チートがチートじゃない世界に転生したらしい   作:よしほ

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閑話 厨房の悲劇

 俺はスティーブンだ。アシュフォード家に雇われ、若いのに厨房の責任者まで上りつめたと言われてるシェフだ。俺はそんなつもりはないが、周囲が言うのを否定するのも面倒なので放置している。だが無意識にその立場にあぐらをかいていたのは事実なのだろう。

 

 俺は今、ものすごく悩んでいる。

 

 初めてリディアお嬢様を見たのは離乳食を作った時だった。俺から見てもとても可愛らしいお嬢様だった。が、メイプルが言うには離乳食に問題があるらしい。それを聞いた俺は真っ青になった。

 

 おかしい。俺は普通に離乳食を作っているつもりなのだが。もちろんアシュフォード家にふさわしい食材を使い、作り方ももちろん教えられた通りにしている。俺が来る前にいた厨房を取り仕切るシェフに聞いた通りに、だ。

 

「もしかして聞いた調理法とか、食材が間違ってるのか?」

 

 鍋の前でそう言って唸っていたら、コックの一人がからからと笑って俺の肩を叩いてくる。……呑気だな。

 

「やっぱ、子供だから好みとかあるんじゃないっすか?」

「それはそうだろう。だが余所の子供と同じようには出来んだろ」

 

 鍋で煮ているのはエン麦を押しつぶしたオートミールだ。それを水でくたくたになるまで煮る。味付けをせずに煮るのが、高貴な方の赤ん坊、つまりリディアお嬢様の離乳食だ。そう教えられた。

 

 もちろん味見はしている。俺たちが食べるものとはかけ離れた味がする。というか、味がない。だがこうやって作るのが正しいと言われたのだ。

 

「さすがは高貴な方々だ。素材だけを味わわれる」

 

 そんな風に納得した俺はリディアお嬢様の離乳食を作り続けた。教わった通りに。食事を運ぶメイプルが毎回、グチグチ言うのを我慢して。

 

***

 

 お嬢様の離乳食の時期が終わり、旦那様や奥様と同じ食事がとれるようになった時も、もちろんこれまでと同じように料理を作った。牛肉は最高級の食材とされ、厨房にいる俺たちが口にすることはほとんどない。

 

 ここに来る前はたまに食べていたものだ。と、俺は思った。王都の出身だった俺を目に掛けてくれたのは旦那様だった。レストランで下働きをしていた俺を雇いたいと言ってくれたのだ。

 

 その時の俺は舞い上がっていた。下働きの男がアシュフォードの方の下働きに勧誘されるなど、あり得ない幸運だ。俺もそう思ったし、周囲のやつらもそう言って喜んでくれた。中には嫉妬して嫌がらせをしようとするやつもいた。だが、そういう連中はレストランで仕事をしているやつらが退治してくれたようだ。後で知った俺はやつらに何度も礼を言った。

 

 問題は読み書きだった。アシュフォード家に雇われる者の必須スキルのひとつに、文字を読めないといけないというのがあった。書くこともだ。

 

 困った俺を助けてくれたのはアシュフォードの旦那様だった。アシュフォード家に入る前に覚えられるよう、専門の教師のところで学ぶように言われたのだ。しかもタダで。俺はそのことにとてもびっくりした。それだけ目を掛けてくれているのだと思い、俺は必死で勉強した。

 

 ひと月で何とかして、俺はアシュフォードの屋敷で面接を受けた。王都から転送魔法で飛ばされた時は生きた心地がしなかった。一瞬で移動させられる魔法があるとは聞いていたが……。

 

 面接にあっさり合格した俺は厨房で働くようになった。当時のシェフには色んなことを教えてもらった。アシュフォード一族に食べてもらう料理のことも教えてもらったのだ。

 

 だから間違ってはいないはずなのだが。

 

「お嬢様が食事をする時、とても悲しそうなのです。何とかなさい」

 

 とかメイプルが言った時にはどうしようかと思った。何とかしろと言われても! 俺は教わった通りに作っているだけだ。

 

 そんなある日、何故かお嬢様が厨房に現れた。

 

 は!? 俺は何か粗相をしたのか!?

 

 俺は心の底から絶叫したくなった。もしかしてクビか!? まずい! そんなことになったら、実家の両親や兄弟に迷惑がかかる!

 

 だが俺の焦りはお嬢様の言葉でかき消えた。

 

「ここには塩やコショウなどの調味料はありませんの?」

 

 いや。あるんだが。そう言いそうになって俺は慌てて口を手で覆った。反射的に返事をしたら駄目だ。こういう時は。だが肉を調理していたコックは目を白黒させている。……緊張で倒れなければいいのだが。

 

 そう思って俺は必死で説明した。するとお嬢様が鋭い目で俺を見た。やっばい! どうする!? クビ確定か!?

 

「王家の方々は随分と困った慣習を押しつけているのですね」

 

 王族の方々をこきおろすことが出来るのはアシュフォード一族くらいだと聞いたことがある。でもこんな小さな子が!? と俺が思った時、お嬢様が嫌がって暴れ始めた。厨房にいる俺たちは血相を変えて、顔を見合わせた。

 

 何かわからないが、俺たちはお嬢様の気に障ることをした。そのことだけは判った。

 

***

 

 侍女から通達はあったが、本当にスカーレット奥様が厨房に現れた時は発狂するかと思った。あり得ない光景。しかもリディアお嬢様が正座させられてしまった。これは、どういう……。

 

 だが奥様が仰ったことは正しい。何の連絡もなくお嬢様が厨房にいらっしゃることは、普通ならあり得ない。メイプルが伝え忘れたのか、それともお嬢様の行動がそれより早かったのか。どっちにしても奥様が怒っているのは俺にも判った。

 

 怖い! 俺たちは多分、心の中で同じことを言っていたと思う。

 

 そして奥様は俺が考えていなかったことをした。というか、俺はすごい勢いで問い詰められた。とは言っても、元々、俺たちが普段使いしていた調味料の話だったのだが。その後の奥様は……お嬢様はやはりアシュフォードの方だと確信するほど、奥様はお嬢様と同じことを言った。

 

 ……王家で事情を訊くって……。俺は何を聞かされているんだ。

 

 すぐに俺は我に返った。事情は判っている。けれど奥様もやっぱりお嬢様と同じことを言うのか、と半ば感心してしまった。

 

 結局、俺は肉に下味をつけることを命じられ、ついでに野菜を添えたり、パンをつけるように言われた。……本当にいいんだろうか。だが命じられたのなら従うまでだ。

 

 それよりもしみじみと思ったのが。

 下味も何もない牛肉は味見した時と同じ、肉だけの味がした。

 

***

 

 食材をたくさん用意してくれるのはとてもありがたい。でもリディアお嬢様にそんなことをさせてもいいのか、と俺は最初は迷っていた。だがリディアお嬢様は砂糖を数種類作りだしてしまった。種類によって使い方を変えるといいとも教えてくれた。

 

 リディアお嬢様はどこでそんな知識を得たのだろう。厨房では毎日、その話題で盛り上がった。自分から進んで手伝いをしてくれるリディアお嬢様の好意についつい甘えてしまい、俺は肉のカットまでお願いした。リディアお嬢様がカットしてくれると、味が全く違うのだ。

 

 そしてあの日が訪れた。

 

 天使の出現は初めてではない。だがあんなに大量の、しかも高高度に出てくるのは初めてだった。メイプルを始めとした使用人が総出でかかっても、一体も墜落させられない。

 

 俺は決断を迫られた。これは長期戦になるとまずい。こちらが一方的に消耗するだけだ。もう、リディアお嬢様に頼むしかない。いちかばちかの賭けになるが、俺たちではどうしようもなかったのだ。それが本当に情けなかった。

 

 リディアお嬢様は俺の予想をはるかに越えた活躍をしてくれた。天使を一気に撃ち落としてくれたのだ。驚く一方で俺は悲しくなった。こんな子供に助けを求めてしまうなど、本当に情けなくて仕方ない。だがどうしようもなかった。

 

 ……だが。

 

 リディアお嬢様はちょっと休んだ後で活躍してくれた。……俺たちが思ってない形で。屋敷の修繕や怪我の治療。俺はそんなリディアお嬢様を止めることが出来なかった。後で駆けつけた修繕屋と治療師が呆れていたが、こんなもん、どうしようもないだろ!

 

 だが俺は事が片付いた後、こっそり爆笑してしまった。俺たちの想像をはるかに超えていくリディアお嬢様は本当に面白い。今度は何をしてくれるのだろうか。不謹慎だと判ってはいるが、俺はまだ色々と面白くなるのだろうとも思っている。




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