チートがチートじゃない世界に転生したらしい 作:よしほ
深い悲しみに暮れている元アラフィフ主婦の転生者、斉藤奈美恵です。ごきげんよう。あれだけ必死で探した米を、うちのコックの一人が知っていたという衝撃に打ちひしがれました。前に厨房で訊ねた時から時間が経ってて、その間に米女子コックが雇われたようです。確かに前に質問してから1年以上経ってるのですが、何でもう一度確認してから出かけなかったのかと後悔しきりです。
ショックでしくしく泣き始めた私を宥めたのはスカーレットだった。私の頭に優しく手をのせ撫でてくれる。
「落ち着きなさい、リディア。こういうこともあるものですわ」
「おかあさま……」
「一見、遠回りに思えても経験は糧となるものです。ところで、こめはどうやって食せばいいのかしら」
慰めてくれてるのかと思ったら、そっちかい。もうちょっと娘を労るっていうかさ! 悲しみを分かち合うとか……あ、駄目だ。スカーレットの性格じゃ、そういうの判んない気がする。
結局、私が説明するまでもなく、米女子コックが説明しつつ米を研いで炊いてくれることになった。厨房に詰めてた使用人、特にスティーブンはそれをガン見してたから、米を放出すれば今後は食卓に白米が出てくるような気がする。
あ、でも。ここの食事って洋風だからなあ。米が合うかどうか。でも私はステーキとかでも出来ればご飯が良い派なので! そこは譲らない! たまにはパンもいいけども! 私はパンスキーだからね! それに、ご飯があればおにぎりが作れるじゃまい。そう思ったりもするのだよ!
おおう、いつもの癖で話が逸れた。
米女子コックがご飯を炊くのを、かなりの人数で取り囲む、という異様な状況。しかも厨房の人間だけじゃなく、今回は私とスカーレットもいる。しかも二人ともガン見である。もうね。緊張度合いが半端ないことになってるだろうな、というのは判る。だがしかし、我慢してもらいたい。白目をむいてひっくり返るのだけは止めてくれ。せめてご飯炊いた後にして。
こっちの世界には炊飯器という便利家電がないので、炊くのに使ったのは蓋付きの鍋だった。かまどの上に鍋を載せて、最初は強火で沸騰するまで待つ。でもって中火にして、更に火を小さくして、最後はとろ火で……待て!
「待て! 火が強すぎる!」
私はストップをかけてかまどに寄った。
「ひっ! はっ、はい! すっ、すみません! かまどだと、火加減は、これが限界で!」
緊張してるからか息を切らしながら、米女子コックが必死の面持ちで返事をする。私はかまどの火を吸引してから、弱い火を放出した。極弱である。米炊きのラストの辺りはかなり弱い火にするんだけども、今ある厨房のかまどはそれ用になってない。火の加減がそこまで調整出来ないんだよね。
「とろとろとろとろ」
私は謎呪文を唱えながら、鍋の下に極弱の火を放出し続けた。前世で言うところの水道水ちょろな感じ。これが出来ないのなら、かまどを作り変えねばなるまい。
極弱火で数分。米女子コックが私の目配せに気付いて鍋の蓋を取る。……いや。私がやってもいいんだけどさ。背がな! かまどの背が高いから、鍋の蓋にギリ手は届くけど危ないと思う。ってか、とろ火にするためだけにやったけど、放出しっぱなしって出来るんかい、私。
ふわっと良い香りが漂う。おお! これだよ! 香りだけでおかずが食べられそう! そして転生した私にとっては七年ぶりのご飯!
「見せて見せて!」
「はっ、はいぃ!!」
米女子コックがガクガクと頷いて鍋をかまどからおろし、テーブルに置く。私はメイプルに頼んで踏み台を持って来てもらった。その上から鍋を覗くと真っ白に輝くご飯が目に入った。まっ、眩しい! 涙が出そう!
「これが、こめ、ですのね」
私のすぐ後ろにいるスカーレットが感心したように言う。私は肩越しにスカーレットを見て頷いた。
「はい! おかあさま! おにぎりにしましょう! ご飯だけで食べられますし!」
「おに……ぎり?」
スカーレットだけじゃなく、厨房にいる人のほぼ全員が首を傾げる。米女子コックまで判らないー、みたいな顔をしているのが解せぬ。ナンデダヨ! おにぎり、おむすび、握り飯、言い方は色々あるけど、米を食ってたのにそれを知らないってどゆこと!?
もしかしてアレか。米の種類がおにぎりに向かないとか? 私は米女子コックに頼んでご飯を少し皿に盛ってもらった。ちょっとつまんで食べてみる。
「うまーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
久し振りのご飯に思わず叫んでしまった。はっ、叫んだからかみんなの注目を集めてしまった。違う、私の目的はつまみ食いではない!
ご飯を一粒だけつまんでじーっと見る。短い、小さい、粘りがある。食感も転生前世界日本で食べてたご飯に近いと思う。私はこしひかりとかはえぬきとかの銘柄は判るけど、米自体の種類はあんまし詳しくない。確かパエリアとかカレーに向いてるのもあった気がする。粘りが少なくてパサパサしてたりするご飯ね。それもまずくはないんだけども、おにぎりには向いていないと思う。
私はガッ、と走って水で手を洗った。踏み台に戻りながら声を飛ばす。
「塩! 水! 皿に入れたやつ!」
すると慌てたようにスティーブンが皿に入れた塩と水を持ってくる。よし! 久々にあつあつのご飯を握りけど、まあ行けるだろー。
手を水で濡らして塩を取る。でもってご飯を手にのせて握る。
「あつあつあつ!」
この熱さがちょっちキツいけど、慣れれば問題ない……だが、さすがはおじょーさまの手! 全然、慣れてねえ! 手の皮が薄すぎる! でも頑張れ、私!
熱いのを我慢して私は皿にあったご飯で2個ほどおにぎりを作った。ふー、やりきった。私はおにぎりをひとつスカーレットに渡そうとして……あっ、これ、直で渡してもいいやつ? どーだろ? お上品な奥様はおにぎりを直で食ったりしない?
「いただきましょう」
私が躊躇ってる間にスカーレットがおにぎりを取り上げて口に運ぶ。……あっ! 味見してなかったよ! 前世の手癖で握ったから味はそこまで変じゃないと思うけど、手のサイズが違うからなあ。
「あら。美味しいですわ。こめはこういう食べ物でしたのね」
「やったー!」
私は両手を上げてばんざいしてから、もう1個のおにぎりをつかんで食べた。うまー! ってやってると、周囲の目がじーっとこっちを見ていることに気付いた。……判った、判ったってば!
私はこの後、ひたすらおにぎりを握るマシーンと化した。