7月3日土曜日の朝8時、俺は横浜海上ダンジョンの160層プライベートマップの草原フィールドで、入口の石室を背景に配信をスタートした。
「【ドールマスター】プレゼンツ、夏のボス周回キャンペーン第1回始まるよー!」
「どんどんぱふぱふー」
かなりテンション高めでチャット画面に向かって挨拶した俺と参号。
その隣に立っていた壱号と弐号は普段通りのテンションで補足する。
「今期の横浜海上ダンジョンの160層は、ボス部屋まで徒歩で1時間も掛からない理想的なマップ構成となっております。せっかくの機会なので一般の参加者を募ってワイワイ稼ごう、というのが今回の企画です」
「朝8時から夕方17時まで1日8周を目安に6日間を5セット、合計5週間を目途にしている。毎週メンバーを入れ替えるとして、1人当たり48回もボスドロップを狙えるチャンスがあるわけだな!」
参号はどこからともなく取り出したフリップボードを掲げた。
そこには「運が良ければステータス強化Lv3付きの装備結晶が手に入るかも!?」と赤髪ロリロリドラ娘のデフォルメキャラと一緒に書かれている。
「さて、厳正な審査の結果選ばれた栄えある第一陣を紹介しよう! カモン!」
俺が大げさな手振りをすると、石室の中から6人の探索者が姿を現した。
フリップを草原に投げ捨てた参号はとことこ歩き、右にいる人から順番にオモチャのマイクを向ける。
「エントリーナンバー1、【血操士】の
「へへ、どうも……」
吸血鬼っぽいコスプレをしたお腹の弱そうな赤毛のお兄さんは、困り顔でぺこりと会釈をした。
「さんかしたりゆうをおしえるのだ」
「僕、どうしても【治癒魔法】の杖が欲しくて……その為の金策です。【暗神の血袋】で作れる【吸血回復】用の血液結晶、めちゃくちゃ不味いんで……」
平山はそう言って、右手に持っていたアイテム結晶から
「今回はヒーラー多いし腹を壊すこともないだろう、多分。続いてエントリーナンバー2、【巫女】の
「アタタタタァー! お前はもう死んでいる……」
脇の見える薄手の巫女装束を着た身長2mを優に越える髭面の巨漢は、神拳を見せつけ決め台詞をかます。
「じょそうしたへんたいやろう、なにかいいたいことはあるか」
「夏コミの新刊は『ダンジョンのない世紀末な世界』だ。皆も買うが良い」
大王寺は
「原作者に読ませたいから後で分けてくれ。さて、お次はエントリーナンバー3とナンバー4を纏めて紹介するぜ! 【呪術士】
「魔法盾のゾンビスレイヤー。【仁王立ち】と【暗神の恨み】で相手は死ぬ」
「【霊神の慈愛】もお忘れなく。大聖霊、爬虫人屍に強くていいですよー」
剣と盾を装備しているオーソドックスなタンクスタイルの兜姿の男と、周囲に4体の白い人魂を浮かべた聖職者スタイルな金髪のお姉さんが揃ってカメラに手を振る。
「けっこんしきだいでもかせぎにきたか?」
「強化用の装備結晶目当てだ。【魔力強化Lv3】か【耐久強化Lv3】が欲しいな」
「170層以降を目指すなら、全身を神器で固めるのは大前提ですよー」
この二人組は150層越えをしている野良専探索者の中でも特に評価が高いらしい。
アンデッド特攻持ちのヒーラーと魔法盾がセットならどんな職業と組んでも安定した探索が
「実は俺の狙いも肆号の外装のスキル強化に使う【魔力強化Lv3】だぜ。次はエントリーナンバー5、【長槍士】のランス
「わしは岡山県津山市で『森長流長槍術』の道場主をしている
長い十文字槍を持った戦国武者風のおっさんはぶんぶんと槍を振り回した。
オモチャのマイクを向けているうちの参号に当たったらどうすんだ、危ないな。
「でしのぼしゅうでもしにきたのか?」
「道場の建て替えと子供の成人が重なって色々と物入りでな。ひと稼ぎしにきた」
シンプルな出稼ぎパターンだった。
まぁ、その方が分かりやすくていいか。
「レア物が引けたらいいっすね。そんじゃ次でラスト、エントリーナンバー6は【吟遊詩人】のミエミエコ! 先輩Dチャーマーと夢のコラボだァー!」
「どもー、ミエミエコでーす。今日も一杯歌うからサブスクと投げ銭よろしくねー」
黒のメッシュが入った金髪美少女 (35)は、自分の視聴者に向けて挨拶をする。
「もくてきはなんだ、おんなずきのどくしんあらふぉーおんな」
「失礼な子、心はいつも18歳よ! 目的ね、もちろん美女【使徒使い】の熱いヴェーゼに決まってるじゃない。【クレセントムーン】の天使ちゃん呼んでるんでしょ、どこ?」
ミエミエコはキョロキョロと周囲を見渡したが、幸運底上げ要員として参加すると告知していた【使徒使い】の姿は影も形もない。
それもそのはず……。
「えー、ここで参加者の皆さんに残念なお知らせがあります。諸事情で
「そんな! じゃあ私は何の為に……」
「もちろん、代役はきちんと用意してあります。カモン!」
『ピピピ、【募兵】を使用しました』
腰に吊るした金属ストラップの肆号が紐飾りに付与されていた【募兵】を使用すると、ダンジョンの外で待機していたフレンドが俺のパーティーに加入し、プライベートマップへ招待される。
石室の中からゆっくりと姿を現したのは、ピンク色の丸い鎧を身に纏ったレインボーヘアのデブス女――
「アタシは【使徒使い】の花沢卑弥呼よぉ~。レアドロップが欲しいみんなの為に、たっぷり熱いヴェーゼを交わしてア・ゲ・ル♡」
聞く者に強烈な不快感を与えるドブ声でカメラに投げキッスした卑弥呼は、隣に天使の翼が生えた卑弥呼そっくりの大使徒を召喚する。
「僕、今からキャンセルしてもいいですか?」
「久しいな、卑弥呼」
「そんなことだろうと思った」
「つよちゃん、どうしよう……」
「残念だが、妻に怒られることはなくなったな。残念だが」
「だ、だ、だ……騙したなァー!?」
俺に明確な殺意を向けたミエミエコの正面にサッと回り込んで両手で顔面を掴んだデブス大使徒はブチューッ! と口づけを交わし【天神の接吻】のレベル分幸運値を付与した。
長い、長すぎる。
10秒ほど経ってデブス大使徒が離れると、ミエミエコは魂が抜けたように草原へ崩れ落ちた。
「なんという破壊力だ……」
「アタシの接吻は強烈よぉ~、うっふん♡」
デブス大使徒は青ざめた表情を浮かべて後ずさる野良専探索者どもを一人一人餌食にしていく。
最後に残った平山は、口元を引きつらせながら強がりの言葉を口にする。
「ぼ、僕は何度も野良で卑弥呼と組んでいます……このくらい――」
しかし彼もまた、日々進化を遂げる卑弥呼のディープキステクニックを前に草原へ崩れ落ちることとなった。
卑弥呼は満足げにピンク色の表紙をした一冊の本を取り出して宣伝する。
「初心者【使徒使い】に向けたハウツー本、『恋する使徒使いの四十八手』は8月10日発売よぉ~。みんな買ってちょうだいねぇ~」
「ということで、メンバーが全員揃ったんでこれからボス周回に入りまーす。お前らいつまで寝てるんだ、行くぞー」
のろのろと起き上がった野良専探索者どもは、俺の周りにやってきて腕や足を掴んできた。
「お、おいお前ら何の真似だ!」
「ヒロシ氏はまだ接吻してませんよね?」
「そうそう、忘れちゃいけませんよー」
「逃げることは許さん……」
畜生、声がガチだ。
どうにか抜け出そうと暴れる俺にゆっくりと迫るデブス大使徒の厚い唇。
「くそっ、放しやがれ! や、やめ――」
俺はリアル
こうして最凶の【使徒使い】から受けた初めての【天神の接吻】は、傑作切り抜き動画の一つとして永久にネットの海に残ることとなったのである。
―――――
第二陣以降に参加予定だったメンバーからキャンセルが続出するというトラブルはあったものの、160層ボス周回そのものは盛況のまま幕を閉じた。
【天神の接吻】のおかげで周回中の雑魚狩りだけでも十分以上に稼げていたし、幸運特化でなくとも二人に一人はスキル付きの装備結晶を引けていたからな。
俺は引けなかったけど、ダブルスキル付きの神器も3回ドロップしていたほどだ。
四十八手どころじゃないレパートリーを持つ卑弥呼のディープキスを受けまくった俺はもう二度と卑弥呼と組みたくないくらいには地獄を見たので、この企画が再度開催されることはないだろう。
さて、周回に参加した探索者と物々交換しつつ首尾よく狙っていた【魔力強化Lv3】の付与された装備結晶が2つ揃ったところで、次は【クレセントムーン】と150層探索のコラボ配信をする。
あそこは望月グループから装備強化の依頼を受けて月一で【鍛冶師】を連れてボスまで行っているので、肆号の外装に付与してある【魔力強化Lv2】を強化する目的で同行させて貰うことにしたのだ。
俺達は以前潜った時よりも格段に装備が充実して強くなっているし、150層探索に慣れた【クレセントムーン】のメンバーもいたので余裕で踏破することができた。
撮れ高としては道中でカオりんが無職のオーブを拾ったくらいか。
突発で視聴者プレゼント企画が始まったが、買えば数千万円するようなものが当たるイベントを頻繁にやるんだからそりゃ人気にもなるわな。
承認欲求目的で似たようなことをするダンジョン配信者もいなくはないが、個人だと金銭トラブルの原因にしかならないから配信サイトでは原則禁止されている。
芸能事務所と一体の攻略クラン【クレセントムーン】だからこそできる特例だ。
京子みたいな視聴者に優しくない雷魔法を連打する【魔法士】もいなくなったし、藤堂ララに代替わりして配信頻度を落とした今の方が勢いがあるように思える。
どうかこのまま、誰も欠けずにダンジョン探索を続けて貰いたいものだ。
そうこうしているうちに7月は終わり、8月に入る。
金策を頑張ったおかげで京子への借金を完済して身綺麗になり、毎週楽しみにしていた「ダンジョンのない平和な世界」のアニメ第一期も最終回を迎えた。
夏休みということで配信の頻度を落としつつ、俺達は暗黒邪竜戦の準備に入る。
萌を連れて
時々実家に顔を出したりはしたものの、妹のようにどこかへ遊びに行くこともなくただただ時間は過ぎていく。
そして残暑の続く9月の下旬、いよいよ俺達が日本を旅立つ時がやってきた。