北センチネル島のジャングルの只中に作られた4つのクレーターの中心に立つ俺達と対峙する男――いびつに膨れ上がったスキンヘッドの頭部と斜視の入った4つの瞳を持つ悪魔の化身、ファウスト・ライヒナームがパチンと指先を鳴らすと、彼の両脇にいた4体の黒い人影の闇が取り払われた。
闇の中から現れたのは、ファウストと同じくいびつに膨れ上がった頭蓋骨と4つの眼孔を持つ人骨だ。
その肋骨のうちの一本は、月明かりを反射して銀色に光っている。
「見ろ……これこそがフェアフルフテス……蘇生時に魔力を回復させる【起死回生】のユニークスキル……これがある限り私達は誰にも殺せない。誰にも、誰にも……」
ファウストはニタニタと喜色悪い笑みを浮かべながら俺を見つめていた。
恐怖に言葉を失った俺達の代わりに、赤峰空将が【情報共有】越しに声を上げる。
『馬鹿な……【ナチスの悪魔】はバルト海に沈められ、そのまま窒息死したはずだ! 当時と変わらないその容姿、まさか老いを克服したとでもいうのか!?』
ファウストの4つの瞳がぎょろりと動いた。
彼の足元から伸びた影がファウストの心臓を貫く。
噴き出した血はしかし、時間を巻き戻すように彼の胸の内に戻っていった。
「ジャワ海溝深くに沈んだ鉄の棺の中で、私達は死に続けた……80年もの長い間……棺を引き上げて封を解いた者はドイツ人の振りをしていたが、私達には分かった……薄汚い
何度も何度も影がファウストの全身をザクザクと突き刺し、その度に回帰するように傷口が癒えていく。
【死霊使い】の持つ自己蘇生の【暗神の予約】を、彼は完全に使い熟していた。
「ソ連の残党を殺して自由になったか」
「その男は君と同じ紋章を持っていたよ……ケヒヒヒヒ……!」
つまり、そいつが深海で眠っていたファウストを起こして死んだせいでダンジョンにユニークボスが出るようになったのか。
北朝鮮の核攻撃といい……レンめ、後始末くらいちゃんとしてくれよ。
「だが、何故俺を狙う。今ここで俺を殺したところで、世界を敵に回すだけで何の得もしないだろう」
「私達が世界の敵であることなど、既に知っている……ならば、敵は敵らしく振舞わなければなぁ……ヒロシ・オーキドォ……!」
ファウストが左手に持っていたスマホを投げ捨てると、周囲に立つ人骨がカタカタカタ、と歯を打ち鳴らした。
俺の名前を知っているんだから、そりゃスマホぐらい持っているよな。
『
「この島の原住民はいいモノを持っていたよ……そして命よりも大切な宝を脅かされた時、人は最も勇敢になる……必要なのは言葉ではない、恐怖だ……!」
『……外道が!』
第二次世界大戦中、【ナチスの悪魔】は8体の人骨を操ったとされている。
ならば、ここにいない半数の人骨で島民の女子供を人質に取って戦闘を強要していたと考えるのが妥当だ。
「やるしか、ありませんか」
壱号は大鎌を持つ手に力を入れた。
弐号も剣と盾を構え、参号はぼけーっと突っ立っている。
零号は……邪魔だし送還しておくか。
『君ではこの男は殺せない! この島のダンジョンへ逃げるんだ、
ダンジョンモノリスはファウストの向こう側、遠く島の中央にそびえ立っている。
だが、地の利を持つ相手がそれを想定していないわけがない。
「無理だ赤峰空将、こいつとはここで決着を付けるしかない!」
どこにファウストの人骨が潜んでいるかも分からないジャングルの中に逃げ込むなんて、妖精魔法トラップの仕掛けられた地雷原に突っ込むようなものだ。
俺が業火のタクトを手に身構えると、ファウストは気色悪いニタニタとした笑みを浮かべて大きく両腕を広げた。
「私達とともに死のう、日本の英雄……!」
再び闇の液体を纏って影になったファウストが指先を動かして指示を出すと、4体の異形の人骨は大地を踏みしめてこちらに駆け寄ってくる。
「俺がやる、お前らは下がれ!」
左手でポーションベルトから抜いた魔力回復ポーションを握り締め、4体の炎精霊フレアから魔力を込めた炎槍を撃ち放つ。
人骨の頭蓋骨が消し飛ぶと同時に、対応する炎精霊が【暗神の恨み】によって道連れにされる。
「ケヒヒヒヒ……魔力が尽きた時が君の死だ、ヒロシ・オーキドォ……!」
自身に掛けていた【
頭から魔力回復ポーションを被り、炎精霊を再召喚してリスキルに備え――。
「マスター!」
突然、足元から這い上がった闇の帯が俺の鼻と口元に巻き付いた。
どうして、いきなり。
「油断したな……!」
デコボコの地面に這いつくばるように倒れていた影から伸びる【暗黒魔法】。
俺がファウストだと思っていたのは、彼が召喚した5体目の人骨だった。
息が詰まる。
いくらステータス差で魔法攻撃を無効化しようと、窒息してしまえば意味はない。
引き剥がそうとして闇の帯に触れた指先は液体に触れるような感触ですり抜けた。
苦し紛れに炎精霊より撃ち放った炎槍も、全てファウストに再召喚された人骨の骨壁によって防がれる。
術者の影を起点に発動する【暗黒魔法】は魔力値に応じて射程が変わるはず。
俺は息ができないまま、ファウストから距離を取ろうと必死に足を動かした。
「マスターを離せ!」
足止めの為にファウストの本体へと向かった壱号と弐号へ、更に再召喚された5体の人骨より放たれた【暗黒魔法】の槍が迫る。
闇の槍ごと人骨をぶった斬るように振るわれた【旋風刃】、人骨の【暗神の恨み】でバラバラになって一瞬で消滅する壱号。
またしても再召喚された人骨から放たれた闇の触手が鎧の隙間に潜り込み、弐号の核を貫いて消滅させた。
『逃げろ、逃げるんだ
呼吸困難でぼやける頭に、赤峰空将の声が響く。
畜生、こんな、こんなところで、萌……。
「ぶーすとぼんばー!」
ボゴォン!
先ほどまで俺がいた場所の近くに突っ立っていた参号が蛇尻尾に付与された炎精霊を【自爆】させ、ファウストに向かってミサイルのように一直線にぶっ飛んだ。
そして、ロリロリドラ娘は起死回生の【自爆】を発動する。
ドゴォォォォォン!!!
俺は近距離から放たれた爆炎に吹き飛ばされ、
「ぐはぁっ!」
木の根に引っ掛かって止まった俺は、割れたポーション瓶から漏れた液体と土汚れに塗れながら大きく息を吸った。
肺から取り込まれて血中に染み渡る酸素の美味さに、生を実感する。
「【人形召喚】参号……あいつを足止めしろ……」
「サンにまかせるのだー!」
爆煙が晴れ、クレーターの中で蘇ったファウストを人形爆弾が人骨ごと吹き飛ばす。
ドゴォォォォォン!!!
俺は壱号と弐号を再召喚しつつ、肆号に【保管庫】を使わせて開いたストレージから魔力回復ポーションを取り出してポーションベルトに補充する。
その間に何度も何度も、参号をクレーターに突っ込ませて【自爆】させた。
「ケヒヒヒヒ……無駄無駄無駄……!」
クレーターからもくもくと立ち昇る煙の中から、ファウストの高笑いが聞こえる。
「無駄かどうかは、俺が決めることだ。【
切り札は最後まで取っておくものだ。
俺は度重なる【自爆】によってすり鉢状になったクレーターに人形達と駆け寄りながら、蛇腹尻尾ジャンプした参号を先に突っ込ませて【自爆】させる。
ヒュカァァァン!!!
本邦初公開の冷凍爆弾によって、クレーターの中は一瞬で絶対零度に包まれた。
パキパキと音を立てて凍りついたファウストを、俺はウェストポーチから取り出した漆黒の手錠を手にクレーターの上から見下ろす。
「【人形召喚】参号。やれ」
「これでとどめなのだー!」
俺が渡した漆黒の手錠を持った参号がクレーターの中に飛び降り、氷像のように固まったファウストの細い手首にカシャリと手錠をはめ込んだ。
【暗神の予約】で蘇ったファウストが動き出し、寒さにガタガタと身を震わせる。
「さ、寒いっ……私達に何をした……?」
「それよりも、もっと気にした方がいいことがあるんじゃないか?」
俺は空中に8体の炎精霊を浮かべながら、自分の手首を指先でトントンと突くジェスチャーをした。
「まさか……!」
足元を揺らいだ闇の液体でファウストが手首を掻き切るよりも早く、炎精霊の放った細い炎槍がファウストの心臓と脳天を同時に焼き貫く。
緋色の人魂が2体道連れにされるが、まだ6体も残っている。
俺は魔力回復ポーション片手に何度も何度も再召喚を繰り返しながら、蘇り続けるファウストの心臓と脳を炎槍で撃ち抜いてリスキルした。
「最初の攻撃でてめぇの魔力値が400程度しかないことは分かった。ソ連残党の【精霊使い】を殺したせいでレベルも99のまま。なら、呪いの装飾品で魔力を封じれば【起死回生】の魔力回復量は【暗神の予約】の魔力消費量を下回る……って、もう聞いちゃいねぇか」
凍っていた周囲の人骨が、ゆっくりと魔素となり消滅していく。
それは通常の送還では決して見られない光景だ。
炭になってぽっかりと空いたファウストの胸の穴から銀色の肋骨が覗いている。
参号が抜き取ってクレーターの上まで持ってきたフェアフルフテスにDカードを触れ合わせると、割れることなくスッと素通りした。
魔改造された人形のようにファウストの肉体に完全融合していたはずのユニーク神器の所有権が俺に移っている。
【ナチスの悪魔】ファウスト・ライヒナームは、今度こそ本当に地獄へ落ちた。
「この神器は人が扱うには過ぎたものだ。赤峰空将、フェアフルフテスは村正一族に預けるぞ」
『ああ、それは君の好きにしたらいいと思うが……まさか本当に不死身の男を倒してしまうとは……』
フェアフルフテスに気を取られてすっかり忘れていたので、もう一度参号をクレーターの下に行かせて魔力封じの手錠を回収しておく。
「この魔力封じの手錠は出発時に
夜空に浮かぶ月を見上げた俺は、この襲撃で命を落とした十八名の自衛隊員の顔を思い浮かべて祈りを捧げる。
それくらいしか、一人だけ生き残った俺にできることは残されていなかった。