チートがチートじゃない世界に転生したらしい 作:よしほ
「ジャスミン。侍女は主人の少し後ろに控えるものです」
「はっ!」
「敬礼もしなくていいです。もしかしてお嬢様にいつもしてるんですか?」
「もちろんです!」
「はきはき答えなくていいです。敬礼もなしで」
メイプルに助けを求めた次の日、ジャスミンはメイプルによる教育を受けることになった。良い子なんですけどと言ってたメイプルは、ジャスミンの行動を見てびっくりしたらしい。さすがにどうかと思ったのか、目をつり上げてジャスミンと行動することになって……
私はその二人につきまとわれ……もとい、付き従われている。ていうか、うるさい! 私が何かするたびにジャスミンが暴走し、メイプルが止める。それが続いてるのである! うっとうしいわ!
仕方ないので私はジャスミンに直接、訊いてみた。
「ジャスミン。おとうさまとおかあさまの前でも、こうなの?」
「いえ! ご主人様と奥様にはこのような態度では叱られるので!」
「私もキレてるけど!? 何でフツーにしてくんないのか!」
何でアーサーとスカーレットが別枠になっているのか! メイプルによると、使用人と話す時もごく普通らしい。どうして!?
「私は上司とか上官じゃないからね!?」
「しかし、自分はリディアお嬢様を何よりも敬っておりますゆえ!」
「どーにかしてくれ、メイプル!」
ちなみに今は3人で田んぼの雑草を抜いているところである。雑談……というか、ジャスミンに言い聞かせながら作業してるからか、私たちだけちょっと遅れてる。米女子農婦にジョブチェンしたメアリーや他の使用人はかなり先にいるのに! 私たちのトコだけ遅い! でも許して欲しい!
「ジャスミン、お嬢様を直で敬うのではなくて、心の中だけにしてみては?」
「心の中でも敬っておりますが?」
「口に出さないということです」
ジャスミンとメイプルの会話に口を挟まないように、私は黙々と雑草を引っこ抜いていった。苗はかなり伸びていて、風になびくのがとても綺麗に見える。……って、良いとこだけ考えないと、ジャスミンとメイプルの会話だけでもブチギレてしまう。
「よし、判った。ジャスミンが傍付の時にマトモだったら、カツ丼をご馳走しよう」
「は!?」
「えっ!?」
それまでいちいち敬礼をしてたジャスミンが、何もせずにひっくり返った声で叫んで立ち上がる。おい、草抜きしろし。でもってメイプルまでつられんなし。
「かつ、どん、ですか!?」
「メイプルメイプル! ジャスミンより食いついてどーする!」
いつものようにずいっと顔を寄せてきたメイプルに言って、私はジャスミンを見た。……駄目だ。抜いた雑草を握り締めて、天を仰いでる。ヤバい。何かに祈ってるのか、これ。
「トンカツとソースだけじゃ飽きるかと思って、カツ丼を作ろうと思ったんだけど」
まだ醤油は作ってないし出汁が洋風だから、私の知ってるカツ丼とは違うんだけども。でもご飯に合うと思うんだよね。ソースはあるからトマトソースを混ぜてもいいし、デミグラスソースに寄せてもいいし。
って、考えてたらメイプルとジャスミンの顔が迫ってることに気付いた。
「ちょっ! まだ作ってないから! ジャスミンがちゃんと出来たらご褒美ってことで!」
あー。やっぱり私は飯で釣ってるなあ、と思いつつ提案すると、二人が嬉しそうに頷く。何でメイプルもなんだよ。
田んぼでの作業を終えた私はジャスミンを連れてザビエルのとこに行った。メイプルは手が空いた時間だけジャスミンをちょっと教育してくれてたのだ。うー、メイプルならそこまで気を遣わないんだけ……なんだと……!?
ジャスミンが私のちょっと後ろを歩いてる! えっ、どうした!?
「ジャスミン! 熱でもある!?」
「いえ、問題ありません!」
「お、おう……」
ジャスミンが上げかけた手を慌てて下ろす。敬礼を慌てて止めたぽい。なるほど。メイプルが言ったことをちょっとは理解してるらしい。
「リディア様。今日こそまともな箱(結界)を作ってもらえますかな」
いつもの体育館的なとこで、いつものようにザビエルが厭味を飛ばす。おのれ!
「いつもマトモを狙ってるんだよ! わざと失敗してないし!」
「はっはっは。出来なければ同じことですな」
ぐううう! ここで言い合い始めるときりがないので、私は根性で我慢した。……のに……ザビエルがいきなりぶっ飛んだ。物理的に。
「リディアお嬢様に対して何を言っているのだ。貴様」
急に冷えた声で言ったのはジャスミンだった。いつの間にか私の前に出てるから、多分、ザビエルをぶっ飛ばしたのはジャスミンだろう。
「死んであがなえ」
「ちょっ、待った! ジャスミン! ストップ! 止まれ!」
私は必死でジャスミンを止めた。いつの間にか倒れたザビエルに迫っていたジャスミンが動きを止める。
「はっ! 了解であります!」
「あー! もう! どうして殺そうとする!? ザビエルはチューターだから! ちょっと厭味なおっさんだと私も思ってるけど! ジャスミンが手を出したら駄目だよ!」
「厭味なおっさんとは失礼な!」
今度はザビエルから声が飛んでくる。あーーーー! やかましい!
「いいか! 理由もない使用人同士の殺戮は禁じる! スパイは捕縛した後、上官に報告せよ! 私の許可なく攻撃するな!」
「イエスマム!」
私が命令した直後、ジャスミンが嬉しそうに敬礼し、ザビエルがうんざりした顔で私を見た。仕方ないじゃんか! こうでもしないとジャスミンが暴走するんだから!
「ザビエルセンセーももうちょい言葉を選んで頂きたい。ジャスミンが暴走するので」
「まったく……。侍女に伸されそうになったのは初めてです」
垂れた鼻血をハンカチで拭いながらザビエルが寄ってくる。ジャスミンはそれより早く動いて私の少し後ろに控えている。どうやらジャスミンは命令しないと駄目ぽい。
ザビエルは一応、訓練場に入る時は防御用の結界を作っているらしい。が、ジャスミンの拳がそれを撃ち抜いたという。
「は!? 結界って素手で壊れるもん!?」
「普通は無理ですな。ですが、彼女は魔法で強化したマーシャルアーツを用いていたので」
「……は? え、あーつ? マーシャル? は? えっ、ちょっと待って」
強化魔法は判る。転生前にラノベとかアニメとかゲームとかに出てきたし。でもマーシャルアーツってなに!? 私の知らん単語が出てきた!
ピキーン! マーシャルアーツを取得しました。
待てい!!!! まてまてまて! そういう意味じゃない! ていうか、言葉がわからんってだけで! 頭に浮かんだ文字に待ったをかけてみたけど、字はさくっと消えてしまった。おのれ! 雲のイケメン!
「ご、ごめ。マーシャルアーツって、つまり、格闘? ってこと?」
「そうですな。わたしも詳しくはありませんが、武芸といえばいいでしょうか」
武芸いわれても。私はまったくさっぱり詳しくないんだがー。でも取得とか出てきたし、これって試した方がいいってこと?
「ごめん、ザビエルセンセー。ちょっとだけ待ってくれる?」
私が言うと、ザビエルがわざとらしくポケットから懐中時計を出してため息を吐く。
「少しでしたら」
「判った。ジャスミン、悪いけど、えーと……なんだっけ。組み手? とかいうの? してくれる?」
「は?」
私が急に言ったことに驚いたのか、ジャスミンが珍しく驚いた顔で固まった。OH...。ジャスミンを黙らせるには、こういう技を使えば良かったのか。わざとは出来ないけども!
「いいからいいから、早く。ザビエルがキレるから」
「はっ、はい!」
ジャスミンの手を引いて、私は藁が積んであるとこを抜けた。ふかふかしてると難しいと思うし。
「じゃ、いっくぞー」
どう言えばいいのか判らなかったので、てけとーに言ってから、私は走って右手を振った。意識しなかったけど勝手に身体が動いて、身を屈めてジャスミンの腹に拳が入りそうになる。が、その直前にジャスミンが拳を手で受けとめたかと思うと、そのまま手をつかんで私を釣り上げた。その前に私は床を蹴って、ジャスミンの腕を反対側の手でつかんだ。床を蹴った足でジャスミンの首を狙う。膝を飛ばしたら身体を放られた。走ってきたジャスミンを避けるために、空中で身体を捻って着地した瞬間、膝を落とす。ジャスミンの足を蹴ろうとしたところで、ジャスミンが飛び離れる。
というようなことをしばらくやったら、ジャスミンに驚かれた。でもって喜んだからか、私の身体を抱き上げて高い高いをしてくれた。おい。子供扱いすんなや。あ、今は子供だったわ。
「素晴らしいです! リディアお嬢様はマーシャルアーツも会得していらっしゃったのですね!」
「いや。そんなことはないのだが。なるほど、今のがそうなのか……」
ジャスミンに騒がれつつ、私は呟いた。だったら剣術もぴこーん! してくれよ! 空間魔法もだよ! 何で私が欲しがってる時は鳴らないんだ!
そんなことを考えてたら、何故かバタバタと足音がしてザビエルがすっ飛んでくる。
「リディア様! どういうことですか!?」
「は?」
「剣術は訓練されていると伺っておりますが、マーシャルアーツも訓練していらしたのですか!?」
「いや。今、やってみただけで、訓練してないし」
何故かその場がしーん、と静まり返った。
あれ? もしかして私、また何かした!?