ファウスト事件の真相究明には10日の時間が必要だった。
これは長いように見えて、とても短い期間だ。
ここまでスピーディーに事が運んだのはこの世界における二大諜報組織、CIAとKGBが一時的に協力関係を築いたことが大きく影響している。
なにしろ今回の国際連合主導の多国籍探索者パーティーによる暗黒邪竜攻略は、人類の未来そのものを占う大事なイベントだ。
魔法火力に特化した第二職業持ちの探索者が二人も揃い、更にはパーティーメンバー全員が強力なユニーク神器を所有しているという特例中の特例。
これで通らなければ次の機会がいつ訪れるかは誰にも分からない。
【隠者】の若返りで延命をしたい上流階級、【占星術士】の未来視で国家の安定を図りたい為政者、レプティリアンとダンジョンモノリスの謎を解き明かしたい学者、ただ深層に潜りたいだけの探索者……他にも多くの者が200層の壁を越えたいと願っている。
これを妨害しようと目論んだ者を、世界が許すはずがない。
第二覚醒持ちの【占星術士】すら投入した徹底的な捜査によって特定されたファウスト事件の首謀者は三名だ。
サイバーライン社の創業者、アイザック・ミュラー。
旧ソビエト連邦の高官、セルゲイ・ヤコロヴィチ・ドヴォルニコフ。
大清帝国の第二皇子、
ディープステートの重鎮、ソ連の残党、清帝の悪皇子と誰しもが納得するような
しかしながら、これは不幸な行き違いによる最悪な事故に過ぎなかった。
まず初めにファウスト・ライヒナームの来歴について。
彼は第二次世界大戦においてナチスドイツが連合国に無条件降伏した後、ベルリンでドイツ市民の無差別大量殺戮を行った末に捕縛され、麻薬の詰まった鉄の棺桶に入れられてバルト海に沈められそのまま窒息死したはずの存在だ。
しかし後に引き上げられた死体と大英博物館に保管されたフェアフルフテスはフェイクで、本物のファウストが入った棺桶は真球状の耐圧構造を施した特殊合金で覆われ、秘密裏にジャワ海溝の底へと移されていた。
呪い装飾品の存在しない1945年当時ではどうやっても殺せなかった不死身のファウストをロケットで大気圏外に放り出したり火山に放り込んだりしてフェアフルフテスを完全ロストするのが勿体なかったというのがその理由。
それ自体は米国政府の極一部や英国王室も知るところだったが、棺桶の正確な位置は当時関わっていたアイザックの曾祖父しか知らなかったようだ。
彼以外の関係者は、口封じで全員消されていたというから恐ろしい。
口伝で代々秘密を守ってきたミュラー家の末裔であるアイザック・ミュラーは、秘密結社の一員としてアンドロイドによる世界経済支配計画の一翼を担っていた。
だがその計画もソビエト革命の余波によって全てご破算となってしまったわけだ。
サイバーライン情報流出事件で国際指名手配犯となったアイザックは大清帝国へ亡命し、北京で第二皇子
身の安全と引き換えにファウストの棺桶の座標を提供した。
そして実際に棺桶の回収に向かったのが
彼は旧ソビエト連邦探索兵団の上級大将で、八彩精霊王の紋章――ユニーク神器を所有していた。
30年前、人民管理AI「ルサールカ」が完成する前に自らの経歴を抹消して――事前にフレンドを全員処分する徹底ぶり――ソ連を離れたセルゲイは、名前を変えて裏社会を渡り歩いた末に大清帝国まで流れ着いたらしい。
正室の息子の
スマトラ島沖の海上でセルゲイとその部下を殺害したファウストはスマートフォンという名の文明の利器を手に北センチネル島を征服。
偶然にも原住民が所有していたユニーク神器に目を付けて【ドールマスター】暗殺計画を練って実行に移した。
おかげさまでファウストはインターネットを使い放題、最悪である。
こうしてファウスト事件の真相は明らかになったわけだが、不幸な事故とはいえ明確な利害関係のある国際指名手配犯が深く関与していたのは事実だ。
国際連合は大清帝国に対してアイザック・ミュラーと
拒否した場合は加盟国からの除名と経済制裁てんこ盛りのフルコース。
これには皇帝もビビり上がり、蒙古人民共和国経由でロシア連邦に二人の身柄を引き渡してゲームセットと相成った。
まぁ、
なんでも彼の邸宅から【斉天大聖】の如意棒が出てきたらしく、棚ぼたで皇太子を脅かす目の上のたんこぶが消えた上に超強力な外交カードまで手に入れた皇帝はイケイケで蒙古人民共和国の最高指導者と領土の割譲についての交渉を始めている。
嫌がらせでチャイニーズマフィアの刺客を送られた側としては納得のいかない気持ちがあるものの、向こうも死人に口なしと全ての責任を
今回の不祥事を受けて、日本では防衛大臣と防衛省幹部が責任を取って辞任した。
米国の方でもアイザックの亡命をほう助したとしてFBIの高官が逮捕、起訴されたそうだ。
取り調べが進めば国際指名手配中のサイバーライン関係者の所在も分かるかもしれない、とフィッシャー大佐は言っていた。
あんな連中、百害あって一利ないしさっさと捕まえて豚箱に送って欲しいものだ。
―――――
こうして暗黒邪竜へ挑むに当たっての障害が無くなった10月8日金曜日の朝、俺達が世話になっていたアメリカ海兵隊のミストラル級揚陸艦「ライデン」の停泊先であるインド東のパラディプ港に日の丸を掲げたフリゲート艦がやってきた。
ファウスト事件で殉職した自衛隊員の代わりに現地までの護衛を担当する人員を乗せた海上自衛隊の護衛艦「もがみ」である。
「マスター、いよいよですね」
「ああ、長かったな……」
ヴァーラナシーへの出発を前に港で待機していた【
そして迷彩服を着た坊主頭の男性が大魔鳥の鞍から降りてビシッと敬礼する。
「航空自衛隊第六空挺部隊所属、
なんか口調がおかしいし、キラキラとした憧れの視線が眩しい。
確かに俺の知り合いはもう派遣しないでくれって頼んだけどさ。
赤峰空将、もっとマシな人材はいなかったのか……。
「よろしく頼むぜ、
「光栄であります、大木土どの!」
俺が差し出した右手を両手で掴んだ
大魔鳥の鞍から降りた他の自衛隊員は非常に気まずそうな顔をしている。
「時間は限られていますが、まずは同道する他の人員との顔合わせをしましょう」
「壱号、その前にやるべきことがある。この中にムラマサ=ニンジャはいるか?」
そう尋ねると、自衛隊員の背後から鳥面を被った黒装束の男がやってきた。
「私だ」
どうやら9羽いた大魔鳥のうちの1羽は村正一族の召喚モンスターだったようだ。
よくよく見れば、鞍の意匠が自衛隊で正式採用されているものと異なっている。
「ここまで呼びつけて悪いな。【人形召喚】零号、これがフェアフルフテスだ」
零号が大盾のポケットから取り出した銀色の肋骨を手渡すと、ムラマサ=ニンジャはフェアフルフテスの質感を軽く確かめた後に懐へと仕舞った。
「確かに預かった。【ドールマスター】、後のことは任せてくれ」
「やっと肩の荷が下りたよ。これで心置きなく、暗黒邪竜に挑めるってもんだ」
【ナイツ・オブ・ラウンズ】のクランメンバーや海兵隊員、インド軍から派遣された軍人と最低限の顔合わせを済ませた俺達は、すぐにヴァーラナシーへと出発する。
成人男性が二人は乗れる大魔鳥とはいえ、積載重量に余裕はないので参号だけ残して他の人形達は送還だ。
同道するのは【ナイツ・オブ・ラウンズ】の【
幅の広い道路を走る軍用車両と【
7月から9月に掛けて続いた長い雨季が明けて、季節は既に乾季へと移っていた。
ユニーク神器の検証作業でアーサー達と一緒にパラディプ港近郊のバガディアダンジョンに通っていた時はまだじめっとした残暑が残っていたが、10月に入った今は空気も澄み渡っていてとても過ごしやすい時期と言える。
「それにしても、暇で仕方ないな。肆号、配信を付けろ」
『ピピピ、配信を開始しました』
胸元に抱えている参号と一緒に、空中に浮かんだチャット画面を眺める。
告知もせず始めた突発配信、100人も居なかった視聴者数が見る間に増えていく。
適当に空からの景色を流して視聴者数が1万を越えたところで、俺は口を開いた。
「ファウスト事件は……正直、
チャット画面には相変わらず、意味のないスタンプに好き勝手なコメントが爆速で書き込まれている。
応援、同情、心配、罵倒、侮蔑……ネット民の民度なんて、こんなものだ。
「ファウストの手に【守護暗幕】があった以上、海路なら船ごと沈められてそれで終わりだった。だから俺が生き残ったのも、単なる偶然に過ぎない。まったく……世界はこんなにも広く美しいのに、どうして人間同士で争わなきゃならんのか」
俺は大きな溜め息を吐いて、愚痴を零すのをやめた。
しばらく空からの景色を眺めて、それからまた口を開く。
「これからの予定について話そう。現在地はオリッサ州ケンドラパラ上空。
「もちろんあんこくじゃりゅうせんはなまちゅうけいするぞ。にちようびはてれびのまえでたいきして、はいしんにそなえるのだ」
ダンジョン内での【守護暗幕】の検証作業で、一つ大きな収穫があった。
それは特殊バフの効果発動中に限り、200層におけるメニュー画面の封印と外部連絡の無効化が解除されるというもの。
【守護暗幕】の効果発動中でも200層のフィールド上ではマップ更新での自動退出が行われなかった――石室に戻ったら強制ログアウトした――から、どちらにせよ一度限りの挑戦であることには変わりない。
だが少なくとも、1時間14分の間はストレージの使用とダンジョン配信が行える。
アメリカ、ソ連、村正一族の探索者が50年以上にも渡って屍とともに積み重ねてきた攻略情報が正しく機能すれば、30分足らずで暗黒邪竜の討伐は叶う。
だから後は、ぶっつけ本番で未知の第三形態をどう突破するかに掛かっている。
「この日の為に沢山の準備を重ねてきたのはお前らも知っての通りだ。思いがけず、アーサー達とダンジョン探索をする機会にも恵まれた。この間XDに写真上げたけど、200層のボス部屋前にも行ったよ」
小高い山のカルデラの底に隠された巨大な石室、その大扉には翼の生えたドラゴンのシルエットとともに魔法文字で「未来を望む者 暗黒邪竜の試練を乗り越えよ 機会は一度きり 心して掛かるがよい」と書かれていた。
プレイヤーに向けたダンジョン製作者からのメッセージ、といったところだろう。
未討伐でドロップアイテムからモンスターの正式名称が判明していないにも関わらず、暗黒邪竜の名が広まっているのにはこういう理由がある。
かつて
そして装備を整える為にボス周回を重ねているうちに外の世界で戦争が始まり、ダンジョン探索をしている余裕は一切なくなった。
この戦争から無事に生きて帰れたら、その時は四人で暗黒邪竜に挑もう。
その誓いは戦禍で家族を失った村正士郎が忍野村に隠棲したことで、ついぞ果たされずに終わることとなる。
「100層の時と比べるとどうだろうな、見晴らしもいいし装備が強い分だけ楽かもしれない。……さてと、ダンジョン探索についての話はこれくらいにしようか。折角こうしてインドの空を飛んでいるんだからよ、色々とローカルネタの話でもしようぜ」
「でもあるじ、サンたちはいっさいかんこうできないぞ」
「ホントそれな。ファウストがいなけりゃ3日くらいは遊べたっていうのによ……」
それから俺達はのんびりチャットと雑談して、移動中の暇を潰した。
地上での食事休憩中に【ナイツ・オブ・ラウンズ】の連中に遊び半分のインタビューをしたりもする。
「機会がなくて聞きそびれていたけどさ、どうして俺の兄貴をクビにしないんだ?」
俺が缶詰の戦闘糧食を手に尋ねると、コリアン野郎は詰まらなそうな顔をしてコーラ缶のプルタブを引いた。
「リョウスケはまー、筋金入りのクズだが使える部類だ。クランへの借金がある限りは逃げられんしな。上手いこと攻略法が見つかったら、早い段階で他所の攻略クランの派遣要員として投入されんじゃないの?」
「
「全ての【
ベックマンは結構不味いレーションを片手に肩を竦めた。
そんな不真面目な態度をしている彼らと比べて、頼れるクランリーダーのアーサーはすこぶる真面目な顔をしている。
「だがしかし、単純な人間や動物と違って【
「ウス」
「なるほどねぇ……。聞いたかお前ら、リアルロボットを操縦してダンジョンで活躍するのはそれだけ大変なことなんだってさ」
俺がチャット画面にそう話していると、後ろからそれを覗いていたウェルネスが「どうやったら採用されるの?」という視聴者の質問にニヤニヤしながら答えた。
「ゲームセンターに置いてある【
それからしばらくの間、日本中のゲームセンターに【騎士】志望のロボットオタクどもが長蛇の列を作ったのは言うまでもない。
あのクソゲーでオールSなんて簡単に出せるはずがないというのに、まったくもって愚かなことである。