チートがチートじゃない世界に転生したらしい 作:よしほ
やっと離乳食に移行しました。歯が生えたのでもぐもぐと噛むことが出来るようになりました。ハイハイも出来るようになりました。寝返りもうてて座れるようにもなりました。
しかし!
ナンダコレ! 離乳食が激しくまずい! そしておかゆじゃない! しまった、この世界って米がない!? それともここにないってだけ!?
私は遠い目をしながら口元に寄せられた木の匙を仕方なく舐めた。舐めるのすら嫌なんだけども! 私が食べさせられているのは何というか……こう、オートミールみたいなものを形がないくらいに崩れるほど煮込んで、ただ煮込んで煮込んで、終了。というような代物。形はどろどろの汁。
贅沢は言わないけど、せめてちょっとくらいは塩を入れよう? ちょっとだけでいいの。でないと食べにくいの! 匂いが鼻についてまずくて仕方ない!
メイドがにっこり笑って木の匙をさらに寄せてくる。唇にべたべたとくっつけられて、仕方なく私は口を開いて我慢して煮込みオートミールもどきを啜った。うっ、気持ち悪い。けど、我慢。私はもっと育たねばならぬ、と言い聞かせて私はそれを飲み込んだ。
水! 水をください!
「あー! うーあー!」
言葉がでないのが、これほど苦痛とは。水の入ったグラスの方を向いて、私はばんばんとベッドを叩いた。それにしても食事もベッドでさせるって、汚れたらシーツを全部はぎ取って洗濯って、手間がかかりすぎると思うんだけど……。
転生する前は赤ちゃんが座れる椅子があったり、落ちないようにするベルト付きの椅子もあったりして、しかもよだれかけが大きくてしっかりしていたので、汚れたらそれで拭いていた。それならよだれかけだけを洗濯するだけで済む。考えてみれば私のいた日本には、かなりたくさんの育児用便利グッズがあったのだと今さら知った。
私の心の中での悪戦苦闘の末、ようやく離乳食を食べ終えた。はー。これが一日三回繰り返されるのよ? ううっ、どんな苦行なのかと聞きたい。乳幼児の半年くらいの離乳食は、日本なら一日一回程度のはず。母乳かミルクと離乳食のコラボになるのが普通なのに。何でマズ飯(離乳食)をこんなに食わねばならないのかと。
私のいたところでも、パッケージに入って販売されてた昔の離乳食は不味かった。美味しくなかったからか、子供はちっとも食べてくれなかった。むしろ私作のおかゆの方を好んで食べていたくらい。ペースト状の野菜も自力で作ったものの方がよく食べてくれた。
でも20年も経てば企業努力もあって、かなり美味しくなったのだと思う。……まあ、食べたことはないんだけども。
「あらあら。リディアは今日もよく食べたのですね」
ドアが開いてスカーレットが部屋に入ってくる。私はぱっと明るい表情を作ってスカーレットに手を伸ばした。
「まんまー!」
……笑わないでください。これでもママと呼んでいるつもりなんです。思うように舌が回らないの! 人がいない時に鍛錬せねば。これではまともに会話が出来ない。
「はい。抱っこですね」
優しく笑ったスカーレットが私を抱き上げる。今ならはっきり見えるから判る。スカーレットの顔色はメイドたちに比べて青白い。金色の髪にブルーの瞳、白い肌。でも肌色は透き通るという表現では足りないくらい、儚い色だ。
逆にアーサーの方は血色がとても良く、元気いっぱいというか、逞しい体格だ。赤毛がよく似合うオジサマと言えばいいだろうか。あ、すみません。アラフィフにおじさん呼ばわりされるような年じゃないね。多分、アーサーは20代だ。スカーレットも年齢は同じくらいだろう。
最初に嫋やかだと思ったスカーレットの腕は、実は痩せ細って力があまり入らないということが判った。これじゃ、ムカついたやつを殴れないね。いや、それはいいとして。要するにスカーレットは病弱なのだ。たまにしかこの部屋に入ってこないのは、伏せっていることが多いからだ。……って、メイドが言ってた。
メイドが痛々しいものを見る目でスカーレットを見つめている。スカーレットも視線には気付いているだろう。でもそんな素振りも見せず、私を腕の中であやす。
治療系の魔法が使える人間がここにこないのは、来ても無駄だからだろうか。近頃、そんなことを思う。乳腺炎になりかけていた時も、スカーレットが治療してもらえなかったのは、もしかして治らないからだろうか。そんな考えも浮かんで、私は寂しくなる。スカーレットの娘として寂しい訳ではない。年齢的にまるで自分の子供が苦しんでいるのを見ているような錯覚をしてしまう。私の寂しさの正体は恐らくそういったものだ。
スカーレットは少しの間、私を抱っこしてから静かに退室した。名残惜しそうに何度も振り返る姿が印象的だった。
スカーレットが元気になるためにはどうすればいいだろう。治療魔法を使える人を探す? それとも薬? でも医者は役に立たなかった。私が魔法とか魔術を使えるようになっても、治療は出来ない。雲のイケメンにも私にはそういう属性はない、と言われている。挑戦してみるのもいいかもだけど、多分、修得は無理だ。
家にいる誰もが魔法を使えるのに、誰も治療が出来ないなんて解せぬ。としか言いようがない。転生して半年。私はこれまでで一番の葛藤に苦しんでいた。
私が離乳食をガンガン食べて、会話が出来るようになって、アーサーやスカーレットと話したらどうにかなる? でもそんな時間、ある? 見るたびにスカーレットの儚さが増すのに。もしかしたらスカーレットは……と思ってしまい、私は身震いした。
「すみません、お嬢様。お寒かったですね」
慌てたメイドが、布団も被らず、ぼーっとベッドに座っていた私をふかふかの布でくるむ。いや、そうじゃない。寒くて震えたわけじゃない。でも、そんなこと思ってもメイドには通じない。それに私自身が風邪でもひいたら何も出来なくなる。
くっそ。雲のイケメン、今からでもいいから、治療系の特典つけろし!!!
私は心の中で雲のイケメンをひたすら罵倒した。