意識を取り戻した俺が初めに感じたのは、病院特有の消毒液の匂い。
ぱちりと目を開けた俺は、微かに揺れるベッドから身を起こして周囲を見渡した。
どうやらここは揚陸艦内にある医務室のようだ。
「お目覚めになられましたか、マスター」
すぐそばで椅子に座って待機していた壱号と目が合った。
なんだか沖縄行きのフェリーに乗った時のようなデジャヴを感じる。
「腹減った。俺はどれだけ眠っていたんだ?」
前回と違うのは弐号と参号がこの場にいることだろう。
勝手に艦内を探検するようなことは流石にできなかったらしい。
「マスターは丸一日、ぐっすりと眠っていたぞ!」
「ずっとここにかんづめで、サンはひまでしかたなかったのだ」
いっぱい寝たおかげか、雑念に囚われていた頭の中もスッキリしている。
昨晩はあれだけ罪の意識に
「道理で腹がペコちゃんなわけだよ。壱号、着替え取ってくれ」
「はい、マスター」
寝ている間に壱号が介護してくれていたようで、今の俺は病院着姿だ。
すぐそばに置いてあったクリーニング済みの探索者装備に着替えていると、白衣を着たブロンド美女がやってきた。
「ハーイ、ミスターオオキド。目が覚めたようですネ。私、メディックのキャサリン。この艦で一番腕のいい【治癒士】をやってマース」
「ど、どうも……」
「身体のあちこちに打撲や内出血があったケド、全部治したから安心してネ。艦内のルールはイチゴちゃんに教えてあるカラ、後で色々聞くといいヨ!」
着替え終わった頃に案内役の海兵隊員がやってきたので、医務室から追い出された俺達は揚陸艦内の通路を歩いて食堂まで足を運ぶ。
どうでもいいけど、食堂は英語だと
朝食時らしく、食堂にはゴリゴリに鍛えられた海兵隊員や【ナイツ・オブ・ラウンズ】のクランメンバーが集まって、テレビで流れているスキルや魔法を交えたド派手なアメフトの試合を観戦しながら飯を食っていた。
俺達が顔を出すと雑談の声がピタッと止まって、周囲の視線が集まる。
「あー……どうも、大木土博士だ。しばらくの間、こちらに世話になる。仲良くしてくれとは言わんが、気軽に話し掛けて貰えると嬉しい」
海兵隊員達は返事をすることもなく、身を寄せてヒソヒソと何事かを話している。
一体、なんなんだ……。
「肆号、【通訳】使い忘れてないよね?」
『ピピピ、きちんと使っておりますよ』
「だよね……」
「そういうこともありますよ、マスター」
俺が肩を落としてトボトボとアーサー達のいるテーブルの近くへ行くと、アーサーは気まずそうな顔で声を掛けてくる。
「タフガイだと思っていた君にこんな弱点があったとはな。気分は悪くないか?」
「キツいのは小型船だけだから今は平気だ。にしても、無視することなくない?」
「女日照りの中でそんな美女を連れ歩いていたらそうもなるさ。万が一ということもある、艦内では人形を単独行動させないよう気を付けた方がいい」
確かに一人だけラブドールを
久々に【人形使い】らしい扱いを受けちまったな。
「聞いたな。よーく覚えておけよ、参号」
俺は勝手に単独行動しそうなロリロリドラ娘の頭をポンポンと叩いた。
「ふん、サンにてをだすろりこんやろうなんてばくさつしてやるのだ」
「船が沈没したら困るからやめてね」
ひとまずカウンターまで行き、筋骨隆々な黒人のおっさんからアメリカナイズされた肉々しいハンバーガーセットの載ったトレーを受け取って席に着く。
両手を合わせて、頂きマンモス。
「うまいうまい。1日ぶりの飯に空っぽの胃袋が喜んでいるぜ……」
幸せなカロリー補給をしながら、同じテーブルにいる【ナイツ・オブ・ラウンズ】のクランメンバーの自己紹介を受ける。
アーサーを合わせて八人の男、その人種は様々だがラテン系が多いように見える。
「俺は第二席のベックマン。あっちのコリアン野郎が第四席のキム、スキンヘッドの大男が第八席のガウディだ」
「よろしくしないでいいぜ、負け組ジャーップ!」
「ウス」
第○席ってのはクラン内部での【騎士】ランキングだ。
五十まである席の中で、上位八名までが特別な機体を扱う権利を得られるそうな。
ちなみにうちの愚兄は下っ端でもそれなりの第三十八席らしい。
「俺っちは【精霊使い】のパンチョ。ただの【属性付与】要員さ」
「カルロス……【時空術士】……」
「【療法師】のアンジェロ。【
【ナイツ・オブ・ラウンズ】は百名を越えるクランメンバーを
「そんで、オレが【鍛冶師】のウェルネス。機体のメンテナンスを担当しているデスラ社のエンジニアだ」
DJとかしてそうなドレッドヘアーのお兄さんを最後に自己紹介が終わったところで、先に食事を終えたアーサーがダイエットコーラ片手に尋ねてくる。
「ヒロシ、食事が終わったらユニークスキルの検証をしないか?」
「別にいいけどさ、その前にやらなきゃならんことが沢山ある。身内や関係者への連絡とか、今後のスケジュールの相談とかな」
「マスター、そちらについては私の方で済ませてありますよ」
「そうなの?」
壱号はオーバーオールのポケットから取り出した俺のスマホで写真を撮った。
そのままの流れでサササッとスワイプして家族LINDに送信。
「マスターの許可なくシキの【情報共有】を繋ぐことはできませんが、スマートフォンを使う分には問題ありませんからね」
今は平時だからか、艦内でもスマートフォンの利用は制限されていないらしい。
セキュリティ上の規則はあるし、通信を全て監視されるのは骨工船と同様。
まぁ、俺達が秘密にするべきことなんて何一つないから別にいいんだけどさ。
「仕事のデキる従者がいてくれて助かるよ、まったく」
「マスター、私は?」
「ニコはいいかげん、いねむりをやめるべきなのだ」
「うぐっ……」
ポンコツ女騎士人形がポンコツ過ぎて辛い。
「それで、遺体の回収はどうなってる?」
「自衛隊から提供された個人識別IDを頼りに装備を回収したものの、成果は
「いや、やめておこう。無惨な遺体を目にしたところで、トラウマが増えるだけだ」
俺はそう言って、熱々のフライドポテトにケチャップをたっぷりつけて口に放り込んだ。
―――――
朝食後、俺達はアーサーに案内されて揚陸艦内にある格納庫にやってきた。
軍用の車両や【
彼らはここでユニークスキルの検証作業をしようって腹積もりらしい。
技術者らしき海兵隊員達と一緒に待っていたのは、見るからに偉そうな恰好をしているベレー帽を被った黒髪の白人男性だった。
「私が司令官のリチャード・フィッシャー大佐だ。ヒロシ・オオキド、君には大変な苦労を掛けてしまったな。合衆国を背負う者の一人として、申し訳なく思う」
「それは、どういう意味だ」
「君が眠っている間に捜査が進んだのだよ。ファウスト・ライヒナームの棺……アレは当時の連合国が隠したものだ。その正確な所在を知る者はFBIが取り逃したアイザック・ミュラー、ただ一人」
アーサーは驚愕に目を見開く。
「サイバーラインの創業者だと……!?」
「アイザックはアームストロング大統領を支える我々シーカー派閥と対立しているディープステートの重鎮だ。国際指名手配中のあの男は今、大清帝国にいる」
「オーマイゴッド……」
「なんだ、そいつが俺の暗殺を仕組んだとでも言いたいのか?」
「そこまでは私にも分からないが、最も疑わしい容疑者と言えるだろう。現在、CIAとKGBが総力を挙げて探りを入れている。いずれ、事の真相も分かるはずだ」
「そりゃまた、御大層なことで」
島にいる時にレンから届いたショートメッセージはかなり殺意高めだったし、本当にアイザックが首謀者ならその末路は悲惨極まりないものになるはずだ。
ひぇ~、おそロシア~。
「さて、そろそろ本題に入ろう。ずばり、ユニークスキルの検証についてだ。フェアフルフテスの【起死回生】は記録があるから、今回は北センチネル島の原住民が持っていたという【守護暗幕】を詳しく調べてみたい」
「ああ、分かっている。【人形召喚】零号」
大盾を持った海パン姿の影武者人形の左手の上には、虹色の光彩をした木製の義眼が転がっていた。
なお、銀色の肋骨は大盾の内側にあるポケットの中に収められている。
「爬虫人信奉者の義眼【守護暗幕】【千里眼】……確かに、ユニーク神器だ」
フィッシャー大佐は俺のDカードに表示されたスキルを確認してごくりと生唾を飲んだ。
何歳になっても、この世界の男にとってユニーク神器は憧れの的だ。
「問題は目ん玉をくり抜かなきゃ装備できない義眼ってところだな。ウェルネス、ちと零号の外装を外すの手伝って貰えるか」
「人形は専門じゃないんだが、やってみよう」
「なに、ちょっと失敗しても定着させない限りはやり直せるから大丈夫さ」
流石に器用さが天元突破しているレベル199の【鍛冶師】だけあって、ちょっと説明を受けて工具で弄っただけで零号の右目を義眼に入れ替えることに成功した。
後は一日くらい外に出しておけば、蘇生召喚しても元に戻ることはないだろう。
「どうだ零号、使えそうか?」
「パーティーメンバーのみを指定できる単体バフスキルのようだ。これよりマスターを指定して行使する。【守護暗幕】!」
すると、なんとなくヴェールに包まれたような感覚がする。
俺にとってはただそれだけなのだが、周囲で俺に計器を向けていた海兵隊員達は驚きの声を上げた。
「【ドールマスター】が見えなくなったぞ!」
「どうなっている!?」
「音波、電磁波、X線、ガンマ線、【
調べたところ、バフ対象の半径4m以内に入った者に対して等しくステルス効果が及ぶことが判明した。
バフの効果時間は4444秒、およそ1時間14分。
リキャスト時間は44444秒、およそ12時間20分。
結界の外側にいてもパーティーメンバーだけは視認と会話が可能なようだ。
ダンジョン内のモンスターに対してどれほど効果があるかについては明日以降、停泊先のパラディプ港近郊にあるダンジョンでじっくり検証するとしよう。
「確かにこのユニーク神器のステルス能力は強力だ。大戦中に発見されていれば歴史すら変わっていたことは想像に難くない。しかし魔法化学技術の発展した現代においてはそこまで脅威ではない、か」
フィッシャー大佐は小難しい顔をして呟いた。
「でもC-3輸送機落とされてるんですけど……」
「少なくとも、君が所持している間は問題が起こることもないはずだ。こうして人形に組み込んでおけば、悪意ある者に奪われもしない。後はどのボスモンスターがドロップしたのかさえ分かれば……」
俺の代わりに壱号が答える。
「60層から90層までの間となると、種類が多すぎて特定できませんね」
「だろうな。今回得られたデータについてはダンジョン省を通して日本にも共有するつもりだから安心するといい」
バフの効果時間が切れて検証作業も終わったところで、やることも特になくなった俺達は士官用の個室へと案内されることとなった。
部外者の俺は行動範囲がかなり制限されているし、艦内にいる間はこの部屋と食堂とトレーニングルームを往復する生活を送ることになるだろう。
港に着いたら気分転換もできるだろうから、そこまで気にする必要はない。
「あるじあるじ、てれびがあるぞ!」
「良かったですね、サン」
参号がはしゃいでテレビを点けるが、リモコンでチャンネルを変えても映るのはアメリカのBS放送だけだ。
「むう、えいごだといみがぜんぜんわからないな」
【通訳】スキルは対人でしか効果がないからこういうところだと困るんだよな。
さっき格納庫で【
「まぁ、そういうこともあるさ。映画とかアニメだと副音声が付いていることもあるから、いっぺん試してみなよ」
「やってみるのだ」
壱号に手伝って貰って日本語化したカートゥーンアニメをつっ立って眺めている参号を放置しつつ、俺はシングルベッドに腰を下ろしてスマホを弄る。
ハルハル>講義前に一服[大学近くの店でテイクアウトしたカフェラテの画像]
母>イチゴちゃん、博士はどうしてる?
ヒロシ>先ほどお目覚めになられました[艦内の食堂で食べかけのハンバーガーを持っているヒロシの画像]
母>思っていたよりも元気そうね
タイコ>お昼はモックのデリバリーに決まり!
ハルハル>私もハンバーガーの胃袋になってる
ハルハル>でも大学の近場にお店ないんだよね
ヒロシ>俺は肆号に盗撮設定仕込んだの許してないからな
ヒロシ>日本に帰るまで通話禁止
タイコ>そんなぁー
母>今回ばかりは萌さんが悪いわね
母>お母さんは博士の肩を持ちます
タイコ>[ケツ上げ土下座しているデフォルメ萌のスタンプ]
ヒロシ>そんなスタンプ自作するとか確信犯かよ
一通りLINDやXDのチェックが終わったら、肆号の【情報共有】でフレンド欄を開いてメッセージの返信もしておく。
アニメ第二期の監修で忙しい高野は外出中のようだ。
夜に【情報共有】でファウスト事件の話をする約束をしたところで、俺はスマホを枕元に置いてベッドに寝転がった。
昼飯を食ったらアーサー達とユニークスキルの検証を兼ねたダンジョン探索の打ち合わせをする約束をしているし、それまで少し休むとしよう。
頭は冴えているから、眠りはしないけどな。
「壱号、俺がやるべきことは何かあるか?」
棚から出てきたチェスボードで暇つぶしに零号とチェスをしていた壱号は、次の一手を思案しながら答える。
「三日月プロダクションのホームページに載せる声明文は私が書いておきましたし、特にありませんね。ただ、一つだけ……お伝えしておかなければならないことが」
そう言って壁際で立っている弐号に視線を向けると、弐号はこくりと頷いた。
「魔力封じの手錠、あれは本来
「ふうん……それがどうかしたのか?」
「昨日、パスポートの間からこのようなものが出てきました。読んでみてください」
ベッドから起き上がった俺は、ベッドサイドに腰掛けて壱号から受け取った薄い紙に目を通す。
『盆休みに実家へ帰省した際、よく当たると評判の占星術士に死兆星が出ていると告げられました。今すぐ仕事を辞めなければ未来はないとも。星占いは信じないことにしているのですが、準備の最中に「青の腕輪を渡すことで希望は残る」というアドバイスを受けたことを思い出したので、念の為に預けておきます』
【占星術士】の【星占い】はこの世界で最もポピュラーな占いだ。
その的中率は占い師のセンスによるが、個人識別IDが関わる失せ物占いや相性占いは信頼性も高いと言われている。
「俺が
占いが正しければ自衛隊員の多くが命を落とすことになるかもしれない。
その
「思えば、
「万が一の事態に備えていたのかもしれない。だからファウストの人骨が放った【暗黒魔法】の攻撃を回避できたんだ」
「しかし、どうして正直に話してくれなかったのだろうか?」
「弐号、彼女は軍人だ。占いで悪い結果が出たからといって、決められた計画に支障が出るような行動なんてできるはずがない」
「それもそうだな!」
俺達が輸送機の不具合か何かで引き返したり、あるいは船便に切り替えていたとしても、あの狂人はまた別の形で災いを運んできただろう。
それこそ義眼の【守護暗幕】を使ってヴァーラナシーに国連パーティーのメンバーが集まったタイミングで暗殺を仕掛けるとか、それくらいのことをやりかねない。
だからきっと、これが最も犠牲の少ない結果だったんだと思う。
殉職した自衛隊員の家族には、口が裂けても言えないことだけどさ。
ああ、また遠山に見せられた子供の写真を思い出して鬱になっちまう。
何か別のことでも考えて、気分を逸らさないと。
「ところで、壱号と零号はどっちがチェス上手いの?」
「私です」
壱号はクイーンの駒を動かし、チェックを掛けた。
「そうなんだ、なんか意外だな」
「俺はマスターの影武者人形だぞ。チェスなんぞルールくらいしか知らん」
投了した零号が席を立って壁に立てかけてあった大盾の隣に背を預けると、零号の代わりに弐号がチェスボードの前に腰を下ろす。
「何を隠そう、私はチェスが大の得意だ。もっとも、シキには負けるがな!」
『ピピピ、私の演算能力はグランドマスタークラスです』
「なにそれずるっこじゃん」
「そういうふうにつくったのは、ほかならぬあるじなのだ」
チェスに欠片も興味が無さそうなロリロリドラ娘はそう言って、俺の膝の上にポジショニングを決めたのだった。