6月の下旬、俺達は大地を真っ二つに割ったかのような深い渓谷を探索していた。
硬い岩盤のあちこちからはきらびやかな水晶が突き出ており、疑似的に再現された空から差し込んだ太陽の光と炎精霊の灯火を反射してキラキラと輝いている。
「見えた、見えたぞマスター! 終点だ!」
「はいはい、そう大きな声を出さなくても分かってるって」
山彦のように反響した弐号の声が谷底を響く中、空中に浮かんだ4体もの炎精霊が一斉に放った炎槍が岩壁に生えた一本の巨大水晶に突き刺さる。
すると壁の水晶に擬態していた、胴体だけで4mくらいあるデカい迷彩大蝙蝠が穴だらけになってポトリと地面に落下した。
ここは横浜海上ダンジョンの199層。
150層を越えてから半年以上
「谷の上からここまで降りてくるのは大変でしたね、マスター」
「安全には十分に気を付けているとはいえ、結構スリリングではあったな」
こう、参号の蛇腹尻尾をロープ代わりにして崖を降りたりなんかした。
うっかり妖精魔法トラップを踏んで九死に一生っぽい展開もあったり。
「いのちのおんじんのサンにかんしゃするんだぞ」
まぁ、どうにでもなる場面での滑落事故はただの撮れ高目的の演出だ。
再召喚した弐号に【仁王立ち】を使わせれば自由落下の運動エネルギーは全部吸収して貰えるし、おへそ【
終点の石室近くに潜んでいた10mサイズの堅牢大蜘蛛をズバッと始末して安全を確保した俺達は、他のモンスターに絡まれないうちにとササッと石室の中へ入る。
見慣れた床の転移魔法陣の中央に立ち、メニューから階層選択画面を開く。
「事前情報の通り転移可能なのは200層のプライベートマップだけで、グローバルマップは選択すらできないみたいだ。んじゃ、試しに覗いてみるとするか」
ポチると視界が切り替わり、何の変哲もない入口の石室へ飛ばされた。
俺達は石室から出ないように注意して、そーっと外を覗く。
するとそこには、赤茶けた阿蘇山みたいな小高い山がそびえ立っていた。
「見えるかお前ら、あの山のカルデラの底に暗黒邪竜の待ち構えているボス部屋があるらしいぜ」
「ここから一歩でも外に出るだけでメニュー画面の使用は封じられ、【情報共有】などの外部連絡も遮断されてしまう。ダンジョン配信者にとっては致命的な仕様です」
「私達には関係ないが、四人パーティー制限があることも忘れないで貰いたい!」
「めんどうきわまりないまっぷなのだ」
確認を終えた俺は、開いたチャット画面を前に配信終わりの挨拶を始める。
「つーわけで今日でレベルもカンストしたんで、告知していた通り野良専探索者を
「ばいならなのだー」
手を振りながら一歩外に出ると、開いていた【情報共有】画面は空気に溶けるように消えていった。
『ピピピ、配信が切断されました。再接続は不可能です』
「そう楽はさせてくれないよな。よしお前ら、仕事も終わったし家に帰るぞ」
「マスター、今日は『ラ・ソレイユ』に寄るのを忘れないように!」
「ういうい」
モンスターに絡まれないうちに石室の中へ戻り、また開けるようになったメニュー画面からログアウトする。
神奈川ダンジョン庁舎内のエントランスホールに出た俺達がいつものように裏口から帰ろうとすると、途中でダンジョン庁の職員に呼び止められた。
話を聞いたところ、どうやら赤峰空将が国際連合主導の暗黒邪竜戦のスケジュールについて俺と話したいことがあるらしい。
そう大した用件でもないし話も【情報共有】越しにするので後日でも別にいいらしいが、面倒事は先に片付けておきたい気持ちが強いので応じることにする。
「肆号、運ちゃんの兄者に用事で遅れるってメッセージ送っておいてくれ」
『ピピピ、かしこまりました』
俺はダンジョンのプライベートマップ1層に入り、石室の外の草原で適当に座り込んで赤峰空将から連絡が届くのを待った。
ダンジョンの外だと【天神の追想】を使われる可能性もゼロじゃないから、通信の秘密を守る為にはこういうやり方もしなければならない。
「公務員はフレンド相手でも勝手に【情報共有】使ったら駄目ってのが面倒だよな」
警察官や自衛隊員が定期的に【裁判官】から【罪の天秤】を受けるのは昔と同じだが、今は【魔神の秘匿】対策に【武神の忠言】もセットで受ける必要がある。
規則を破ったら厳罰なので、関係者以外のフレンドIDはブロックして連絡する時だけブロックを解除するのが原則だ。
「マスター、まだステータスポイントの振り分けをしていませんでしたよね。今のうちにやっておいたらどうですか?」
「そう言えば、やっておくのすっかり忘れてたわ。誤差過ぎてわざわざ探索中に上げる必要ないんだよなぁ」
待っている間の暇つぶしに、俺は手の甲から取り出したDカードを弄ってさっきレベルカンストした時に得たステータスポイントを振り分けることにする。
大木土博士 人形使いLv199 [精霊使いLv199] SP:8/0
筋力:1[+44]
魔力:90[+160]*8.6
敏捷:3[+1](-50)
耐久:112[+1](+100)*3.4
幸運:2[+2]
スキル:人形召喚Lv5 霊神の神格 魔力強化Lv2 [炎精霊召喚 雷精霊召喚 氷精霊召喚 岩精霊召喚 属性付与 霊神の偏愛 魔力強化Lv10]
武器:八彩精霊王の紋章【四霊召喚】【魔法の腕】 業火のタクト★【火属性強化】【火属性強化】 火焔の腕輪★【火属性強化】【魔力強化Lv4】 氷輪の腕輪【水属性強化】 聖銀のイヤーカフ【魔力強化Lv4】【魔力強化Lv4】*2
装備:人形師の外套★【魔力強化Lv4】【耐久強化Lv4】 村正防弾ベスト★【魔力強化Lv4】【耐久強化Lv4】 村正戦闘靴★【魔力強化Lv4】【耐久強化Lv4】 耐久鈍重の指輪Lv25★ 耐久の指輪Lv25
眷属:青銅人形壱号Lv199 青銅人形弐号Lv199 木人形参号Lv199 木人形零号Lv123 木人形肆号Lv52
神器だらけでかなりごちゃってきたので、武器と装備で表示を分けてみた。
まぁ、それでも見辛いのは変わらないな。
第二職業の2倍補正が乗った【魔法の腕】の効果で武器装備枠が+4されているので、京子に用意して貰った聖銀のイヤーカフを二つ装備して魔力強化を更に盛った。
基礎魔力値が250あればLv25の呪い装飾品で魔力を封じられても最低50は残るから、いざという時のリスク管理としては十分だと思う。
ダンジョン探索をする上では明らかに過剰火力だけど、200層ではストレージが使えないし魔力はいくらあっても困らないからこれでいい。
【人形使い】のスキルポイントがかなり余っているが、これは暗黒邪竜戦用の保険に必要なので取っておいてあるだけだ。
首尾よく200層を越えたら、その時は零号も進化させてあげようかな。
『ピピピ、赤峰空将より【情報共有】のコールが届いております。応答いたしますか?』
おっと、Dカードを眺めている間に連絡がきたようだ。
「いいよ、出てくれ」
目の前に浮かんだ乳白色のプレートには軍服を着た偉そうな爺さんが映っている。
『久しいな、
赤峰空将が背にしたガラス窓の向こう側には、広い飛行場と青い海が見えていた。
この世界の航空自衛隊の最大拠点は羽田空港跡地にあるから、彼がいるのはきっとそこに建てられている航空幕僚監部の一室だろう。
「ダンジョン攻略のトップランカーとして期待には応えなきゃいけないからな。赤峰空将、自衛隊は日朝戦争の後始末で大変だって聞いたけど実際どうなん?」
漁夫の利で韓国軍が北朝鮮を軍事占領した後、これ以上は付き合っていられないと満州国軍と沖縄の米軍基地から派遣された米軍はすぐに引き上げてしまった。
現地に残ったのは当事国の自衛隊だけで、戦後処理に忙しい韓国の代わりに彼らの手が届かない地方の農村部に住む村民の相手をしている。
『正直なところ、かなり厳しい。期待していた防衛費の増額は日朝戦争でふいになり、韓国政府に要求されている無職のオーブを確保する人手が必要で深層の探索もほとんどできていない。ゼロどころか、完全にマイナスの状態だ』
「あらら……。それで、自衛隊の引き上げにはどれくらい掛かるんだ?」
『ダンジョンモノリス周辺の都市は向こうの民間企業の手が入って復興が始まっているものの、地方は未だ放置されたままだ。早くとも3ヵ月、遅ければ半年……』
「とはいえ、今年中には片付くか」
『調整で大変なのは分かるが、大泉君にはもう少し頑張って貰いたいものだ』
この辺りの話は朝のニュース番組でも専門家が解説していたので俺も知っている。
流石に機密情報を外部の人間に話すようなことはできないからな。
「それはそうと、俺と話しておきたいことがあるって聞いたが……」
『国際連合パーティーが暗黒邪竜に挑むに当たって、インドのヴァーラナシーまで遠征しなければならないことは分かるな?』
「ああ、それが【双頭の女神】が暗黒邪竜戦に参加する条件なんだろう」
人類最強の魔法アタッカーとして知られる第二職業持ちのアニカ・シャルマー/オニカ・シャルマーは生まれてこの方、あの聖地から離れたことがないらしい。
彼女達はカーストの最上位、司祭階級のバラモンだからそれも当然と言える。
『我々は国として、安全に君を現地まで送り届ける義務がある。だからこそ大清帝国の工作員を積極的に摘発していたわけだが……今回、現地への移動の足として航空自衛隊のC-3輸送機を使用することが正式に決まった』
それを聞いて、壱号が首を傾げた。
「アメリカのように軍艦を使ったりはしないんですね」
『君が船舶恐怖症を
逆にこの世界の人間、特に26年前のDシェパード事件で身内を亡くした人は飛行機恐怖症を患っていることが多い。
現在民間で運用されているプライベートジェットは特殊合金を使ってがっつりバードストライク対策してあるから、そこまで怯える必要はないと思う。
「俺が怖いのは波の影響が強い小型船であって、定期フェリーくらいのサイズなら平気なんだけどね。ま、今回はそちらのご厚意に甘えるとするよ。詳しい日程は後日になるとして、他に何か話しておきたいことはあるか?」
『輸送機に同乗する人員は航空自衛隊から抽出されることになる。つまり、護衛の纏め役をするのは
「知り合いで周囲を固めようってことか。俺は赤の他人だろうと気にしないけど、それでそっちの気が済むなら好きにしたらいい」
赤峰空将はグッと握り込んだ拳を、悔しそうにわなわなと震わせる。
『我々は軍人として、一個人に重責を背負わせることを心苦しく思っている。しかしソビエト……いや、ロシア連邦から圧力を掛けられてしまってはどうしようもない』
とはいえ、俺以外に誰を出せるかって言われたらユニーク神器持ちの
あの【天災】を国外に出すのはリスクでしかないから断念したみたいだけど。
「別に赤峰空将が責任を感じることはないさ。俺は誰よりも早くこのダンジョンを完全踏破したいし、国連パーティーに参加することがその近道であることも知ってる。家族の為にも絶対に勝って帰るつもりだからよ、道中の護衛はしっかりと頼んたぜ」
『ああ、大船に乗ったつもりで任せてくれたまえ!』
話が終わったところで、赤峰空将との【情報共有】は切れた。
俺は立ち上がって大きく伸びをした後、人形達の顔を見渡す。
「運命の日まで残すところ3ヵ月だ。お前ら、油断せずに行こう!」
「おー!」