翌日の朝、旅支度をした俺達は伊古田製作所まで迎えにきた自衛隊の護送車の前に立っていた。
「じゃあ、行ってくるから」
「ヒロくん、可愛い奥さんに行ってきますのチューは?」
「はいはい」
もうすっかり慣れた感じで、萌に軽い口づけをする。
続いて壱号と弐号にまでキスをさせた癖っ毛橙メッシュ黒髪の変態女は、次なるターゲットをロリロリドラ娘に定めた。
「ほら、次はサンちゃんの番だよ〜♡」
「ぜったいにおことわりなのだ。いくぞあるじ」
プイっと顔を背けた参号はさっさと護送車の中に逃げ込んだ。
「えぇ~、今日くらいイイでしょ〜」
「気にするなよ。んじゃ、今度こそ行ってくるぜ」
「行ってらっしゃーい」
俺は後ろ手に手を振りながら、護送車の中へ乗り込む。
向かい合わせの座席がある車内には迷彩服を着た黒髪ショートの女性自衛隊員が一人だけ座っており、うちのロリロリドラ娘を膝枕していた。
「こうしてお会いするのは1年ぶりになりますか、大木土さん」
「
俺がドカッと向かいの座席に腰を下ろすと、その両隣を壱号と弐号が固めた。
荷物は普段使いの登山用カバンに着替えとトラベルセットを詰め込んだだけだ。
ちなみに偵察ドローンとかタブレット端末は邪魔だから自宅に置いてある。
「まずはこちらをお渡ししておきます。パスポート、それと……魔力封じの手錠」
更科つばさ1等空佐はそう言って、手のひらサイズのパスポートと一緒に漆黒の手錠と鍵を渡してきた。
「こんなもの、何に使うんだ」
鎖の近くに引かれた青いラインの上に百と書かれているところを見るに、恐らく村正重工の製造したLv25の合成品だ。
これを嵌められるだけで、第二職業持ちの俺は基礎魔力値を200も持って行かれちまう。
「現地では何があるか分かりませんから。肌身離さず持っていてください」
「出番がないことを祈っているよ」
飛行機に乗るってことで電源を切ったスマホと黄金大蛇皮製の長財布が入っているウェストポーチにはまだ少し空きがあるから、ひとまずここに仕舞っておこう。
手錠の鍵は……後で財布のキーホルダーにでも付けておくかな。
それから俺達が護送車に乗ってやってきたのは、川崎市から多摩川を渡った先の東京都大田区は羽田空港跡地にある羽田自衛隊基地だ。
元の世界では国内線と国際線が集中するハブ空港だった羽田空港は、Dシェパード事件の影響で航空業界が廃れたことによって完全に消滅してしまった。
航空テロで墜落した旅客機が突っ込んでボロボロになった空港ターミナルは全て撤去され、その跡地が航空自衛隊の基地として利用されている。
「あるじあるじ、かっちょいいひこうきだぞ!」
「うんうん、そうだね」
長ーい滑走路のある飛行場で護送車から降りた俺達は、特別に招待されたマスコミのカメラに手を振りながら、白い塗装の施されている胴体部分がずんぐりむっくりとしたC-3輸送機の中に乗り込んだ。
円筒のような形をした貨物室の中にはロープで固定された物資が積まれており、両サイドの壁際には折りたたみ式の椅子が大量に設置されている。
貨物室の中にいる迷彩服姿の自衛隊員は十五人。
ここに機長と副機長、
「インド政府の要望により、実際にヴァーラナシーへ同行できるのは第一空挺部隊の八名のみです。私を含めた【魔鳥使い】が二名、【銃士】が二名、【裁判官】【軍師】【通信士】、そして【催眠術士】」
「それ、本当に大丈夫なんです?」
「レベル99に制限した上で、向こうの許可も取り付けてあるので問題ありません。大木土さん、こちらの椅子に座ってシートベルトを装着してください。すぐに出発しますよ」
俺は小さな丸窓から外を覗いていた参号を取っ捕まえた後、他の自衛隊員の見よう見まねで下ろした椅子に座ってシートベルトを装着。
間もなくエンジン音が鳴り響き、強い揺れとともに輸送機は空へと飛び立った。
「ちょっとうるさいのだ」
「これが空の旅か! ワクワクするな、マスター!」
「俺はそうでもないけどね。元の世界では何度も飛行機乗ったことあるし」
これからこのC-3輸送機は南西へと向かい、夕方頃にシンガポールのチャンギ国際空港で給油を受けて北西に飛び、夜更け頃にヴァーラナシー近郊にあるラール・バハードゥル・シャーストリー国際空港に到着する見込みだ。
世界地図で航路を見ると、ちょうどVの字の形になるだろう。
大清帝国の上空を飛ぶ直行便だと半分の時間で着くはずなのだが、何かあったら物凄く困るので迂回する形になっている。
空港に着いたら大魔鳥で1時間ほどの距離にあるヴァーラナシーまで行き、他のメンバーが全員揃ったところで現地のダンジョンモノリスから200層の探索を開始する予定だ。
2、3日は猶予があるから、食事と安全には十分に気を付けて観光したいね。
さて、安定飛行に移ったところでやるべきことも特にない俺達は暇を持て余した。
衛星回線契約しているとはいえ機内じゃスマホも弄れないし、自分一人だけ【情報共有】を使ってダンジョン配信を見るのもアレだ。
できることといえば、顔見知りの自衛隊員と雑談するのがせいぜいである。
「ヒロシ氏、聞いてくださいよ。遠山のやつ、ここ最近は子供の自慢しかしないんですよ」
「へぇ、何歳になったの?」
「先月2歳になったっす。これがもう、可愛い盛りで。カミさんには苦労を掛けてばかりなんで、今回の任務が終わったら長期休暇を貰おうと思ってるっす」
「中沢ぁ、お前も休暇取るんだよな?」
「そっすね。俺、帰ったら結婚するんで」
「ヒューッ、伊達男!」
「お前ら、死亡フラグ立てるのやめてくれよ……」
「こんな楽な仕事、他にないっすよ。ね、
部下に視線を向けられた
紅一点の彼女だけ、コックピットから遠く離れた席に一人で座っている。
本部と【通信】する時に集中できないから、と言っていたが……少しだけ寂しいな。
「なに隊長の顔を見てるんすか?」
「いくら美人だからって、浮気は駄目っすよ!」
「ばっか、俺が浮気なんてするもんかよ」
「あるじは――」
念じて参号のお口チャック。
「なんか怪しいっすね……」
「人形はノーカンなの」
「ヒロシ氏はズルい人だなぁ」
先ほど
中継地での補給も滞りなく済み、再び空の旅へ。
昼と夜、二度の食事はレトルトパウチの戦闘糧食で済ませた。
トイレの隣にある狭いシャワールームで浄水を使って身を清め、歯磨きをして座席に戻る。
薄暗い貨物室に響くエンジン音に辟易としながらも、俺は腕を前に組んで目を閉じてただひたすらに睡魔を待つ。
―――――
うつらうつらとしていた俺は、肌を刺す冷たい強風に目を開いた。
そしてすぐに、コックピットに繋がる扉が開いていることに気付く。
「な……」
本当に何の前触れもなかった。
それこそ、ガラスが割れるような音すらしなかった。
コツ、コツ、コツと足音を立ててやってきたのは、闇を凝縮したかのような人影。
俺は突然の侵入者に対して、何の対応もできなかった。
できたことといえば、ただシートベルトを外して立ち上がっただけだ。
この閉所で、人形達が俺を庇うよう立ち回る時間的余裕すらなかった。
走馬灯のように引き延ばされた視界の中、俺は貨物や機体の破片に紛れて夜闇に投げ出される。
パラシュートなしで高度1万メートルからスカイダイブ。
それはまさしく、地獄への片道切符に他ならない。
『ピピピ、送還、耐性付与!』
身体を叩く強風と寒さに思考が定まらない中、腰のポーションベルトに提げられた金属球ストラップの肆号が呼び掛けてきた。
そうだ、それがいい。
俺と同じようにどこかを落下しているであろう壱号、弐号、参号を送還し、自分のへその辺りに【
脳裏に浮かんだ人形達の状態から考えて、装備をロストするような事態には陥っていない。
きっと、俺の方に飛んだ【暗黒魔法】の刃を魔力値の差で弾いたからだろう。
天を見上げた俺の目に、激しい炎を上げながら墜落していくC-3輸送機が映る。
こうなってしまってはもう、後悔したところで取り返しは付かない。
なら、まずは無事に着地することを考えないと。
「島……か?」
身体を下に向けると、月明かりに照らされた大きな離島が前方に見えた。
だが、俺の真下には暗い海が広がっている。
このままだと、海中にダイブするのは確実だ。
「
どこからか聞こえてきたその声にハッとする。
間もなく、大きな衝撃とともに俺は自由落下から解放された。
俺を抱き留めていたのは、大魔鳥の鞍に乗った一人の女性自衛隊員。
「
「よくぞご無事で! まずは安全な場所に移動しましょう!」
「だが、他の自衛隊員は――」
「【通信】途絶、悔しいですが全滅と考えます!」
大魔鳥は大きな翼をはためかせ、島の方角へと飛んでいく。
「一体、誰がこんなことを!」
「分かりません。ですが高度1万メートルをマッハ0.82で飛行する輸送機にピンポイントで乗り込むなんて狂気の沙汰です。少なくとも、相手に手練れの【魔鳥使い】がいることを想定しておいた方が――」
そこまで喋ったところで、
嫌な予感に恐る恐る振り返ると、彼女の脳天を太い木製の矢が貫通しているのが見えてしまった。
鞍から手を放し背中からゆっくりと暗い海に落ちていく
「【炎精霊召喚】! 迎撃しろ、フレア!」
【追尾矢】によってギュンと曲がってホーミングしてきた矢を、俺のそばに浮かんだ緋色の人魂が放った炎矢が撃ち落とす。
俺は自分の命欲しさに、瀕死の
「もっと早く気付いていれば、クソったれが!」
操者を失った大魔鳥は羽ばたきを止め、少しずつ高度を下げながら滑空していく。
その後方から骨弓を構えた男を乗せた魔鳥が接近してくる。
精霊対策の為か、相手が次に
「舐めやがって……!」
俺は【霊神の偏愛】を用いて追加で炎精霊を5体召喚し、迫りくる魔鳥へ向かって炎矢による弾幕の雨を降らせた。
回避などする間もなく、魔鳥ごと【弓士】は無数の炎に包まれ焼失していく。
刹那、死にゆく【弓士】と視線が合った。
なんで、そんなに悲しい目をしているんだ。
そんな目をするくらいなら、どうして俺達を殺そうとするんだよ……。
胃を締め付けるような罪悪感に歯噛みした俺の身体が再び空中へ投げ出される。
大魔鳥の消滅、それは
『ピピピ、下を見て!』
肆号の呼び掛けを受けた俺は、余計なことを考えるのをやめた。
地上はもうすぐそこだ。
召喚のタイミングを誤れば、命はない。
「――【人形召喚】弐号!」
俺は眼下に広がるジャングルの木にぶち当たる直前に、目の前に弐号を召喚して【仁王立ち】を使わせる。
全ての運動エネルギーを構えた盾で受け止められ、俺は空中で一瞬だけ制止した。
「――【人形召喚】参号!」
太い木の枝に掴まるように召喚された参号の蛇腹尻尾が伸びて俺の腹に巻き付く。
先に落下した弐号を送還して修復している間に、俺は蛇腹尻尾のクレーンでゆっくりとジャングルの只中へと下ろされた。
「危ねぇ、もう少しで地面に激突してバラバラになっちまうところだった。【人形召喚】壱号、弐号」
「マスター、注意してください。ここは死地です」
「
高い木の上から周囲を見渡していた参号が俺の近くに降りてくる。
「かいがんはあっちだぞ。とにかくじゃんぐるのそとをめざすのだ」
腰のポーションベルトから業火のタクトを抜いた俺は、対探索者戦闘を想定して壱号の大鎌と参号の蛇尻尾・核に【
自身への冷気耐性付与を解除し、周囲に4体の炎精霊を浮かべる。
ついでに
『ピピピ、赤峰空将より【情報共有】のコールが届いております。応答いたしますか?』
「画面はいらん、出てくれ」
俺達は
『
「無事に見えたなら目の病院に行った方がいい。俺以外は全滅だ」
『それはこちらのフレンドリストからも確認できている……。一体、何があった?』
「魔鳥を使ってコックピットから黒い人影が乗り込んできた。魔法耐性のある最新鋭の輸送機をバラバラにするほどの【暗黒魔法】、やっこさんは相当レベルが高いぞ」
羽田自衛隊基地の航空幕僚監部でモニタリングしているのだろう。
慌ただしい雑音が【情報共有】を通じて聞こえてくる。
『よく聞いてくれ、そこは北センチネル島だ。レプティリアン信仰を持つ原住民の住まう文明から隔絶された島……例え【通訳】があろうと、友好的な交流は不可能だ』
「なんでそんな島の近くを飛んでいるんだよ!?」
『これまで問題が起こることなどなかったからに決まっている。それに何より、最新鋭の航空レーダーから身を隠す手段が存在するなど、我々は想定していない……!』
あり得ないことが重なって起きた時、それは必然だ。
黒幕は間違いなく俺だけを狙って仕掛けてきた。
なら、本命はまだこれから――。
「マスター、敵です!」
いきなり木々の間から飛び出してきた骨剣を持つ生体装備を纏った原住民を、壱号が【旋風刃】によって周囲の木々ごと真っ二つにした。
俺の背後を守る弐号が【投槍士】の投槍を盾で弾き返し、接近してきた【槍士】らしき原住民の骨槍を剣で受け、【金剛力】を加えたシールドバッシュで吹き飛ばす。
「甘いっ! この程度で私達を倒せるものか!」
参号は燃える蛇腹尻尾を鞭のように振るい、他の原住民を牽制する。
更に遠方から無数の属性魔法も飛んできているが、魔力と耐久に特化している第二職業持ちの俺には一切効いていない。
「わらわらと……参号、一発ぶちかましてやれ!」
「サンはおこったぞー!」
蛇腹尻尾ジャンプで先ほど属性魔法を連射してきた後衛のいる方へ突っ込んだ参号が、本気の【自爆】を発動する。
俺はその直前に大盾持ちの零号を目の前に召喚して【仁王立ち】を使わせた。
ドゴォォォォォン!!!
強烈な爆風が木々を薙ぎ払い、近くにいた原住民を吹き飛ばしていく。
相手を人と思って情けをかけてしまえば、命を落とすのは俺の方だ。
こんなところで、終わるわけにはいかない。
「【人形召喚】参号」
頃合いを見計らって再召喚&【
【仁王立ち】で爆風の運動エネルギーを一身に受けたことで全身にヒビが入ってボロボロの零号を、弐号が不屈の闘剣に付与された【治癒魔法】で修復する。
『
「目の前で
「ほんもののどらごんぱわーをみせてやるのだ!」
ドゴォォォォォン!!!
更にもう一発。
ドゴォォォォォン!!!
おまけでもう一発。
ドゴォォォォォン!!!
四方に爆撃を加えて随分と見晴らしのよくなったジャングルの中心に、俺達はポツンと立っていた。
「てめぇら、まだやるか!!! 俺は逃げも隠れもしない!!! 死にてぇならどこからでも掛かってこい!!!」
強い爆風で倒れた遠くの木々の向こうに隠れていた生き残りの原住民に向かって【通訳】を乗せてそう叫ぶと、彼らは背を向けてジャングルの奥へと消えていく。
警戒を怠るつもりはないが、これでひとまずは落ち着いたと言っていいだろう。
「赤峰空将、俺はこれからどうしたらいい?」
『ああ……今、米軍の方に連絡を取っている。その島に一番近いのは【ナイツ・オブ・ラウンズ】のクランメンバーを乗せてベンガル湾を航海中のミストラル級揚陸艦『ライデン』だ。上手く事が運べば、夜明けには西の浜まで回収に向かえるはずだ』
「分かった、西だな。……遺体の回収はできそうか?」
『……難しいな。状況から察するに、輸送機と運命を共にした自衛隊員が大半のはずだ。回収は海兵隊に依頼するつもりだが、それで見つかる遺品は極僅かだろう』
赤峰空将の声色からは、大切にしていた腹心を失った深い悲しみが滲み出ていた。
俺が船舶恐怖症を
畜生、畜生、畜生。
なんで、どうしてだ。
俺はただ、日本を代表して命懸けで暗黒邪竜と戦おうとしただけじゃないか。
『ピピピ、警戒、警戒!』
肆号にそう呼び掛けられた俺と人形達は、ハッとして周囲を見渡す。
すると木々の間から現れた黒い人影がゆっくりとこちらに歩いてくるのが見えた。
通りがかりの空の旅人をこの未開の島に叩き落とした悪魔。
先ほど輸送機に乗り込んできた1体だけじゃない……5体もの闇を纏った人影だ。
「こいつだ、こいつが全ての元凶――」
人形達は俺を庇うように前に立ち、それぞれの武器を構える。
おおよそ10mくらいだろうか、壱号の大鎌による【旋風刃】の射程ギリギリの距離で黒い人影は立ち止まった。
「よぉーこそ、この世の地獄へ……ヒロシ・オーキドォ……」
5体の人影、その中央の1体が大きく両腕を広げてそう語り掛けてくる。
背筋を冷たい指先でなぞられるかのような不快感に、思わず冷や汗が流れた。
「貴様は何者だ! 何の目的で輸送機を
弐号が剣先を突き付けてそう問うと、人影を覆っていた闇が取り払われる。
月明かりに照らされたのは膨れ上がったいびつなスキンヘッドと、斜視の入ったギョロギョロとした4つの瞳。
大きな手術跡の残る胸部はガリガリに痩せ細り、局部だけが薄っぺらな布切れで隠されていた。
「ケヒヒヒヒ……私達の名はファウスト・ライヒナーム……誰よりも闇に染まり、誰よりも闇に愛された【ナチスの悪魔】……以後、お見知りおきを……」
それは第二次世界大戦において最も恐れられた、【死霊使い】と【呪術士】……二つの職業を持つ人造のシャム双生児の名前。
それは戦中に連合国兵とソ連兵を最も多く殺害し、戦後にドイツ人を最も多く殺害した狂人の名前。
それは英雄と呼ぶには余りにも