今回の場合は厨房に伝える。日時の都合もあるからだ。めんどくさいと思うけど、アポイントメントは確かに必要だろう。私だって急に誰かに訪ねられたら困ると思う。……今は二歳児だから困るも何もないけども。

 

 先に行った農園のことを恐る恐る訊ねたが、実は農園にはメイプルが先に了承を得たことだったらしい。だがホレスには言っていなかったし、今の厨房にも伝わっていなかった。つまりメイプルが伝え損ねていたのだが、その責任は私にあるのだそうだ。

 

「侍女を正しく使いなさい」

 

 今度こそスカーレットの笑みから氷が消えた。私は意外な言葉に目をしばたたかせて無言になった。

 

 何だろ、これ。娘に正論パンチを食らった気分だよ! 確かにうちの娘は穏やかだったのに、テレビに向かって正論パンチしがちだったけども! 私を正座させて説教はなかったわー! もしかして娘は我慢してたのだろうか。いやそんなことはなかったと信じたい。

 

 と、私の心は転生前世界日本のことを思い出して穏やかではなかったけども、重々しく頷くことにした。逆らったら死ぬ、というのを本能的に感じたからかも知れない。

 

「本当はアシュフォード家の者がこのような場所に来ることはないのですよ、リディア」

「えっ、まあ、はい……」

 

 このような場所というのは、厨房のことだろう。私がここに入った直後、スティーブンが飛んで来たことからも理解できる。でもウマ飯は死活問題なんだよ! とも思ったけど、スカーレットが怖いから言わない。

 

「リディアは厨房でどうしたかったのですか?」

 

 穏やかな顔に戻ったスカーレットに訊かれ、私は訥々とだが説明した。……だって勢いよく言ったらしばかれる気がしたし。さっきの氷の笑顔を見たらとてもじゃないけど逆らえない、というか怖いわ!

 

 でも言うことは言う! 私は出来る限り穏便に牛肉と調味料が解せぬ、と伝えた。するとスカーレットが不思議そうな顔をして頬に指を当てる。あ、これ、疑問だという仕草だ。私の言ったことが理解出来ないのか、それとも料理のことが判らないのか、私には判断出来ないな……。

 

「リディアが言いたいのは、牛の肉に問題があるのではなく、調理が問題ではなく、味付けに不満があるということですか?」

「はっ、はい! 焼き加減はちょうどいいかと!」

 

 力をこめて何度か頷く。するとそれまで緊迫していた厨房の空気が緩んだ気がした。多分だけど、厨房にいる人たちは、私が焼き加減にケチをつけたと思ったのだろう。ち、違うねん……。そこじゃないんだ、そこじゃ。

 

「なるほど。リディアはどうして欲しいのです?」

 

 スカーレットが屈んで私と目線を合わせて微笑む。私は力強く頷いて手をぐっと握った。

 

「牛肉は焼く前に塩コショウして欲しいです! それと出来れば香辛料とかも使ってもらえると嬉しいです! ソースもあればベストだけども、そこまで出来ないのなら多くは望まないです。とにかく焼く前の肉に塩コショウ! でも賄いでいろいろ食ってるって話だったし、ソースも出来なくはなくね!? 何なら野菜を添えたりパンが焼けたり、それなら飯に添えられるだろ!? と思ってます」

 

 力を入れてしまった私は、段々と早口になって、しかも地が出てしまった。でもスカーレットは不快な顔はせず、むしろ面白いものを見るような目で私を見た。

 

「しおこしょう、ですか」

「はい! 塩コショウです!」

「それは厨房にあるのですか?」

 

 スカーレットが立ち上がって自然な流れで橫を見る。そこにはスティーブンがいた。

 

「はっ、はい! 塩もコショウもあります! 何なら香辛料も揃っています!」

「どうしてわたくしはそのことを知らないのかしら」

 

 そう言ってにっこり笑ったスカーレットが見たのは、さっき肉を焼いていた鉄板だった。今は火が落とされているんだろうけど、乗ってた肉が悲しく焦げている。OH...。肉よ。ごめんよ。ちょっとなら焦げたとこを落として食えると思うの。だから許せ。

 

 って、ちょっと待て。

 スカーレットのこの反応、もしかして今の食事に不満があったのでは!?




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