チートがチートじゃない世界に転生したらしい 作:よしほ
のんびり母乳を飲んで、気ままに寝たり起きたりしていればいい。
……そう思っていた時期が私にもありました。斉藤奈美恵です。ごきげんよう。
それどころじゃない!
ヤバい! この母親、ヤバい! 乳腺炎をおこしかけてる!
乳腺炎っていうのは授乳中になることがある、乳周りの炎症。乳幼児の母乳の飲みが悪かったり、不規則だったりすると、母乳が出る管……ざっくり説明でごめんだけど、何かそんな感じのところが腫れてしまうわけ。
そうなるとメタクソに痛い! 私も経験したから判る! 熱は出るわ頭痛はするわと、とにかく体調不良が立て続けに襲ってくる。医者にかかろうにも、乳幼児に母乳を与えている間に飲める薬は少ない。どうもこの世界もそうらしく、医師みたいなのが来たけど役に立たなかった。
そんな訳で、私は根性を入れて絶賛、母乳を吸いまくっている。いやもう、おなかいっぱいなんだけど吸う!
スカーレットの母乳は多くて、下手すると簡単に乳腺炎になってしまう。それに私は治療系とかの魔法は使えない。ていうか、そもそも魔法とか魔術とか、どうやって使うのかをまだ知らない。しかもどうやらこの家の人は、みんな攻撃系の魔法しか使えないみたい。なるほど。どうりで私にも無理ってわけね。仕方ないといえば仕方ないけど。もしかして家系とか血筋が関係してるのかな?
だったら治療系の魔法を使える人を寄越してもらえばいいのに。誰でもそう思うよね。そもそも転生前に会った雲のイケメンも、使える魔法には適性があるってゆってたし。だから治療系の魔法が使える人は存在するはず。
ところがそういった人がいる場所が、この家から超遠いらしい。だったら、空を飛んで来いよ!! と思ったけど、空飛ぶ魔法の話は聞かなかった。多分だけど、私はたまたま雲のイケメンから聞いて知ってるってだけで、実際にそんな魔法を習得している治療系の人間がいないのか、またはレアなんだと思う。
いかん。吸わねば。
うっかり気を抜くとスカーレットが授乳を止めてしまうので、私は必死で母乳を飲みまくった。歯がないから噛みついて怪我させる心配はないんだけど、吸引力が! 女の子に転生したからか、とにかくパワーがない。ホントにない。だから私も必死で吸わないと駄目で。
授乳が終わるとスカーレットもぐったりだけど、私もぐったりよ……。
そんな日々がしばらく続いて、私はようやくある程度の吸引力を手に入れた。最初のスキルが『吸引力』なの? いや、これってスキルなの? 何なの? 普通の女の乳幼児はここまでのパワーで吸わない気がするんだけど。
でも、私が育てた娘がたまたま力が弱かかったのか、吸引力がなくて大変だった……そういう
しばらくするとスカーレットの体調は多少は良くなったようだ。その頃には私の目も少しは見えるようになった。ベビーベッドがちょっと狭く感じるようになった頃、私はもっと大きなベッドに移された。
……てか、今って転生してから何ヶ月経ってるの? 秒数とかを数えてるわけじゃないから、今日がいつか判らないんですけど。日が昇って沈むのを確認してればいいかもだけど、自分がいつ寝るか私にも判らなくて、気付いたら夜とかあるし。こんなんじゃ正確な日付なんか把握できない。
まあでも、ざっくり3ヶ月以上は経ってると思う。地球の乳幼児の育ち方換算だけど。ちょっとだけ喋れる……うーん。コレを喋るというのか? 泣き声以外の声を出せるようにはなった。それと首がすわってきた気がする。前はアーサーが抱っこするとぐらんぐらんしていたけど、今は頑張れば耐えられる。腹立つ持ち方される時はめいっぱい泣くことにしてるけど。
私は転生したから記憶もそのままで、そのおかげで知識もあったからか最初から男性と女性の声を聞き分けられた。それにちょっとだけ目が見えたから、色が多い少ないで判別してた。転生前の私はド近眼だったから、見え方がその感じに似てるかもと思った。だからうっすらと人間の顔が判る……んだけど……この家の人たちって黒髪じゃないのよねえ……。実は白黒の方が見分けやすいから、うっかり見間違えることもある。少なくとも転生直後はそうだった。
そして今はかなり見分けられるようになっている。ということは、3ヶ月くらいは過ぎている。赤ちゃんをやってるだけだと退屈なので、出来れば小説を読ませてほしい。あ、ゲームでもいい。スマホが真剣に欲しい。タップとかスワイプなら乳幼児でも出来ると思うの。画面が見えるかは知らんけど。そもそも電波が立たないし。某ゲーム系ラノベみたいにスマホやタブレットごと転生(転移だったなあれは)して、ついでにソーラーでチャージ出来ればなお良し、だったんだけど手ぶらで転生したから無理なんだよね……。
それから更に時間が過ぎ、私はここがかなり寒いところだということを理解した。常に暖炉に火が入れられていて、普段は窓がぴったり閉じている。だからなのか、灯りはあるのに部屋は常に薄暗い。人の見分けがイマイチつかないのはそれもあると思う。
それにこの家にはガラス窓がない。ガラス窓があれば、窓を閉めたままで明るい日差しを入れられるじゃない? でもそれがないからか、この部屋は換気のために窓を開く程度なので日の光が入ってくるのはその時だけ。窓が開けばついでに超冷たい風が入ってくる。私は分厚い布でくるまれてるけど、顔は風に当たるから、換気のたびに冬のような冷たい風を浴びる羽目になる。だからまあ、ここがかなり寒いところだと判ったんだけど。
一応、ここにもガラスはあるのよ。たまにメイドやアーサーたちがグラスを持ってる時があるからそれは判った。綺麗な模様が描いてある、分厚いグラス。グラスはジュースや酒を入れて楽しむものらしい。時にはメイドが私用の湯を入れて持ってくることもある。ぬるい白湯だ。赤ちゃんにさえ使うんだから、この家ではガラスはさほど珍しくないみたい。
もしかしたら一枚ガラスだと、今の窓より寒いのかも。それに薄くて平らで大きなガラスって、それなりの技術がないと作るのは難しそうだし……って、だったら二重窓にしてよ! っていうのは、私のわがままか。悲しい。
もしかしてここが寒すぎてスカーレットの治療をしてくれる人がこなかったのかな、とも考えた。それに今はスカーレットの体調も落ち着いてるけど、家の中は妙に静かだ。人が少ない気がする。もっとほら。異世界系って、人がたくさんわちゃわちゃしてない? なのにメイドとか乳母とかが出入りするのと、スカーレットとアーサーが顔を見せるくらいしか、私がいる部屋に人の出入りはない。
普通は子供が産まれたら、親戚とかが訪ねて来ない? 来るよね? 日本で暮らしていた時にも、私の両親や旦那の両親が来ていた。孫孫孫孫孫と煩かったけど、そっちが普通だと思う。でもこの家には誰もこない。ていうか、赤ちゃんを見に来いよ! 見られても別に私は嬉しくないけども!
それに体調が悪かった時、スカーレットの見舞いにも誰も来なかった。普通は付き合いのある人が来るものでは? とも思う。もちろんこの世界の価値観とか人との距離感、家の付き合いなんかは判らないから、あくまでも私の感想なんだけど。
うーん。もしかしてこの転生ってかなりハードモードじゃないの? 例え家が中流階級以上でも、ここがものっすごい辺境だったらどうしよう。
などと考えてる間に、私はちくちくと成長し、寝返りがうてるようになった。
よし、大体5ヶ月経過! これでちょっとは外が見られるかも!