チートがチートじゃない世界に転生したらしい 作:よしほ
疲れすぎて涎が垂れそうになる。私はほぼ白目をむいて倒れ伏していた。そんな私の背を木の棒の先がポンポンと叩く。うっ、訓練用の木剣の先でつつかれた方がマシだ!
「む、むりー!」
「何を仰ってますか。はい、立って」
私の上で無慈悲に言ってるのは、新しいカテキョのザビエルという……転生前の私の息子娘よりちょっと上……アラサーか。そのくらいの年の男だ。……フランシスコかな? 私でも知ってる有名人のことを思い浮かべつつ、根性で立ち上がる。
ザビエルは魔法のカテキョとして雇われた空間魔法使いだ。空間魔法ならテオでいいじゃん! と言い張ったら、珍しくスカーレットが遠い目をして、
「テオに教わるのは無理です。それ以前にテオが誰かに教えられるとは思えません」
と、言い切った。うっ、言いたいことは判るけど! ザビエルより絶対いい! ていうか、痛い! 空間魔法が痛いってどゆこと!? ちなみにザビエルが持ってる木の棒は、指示棒とか指揮棒みたいな形の杖だ。転生前世界でプレイしたゲームだとワンド? かな。ロッドよりは短い感じ。スタッフは殴ってぶっ殺……もとい、魔法にも使えるけど殴るのにも使えるみたいな感じの長さだった。ラノベとかアニメだと確か、サイレントなウイッチで片眼鏡のイケメン(元ヤン)が、魔法との合わせ技でぶん殴ってた気がするね!
それはともかく。
この世界の空間魔法の訓練は自分の周りに板のようなものを張るところから始まる、らしい。……もしかしたらこの訓練法は私限定かもだが! 空気で板を作るて! どう考えても無理くね!? と思っても何となく頑張ってみたら、その瞬間にザビエルが魔法をブッパしてくるのである。いや! 弱い空間魔法を飛ばすだけと言われてもだね!? それを直で食らったら吹っ飛ぶって! 飛ぶの前提なのか、周囲にはふかふか藁が敷いてあるけどもね!? でも痛いものは痛いし、転がるから目が回る!
そんなことをしてても私の魔力はほぼ減らない。周囲の空気を吸引して、板のイメージで放出してるだけだからなのかは判らない。キラキラはずっと続いている。仕方なく私は立ち上がって、服についた藁をパンパンと叩いて落とした。転生前世界にあったコロコロは、この世界にはないからなあ。叩いたら藁も多少は落ちるけど全部は無理。
ちなみに今日の服はドレスじゃない。てか、これ、ドレスでやったらいちいちめくれて大変だと思う! 主に私の尊厳的なものが! いや、私は七歳児のパンツを見たところで、どうってことないと思うんだよ。でもアーサーやスカーレットが激しく嫌がるというか、迫ってくるのが怖いんだよ! パンツを見られるのは尊厳が損なわれると言われたので、私も仕方なくそれに従うことにしている。
何度も繰り返すけどやっぱり今日も惨敗した。こ、このやろう……優雅に先に立ち去るんじゃねー! 次の仕事がありますので、じゃねーし! これなら剣術の訓練の方が絶対にマシ!
「お嬢様、無事ですか?」
「これが無事だと思う?」
まだ積んだ藁から立ち上がれない私は、顔だけちょっと起こしてメイプルを睨んだ。メイプルがいつものようにデスヨネーみたいな顔をする。デスヨネ、じゃなくて! 止めてくれるとかないのか! ないよね!
しばらくして身体の痛みが治まってから、私は身体を起こして藁の上に座った。身体の表面の怪我とかなら治せるので、吸引からの合成、放出で私は自力で傷を治した。だけど疲れとかそういうのはどうしようもないんだよね、これ。
空間魔法の訓練に使ってるのは、転生前世界日本でいえば学校の体育館みたいな感じ。屋根はあるけどかなり高いので、多少、吹っ飛ばされても問題はない。でもって床にはたっぷりと藁が敷いてある。この藁は定期的に取り替えているらしい。防虫剤とかないからなあ……あ、でもテオが虫除けの魔法とか使ってたな……。もしかして応用が出来ないのか、テオ! まあ、らしいっていえばらしいけどな!
朝一に空間魔法の訓練をすると、私が使い物にならなくなるので午後の最後にしてある。厨房で楽しく会話をしたりしてても、ザビエルが時間ぴったりに迎えにくるのである。時計かお前は! と、なんど罵りたくなったことか!
げんなりしながら風呂に突っ込まれ、お肌つるぴかにされてから夕飯。前は夕飯が先だったんだけど、訓練で汚れまくるので逆順になった。アーサーとスカーレットは先にテーブルについて私を待っていた。のんびりとワイングラスを傾けていたアーサーが私を見て、嬉しそうな顔になる。
「おお! リディア! 2日ぶりだな!」
「はい、おとうさま。おかあさまもごきげんよう」
私は肌はつやつや、でも身体のあちこちがまだ痛いという状態で席に着いた。すぐにアーサーが私を見ておろおろし始める。どうやら私を見て違和感があると思ったらしい。
「リディア。どこか痛いところがあるのか?」
「はい、もう全身バキバキです」
そう答えている間にもテーブルに食事が用意されていく。今日はボリュームのあるシチューだ。肉も入ってるけど野菜マシマシにしてもらった。野菜が食べたい気分だったから! でもってカゴに入ってるパンはフランスパンだ。これはまだ、厨房で作れないらしいので私が放出した。
「やはり空間魔法の訓練は厳しいか……むう」
「あなた。リディアを甘やかしてはなりませんわ」
「いっ、いや、そういうつもりはないのだが! あっ、そろそろ食べよう! 二人とも空腹だろう!?」
アーサーが何か言いかけたのをスカーレットが笑顔で遮る。これもいつものことだ。剣術とかの訓練は問題ないというか、少しずつ強くなれている気がするんだけど……。あ、でもステラから習ってるダンスは全然駄目。どーやってもリズムがとれない。ヤケクソで盆踊りを踊ったらキレられた。何でだよ! 転生前世界日本ではフツーのダンスだよ!? と言えないので、仕方なく盆踊りは諦めた。ていうか、私は盆踊りはいけてるのが判った。四拍子だっけ? 太鼓を叩いたりするアレ。あれはいけたんだよ! 初めてみる踊りだからなのか、演奏してた人はびっくりしてたけど、盆踊りだけはズレてなかった気がするし! ステラにすげー勢いで止められたけど!
いっそのこと、社交界なるとこで踊るダンスも全部、盆踊りにすればいいと思われ。