XDでの告知から1週間、ついにダンジョン配信者デビューをする日がやってきた。
準備期間中にダンジョン配信に必要な【情報共有】撮影技術を肆号に学習させる必要があった為、三日月プロダクションの【観測士】に178層と179層の探索を中継してある程度のリハーサルを済ませている。
通常の一対一の【情報共有】と違い、ダンジョン配信を行う場合は動画配信サイトの管理をしている【観測士】が【天神の雲糸】で構築したクラウドサーバーに接続する必要があるので、追加のサブスク料金を支払って個人識別IDの登録もしておいた。
ここまできたら後はメニュー画面の設定を弄って出現させたDチャームのアイコンをポチって、配信用の【情報共有】画面を呼び出すだけだ。
【賢者】のプログラマーが頑張ったおかげか、UIが使いやすいのはありがたい。
まぁ、実際に【情報共有】を使うのは俺じゃなくて肆号だからあまり関係はないんだけどね。
さて、前置きはこのくらいでいいだろう。
4月4日朝8時50分頃、東京八王子ダンジョンのロビー広場からプライベートマップの101層に転移した俺は、人形達を呼び出さないまま一人で石室の外に出た。
巨大芋虫のうろつく林の前で背負っていた登山用カバンを下ろして足元に置き、軽く準備運動をしながら予定の時間を待つ。
スマートAIよりも便利なサポート人形の肆号と契約してから不要になった【情報共有】付きの防水腕時計は父にあげちゃったので、スマホで現在時刻を確認。
カウントダウンが始まったところで、俺はスマホをウェストポーチに仕舞う。
「時間だ。肆号、始めてくれ」
『ピピピ、配信を開始しました』
目の前に浮かんだ乳白色のプレートにはDチャームのチャット画面が表示されており、配信開始前より待機していた10万人を越える視聴者に書き込まれたチャットが爆速で流れている。
こんなものをまともに読んでいたら速攻でモンスターの餌食になっちまうぜ。
「よっす、新人Dチャーマーのヒロシだ。特に面白みもないダンジョン配信を休日の朝から見にきた暇人どもにまずは自己紹介をしよう。俺の名前は
俺がそう言って壱号を召喚すると、麦わら帽子を被ったオーバーオール姿の茶髪金眼美少女人形は、褐色の牛革グローブを
「【旋風刃】!」
ぐるりと薙ぎ払うように大鎌が振るわれると、広範囲の木々が斜めに両断されて枝葉の揺れる大きな音を立てながら崩れ落ちる。
こちらに振り返ってカメラに目を向けた壱号は、礼儀正しい所作でお辞儀した。
「【農夫】人形改め、【鎌士】人形のイチゴでございます。マスターの従順なるしもべとして、このパーティーの物理アタッカーを務めております」
ガサガサと音を立てて倒木の枝葉の中から現れた巨大芋虫のヘイトを【魔の指先】で奪った白銀色の鎧姿をした金髪碧眼の女騎士人形は、腰の鞘から抜いて右手で握った白銀の片手剣を振るい巨大芋虫に致命の一撃を与えてドヤ顔をした。
「私が【剣士】人形のニコだ! マスターの忠実なるしもべとして、モンスターのヘイトを一身に集める物魔両刀のタンク役を担っている!」
チャット画面の左上に小さく表示されている配信映像のカメラが動き、樹上から飛び降りてきた黒ワニ革ビキニ姿の赤髪紫眼ロリロリドラ娘をフォーカスする。
膝下から先が四本指の蜥蜴足になっている参号はパタパタと蝙蝠翼を動かし、びよーんと蛇腹状に伸ばした蛇尻尾をまるでサソリの尻尾のように揺らした。
「どらごんにんぎょうのサンだぞ。とくぎはじばくとかんちょーぼんばーなのだ」
あれだけ禁止って言ったのに速攻で口に出しちゃった……。
チャットがかんちょーぼんばー発言に疑問符を浮かべる中、俺の隣に白い芋虫柄の海パン姿で大盾を持った影武者人形が召喚される。
盾を持っていない方の左手で偵察ドローン操作用のヘッドバイザーを上げた零号は、そのガラス玉のような黒い瞳でチャット画面を見つめた。
「影武者人形のゼロ。ドローンを使ったダンジョン内の偵察とマッピングを担当。戦闘能力のないただの肉壁だと思ってくれ」
俺と同じ声で喋った影武者人形がヘッドバイザーを下ろしたところで、俺のポーションベルトに提げられているこぶし大の金属球が大きくフォーカスされる。
『ピピピ、アシスタント人形のシキです。日本国内外からの視聴者に向けて【通訳】を併用した【情報共有】による撮影役、【通信】によるパーティー内の連携支援、並びにチャットの読み上げを担当しております』
全員の自己紹介が済んだところで、配信映像の中央に映る俺の周囲に人形達が集まった。
俺は配信画面に映りたがる参号の頭を上からガシガシと撫でながら話す。
「つーわけで、今日から気が向いた時にちょくちょくダンジョン配信をしていくぜ。本当は暗黒邪竜をぶっ殺してから始めるつもりだったんだが、京子にどうしてもって頼まれちまったからな」
「この配信活動における収益はDチャームと三日月プロダクションの取り分を除いてその全額が日本国内の慈善団体に寄付されます。詳細につきましては、概要欄のURLをご参照ください」
金にはそれほど困っていないから本当は投げ銭禁止にしたかったんだけど、Dチャームのサーバー負荷を考えると迷惑極まりないんでこういう形にした。
鳳凰院グループが儲かればウェンカムイ対策も少しは進むだろうし一石二鳥だ。
「んじゃ、そろそろ180層の探索に移るとしよう。探索中はチャット画面を見ないつもりだが、おしゃべりしている余裕がある時は肆号が記憶した中からピックアップする形で視聴者からの質問に答えていく感じになる。ま、すぐに慣れると思うぜ」
拾い上げた登山カバンを背負った俺は【情報共有】のチャット画面を閉じた。
人形達を連れて床に魔法陣の敷かれた石室に戻り、メニューの階層選択画面より180層のプライベートマップに転移する。
石室の外に出ると、そこには奇妙にねじくれた枯れ木がポツポツと生えた薄暗い荒野が広がっていた。
「ここは八王子ダンジョンの180層だ。事前に偵察ドローンを使ってボス部屋の位置は特定してあるから、迷うこともないだろう」
大盾の内側に俺から受け取ったタブレット端末をセットした零号が補足する。
「出現するモンスターは各種大精霊と爬虫妖精、骨塚から湧くアンデッド。ボスは扉のシルエットより四彩精霊王と推定」
「先に横浜と江戸川も偵察したんだけどさ、ここが一番ラクに踏破できそうなマップだったんだよ。流石に【魔鳥使い】抜きで砂漠と高山マップはキツいわ」
腰のポーションベルトから業火のタクトを抜いた俺は【霊神の偏愛】を使って空中に氷精霊アクアを2体浮かべ、壱号の大鎌と参号の蛇尻尾に【
「大抵の雑魚モンスターは壱号と参号だけで処理できるんだが、火属性の効かない炎精霊には水属性の精霊魔法を連打した方が早い。ほら、【水属性強化】装備も用意してあるぜ。神器でもない普通の片手武器だけどな」
俺は右腕の手首に
火焔の腕輪みたいなレアスキル付きの神器は希少過ぎてお金では買えないから仕方ないね。
「自慢してないで先に進みますよ、マスター」
「メンゴメンゴ、ちゃんとダンジョン探索しないとね」
見晴らしのいいマップは探索しやすいが、代わりにエンカウント率が高くなる。
90層の時と比べて一回りは大きい、素で5~6mくらいの体高を持つ動物系のアンデッドモンスターを人形達に対処させながら荒野を進む。
こういう場所だと爬虫妖精――虫の羽が生えた幼児サイズのファンタジック妖精、レプティリアン仕様――が地面に設置して回っている妖精魔法トラップに引っ掛かることもない。
下草が生えていたりすると魔法陣が見えにくいから、結構怖いんだよな。
『ピピピ、[レベルとステータス配分はどうしているんですか? あと、ユニーク神器を持っているかどうかも教えて欲しいです]』
チャットの読み上げは今後こういう形で表現していくんでよろしく。
「今のレベルは181、ステータス配分は魔力220、耐久110、筋力25ってところだ。残念ながら恋墨桜みたいなユニーク神器はまだ持ってないな」
ユニーク神器とは、極めて稀に出現するユニークボスが確定ドロップする装備結晶を付与した装備のことを指す。
幾つか例を挙げてみるか。
かつて大清帝国の第二職業持ち【斉天大聖】スェン・ベジー・ウーコンが所有していた、現在行方不明の如意棒【浸透閃撃】【受け流し】。
鉄の棺桶でバルト海に沈められたことで知られる【ナチスの悪魔】ファウスト・ライヒナームの銀の肋骨、フェアフルフテス【起死回生】【暗黒魔法】。
【ナイツ・オブ・ラウンズ】のクランリーダー、アーサー・ウィリアムズの愛機、【
インドの第二職業持ち【双頭の女神】アニカ・シャルマー/オニカ・シャルマーが持つ三叉槍、トリシューラ【魔神降臨】【全属性強化】。
東南アジア最強の【
この辺りが有名どころだろう。
それぞれ固有のユニークスキルがあり、ものによっては【剣術】みたいな職業でしか得られないはずの固有スキルが追加で付与されていることもある。
この手のユニークスキルは付与された装備がロストしない限りダンジョンで再出現することは決してないので、この126年間で190層までのユニークボスがあらかた狩り尽くされている現状、宝くじで1等が当たるような確率でも引かない限り入手する機会が訪れることはないんじゃないかな。
「未討伐の暗黒邪竜がユニーク神器を落とすのはほぼ確定してるんだけどさ、誰のストレージにドロップするかは完全に運次第なのが困るね」
俺はそう愚痴りつつ、周囲に炎の雨をばら撒きながら接近してくる赤い人魂に向かって魔力を込めに込めた氷槍を2本ばかり撃ち放った。
弱点を突かれて大穴の空いた野生の炎精霊は、虹色の魔素となって消滅していく。
「あ、久々に紋章落ちた。ストレージ見るんで周囲の警戒よろしく」
「了解だ、マスター!」
俺はメニュー画面からストレージを開くと――ちゃんとプライベート設定を切って視聴者にも見えるようにしている――、運よく1/4444の確率を引いて拾った紋章結晶をチェックした。
「炎精霊の紋章【火属性弱化】……うーん、ゴミ!」
紋章結晶ってのは、召喚士の扱う召喚モンスターを除けばダンジョンにしか存在しない精霊種と妖精種が落とす生体装備のこと。
片手武器扱いで一切の強化ができない代わりに、装備した者の基礎ステータスに応じて性能が変わる魔法のタトゥーだ。
素手装備が前提の【格闘術】を覚える【格闘家】とか【力士】なんかがよく使っている印象があるけど、皮膚に貼り付ける関係で簡単に付け替えたりできないからあまり主流ではない。
「あるじ、そんなにいらないならサンがもらってやってもいいぞ」
「【自爆】の火力が落ちるだろ。却下だ却下」
「ちぇー」
それからも俺達は戦闘と移動を繰り返しながらフィールドの奥に歩を進めていく。
合間合間に、視聴者からの質問にも答える。
『ピピピ、[どうしてヒロシさんの人形には呼び名が二つあるんですか?]』
「Dカードに表示される本名と人格設定上のニックネーム。無詠唱でも【人形召喚】使用時に意識する必要があるから本名の方で呼んでいるわけだ」
『ピピピ、[イチゴちゃんが【農夫】人形になった由来を教えてください]』
「ニート時代に10年くらい庭弄りさせてたせいだな。初期装備が麦わら帽子に草刈り鎌だったんで、萌がそこから発展させて農村の村娘設定を付け加えた感じ」
「ちなみに領主の娘設定の私は水やり担当だったぞ!」
「1年前に探索者を始めるまで弐号はレベル1のままだったから仕方ないね」
『ピピピ、[その影武者人形なんなん? 半裸で海パンとか意味分からないんだけど]』
「普段は盗まれたら困る神器を預けているんだよ。経験値分散するから最初は使う気なかったんだけど、自分でマッピングするのだるいんでこいつにやらせてる」
「念の為に言っておくが、他の人形と違い俺に魔改造は施されていないぞ」
零号が海パンを下ろすと、マネキン人形によくあるつるりとした局部が露わになった。
規制の緩いDチャームだからできるサービスシーンだ。
「本当ね、あの人形狂いはヤバい。俺はこいつだけは絶対に死守することを心に誓っている……」
『ピピピ、[かんちょーぼんばーって何だよ]』
「かんちょーぼんばーはかんちょーぼんばーなのだ。でっかいもんすたーをいちげきひっさつだぞ」
「機会があったら見せるよ。嫌というほどな……」
そんなこんなで歩くこと2時間、ようやくボス部屋の巨大な石室が見えてきた。
石室の周囲に生い茂っている枯れ木の間に敷き詰められた妖精魔法トラップに氷精霊アクアから適当に氷の
木陰に隠れてそれを見ていた数匹の爬虫妖精は羽音を立てながら逃げていく。
逃走型のモンスターをわざわざ追ってまで倒す必要はないから放置でいい。
「いよいよボス戦だ。今回は出現するボスモンスターが分かっているから無視するが、倒せるか分からないボスにはマップ更新前に挑むのがセオリーだ。死にたくなかったら絶対に俺の真似はするんじゃねーぞ」
俺はそう言いながら、大きな人魂の周囲に小さな人魂が四つ浮かんでいるシルエットが描かれた大扉をコンコンとノックした。
零号から受け取ったタブレット端末をカバンに仕舞い、道中で使っていた氷輪の腕輪を火焔の腕輪に変更。
準備ができたところで、壱号が押し開いた大扉を潜ってボス部屋に侵入する。
「さてさて、お楽しみの時間だぜ」
後はいつも通り参号の核に【
【巫女】から買った
「つよつよになったサンのじばくをみせてやるのだー!」
ドコォォォォォン!!!
当社比1.5倍の超絶強力な参号の【自爆】攻撃を食らった四彩精霊王は果たして、爆煙の中から
「これはまさか……!」
広い石室の床に敷かれた魔法陣の中心にふよふよと浮かんだ白く巨大な人魂の周囲には、通常の四色ではなく八色の人魂が浮かんでいる。
誰がどう見ても、明らかな異常だ。
「おいおい、冗談きついぜ……」
「間違いなくユニークボスです! マスター、注意してください!」
100%勝てるはずのボス戦が、ダンジョン配信の歴史に残る死闘へと変わった瞬間だった。