ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第80話 普通の人形使い

 ボス撃破後の恒例行事として181層へ移動して階層更新を済ませてからダンジョンよりログアウトした俺達は八王子ダンジョンのロビー広場……ではなくダンジョン庁舎内にある関係者用のエントランスホールに出た。

 

 ここはマッピング業務を行っているダンジョン庁の職員や攻略クラン所属の探索者が利用している場所で、一般の探索者の出入りが制限されているのでロビー広場が混雑している時間帯でも自由に出歩ける貴重なエリアだ。

 

 俺はあの喧騒が好きだから普段はロビー広場を使っているが、今回はダンジョン配信をする関係でロビー広場で視聴者に出待ちされると面倒だと思って裏口からすぐに帰れるこの場所を選択したというわけである。

 

「マスター、LINDは確認されないのですか?」

 

 電波が復活して通知音が凄いことになっているウェストポーチ内のスマホを無視して出口に向かって歩いていると、壱号がそう尋ねてきた。

 

「外に運転手待たせてるし、車に乗ってからでいいだろう」

 

 警備員と会釈しつつ裏口から関係者用の駐車場へ出た俺達は、目の前に止まっていた黒塗りの高級車に乗り込む。

 運転手は忍者装束の男――黒川しのぶの兄者、黒川(あきら)だ。

 

 彼は【クレセントムーン】のクランメンバーの身内が多く縁故採用されている三日月プロダクションで働く【暗黒術士】で、普段から色んな雑用を請け負っている。

 

 普通に自動運転タクシーでいいって言ったんだけど、現場に人がいないと食事の買い出しなんかで困る時があるらしいのでダンジョン配信をする時は移動の足をお願いすることになった。

 

「初配信お疲れさん。送り先は自宅でいいな?」

「ああ、それでよろしく頼む」

 

 助手席に弐号、運転席の後ろに俺、隣の壱号の間に参号が挟まるいつもの定位置。

 俺は足元に置いた登山用カバンから取り出した昼食用のおにぎりを片手にスマホを弄って、家族や友人から送られてきたLINDのメッセージにポチポチ返信していく。

 

釣りバカ剛三>久々の大物![漁船で釣り上げた大きなスズキを抱える父の画像]

ハルハル>めっちゃ泳いだ[プールサイドでくつろぐ競泳水着姿の春奈の画像]

母>博士が大変なことになっているわよ

ハルハル>いつものことでしょ

RYOSUKE>クラメンに叩き起こされたぜ

RYOSUKE>いいもん拾ってんじゃーん?

ヒロシ>マジでいいもんだわ

ヒロシ>これも日頃の行いってやつかな

RYOSUKE>[頭に疑問符を浮かべるカートゥーンキャラのスタンプ]

釣りバカ剛三>博士を見習いなさい

ハルハル>お父さんってそればっかりだよね

 

 横浜国立大学に進学したばかりの妹は早速、水産学部の学生が多く所属している水泳サークルに入ったらしい。

 LINDの自撮り写真を見るに、新しい友人もできているようで何よりだ。

 

『ピピピ、京子様より【情報共有】のコールが届いております。応答いたしますか?』 

 

「肆号、出ていいよ」

 

 そう言いながらスマホから顔を上げた俺は、運転席の後ろに貼り付くように浮かんている乳白色のプレートに映る白髪の高飛車女に目を向ける。

 どうやら彼女は現在、どこかのフレンチレストランで会食中のようだ。

 

「昼間っからいいもん食ってんなぁ。俺なんておにぎりだぞ、おにぎり」

 

 ちなみに壱号の手作りである。

 具材はツナマヨ、星顔大猪肉の角煮、梅干しの三種類。

 

『10年ぶりにユニークボスが出たと聞いた。よく倒せたな?』

 

「まぁ、参号が【自爆】をミスった時にも対応できるようにしてあるし。魔法無効のボスでも出ない限り、そうそうやられたりはしないさ」

「サンがあたらしいちからにめざめるとくしゅいべんとだったのだ」

「うん、そうだね。それで、今日は何の用で連絡してきたんだ?」

 

 京子の後ろに立っているPAD秘書を一瞥(いちべつ)しつつ尋ねる。

 俺はシスコンの貧乳党――黒川(あきら)には貧乳の嫁がいる――に配慮のできる素晴らしい男なので、今回は貧乳弄りをしないでおく。

 

『私も貴様のダンジョン配信を眺めるほど暇ではないが……八王子ダンジョンのバザーが荒らされたとあっては黙っていられない』

 

「なるほど、確かに日本の探索者業界のドンとしては動かざるを得ないか」

「誰が主導したかについては把握されているのでしょうか?」

 

 壱号が尋ねると、京子は指先でテーブルをトントンと叩きながら答えた。

 

『愉快犯も多数混じっているとは思うが、買い占めの規模からして大清帝国の【商人】グループの仕業だろう。恐らくチャイニーズマフィアの四合会か、その分派……国連が自分達抜きで暗黒邪竜へ挑むことが気に食わない皇帝が絡んでいることも十分に考えられる』

 

 【商人】なら【天神の助け】を使って支店登録しておけば、国外からでも特定のダンジョンモノリスのバザーへ自由にアクセスできる。

 一人につき1ヵ所しか支店登録ができない以上、規模の大きいバザーの買い占めをできるほどの大資本を用意できるのは相応の組織に所属する人間しかありえない。

 

「俺が死ねば国連パーティーの枠が空いて、ついでに自国のダンジョンモノリス経由で精霊王の持つユニーク神器の回収にも動けるって寸法ね。あーやだやだ、ようやくソ連のスパイに怯えずに済んだと思ったら今度は中華かよ」

 

『公安がマークしている中から一応の下手人を立てておくつもりだが、清帝相手では大した効果は出ないだろう。貴様も身辺にはくれぐれも注意しておくことだ』

 

「はいはい、そうしますよ」

 

『ところで、話は変わるが……ヒロシ、【魔法の腕】で追加された武器枠に装備する神器のアテはあるのか?』

 

「村正一族に貰った装備で暗黒邪竜に挑むつもりだったんだからそんな余裕あるわけないじゃん。配信の収益を慈善団体に寄付するなんて言わなきゃよかったぜ……」

 

 俺の初めてのダンジョン配信はユニークボス戦のピーク時だけに限った話ではあるものの100万人を越える同時接続者数を誇っていたようで、サブスクと投げ銭を合わせると今日だけで億単位の収益が発生していた。

 

「あるじがけちをやめたとたんにこれなのだ」

「マスターは【剣聖】に並ぶ勲章持ちの上級国民として人の見本になる生き方をしなければならないのだから致し方あるまい!」

 

 鳳凰院(ほうおういん)鹿乃子(かのこ)のノブレス・オブリージュ精神に憧れているのか知らないけど、このポンコツ女騎士人形が寝ている俺の耳元で「改心しろ~、人の役に立て~」などと何度も何度もボソボソ耳打ちしてきたので仕方なく社会奉仕をすることにしたのである。

 

『貴様にダンジョン配信活動をするよう頼んだのは私だ。金がないというのならこちらで手配しても構わない。付与するスキルは【魔力強化Lv4】だけでいいな?』

 

 今期の90層ボスにみんな大好き電甲団子虫くんが出る大都会岡山の倉敷ダンジョンまで遠征して金策に励む必要がなくなった俺は、両手を合わせて日本一の金持ちを拝み倒した。

 

「あざーっす! 会長さん、ゴチになります!」

 

『利子は取らないが、貸付金は装備結晶の売却益から差し引く。忘れずにしっかり覚えておくといい』

 

 こいつ、俺が他の財閥に乗り換えるって言ったの根に持っているな……。

 相変わらずケツはでけぇのに穴の小せぇ女だ。

 

―――――

 

 京子との通話が終わった後、三日月プロダクションのプロデューサーと今後のスケジュールについて打ち合わせをしている間に伊古田製作所の前まで着いたので、俺達は車から降りて事務所の扉を開いた。

 

「ただいまー」

「おかえりー」

 

 事務所内を見渡すと、カウンターの向こう側の作業台で人形の改造作業をしている萌の姿が見える。

 

「こんにちは、ヒロシさん。お邪魔しています」

 

 ガーリーな恰好の金髪美少女人形と一緒にソファに座って漫画を読んでいた茜色のふわっとした髪が眩しい10代半ばくらいの容姿をした【人形使い】の少女はこちらを見てこくりと会釈をした。

 

 彼女の名前は荒川(あらかわ)真帆(まほ)、年齢は15歳。

 萌の顧客の一人で、半年ほど前から人形の改造や装備のメンテナンスを頼みにこの伊古田製作所までちょくちょく顔を出している。

 

 聞いたところによると、彼女の父親は多々良(たたら)親父の同級生らしい。

 職ガチャで運よく【人形使い】を引いたんで、俺みたいに萌の趣味に付き合う代わりに技術料抜きで人形の改造をして貰っているというわけだ。

 

「久しぶり。聞いたよ、レベル20越えたんだって?」

「まほちん、おひさなのだー」

 

 彼女の向かいのソファにドカッと腰を下ろすと、その膝の上に参号がポジショニングを決めた。

 弐号は俺の隣に座り、テーブルの上のコップが空になっていることを確認した壱号は気を利かせて奥の台所へと向かっている。

 

「ええ、ようやく新しい子を迎えることができました。これから少しずつレベル上げをして、ゴールデンウィークになったらみんなで20層のボスに挑もうって話しているんです」

 

 普通の学生パーティーは誰でも出入りできるグローバルマップしか入らないし、安全マージンをがっつり取るのでレベル上げも非常に遅い。

 いくら親から相続した強い装備があったとしても、俺みたいに数ヶ月で頭角を現すほどの早さで階層更新に走るような頭のおかしい探索者は稀だ。

 

「学生らしく、安全に気を付けて楽しく探索するといいさ」

 

 真帆(まほ)が先ほどまで読んでいたのは、事務所の隅にある小さな本棚に並べられている少女漫画「ローゼンドールズ」の5巻だった。

 もちろん高野の描いた「ダンジョンのない平和な世界」も本棚に並んでいるぞ。

 

 そう言えば、つい最近ローゼン閣下がレベル90を越えたって話を聞いたな。

 一番強いラスボス系人形を真っ先に陶器人形へ進化させたせいで他の人形達からめっちゃ怒られてる動画を萌に見せられた覚えがある。

 

 あの人は元々【細工師】として活動していた人形師で、趣味で描いた漫画が大ヒットしたことをきっかけに【人形使い】へ転職した珍しい人だ。

 人形師認定試験に一発で合格するほどの天才的腕前を持っていたにも関わらず転職しちゃうんだから、愛に生きる人形狂いというのは本当に度し難い存在だと思う。

 

真帆(まほ)様、お代わりをどうぞ」

 

 トレーにティーポットとティーカップ、追加の茶菓子を載せた壱号が台所から戻ってきて、熱々の紅茶をティーカップに注いでテーブルの上に並べた。

 

「ありがとうございます、イチゴさん」

 

 真帆(まほ)は手に取ったティーカップをふうふうと冷まし、ちびちびと喉の渇きを(うるお)す。

 壱号が萌の分の紅茶と茶菓子をカウンターの上に置くと、萌は人形の改造作業を中断してカウンターの前までやってきた。

 

「ヒロくん、今日は帰ってくるの早かったね。ボスを倒して余裕があったら181層の探索もするって言ってたけど、もしかして変なマップでも引いちゃった?」

 

 朝からずっと仕事をしていた萌はどうやら俺の配信を見ていないようだ。

 まぁ、大切な顧客の人形を改造するって時に集中力が切れるようなことはプロとして絶対にできないから当然っちゃ当然である。

 

「マップはそのまま探索に行けそうな感じだったけど……ほら、コレ見てみなよ」

 

 俺の右手の甲に浮かんでいる八彩精霊王の紋章を見せびらかすと、その意味を理解した萌は目を丸くした。

 

「すっごーい、配信中にレアスキル付きの紋章を拾ったんだ! さっすがわたしのヒロくん、持ってるね!」

「奥方様、それだけではないぞ! なんとマスターはユニークボスを倒したのだ!」

「すーぱーどらごーん!」

「え、ユニークボス? え?」

 

 流石の萌もそこまでは予想していなかったようだ。

 ざっとあらましを説明すると、彼女は安心したようにホッと胸を撫でおろした。

 

「配信見てなくてよかったー。絶対、仕事が手につかなくなっちゃってたよ」

「知らぬが仏とはよく言ったもんだ」

 

 萌はカウンターの上に放置されていた通知オフ状態のスマホを手に取り、届いていたLINDやDescordのメッセージを確認している。

 

「あの、その……レベルが違いすぎてよく分からないんですけど……ユニークボスってそんなに凄いんですか?」

 

 週明けから高校1年生になる真帆(まほ)は困ったような表情を浮かべながら尋ねてきた。

 

「凄いって言うかヤバいね。ボス周回してたらいきなり黄金大蛇が出てくるようなものだもん。ここ10年は記録すらなかったはずだけど……」

「秘匿されていたかどうかは置いておくとして、ユニークボスは対応するユニーク神器がロストしない限り再出現しないって話だからな。他と違って紋章の場合は一度定着したら他人への譲渡はできない……つまりはそういうことだ」

「わたしはソビエト革命が怪しいと思う。ヒロくん、レンちゃんと連絡取れない?」

 

 どうやら萌はユニーク神器を抱えていたソ連の高官が死んだことでユニークボスが出るようになったと考えているらしい。

 言われてみれば確かに、100層の壁が壊れる前に180層のユニークボスを狩れる探索者なんてアメリカとソ連と村正一族の人間くらいしかいないか。

 

「正月からブロックされたままだし、普通に無理じゃないかな」

 

『ピピピ、レン様からメッセージが届いております』

 

「そんなことある!?」

 

 肆号が開いたフレンド欄にはレンの名前の横にメールマークが付いて……いない。

 しかし開封済みのメッセージの一番上にはこう書かれていた。

 

[耐性付与を試してみるのはどうでしょうか?]

 

 配信中に肆号が読み上げた視聴者からの提案と一言一句同じである。

 俺はレンからのメッセージを萌に見せて答え合わせをした。

 

「どうやら萌の予想が正解だったみたいだ」

「いぇい! やったね真帆(まほ)ちゃん、マカロンちゃん!」

「い、いえーい……」

 

 人形狂いの高いテンションについて行けていない文学少女の代わりに、彼女の美少女人形――マカロンという名前――が静かに立ち上がって萌とハイタッチした。

 自我を手に入れるレベル50はまだまだ先、命大事に頑張れ若人。

 

「マスター、お礼のメッセージを送っておいた方がよろしいかと思いますよ」

「んじゃ、そうするか」

 

 短い休憩を終えて人形の改造作業を再開した萌と、読んでいた漫画本の続きに没頭する真帆(まほ)を横目に、うーんと頭を悩ませながらレンへのメッセージを考える。

 

 こんなにも悩んだのはいつぶりだろうか。

 書いては消し、消しては書いて。

 結局、シンプルな短文に落ち着いた。

 

[おかげで命拾いしたよ。ありがとう、レン]

 

 しばらくして戻ってきた返事はこうだ。

 

[生きて帰ったら、その時はまた。親愛なる友より]

 

 これは萌には見せられないな。

 クリスマスイブの逢瀬を思い出した俺は、遠く北の地のディストピアにいるであろうミステリアス銀髪碧眼白人美女に想いを()せたのであった。

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