ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第8話 とっておきの秘策

 友人の高野仁に芋虫肉野菜炒め定食という名の男飯を腹がいっぱいになるまで食らわせた俺は、シンクに山積みされている数日分の汚れた食器類をピンクのスポンジと洗剤を使って綺麗に片付けた。

 

 半年間のニート生活による家事手伝いで鍛えた主夫スキルでパパっと処理してハイおしまい。

 俺は洗浄スプレーと同じ中身が詰まった洗剤のボトルをシンクの近くに置いて独り言を呟く。

 

「やっぱ【療法士】が魔結晶から作った浄水は便利だぜ。なろうでよくある生活魔法のクリーン……ほどではないけど、これがなきゃダンジョンなんて潜れねーわ」

 

 一仕事終えた俺はいつものようにリビング兼作業部屋の片隅にあるソファに我が物顔で寝転がり、高野から借りたタブレットで電子書籍の漫画雑誌を読み始めた。

 

「相変わらずチャンピョンの『スキスギオンライン』は面白れぇな。マゴジンの『シャンデリアフロンティア』といい勝負だ。ホント、どうして元の世界ではあんな50越えのワナビを適当に(あて)がったんだよ。原作量的に週刊連載一択の作品をチンタラ月間連載した挙句、序盤の山場の『大神聖ロリコン宣言』どころか『免罪符事件』にすら辿り着けないまま3巻打ち切りにしやがって……」

 

 高野は現在、2日ぶりのシャワーを浴びている。

 これはBL小説ではないので特にエッチな展開が起こったりはしないが、万が一にもこの小説がコミカライズされた時には腐向けのサービスシーンが描かれていることだろう。

 

「ふう、眠気が飛んでサッパリしました。やはりちゃんとした食事を取らないと元気にはなれませんね」

 

 おっと、更に追加のサービスシーン。

 水に濡れた深いグリーンの髪をタオルで拭きながら脱衣所から出てきた高野は、下腹部に謎の光をチラチラさせながら自室に入っていった。

 

 そしてすぐに絵の具とインク染みだらけの襟元がヨレヨレな服を着てリビングに戻り、作業机の前の人間工学に基づいた椅子に座る。

 

「いや、早く寝ろよ」

「次の原稿が脱稿したら眠ります。なに、あと半日の辛抱です」

「ストックはあるってこの前言ってなかったか?」

「そうですけど、熱があるうちに描きたいんですよ。これはもう漫画家の性分としか言えませんね」

「難儀な性分だ」

「まったくです」

 

 それからしばらくの間、カリカリとした原稿用紙にインクが乗る音だけが部屋の中に響いていた。

 そんな時、高野はふと顔を上げてこちらを見る。

 

「そうそう、すっかり忘れていました。例のブツ、手に入りましたよ」

「おっ、本当か? それはマジで助かる。丁度一昨日からダンジョンに潜り始めたんでそろそろ欲しかったんだよ」

「ああ、だから昨日と一昨日は遊びにこなかったんですね。何か収穫はありました?」

「【精霊使い】と弐号がレベル6まで上がったわ」

「やりますねぇ」

「あたぼうよ、俺を誰だと思ってやがる。未来の一流探索者様だぜ?」

 

 ついでに「知り合いの【鍛冶師】に頼んでツケで装備を整えた」と言って、俺は【人形召喚】で壱号と弐号を召喚して彼に装備を見せびらかした。

 

 作画作業を一時中断した高野は、自信ありげにポージングを取る人形達の姿を鉛筆でスケッチブックにサラサラとスケッチする。

 俺は彼の背後に回り込んで高速で描き込まれていく美麗イラストを眺めた。

 

 手の動きが速すぎてまるで鉛筆の先が見えないし、相変わらず画力が高すぎる。

 例え俺が【芸術家】に転職したところでこうは上手くいかないな。

 これが芽さえ出ずに埋もれるってんだから、芸術の世界というのは残酷だ。

 

「製造販売元は伊古田(いこだ)製作所ですか。僕も名前くらいは知ってますよ」

「そうなのか?」

「ええ、人形師のタイコ氏がそこで働いていることは一部業界では有名ですからね」

「タイコ……イコタ……あいつ、そんなことしてたのか」

 

 少しスマホで調べてみよう。

 深淵を覗くことになりそうで怖いが、何も知らない方が逆に怖い。

 おっ、なんか匿名掲示板に検索除けされたWikiのリンクが出てきたぞ。

 

「……ああ、そういうことか」

 

 おおむね入れ替わり前の俺の謎は解明された。

 

「ハカセさん、急に暗い顔してますけどどうしました?」

「あー、こっちの俺が10年前に自殺未遂したってWikiに書いてあった。当時中坊だったとはいえ、あいつ口が軽すぎだろ」

「そうですか……」

「気にすんな。どうせあっちの俺はこの俺が必死にブラック企業で稼いだ貯金で楽しくやってるよ」

「そうであるといいんですけどね」

「んで、例のブツは?」

 

 俺が話題を変えると、高野は近くの棚から一つの装備結晶を取り出した。

 こぶし大の大きさがある透明なクリスタルの中には、黒いワニ革の胸当ての画像が浮かんでいる。

 

「【自爆】スキル付きの装備結晶です。本当にこれだけでいいんですね?」

「ありがとう。これで最後のピースが揃ったぜ」

 

 連載開始当時の高野は俺に並々ならぬ恩義を感じていたのか、出版社から振り込まれた原稿料をそっくりそのままこちらに渡そうとしてきた。

 だが俺は、労せず他人から金銭を受け取るのは性分に合わないとしてきっぱりと断ったのだ。

 

 とはいえ、何も受け取らないのは逆に彼に負い目を感じさせることに繋がる。

 だから一つだけお願い事をしたわけだ。

 高野の伝手で【自爆】スキル付きの装備結晶を探してくれないかとな。

 

 ロクな使い道のないハズレスキル付きの装備結晶は基本的に装備の強化素材として消費されちゃうので、ほとんど市場には出回っていない。

 それでいて高性能な深層の装備を探すとなると、有力な探索者クランを根気よく訪ねて回る必要がある。

 

 漫画家なら【芸術家】に憧れて【自爆】スキルを求めてもあんまり不審に思われたりしないし。

 俺みたいな魔法職だと爆破テロにも使えたりするから流石にね。

 

「相手の方は関西では有名な探索者だったんですけど、直筆のサイン色紙とサイン本を渡したら(こころよ)く譲ってくれましたよ。少し、照れてしまいますね」

 

 彼は照れ隠しをするように、片手で器用に鉛筆をクルクルと回した。

 回転が速すぎて鉛筆扇風機みたいになってる。

 高野がいればUSB卓上扇風機とかいらんなこれ。

 

「正当な評価だ。長年の努力がついに実を結んで、俺の手にこの装備結晶を運んだ。泣ける話じゃないか」

 

 ちなみに解説すると【自爆】スキルとは【芸術家】と呼ばれる生産系の職業に就いた者が取得できるスキルのことだ。

 

 その効果は文字通り自爆。

 自身の命と引き換えに、強力な魔力ダメージを相手に与えるというもの。

 要はメガン〇とマダ〇テを足したみたいなもんだな。

 

 問題は【芸術家】が敏捷値に特化した職業であり、死んだ人間の蘇生手段が【死霊使い】の覚醒(・・)スキル【暗神の予約】によるセルフ自己蘇生しか存在しないことである。

 

 これは壊れ職業の代名詞でもある【踊り子】の覚醒(・・)スキル【武神の祈り】による致命回避を使うと不発するという徹底ぶり。

 もう【芸術家】に何の恨みがあるのかと製作者に問い質したい。

 

 まぁ、芸術は爆発だって有名な忍者漫画のキャラも言っていたしな。

 狂った芸術家は自爆するものだってどこの惑星でも相場が決まっているのだろう。

 

 あ、覚醒スキルってのはレベル50で取得できる職業専用スキルのことな。

 職業ごとに唯一無二の効果を発揮するんで、これがあるかないかでまるで話が変わってくる。

 【人形使い】と【精霊使い】の覚醒スキルについてはまたの機会に話そう。

 

「ハカセさん、絶対に死なないでくださいよ」

「お前の漫画が完結するまでは死ぬつもりなど毛頭ないさ」

「それでは打ち切りにならないよう頑張って連載を続けないといけませんね」

「おう、期待しているぜ」

 

 束の間の休憩を終えて再びGペンを手に取った高野は、また背を曲げて原稿用紙に向かう作業へと戻った。

 

 スケブに描いてもらった鉛筆画は持ち帰って部屋の壁にでも飾るかな。

 確か保護用の定着スプレーが必要だったような気がするから、作画作業が一段落ついたタイミングを見計らって聞いてみるとしよう。

 

「壱号、弐号。デッサンモデルお疲れさん。今日はゆっくり休みな」

 

 自慢の人形達を(ねぎら)って送還した俺は再びソファに寝転がり、先ほど高野から貰った装備結晶を照明の光にかざした。

 

「【ボマー】……」

 

 それは第二次世界大戦において沖縄県中部の読谷村沿岸に上陸した米兵を恐怖のズンドコに陥れた【精霊使い】と【人形使い】、男女二人組の志願兵の二つ名だ。

 

 沖縄戦の英雄だと一般的には戦後にA級戦犯に指名された【死霊使い】の【剣聖】柳生(やぎゅう)宗盛《むねもり》の方が遥かに有名だが、こちらは第二次世界大戦を基にしたとある戦争漫画の影響で昔からネットミームとなっている。

 

”ボマーに気を付けろ”

 

 匿名掲示板にテンプレのように書き込まれるその文言を読むだけで、彼らがどれほど米兵に恐れられていたかが分かるというものだ。

 

 いやまぁ、司羽遼太郎の書いた小説に出てくる坂本竜馬みたいな感じだから、その漫画が売れるまではロクに知られていなかったんだけどね。

 

 俺も一回読んだことあるけど、クラシカルな侍女服を着ている黒髪の陶器西洋人形が沖からバカスカ艦砲射撃してくる艦隊に向かって狂った火力をしたこぶし大の丸い爆弾を遠投してて笑えた。

 

 作中設定における【ボマー】の爆弾は【銃士】の覚醒スキル【暗神の魔弾】で製造した特殊弾頭だと解説されているけれど、真実は異なる。

 

 このキャラのモデルになった人達は戦争が終わってから一切表に出ていないので、ほとんどの人は彼らの本当の職業すら知らない。

 俺が知っているのは、ただ本人からそうと聞いただけだ。

 

「とっておきの秘策。マサ爺、あんたのこと信じてるからな」

 

 俺は腐れ縁であり、師でもある一人の老爺(ろうや)のあだ名をぽつりと呟いた。

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