チートがチートじゃない世界に転生したらしい 作:よしほ
イネ科という文字に惑わされた、または踊らされ、しばらくは麦を必死で吸引変換合成していた、元アラフィフ主婦転生者の斉藤奈美恵です。ごきげんよう。そんなこんなで私は七歳になりました。ちなみに米は出来てません。私の米道はまだ前に進めてないよ! 悲しみ!
揮われた剣を軽く屈んで避けた後、片足を中心にして素早く回転しながら下から切り上げる。メイプルの剣が私の剣を受け止めた瞬間、私は地面を蹴ってメイプルの腹に膝を叩き込んだ。
「げは! お、お見事です。お嬢様」
「あ、ごめん。手加減できなかった」
一年以上の訓練の末、私は何とかメイプルから一本もぎ取れるようになった。時々だけど。引き分けることもあるけど大抵はメイプルの勝ちだ。
しばらく咳き込んだメイプルが訓練用の木剣を地面に刺す。私もその傍に持ってた木剣を刺した。剣の訓練の時はドレスじゃなくて動きやすい服を着ている。最近では農園に行ったりする時も作業着がOKになったからそれを着るようにしてる……けど、子供って成長が早いから、すぐにサイズが合わなくなるんだよね。転生前に息子娘の服がどんどんサイズが合わなくなって、何度も買い換えた時のことを思い出す。そいえば靴もだったな。
でもここでは私に合わせた服とか靴は作り直されたものが出てくる。たまに私が着てる服を吸引し、変換とかしてから放出しするんだけど、そのたびにメイプルが微妙な顔をするのが気になる。ちなみにスカーレットに見つかったらめちゃくちゃ怒られる。仕立て屋の仕事を取り上げるなって言われるんだよね。でもいくら急いでも出来るまでちょっとかかるじゃん!? その間、きつい服を着たままって嫌なんだよ! でもどうしてスカーレットに自作したって気付かれるのか判らん。もしかしてサイズアップしたらバレるのだろうか。
そんなことを考えながら用意されたお茶をそっと飲む。ずぞーって啜ったら怒られるから仕方ない。ていうか、動いた後のお茶は冷たいものが出てくることが多いから、余計に啜りたくなるんだよ。転生前に飲んでたファーストフード店のアイスティーにはストローがついてる時が多かったから、それで飲むとこを思い出してついついやりたくなるんだよね。
いや、ずぞーって啜るのは行儀悪いって知ってたよ? でも飲み残しがあるのって何かもったいないし。でもって私は氷がとけて出来た水も好きだから、それを頑張って飲んでたっていうのもある。氷は小さければガリガリ食ってたし。あっ、これも行儀悪いのは知ってたよ!? 知ってたけど無意識にやってたんだよ!
……そいえばストローついてない時もあったなあ。ケチか、と思ってた。環境がどーとかだったから仕方なかったとかどっかに書いてあったけども。ストローがないとイラッとするから蓋を外して飲んでたなあ。蓋を取ったカップを傾けると氷がどかんと落ちてくるのを避けないと顔にぶっかかってたけども! だって気持ち悪いんだよ! あの蓋! コンビニのコーヒーとかの蓋も外して飲んでた。コンビニのは細かい氷の時もあったから、ガリガリ食うのは私的には普通だった。
は? 行儀悪い以前に傍目にどうよって? アラフィフで人の目とか気にするか!? あ、気にする人は気にするか。私は全く気にしない! あっ、でもカフェの中でやると音が凄いから、ちょっとだけ気を遣ってたけども。ちょっとだけな!
……あれ? そいえば前に読んでたラノベとか、アニメの転生物とかのお嬢様ってオールシーズン、温かい茶を飲んでた気がする。ああいうのって暑くなかったんだろうか。特に運動した後とかってどうしてたんだろ。熱中症とか大丈夫? それともお貴族様って温かい茶を飲むことがお上品だから、そうしてたってことかな? あり得るな……。
いや、もしかしたら水とかを飲んでるシーンが省かれてたのかも。あ、でも私がそういうのを見てないだけかも知んない。その可能性は高いかも。ラノベを読んだりアニメを観たりはしてたけど、全作品じゃないし。
ここではずぞーっと出来ない。それ以前にストローがついてこない。氷の入ったグラスにお茶が注がれるのだ。グラスを傾けると、カランといい音がする。これは転生前と変わんないな。グラスは薄いガラス製で綺麗な模様が描いてある。そういえば転生前世界には切子グラスっていうのがあったなあ。とても綺麗なんだけど、高くて手が出なかった。仕方ないから見てるだけだったな。Amaz○nとかの通販なら安いのもあったけどね。直で見る方が目の保養になるっていうか。
この世界では切子はまだ見たことがない。多分、訊いても判んないだろうから黙ってる。そのうち作ってやろうかとも思うけど、模様がなあ……。詳しいのが判んないから再現出来るかどうか。もしかしたら島の外にはあるんだろうか。
運動した後だからかも知んないけど、考えがふわふわとあっちこっちに行く。まあ、転生前もドリンク飲んでる間って大抵は何かしら考えてたからなあ。スマホいじってる時もあったけど、ふとした時にぐるぐる考えたりね。……今日の夕飯なににしようとか、弁当のおかずをどうしようとか、朝飯はとか、そういうことばかり考えてた時期もあったけど。献立ばかり考えてた頃はカフェに入る余裕もなかったなあ……。
ここでは最後の一滴まで残さず飲むというのが出来ない。ていうか、私には許されてない。それやるとスカーレットだけじゃなく、メイプルにも咎められる。ううむ。ぼんやりしながら飲んでると、ついついそういうのが出るから気を付けねば。
「……お嬢様……お嬢様!」
「ん?」
呼ばれてることに気づいて私はのんびりとメイプルを振り返った。そこで口に含んでたお茶をおもっきり吹き出してしまう。やっば! うっかり吹いちゃったよ!
そこにはスカーレットが立っていた。幸い、ちょっと離れてたから、私が吹き出した茶はぶっかからなかったけども! びっくりしたわ! ここにスカーレットが来るなんて初めてだし!
「……リディア。お行儀が悪いですよ」
「はっ、すみません! びっくりして!」
「そういう時はハンカチで押さえるようにと教わったでしょう?」
はい、と返事して私はハンカチで口元を押さえるようにして拭いた。慌てたメイプルが私が飛ばしたお茶を布巾で拭う。あっ、テーブルに飛んでたか。すまんすまん。
って、今はスカーレットだ! 何しに来た!?
「そろそろ外に出ても良いのではないかと思ったのですが……この様子だとまだ早いかも知れませんね」
「え!?」
外!? 私はびっくりして思わず大きな声を出してしまった。するとまたスカーレットが笑みを浮かべつつも、目を細めて冷気を漂わせる。でも声も出るよ! 今、外って言いましたか!?
「外!」
「ですから、今の様子では早いかも知れないと」
「おかあさま! わたし、頑張って行儀良くしますので! お茶を吹いたりも出来るだけしないようにしますし!」
勢いよく言いながら私は椅子を降りてスカーレットに駆け寄った。すると軽くため息を吐いたスカーレットが軽く屈んで私に目線を合わせる。
「いいですか? 貴女が島の外に出られるのは、ほんの少しの間だけです。まだ扉への干渉術も完全には習得出来ていないでしょう?」
「うぐ……」
言われた通り、私はこの家独自の方法では例の扉に干渉することは難しい。出来ないって訳じゃないんだけど、ややこしいからついつい吸引しちゃいそうになるんだよね。うっかりするたびにアーサーに突っ込まれるんだけども。
「わたくしにも貴女の熱意は理解できます。ですからメイプルとテオを連れてでしたら、少しの間なら島を出ても良いと判断しました。剣術も嗜み程度にはなったと報告をうけています」
たしなみ……。あんだけ努力して、メイプルから一本とれることもあるのに!?
「ですが……先ほどの様子では考え直した方が」
「嫌ですー!!! 絶対に嫌です! 考え直さないで頂きたい!」
「……リディア。落ち着きなさい」
思わずスカーレットのドレスをつかんだ私は我に返って慌てて手を離した。ごめんなさいと謝る私の頭をスカーレットがそっと撫でる。
「わたくしもリディアの言う、こめ、を食べてみたいのです」
「え。食欲全振りですか。ウマ飯大好きですか」
「お黙りなさい」
ついつい訊き返しすとスカーレットが冷たい笑みを浮かべる。そうだった。スカーレットだけじゃない。アーサーもウマ飯スキーになったんだった。というか、元々、そういうところがあったみたいだけど。今では食卓も豊かになっていて、そのことに二人とも満足しているようだ。
……まあ、今でも朝はトーストと目玉焼きだけっていう私のリクエストは受け付けてもらえないのだが。
自分を落ち着けるために、すーはーと息を整えてから、私は咳払いをしてスカーレットに訊ねた。
「メイプルは判りますけど、テオも連れて行くのはどうしてですか?」
メイプルは私の侍女だし、護衛も兼ねているから連れて行くのは判る。でもテオ? どうして? 確かに使用人はみんな強いけども。
「農閑期だからです」
「あー……」
農閑期。確か農業で仕事がちょっと落ち着いている時期って意味だったはず。つまり今はテオの手が空いているということだ。他にもあそこで働いている使用人はいるし、彼らに仕事を任せても問題ないということだろう。でも元気いっぱいのあのテオだよね。私が言うのもなんだけど、大丈夫か、あいつ。
「それだけではありません。テオは空間魔法が使えるのです」
「……は? ……はー!?!?!?」
そんなこと初めて聞いたけど!?