チートがチートじゃない世界に転生したらしい 作:よしほ
「あれです」
スティーブンが空を指差す。空を見上げた私の目に映ったのは白い鳥の群れだった。
「……鳥?」
「いえ。あれは天使と呼ばれる存在です」
群れに向かって色んな魔法が地上から飛んでいた。赤い火の槍、白く鋭い光の矢、青く細い刃、風切り音を立てる風。だがそれらはことごとく鳥に見える天使とやらに叩き落とされているのか、放った人々に返って傷を負わせている。
天使が鳥に見えるのは天使が高高度にいるからだろう。それも大量に。
「あれには通常の魔法ではダメージを与えられません」
「わた、しの、きゅう、いんした、のを、とばせば、いいのですか」
苦しい息をしつつ私は訊ねた。するとスティーブンが辛そうに顔を歪める。
「はい。お嬢様にしか頼れないのです。すみません」
苦しげに言ったスティーブンがうなだれる。元気な時なら、しみったれた顔をするな馬鹿、と殴っているところだ。が、今はそんな場合ではないし、そもそもあれをどうにかしないとみんなの怪我が酷くなる。それどころか死んでしまうかも知れない。さっきのメイプルだって酷い怪我をしていた。あの状態で前線に戻されるなど、どう考えても異常事態でしかない。
私は歯を食いしばってから、苦しさに耐えてスティーブンに訊ねた。
「どう、すれば、いい、の、です、か」
「吸引されたものを出来る限り増幅してください。複数の矢に変換して放ってくだされば、恐らくやつらは墜ちます」
墜ちたら物理で叩けばいい。スティーブンが小声で続ける。なるほど、と私は心の中で呟いた。スティーブンの声には激しい怒りがこもっている。当たり前だ。私だって怒っているのだから。
某白いポケットに吸引したはずのものは、何故か私の身体に影響を及ぼしている。今までこんなことはなかった。火の魔法を吸引しても私は熱くも何ともない。氷も同じだ。他もそうだった。でもこれは違う。少なくとも吸引の時にあんな風に視界が真っ暗になったことはない。
ふー、と息を吐いて私は吸引したものを意識した。蠢くものは闇色。黒いなにか。それを一度増幅し、次に畳んで畳んで畳んで畳みまくる。隙間が出来たところで、私を抱きかかえているスティーブンの袖を引いた。
「光属性の魔法を出してください」
痛いし苦しいのは苦しいけど、さっきよりはマシになった。私の求めにスティーブンがびっくりした顔になる。
「ですが……光魔法は天使には」
わかる。普通は効かない。きっと天使は光属性を帯びている。というか、そのものだと思う。光属性に光属性では効果が薄い。というか、効果なんてないだろう。下手すると無効かも知れない。それに私が吸引した黒いなにかを増幅して飛ばしただけじゃ、あれだけいる天使を全て墜落させられるかどうかは判らない。スティーブンだって断定はしなかったのだから。
私はもう一度、空を仰いだ。天使に向かってみんなが飛ばしている魔法は、叩き落とされているのではない。届く前に何かに阻まれているように見える。多分、みんなの魔法は届かないという訳ではない。天使の前にある何かに跳ね返っているだけなのだろうと思う。
これなら出来るかも知れない。そう思った私は必死でスティーブンの腕をつかんだ。
「お願いします」
「判りました。私はそれほど強い光魔法は使えませんが」
「それでいいです」
慌ただしく私を地面におろしたスティーブンがその場に膝をつき、包むように差し出した両手の中に真っ白な光を灯す。私は覚悟を決めてそれを一気に吸引した。吸引二度重ねだ。もしかしたら倒れるかも知れない。でも少しくらっとしてへたり込んだけど、一応は倒れずに済んだ。
自分を支えるために地面に手をつく。吸引した光を増幅してから、平たく平たく薄くするイメージを思い描く。それを黒いものに巻き付けるようにして被せていく。それをまた畳んで畳んで細く長くして、一部を変換する。
これで、通る、はず!
天使の放った光の矢が地面に降り注ぐ。スティーブンが慌てて私を抱え込もうとするが、私はその手を振り払って立ち上がった。足を踏ん張って天に向かって思いっきり手を伸ばし、吸引していた光の属性魔法と黒いものを一気に放った。
「オーバードライブ!」
私から一斉に放たれた大量の光の矢が、降ってきた矢とぶつかる。私が放った矢は降り注いでいた矢を粉々に壊した後、更に天使に向かって飛んだ。矢は天使の周囲にあった見えない壁を通り抜け、天使に触れたと同時に内側から炸裂した。
その光景を見た直後、私は地面にぐったりとへたり込んでから倒れてしまった。高く遠い空に飛んでいた大量の鳥が少しずつ大きく見えてくる。
「なん、とか、なりました、か」
本当は呪文とか要らんのだが、気合いは欲しかった。それに私が後で倒れるのは判ってたので、オーバードライブはあながち間違いでもない。ホントは先にダメージゲージを溜めるのがお約束なのだけども。でもまあ、先に矢が降ってきてたから間違いでもないのかな。
黒いのを放出したからか、さっきまでの苦痛は今はない。あれで残ったらどうしようかと思った。代わりにぐったりして力が入らないけども。
「あ、の……お嬢様、何をなさったのですか……? 天使が全て力尽きて落下しているようですが」
「は、はは」
スティーブンに驚きの顔で訊かれても、力が入らないので説明出来ない。空笑いするのが精一杯だ。ゲームとラノベばんざい。
私が飛ばした大量の矢は、
1.増幅した黒いものを芯にして、平べったくした光魔法で包んで放出
2.カバーになってた光魔法が天使が放った光の矢を砕く
3.カバーにしてた光魔法が天使の光属性バリアを中和
4.最後に矢の中にあった黒いものが天使に中に突っ込んで爆破
するものだった。
判りやすく言えば、黒い芯の入った光シャーペンを大量にぶっぱしたのである。
当然、尖端は殺意マシマシで超鋭くしておいた。
それまで響いていた地鳴りのようなものが一気に消え、立て続けに空から天使が降ってくる。地鳴りだと思っていたのはみんなが放っていた魔法の音だろう。もしかしたら大砲みたいなものに魔法を突っ込んで撃っていたのかも知れない。
私を庇うように覆いかぶさったスティーブンの後ろに天使が1個、落ちてきたらしい。その直後、天使の真っ白な翼が吹き飛んだのが見えた。スティーブンが私を抱えて身体を起こす。天使の翼は鋭利な何かで切られて吹っ飛ばされたらしい。それを見た私はちょっと引きつった。もう攻撃されないらしいと判ったからか、急に脱力してしまう。
「お嬢様! ご無事ですか!?」
剣を持って駆けてきたのはメイプルだ。……て、メイプルって大盾使いじゃなくて剣士だったのか。でもって満身創痍じゃん。私も立てないけどさ。血がたくさん出てるよ、と言いたくても力が入らなくて言えない。それにまだ地面に落ちたのに動いてる天使もいるのか、他の使用人たちが剣や弓やメイスや槍や、その他様々な武器で物理攻撃をかましている。世に言うフルボッコである。
「お嬢様はご無事だ。メイプル、被害報告!」
「はい。こちらの死者はなし、負傷者32名、損害はまだ確認できておりません」
「負傷者の手当てを優先。損害報告は後でいい」
はっ、と敬礼したメイプルがまた駆けていく。ちょっ、メイプル、怪我治せし! って、あ。ここには治療系魔法を使える人っていないんだっけ。
私はメイプルが走っていった傍に落ちてるものを見た。これが天使て。人型だけど色がない。というか、白い彫像? 翼もがれてもグロさがなかったのは、それが原因らしい。ということは、周囲に飛び散ったり、書庫の窓に散ってた血はうちの使用人のか! 今さらだけどムカつく!
死者はいないとメイプルは言ってたけど、負傷した人は大丈夫だろうか。私は喋る体力も気力もなかったので、じーっとスティーブンを見てみた。それまで厳しい顔をしていたスティーブンが急に、はああああ、と息を吐く。
「本当に良かったです。お嬢様がご無事で」
そう言ったスティーブンは涙ぐんでいた。