ゴールデンウィーク明けの金曜日、俺達は三日月プロダクション内の撮影スタジオで、兼ねてより頼まれていたグラビア写真撮影をしていた。
白いスクリーンの前で露出の多いコスプレ衣装に着替えた壱号、弐号、参号……そしてカオりんが指定されたエッチなポージングを取ると、一眼レフカメラを構えた女性カメラマンと癖っ毛橙メッシュ黒髪の変態女がパシャパシャとフラッシュを焚く。
「うひょーっ! 生身の人間とは違う完成された造形美と衣装から覗く球体関節のコントラスト……萌えるっ!」
「いいよいいよぉ~、もっとエッチなポーズ取ってぇ~ん♡」
変態が二人に増えてしまっている……。
どうしてもって言うから萌を一緒に連れてきたけど、イキイキし過ぎだろ。
「萌、楽しそうだなぁ……」
少し離れたところでパイプ椅子に座ってその様子を眺めていた俺に、褐色のお団子ヘアをした衣装製作スタッフの女性――変態カメラマン
「本当はもうちょっと早くお願いしたかったのですが、ゴールデンウィーク中はどうしてもカオりんのスケジュールが合わなくって。でも、期間が開いた分だけ多くの衣装を用意できましたから、今回はファン満足度の高い写真集になると思いますよ」
彼女は【針子】という職業に就いている。
名前だけ聞くと生産職にしか思えないが、【針術】で巨大な針を槍みたいに扱って戦う敏捷特化の前衛職で、裁縫好きの女性にはかなり評価が高い当たり職業だ。
【忍者】顔負けの雑魚モンスター即死スキル【耳目穿孔】を持つ為にレベル上げがしやすく、覚醒スキルの【創神の繕い】で布製品を簡単に修繕できるっていう50まで育てたら婚活してねと言わんがばかりのスキル構成である。
「普段は遠征先のプライベートマップでグラビア撮影してるって聞いたけど、安全面とか大丈夫なのか?」
いくら一般的なアイドルとの差別化が必要とはいえ、ダンジョンの深層まで行ってグラビア撮影はかなりリスキーな行為だと思う。
「非戦闘員は必ず【逆境】を装備していますし、きちんとモンスターを狩り尽くしてから【募兵】で入っているので安全面で問題になるようなことはありませんね」
誰でも入れるグローバルマップと違ってプライベートマップはモンスターの再湧き頻度が極端に遅いからか。
「なら大丈夫か。今後とも安全には十分に気を付けて貰いたいもんだ」
「私達はカオりんが加入するまで【クレセントムーン】の二軍メンバーをしていましたからね。自衛くらいなら余裕のよっちゃんですよ」
黒川しのぶの兄者といい、三日月プロの社員は元探索者ばっかりだな。
引退後のキャリアまで保障されていることを踏まえると、攻略クランとしては上等な部類に入るのかもしれない。
まぁ、それも【クレセントムーン】による黄金大蛇への挑戦が成功で終わったから言えることだけどさ。
俺があのまま見捨てていたら、カオりんごと三日月プロも消滅していたわけだし。
情けは人の為ならず。
中山競馬場で素寒貧になった時に出会った名も知らない少年の言葉を思い出した俺は、少し誇らしげな気持ちで人形達を眺めたのだった。
―――――
朝早くから始まったグラビア撮影会はお昼になる前に終わった。
現場の片付けを始めたスタッフ一人一人にカオりんと参号が笑顔で声を掛ける。
「みんな、お疲れ様ー!」
「おつかれなのだー!」
「おつ……」
零号と二人揃って露出が多いビジュアル系の衣装に着替えさせられていた俺は、朝には想像だにしていなかった苦行を終えてしょぼくれていた。
このご時世、野郎のドル売りなんてただの罰ゲームでしかないぞ……。
「ヒロくん、まーだ落ち込んでるの? いつもみたいに笑って済ませたらいいのに」
パイプ椅子に腰掛けて蒸しタオルでメイクを落としていると、全ての元凶が夫を慰めにやってきた。
目の前の変態カメラマン一号が変態カメラマン二号と共謀して俺の写真集を出そうなんて言い出さなければこんなことにはならなかったんだ。
拒否しようにも、カオりんの純真な眼差しを受けてしまっては断り切れない。
この場に萌を連れてきたこと、それが俺の敗因である。
「一発ネタとしてSNSにアップするくらいならいいよ。でもなぁ……売り物にするとなると話は別だろう」
「そのヒロくんの一冊が、恵まれない子供を救うんだよ!」
そう、俺が何をしようと芸能活動で発生する収益は三日月プロの取り分を除いて日本国内の慈善団体に寄付されるのだ……。
「二人とも、何のお話をしているの?」
スタッフへの挨拶周りを終えたカオりんが参号を抱っこしてやってきた。
壱号はロリロリドラ娘をカオりんから受け取りながら答える。
「マスターは自分の写真集が販売されることにご不満なようです」
「何も恥じることはないと思うのだが。むしろ、もっと見せつけてやるべきだ!」
「愛玩人形として作られたお前らとは違い、影武者人形の俺はそこまでイケメンではない……」
今回ばかりは零号の意見に同意だ。
「ふーん、恥ずかしいんだ。ヒロシくんにもそういう意外な一面があるんだね」
「俺はアイドルの器じゃねぇからな。ところでカオりん、一つ気になることがあるんだけど聞いていい?」
「どんなこと? カオりんのスリーサイズとか?」
「ホームページのプロフィールに書いてあるからもう知ってる。そうじゃなくてさ、カオりんって普段から探索者活動とかアイドル活動で目一杯稼いでるわけじゃん。使い道とかどうしてるのかなって」
カオりんは顎に指先を当てて考えるような仕草をした後、ニコッと笑って答えた。
「カオりんのお金はー、全部クランに入れてるからよく分かんない!」
「え、それって大丈夫なの?」
「お金に困ってる親戚の人にあげてたら京子ちゃんに怒られちゃったんだもん。カオりんはお婆ちゃんになって死ぬまでアイドル探索者をやるって決めてるし、後のことは三日月プロの人が何とかしてくれると思う!」
「そ、そうか……」
まぁ、その辺りは京子が上手いこと管理しているのだろう。
この三日月プロダクションはカオりんの為にある芸能事務所だもんね。
お仕事も終わったところで、三日月プロのビルを後にした俺達は帰路についた。
そのまま家に帰ってもいいのだが、せっかくの機会なので少し寄り道をしよう。
「そんなこんなでやってきました横浜中華街!」
色鮮やかな
未だにシャッターの閉まった店舗は見受けられるものの、お昼時だからか人通りはそれなりにあるようだ。
道行く人々の恰好を見るに、半数くらいは探索帰りってところだろう。
「萌はこの辺りにきたことはある?」
「わたしは高校生の時以来かな。昼間はいいけど、夜は絶対に路地裏に入っちゃ駄目って言われていたくらいだもん」
「ちあんわるわるなのだ」
「外の手が入って防犯カメラも設置されたし、多少は治安もマシになるだろうさ」
背後で物音がしたので振り返ると、抜身の青龍偃月刀を持ったアジア人風の男が私服警官に魔力の鎖で拘束されている姿が見えた。
【裁判官】の第二覚醒スキル【霊神の縛鎖】を食らってはひとたまりもあるまい。
俺がわざわざこの場に萌を連れてきたのは安全を確保する手段があったからだ。
周囲は私服警官だけではなく、姿なきムラマサ=ニンジャにも囲まれている。
だからこれは、寄り道とは名ばかりの囮捜査だ。
正直な話をすると、俺もこんな危なっかしい仕事はやりたくはなかった。
でもどうしても必要なことだとムラマサ=ニンジャの警備員伝手に村正九郎から頼まれたので、仕方なく引き受けることにしたのである。
村正一族が公安警察に協力するなんて、珍しいこともあるものだと思う。
俺達は事前に聞いていた情報をもとにクロとされる店舗を一つ一つ巡った。
試食を勧められて口に運ぼうとした菓子は虚空に消え、店主は何故か昏倒する。
道行く人々が何故かそれをスルーしているのが恐ろしい。
実はこれにはカラクリがあって、横浜中華街の出入口で一般人に扮したムラマサ=ニンジャの【催眠術士】が【魔神の誘惑】を使って事情を知らない一般人にそれとなく帰りたくなるような暗示を掛けているのだ。
こうして実際に大規模な作戦に使われると、思考誘導スキルのヤバさが際立つね。
「マスター、あれを見てください」
「ん?」
店舗の出入りを繰り返してあらかた狩りを終えたところで壱号に手を引かれた俺は、彼女の指差した先に目を向ける。
するとそこではなんと、おかっぱの金髪をした糸目で中華服姿の男が不満げな顔で店仕舞いをしているではないか。
「おっ、その顔はヒロシの兄さんやないか。嫁さん連れて真っ昼間からデートかいな。昔はワイにも将来を誓ったカタギの女がおったんやけどなぁ、仕事の話をしただけで別れを切り出されたもんや。あの時はほんまに足を洗おうか悩んだもんやで」
コテコテの関西弁を操る胡散臭い糸目の男は、まさしく下っ端として横浜中華街のテナントの穴埋めに駆り出されているヤクザの
よく見ると店の看板には「
「うさんくさいやくざがさいとうじょうなのだ」
「ヒロくん、この人が
「ああ、俺に借金をひっ被せたヤクザの借金取りだ。
「どうしてって、売れ行きが
金田はショーケースに並んだ特製肉まんを見て溜め息を吐いた。
そりゃ、今日の横浜中華街は私服警官で溢れ返っているからな。
胃袋にもキャパシティはあるのだから、そうそう買い食いしたりできないだろう。
「そんなに暇なら中で少し話でもしないか」
「それはええけど、もちろん食べて行ってくれるんやろうな?」
「その為に腹を空かせてきたからな。これに見合った土産も頼んだぜ」
俺は黄金大蛇皮製の高級長財布を取り出すまでもなく、肆号が【保管庫】を使って開いたストレージから下ろした魔結晶――日本円にして100万円分の価値がある――を金田に差し出した。
一転して屋号に見合ったニコニコとした笑みを浮かべた金田は受け取った魔結晶をレジの中に放り込み、売店横の扉を開いて俺達を店内に招き入れる。
「おかげさまで今日は赤字を免れそうやな。――おい郷田、ヒロシの兄さんとタイコの姉さんに
「うす、金田の兄貴」
俺達が席に着くと、モンモン入りの強面お兄さんが温かい烏龍茶を淹れてくれた。
どうやらここは居抜きのテナントのようで、歴史を感じる古い内装をしている。
「ほんで、狩りの方は順調なんか?」
売店のシャッターを閉めて店仕舞いを済ませた金田が、売れ残りの肉まん片手に俺達の向かいの席へ腰を下ろして尋ねてきた。
「【風属性魔法】のステルス迷彩で姿を隠したムラマサ=ニンジャが【魔神の誘惑】を使ってるんだろうけど、面白いくらい引っ掛かって怖いわ。なんなのアレ?」
「連中は他所のチャイナタウンからやってきた華僑やで。皇帝の犬でも表向きはシロやからな、こういう口実がないと潰せんのや」
今回の第二次横浜中華街浄化作戦は一部の人間にしか知らされていないはずなのだが、情報通の金田はさも知ってて当然のように話している。
「実際に刺客を目にしてしまうと、マスターの家族の安全が心配になってしまいますね」
「だからこうして大掃除をしてるんだろう。見えないところに護衛も付けてあるし、それ以上は国を信じるしかない」
日本を代表して暗黒邪竜戦に
「わたし、金田さんに会ったら聞いてみたいことがあったんだよね。ドールクラブニコニコ、あそこで人形の魔改造してる人って誰?」
ドールクラブニコニコはかつて金田がケツ持ちをしていた横浜の人形風俗だ。
ケジメでシノギを取り上げられてからサービス低下して評判が落ちたらしいけど、それまでは人形風俗好きの間でも一、二を争うほどの名店として知られていた。
「ワイの恩人やから誰かまでは言えへんけど、昔人形師やってたおっちゃんやで」
「……そっか。うん、分かった。教えてくれてありがとう」
どうやら萌にはそれだけで誰のことか伝わったようだ。
「意味深なやり取りすんなし」
「ヒロくんだってわたしに言ってないことあるでしょ。お相子だよ、お相子」
「はいはい、そうですね。俺が悪ぅございました」
そうこう話しているうちに厨房からはかぐわしい香りが漂ってきた。
じきにテーブルへ並んだのは出来立てのホカホカの炒飯と酢豚、小籠包にフカヒレスープ、自家製ザーサイにデザートの杏仁豆腐パフェ。
「やっとまともな昼飯にありつけそうだ」
「いただきまーす!」
貸し切り状態の