チートがチートじゃない世界に転生したらしい 作:よしほ
雪が深くてブリザードで視界悪くて寒すぎるところで一晩過ごした私たちは、朝になってから移動した。今度は地に足がつく! 大丈夫!
そこは港町だった。寒さは感じるものの、海が凍るほどではない。小さな港で海には漁船がたくさん浮いている。
「刺身!」
人目を考慮したからか裏道に転移した瞬間、海を見た私の第一声がそれだった。人通りのない道からでも海は一望出来た。生魚! 刺身! 寿司! 食欲をそそられた私を引きずるようにしてメイプルが歩き出し、テオもそれに続く。
まずは宿をとることになった。おおう……。宿も絵に描いたような世界かも。建物が木の作りで木のテーブルが並んでて木のカウンターがある。もしかして私が転生前世界で見たことないだけかも? 転生の前のホテルっていえば、壁にクロス貼ってたり床にカーペットだったりするじゃん? あ、大理石みたいな時もあったな。それか旅館だったら女将が和服とかで挨拶してくれたりした気がする。
でもいまカウンターにいる女の子は、転生前世界日本の中学生くらいでスカートにエプロン姿だったりする。朝っぱらから働いてるって、この世界には義務教育はないんか。しかも一人とか。誰かに襲われたらどーすんだ。宿の中にあるテーブルについたアラサーに見える男が朝っぱらから酒を引っかけてたりするのに。あのアラサー、冒険者……だよなあ、多分。縁にモコモコがついた皮の上着とズボンにブーツを身に着けて、背中にでかい剣を背負ってるし。転生前世界日本のラノベとかアニメで観た、典型的な冒険者の格好な気がする。メイプルも剣を腰にさげてるから、人のことは言えないんだけど。
「はい。三名様で銅貨六枚です」
「どうか……?」
考えにふけってた私は女の子が言うのを聞いて、慌ててカウンターの上を見た。メイプルが慣れた手つきで革袋から出した銅貨を置く。私はそれをガン見した。そーいえばお金を見たのは初めてだ! そっか! 島の中ではお金使わないから! それにお嬢様という立場だから、自分で金を払うとかはないと思う!
銅貨は丸くちょっと歪んでいた。転生前世界日本の銅貨って10円玉がそうだよね。だとすると歪むとかないと思うんだが。材質が違うのか? ……あ、これ、薄いからか。
カウンターの端に手をかけて背伸びをし、頑張って見てた私をテオが後ろから抱えて床に下ろす。
「駄目ですよー」
振り返るとテオが困ったように笑ってる。メイプルもちょっと眉間にしわを寄せて私をチラ見する。あれ? カウンターに乗り出してたからテオが引っ張ったのは判るけど、何で二人とも微妙な顔をしてるんだろ。
「はい、銅貨六枚ですね。部屋は一番奥と手前のを使ってください」
そう言われたメイプルが女子にこりと笑ったかと思うと、私を片手で抱えて階段を急ぎ足で上がる。その後をテオがついてくる。2階の廊下は短くて、一番奥の部屋にはすぐについた。
「テオさん! 遮音結界!」
「はいっす!」
部屋に入ってドアを閉めるなり、メイプルが小声で指示すると、テオがすぐに指をちょっと振る。その後、私はまた床に下ろされた。おおー。床材も使い込んでるというか、ボロいな。あ、転生前世界のホテルと比べたらってことね。これならカーペット敷けばいいと思うけど、多分この世界感覚だと高いんだろうな。
呑気に考えてたらメイプルがいきなり私に向かって喚いた。
「お嬢様!」
「え?」
「お召し物が商家の娘のものと言ったじゃないですか! 変な動きしないでください! ここ、お屋敷の中じゃないんで!」
「はっ!」
メイプルに言われて私は慌てた。そうだったそうだった! 外だったわ、ここ! 島内の屋敷で好き放題してたけど、アシュフォード家しかなかったからある程度は許されてたんだっけ。それにいま着てる服はいつものドレスじゃなくて、普通のワンピースだ。あ、転生前世界日本の普通のワンピースなんだよ。でもこっちだとこれが商家の娘ぽいものらしい。ブラウスの上に着るやつなんだけど。寒いからその上にコートを着てる。
ドレスじゃないからって暴れるなとスカーレットに何度も何度も何度も言われたんだった。忘れてた。
「先が思いやられます……」
はーっ、と深いため息を吐いたメイプルが額を押さえる。そういえばメイプルもいつもの侍女姿じゃないんだよね。動きやすいようにか、下はズボンを穿いている。
「ご、ごめん。そっか、お嬢様より商家の娘の方が難しいというか、あの家じゃないから大人しくしろってことだね」
「です!」
元気良く返事したのはテオだ。うっ、テオも困った顔をして頭を抱えてる。しまった。元気溌剌なテオがこのリアクションってことは、私は相当、まずいことをしたらしい。
「とにかく、お嬢様はいつものように動くのはやめてください。今は外なので、土地勘がない私はお嬢様の動きを止めるのが難しいんです」
「ん? 何で? おかあさまには大人しくしろと言われたけど、メイプルが私を止められない?」
「こういうところで打ち合わせしないと、お嬢様を乱暴に扱っていいのか、お嬢様とお呼びしてもいいのかすら判らないんですってば!」
あ。そうだった! テオが転移前に言ってたっけ。一応、知ってるとこに転移するけど、状況によっては打ち合わせが先って。
「お嬢様はまずいかもっすね! それに俺は癖でいつもの言葉が出るから出来るだけ黙っていたい!」
「……テオさん。最初から仕事を放棄しないでください」
メイプルがまた、はーっ、て深いため息を吐く。テオもそれに合わせたようにため息を吐く。
「お嬢様がいきなり話し始めるんじゃないかと、気が気じゃなかったっす!」
「だから! それを止めるのが私たちですから!」
二人とも遮音結界なるものの中だからか、かなりでかい声で言い合いをし始めた。私はこっそりその場から離れて部屋の中を探検しようとしたけど、すぐにメイプルに腕を引かれて戻された。……ちっ! バレたか。
「それにお嬢様。言葉遣いを変えてもらえますか?」
「っても、私は普通に喋ってるからなあ」
「それです!」
唐突にメイプルが手を叩いて喜ぶ。テオも急ににこにこして何度も頷いている。あ! 自動翻訳機のせいか! 仕事早いな! 多分だけど、言葉遣いが急に商家の娘的になったんだと思う。
「良かった! 俺の仕事、少なくて済む!」
「テオさん!」
窘めたメイプルがテオの後頭部を叩く。……お、おう。こんなメイプル見たことない。テオは通常営業だけど。