ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

100 / 125
第77話 三日月プロダクション

 望月京子にその話を持ち掛けられたのは、春の呼び声が聞こえる3月下旬のことだった。

 

「俺にダンジョン配信をしろって?」

「ああ、そうだ。貴様も暗黒邪竜を倒した後は探索記録を残す必要があるのだろう。時間的余裕のある今のうちに、幾らか経験を積んでおくといい」

 

 東京駅近郊に建つ五階建てのビル――【クレセントムーン】のクランホーム、その三階に居を構える芸能事務所「三日月プロダクション」の応接室で革張りのソファに座る京子はそう言って、貧乳秘書の淹れたコーヒーを(すす)った。

 

「やだよ、面倒臭い」

「ついにサンのかんちょーぼんばーをせかいはつこうかいするときがやってきたか」

「参号、子供の教育に悪いってモンスターペアレントから苦情入れられたらクレーム対応の人が困るだろ。禁止だ禁止」

「みせいねんはじばくすきるをあつかえないから、もーまんたいなのだ」

「そういう問題ではないと思うぞ、サン!」

「かんちょーぼんばー……?」

 

 貧乳――じゃなくて黒川しのぶは俺達のやり取りを聞いて首を傾げた。

 どうやら彼女は恥を捨ててPADを入れることにしたらしく、以前見た時よりも明らかにレディーススーツの胸周りが誇張されているように思える。

 

「そんなことはどうでもいい。ヒロシ、さっさとこの契約書にサインしろ」

 

 京子が応接テーブルにパサッと書類の束を放ったので、俺の隣に座っていた壱号が手に取りペラペラと捲って契約内容を確認する。

 

「以前に頂いた契約書のサンプルと内容はほぼ同一のようですね。明確な違いといたしましては、サブスクリプションやグッズ販売で得られるロイヤリティの用途がマスターの希望に沿った形に変更されており、配信場所や時間の指定などこちらに不利な契約条項が全て削除されています。特に問題はないようですが、どうされますか?」

「本当にやらなきゃ駄目?」

 

 得意の先延ばし癖を発動した俺を、京子はじろりと睨み付けた。

 

「貴様の兄の尻拭いをしたのはどこの誰だと思っている……!」

 

 どうやらかなり苛立っている様子だ。

 そんなにストレスを溜め込んだらお肌に悪いよ?

 

「その節はめちゃんこお世話になり申した。サンキュー望月グループの顧問弁護士」

「私には何も言うことはないのか? ん?」

 

 この高飛車女は会長の椅子が馴染んできて段々と調子に乗っているようだな。

 きっと毎日のようにザギンでシースーでも食いながら、お偉い政治家官僚どもにペコペコ頭を下げられているに違いない。

 

「この程度のことで恩を返したつもりか。俺は他の財閥に装備結晶を流したっていいんだぜ?」

「出来もしないことを。この国に住む限り、貴様は私を頼るしかない。そうだろう、ヒロシ」

「へいへい、いつも助かってますよーだ」

 

 俺は壱号に手伝って貰いながら、契約書に必要事項を記入しサインする。

 ついでにDTubeとDチャーム、それと告知用のXDアカウントも開設した。

 アイコンはうちのマスコットキャラクターである参号の写真を使うとしよう。

 

[XDのポスト ドールマスターヒロシ:本物のヒロシだよ 本物のヒロシだぜ]

 

 三日月プロダクションの公式アカウントにリポストさせて本人証明もバッチリ。

 これで俺も今日から三日月プロダクション所属のダンジョン配信者ってわけだ。

 すぐにスマホの通知音が鳴り止まなくなったので、設定から通知をオフにした。

 

「初配信はいつ(おこな)うつもりだ」

「4月に入ってからにすっかな。実はもうすぐ180層に挑めそうなんだよ」

 

 170層を越えてからダンジョン探索も段々と厳しさを増している。

 最近はフェアリーモンスターの設置した妖精魔法トラップを踏んで人形達がダメージを負うこともしばしば。

 

 俺は魔力と耐久に特化しているからノーダメージでも、他のモンスターとの戦闘中に拘束系のトラップで身動きが取れなくなるのが怖いんだよね。

 モンスターのヘイトを稼ぐ【魔の指先】や【治癒魔法】を持つタンク役は必須だ。

 

「視聴者のことを考えているのならいい。配信関係で確認が必要なことがあれば、うちのスタッフに連絡して聞いてくれ」

「そうするわ。ところで話は変わるけど、京子って普段から【クレセントムーン】のクランホームに入り浸ってんの?」

「私の自宅はこのビルの最上階にある。なんだ、知らなかったのか?」

「いや、もちろんクランメンバーの住居がここにあるのは知ってるが……探索者を引退したんだから、とっくに別の場所に引っ越したとばかり思ってたよ」

「普段は本社の会長室で寝起きしているさ。だが、(かおる)は私と直接会わずにいると体調を崩す。だから予定の合う日はできる限り、ここに顔を出すようにしているというわけだ」

 

 あら^~

 潤っちゃうううううううううう

 ククク……きょうカオほっしですな……

 花園は護ります!

 

「そうかそうか、せいぜい若いうちに楽しんでおけよ」

「……?」

 

 全世界にいるきょうカオ民の代弁者たる俺の言葉に、京子は首を傾げる。

 お忙しい会長の貴重な休日を奪うわけにはいかないので、俺はすぐに席を立った。

 

「さてと、邪魔者は退散するとしますか。じゃあな貧乳、育乳体操頑張れよ」

「なんですかいきなりっ! 拙者はそんなことして……いますけど……」

「してるんだ……」

「サンはそのきになればろりきょにゅうになれるぞ。どうだ、うらやましいだろう」

 

 ゴスロリ服姿のロリロリドラ娘は、自慢げに腰に手を当てて薄っぺらい胸を張る。

 

(うらや)ましいっ! 京子様、胸が大きくなる薬の研究開発に投資してくださいっ!」

「そう言うと思って幾つかの研究機関から資料を取り寄せたこともあるが、投資額に見合った成果は得られないと判断した。だから諦めて来世に期待しろ、しのぶ」

「そんな……」

 

 全ての希望が断たれた黒川しのぶは絶望したような表情を浮かべた。

 大丈夫、この世界には貧乳が好きな人もちゃんといるからね。

 具体的に言うと、お前の兄者とかな。

 

―――――

 

 応接室から出て廊下を歩いていると、三日月プロダクションのオフィスで忙しなく働いている社員達が視界の端に映った。

 

 この芸能事務所は望月グループの系列に入っていない望月京子の個人的な会社だ。

 経営者は母親の望月桜子(さくらこ)で、所属しているのは【クレセントムーン】のクランメンバーのみ。

 

 主に探索スケジュールの管理やダンジョン配信の企画、動画の製作やグッズ販売などを手掛けているが、収益の9割9分は大人気ネットアイドルの立花(たちばな)(かおる)ことカオりん関係によるものなので、実質的にカオりんの為の会社である。

 

 別にダンジョン配信をする上でこういった芸能事務所と契約する必要は一切ないのだが、俺は100層を踏破してから色々とここの人達に――参号や肆号の改造に使う装備結晶の募集とか、マスコミ対応とか――お世話になっているので、こういう形で借りを返そうとしているわけだ。

 

 なんだかんだ言って知名度のある一流探索者ってのは金になるからな。

 俺はともかく有名人形師であるタイコ氏の作った見目麗しい愛玩人形は、グッズをネット販売するだけで大きなお友達から沢山のお布施が集まることだろう。

 

「あっ、ヒロシくんだ! すっごい偶然~、元気にしてた?」

 

 エレベーターで一階に降り出口に向かっていると、偶然にもカオりんと出会った。

 どうやら彼女はレッスン帰りらしく、大きな胸がやたらと目立つシンプルなジャージ姿でピンクの髪をゴムバンドで束ねてポニーテールにしている。

 

「見ての通りさ。さっき京子に呼び出されてよ、契約書にサインさせられたわ」

「じゃあじゃあ、これからはヒロシくんも同じ三日月プロダクションの仲間ってことだよね?」

「ま、そんな感じだ」

「やった! イチゴちゃんにニコちゃん、それとサンちゃん。今度みんなで一緒にグラビア写真撮影しようね!」

 

 カオりんは眩しいほどの笑顔で、順番に俺達の手を取ってブンブンと握手した。

 天然でこういうことができるのがカオりん、恐るべしスーパーアイドルよ。

 

「その際には事務所の先輩としてご指導ご鞭撻(べんたつ)(たまわ)りたいものだ!」

「サンのずんどうぼでぃーでろりこんどもをのうさつしてやるのだ」

(かおる)様は思いのほか、握力が強いのですね。ステータス配分はどうされているのですか?」

「んーと、今のレベルは171だから……耐久に100、敏捷に50。筋力は20だったかな。最近は筋力に振る余裕も出て、探索がすっごく楽になったんだよね!」

 

 幸運特化の【踊り子】は耐久と幸運に振るのがセオリーなのだが、攻略勢の支援職は味方へのポーション投げを多用するので器用さの上がる敏捷に振ることが多い。

 それで金策効率が落ちたとしても、仲間の命の方が百倍大事だ。

 

「俺も筋力を上げてから重い荷物を運んでも全然バテなくなったし、やっぱり後衛職も特化型よりバランス重視の方がいいんだろうな」

「なによりバフスキルの効果が伸びるもんね! あ、でもヒロシくんはソロだっけ……」

「まぁ、いざとなれば御札(おふだ)を使えば大丈夫さ」

 

 【巫女】の第二覚醒スキル【霊神の御札】は魔結晶を消費して使い切りの強化バフを付与するアイテムを制作することができる。

 支援職と組んでいない俺みたいな探索者なら高い金を払ってでも買う価値のある霊験あらたかな御札(おふだ)と言えよう。

 

「なあなあカオりん、サンといっしょにしゃしんとろうよ。あるじのあたらしいえっくすでぃーにあっぷして、いっぱいばずりたいのだ」

「もちろんいいよ! どんなポーズにしよっか?」

「カオりんのおっぱいがきょうちょうされるのがいいとおもう」

「うちの参号がワガママ言って悪いな」

「気にしなくても大丈夫。アイドルにとって、ファンサービスは何よりも大切なことだからね!」

「ならいいんだけど。んじゃ、少し失礼して……」

 

 ということで何枚かカオりんと参号のツーショット写真を撮った俺は、みんなの多数決で決めた一番ウケそうなものをSNSにアップする。

 

[XDのポスト ドールマスターヒロシ:4月4日朝9時からDチャームで180層探索配信するんでよろしこ【カオりんに肩車して貰っている参号の画像】]

 

 このポストはあっという間に世界中へ拡散され、ロリロリドラ娘の望み通りにバズりまくることとなったのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。